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一部 紫織汐の英雄譚

第15話 トラック

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 私たちは急いで出口のほうに向かった。米川さんが銃で対抗している。銃声と化物の断末魔が響いている。
 走っていくと風が流れ込んできた。外からの風だ。恐らくロボットが開けて来た道から入ってきたのだろう。
 確かに閉めたのに。何故。
 斎藤さんもいきなり化物になった。もうすでに本人は食べられて、化物が擬態化してたんだ。
 そういえば米川さんと最初に会ったときもこんなこと言っていたな。『生存者なら歓迎する』と。化物に擬態化していない生存者なら歓迎すると言っているようなもの。
 米川さんは、化物が人間に擬態化出来るのを知っている。いいや、知っていた。

 いいや、これが今の問題じゃない。さらなる問題は、誰が女王か。
 地下から脱出した人々は、散り散りになって別れた。光輝と私と米川さんは共に行動している。
 外は化物がうじゃうじゃ蠢いていた。散り散りに別れた仲間たちの断末魔が聞こえる。建物の壁や道路に赤黒く変色した血痕が残って、しかも、胎児のように丸くなっている血痕まである。
 久しぶりに外の空気は、腐敗した臭い。空気中が生ゴミのような臭いで充満している。曇天の空に一筋の太陽の光も注がない。朝なのに薄暗い。
「米川さん、たまは?」
 光輝が訊いた。
「拳銃は二丁。まだ拳銃はあったのだが、戻れそうにないな」
 米川さんはマンホールの下を見下ろした。私たちは最後尾だった。他の人たちは既に逃げていて、それを知って米川さんはマンホールの蓋をしめた。中には化物しかいない。
 化物の力ならこじ開けるに決まっている。でもこれは気休めだ。
 私たちは物陰に隠れた。

 助けられる人なら助けに行きながら、何人か人を確保し、トラックに乗った。
「しっかり捕まって!」
 米川さんは全力でアクセルを回した。ぶん、と車が発進し、飛び交かってくる化物たちを轢いていく。
 私たちの目的地はターミナル。
 捕まった女性たちを救いにいく。それだけじゃない。女王をうつ。
 化物を轢くことにトラックがガタガタ大きくゆれる。トラックが破壊され、窪みが生まれる。外側からドンと大きく叩かれ、それが天井で何度も続いている。
「くっ、振りほどけない!」
 米川さんは何度も何度も大きく車を揺らしても、天井に乗っている化物たちは振りほどけない。

 まるで子供が水浴びで無邪気に遊んでいるように、ダンダン蹴ってる。トラックに乗っているのは光輝と私をいれて五人。
 ロボットと化物が襲い掛かってきて全員疲労している。服に誰かの返り血がついて、ぐったりしている人や横たわっている人も。
 私は恐る恐る横たわっている男性に近づいた。起きているのか死んでいるのかを疑うほど微動だにしない。私が手を伸ばすと、ピクリと動いた。
「起きている……目が痛いだけだ」
 掠れた声。
 男性は丸まってフードを深く被っている。
「地下にいたせいで、外に行くと目が太陽にやられるんだ」
 隣にいた疲労している男性が言った。
 太陽は出ていなかった。それでも微量の光に当たると目が痛くなる。その前に下水道を浴びていた人たちだ。何らかの障がいを抱えてここまで生きていることに関心を抱く。

 トラックが大幅に揺れた。
「きゃ!」
 私はそこにあるものにしがみついた。車が大きく揺れている。建物にぶつかりながら、車が破損していく。
 車が揺らしているんじゃない。化物が車体をゆらしているんだ。いつの間にか天井だけじゃなく、車体いっぱいに化物がしがみついていた。

 ハンドルを持っている米川さんも、コントロール出来ない。化物の力が強くて。右や左に揺れていき、頭をぶつけることや物がぶつかってくることも。まともに立てない。目眩がして吐き気を催す。
「米川さん!」
 光輝が叫んだ。
「もうだめ、だ! みんな、トラックから降りるぞ」
 ハンドルを持っている米川さんは切羽詰まった声で叫んだ。その間にトラックは持ち抱えられ、宙に浮いた。
「きゃああああ!!」
 しがみついたものがバキと壊れ、後方に落ちていく。
「汐っ!」
 光輝は手を伸ばしても届かない。
 背中に激痛が走った。お腹あたりから器官にムクムクと這い上がっていき、口から胃液を吐いた。朝食べたものが。

 吐きだしたときは視界がぐるぐるして、定まらない。思考が真っ白でただただ、痛みと恐怖と絶望が蝕んでいる。
 また視界が横転した。正確にはトラックが横転している。宙に浮いたものが地面に叩きつけ、二回三回横転して電信柱に叩き込まれて止まった。




 それから意識を失っていた。外側から叩きつける音を目覚ましに起きた。意識がぼんやりで何が起きたのか分からない。頭がぼーとして、目の前に広がる景色が白黒だ。
 やがて、景色に色がついていくと意識が少しずつ戻っていく。ゆっくり起き上がってみると体中がズキズキ痛い。

 頭からツゥと血が滴り落ちてポタと落ちる。目の前がクラクラする。胃の中が空っぽで力が殆ど出ない。
 外側から化物が降ってきた。逃げる力も動く力もない。一匹の化物が爪を剥き出して突進してきた。
 それを助けにきてなくれたのは、光輝だった。鉄パイプを投げてそれが化物に貫通した。投げた方向に顔を向けると光輝が、血だらけになりながらも、助けてくれた。
「光輝っ!」
 私はゆっくり駆け寄ると、異常さに気づいた。光輝は壁にもたれかけ、その足元にはドロリと血の池がたまっていた。
「こ、光輝」
「は、あぁ……無事か……」
 光輝はゆっくり顔を上げて私の顔を見上げた。
「光輝が助けてくれたから! 私は無事だよ。光輝は!? 大丈夫なの……?」
 私は光輝の手を掴んだ。でも握り返してくれない。いつも真っ直ぐな瞳が焦点を合ってない。血の池は留まること知らずに、水のように流れてくる。
「光輝、光輝……」
 私は必死に名前を呼んだ。でも光輝は微笑している。涙が滴り落ちた。結んだ手に音もなく落ちる。
「進路、希望……絶対オリンピックて書けよ。汐なら、出来る……まだ走れる……」
「うん! 書く! 書くよっ!」
「一緒に、まだ、走りた、かった、な、あ……」 
 光輝は目を閉じて息絶えた。
 結んだ手がズルリと落ちていく。



 大事な人が今日も明日もこれからも、生きているて、当たり前だと思っていた。思っていて疑うことはない。絶対だと約束されたものだった。でもすぐ目の前にそれが破壊されて、もう、何も、失うものはない。


 トラックが横転して、助かったのは私だけだった。死体がぐちゃぐちゃになっている遺体が物から顔を出ている。間もなく、ここは化物の巣窟になる。
 光輝が助けてくれたこの命、無駄にすることはしない。
「うっ……ぐ」
 声がした。
 ハンドルにしがみついた状態でしかも、窓硝子が全身に刺さっている状態。米川さん生きている。あんなでも、生きようと必死だ。化物に食べられるか、ロボットに捕まるかどちらか、元々の目的を考えれば後者のほうだ。
「米川さん、拳銃持ってきますね」
 私は米川さんのポケットに手を伸ばした。
 米川さんは対抗しようと、手を伸ばすも、目が見えないのにもう無理でしょ。私は米川さんを蹴って、拳銃を奪った。

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