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二部 神戸康介の英雄譚

第31話 奪還

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 小屋から聞こえるのは真綾の声だった。
 でも声がおかしい。今まで聞いたことのない艶の帯びた〝女〟の声。
 中でナニが行われているか察した。
 目の前が赤く染まった。怒りで体が震える。ふつふつと腹の奥が煮え滾って体がどうにかなりそうだ。
 気がつくとエアガンを捨て、中に突入したいた。そして、中にいた化物の顔面を殴る。
 戸の近くにいた化物は二匹。
 殴ったところで化物は死なない。そんなのは分かっている。だからこそ、頭蓋骨が折れるほど殴ってやった。
 脇子が以前言っていた。
『子供の頭は特に柔らかい。頭は固いのに包まれているけど、子供の体は出来たてだから、軽く叩くだけで脳細胞が死ぬ』
 暴力父がタケたちをサンドバッグにして獅子と俺がようやく止めにかかって、タケたちはその1週間口を開かなかった。
 そんな事件があった際に、脇子がポツリと言っていたことだ。
 1週間口を開かなかったタケたちと、1週間帰ってこなかった暴力父。
『あんな奴――早く死んで地獄に行ってほしい』
 脇子の口癖がこれだった。
 そして、それを言うときの顔もはっきりと覚えている。今――俺もその表情だ。

 突進してきた化物の首を地面に押し付け、拳を振り落とした。何度も殴りつけ、腕から全身に頭蓋骨を壊す感触がひしひしと伝わってく。生ぬるい血。顔に飛沫してきた。ぬるりとしてて、頬をツゥと伝う。
 殴りつけるたびに、地面に青い池ができていく。
 もう一匹のほうは冴島さんたちが仕留めてくれた。
 銃弾が轟く。小屋の中には青い血が広がってる。気がつくと、肉と成り果てた化物の上に跨っていた。
「ね、ねぇちょっと」
 冴島さんが腕を伸ばした。
 それを寸前で止める嶋野。
 まだふつふつと煮え滾っている。おさまらない。何度も痛めつけたのに自分の手ばかりが痛い。
「行くぞ」
 フラフラとした足取りで奥の部屋に向かう。
 声がする。真綾の声だ。今すぐに助けないと。

 奥の部屋のドアノブに手をかけ、ゆっくり開いた。息が止まった。一瞬心臓が止まりかけ、またドクンと大きく脈打つ。真綾は硬い地面に横になっていた。全裸になって。

 服を無理やり脱がされ、あっちこっちに抜け殻が。部屋の中は青臭い臭いでいっぱいだった。複数の化物がいて、こちらの気配に気づいていない。むしろ、行為に夢中になって気づいていない。
 真綾はただ揺さぶられていた。
 生気も感じない瞳で、ポロポロ泣いてる。
 ふつふつと煮え滾っていたものが一気に爆発した。
「俺の家族に、手ぇ出すなぁ‼」
 化物を殴りつけた。
 行為に夢中だった化物たちは一斉に散らばった。冴島さんたちがいたおかげで、三匹の頭は撃たれ残りの一匹は窓から逃げようとしている。
「逃がすかっ!」
 俺は肉と成った化物を持ち上げた。
 軽い。たらふく食っているはずなのに体重というものがない。持ち上げた化物を投げ捨てた。
 見事に奴に命中して窓柵から地面に落下。仲間のし体に下敷きになって倒れていた。

 近くに置いてあったナイフでその仲間ごと切り裂いた。もちろん頭に。青い血がドロドロ出てきて、ピクピク痙攣しているがやがて、動かなくなった。
「真綾っ! ごめん、俺がいない間にこんなことになってごめんな」 
 俺は真綾を抱いた。
 酷く冷たくて、痩せていて、傷だらけ。強い力で地面に押し付けられていたせいで、背中は赤く腫れていた。
 真綾はポロポロ泣いていた。漆黒の瞳から透明な涙が伝っている。何度も名前を呼んだ。答えるまでめげずに何度も。
「お、に……ちゃん」
「真綾っ!」
「おにい、ちゃん」
「あぁ、あぁ! 兄ちゃんだ。ここにいる。ここにいるからな」
 ぎゅと抱きしめた。
 掠れた声で何度も「おにいちゃん」と呼びかける。程なくして背中に手が回ってきた。まだ震えている。怖かったろう。苦しかったろう。何度も叫んだに違いない。


 それから、冴島さんが真綾に服を着せてくれた。その間は男子は小屋から追い出される。 
「コウ兄、手、大丈夫?」
 獅子が俺の手を見て心配した表情。俺は自分の手を見下ろした。化物の返り血で青く、頭蓋骨を割ったその衝撃で自分の拳が赤くなっていた。ペンキのように色が混じっいた。
「そういえば、痛いなと思ったら」
「炎症を起こすかも。早く医者に見てもらおう」
 嶋野が言った。
「いいや。これはそのままでいい。これは家族もろくに守れなかった俺への罰だ」
 俺はハンカチで血を拭った。
 皮膚が破れて擦ると痛い。青い血だけは拭わないと。化物の血は薄汚い。
「獅子、びっくりしたか?」
 獅子に問いかけると獅子はキョトンとした顔になった。俺は話を続ける。
「化物じゃなくても、俺は怒ったら殴れる人間らしい。クソ親父と同じだよ。なりたくなかった……俺は違うと思っていた。でも、実際はその血を真っ当に受けていた。あの親父と違う道に進みたい、なのにこの手はもう汚れている。いっぱい殴った、死ぬまで何度も」
 青い血は中々拭えない。爪の中まで入ってて青い爪ぽくなっている。たとえ、拭えたとしてもこの手は汚れている。やったことは消えない。
 震える腕にそっと手を添えられた。恐る恐る顔を上げると、獅子が笑っていた。
「汚れてなんかいない。この手はあたたかくて、いつも俺たちの頭を撫でてくれる優しい手だ。それは何があっても変わらない。この手は守った手だ」
 だからもう大丈夫、と光を満ちた表情で言った。

 あれ、この場所こんなに明るかったけ。

 黄昏時になってこの場所はより暗くなる。懐中電灯を持っていなければ他人が何処にいるのかさえわからないのに、なのに、この場所は光に照らされた。
 俺はふっと笑った。
「獅子、真綾を連れて帰るぞ」
「うん」
 ちょうど着替えが終わったみたいだ。
 冴島さんが小屋からひょっこり顔を出して真綾を支えながら、歩いてきた。
 泣き腫らした顔。
 生気を感じない漆黒の瞳。
 フラフラとした足取り。
 冴島さんが真綾を支えながら俺たちは一緒に帰った。病院に戻ると、残されたメンバーが顔を見せる。連れ戻した真綾を見て、脇子はわんわん泣いた。タケとモノも。

 それから暫く、夜になった。静寂が世界を包む。
 虫の声もしない。ただ、風に揺られる木の葉の音だけ。病院内にいた死体を広い病室に運んで一列に並ばせ手を合わせた。もうすっかり、この状況に慣れてしまった二人は死体があっても、泣かなくなった。元々、環境に適応的変しやすいから。
「二人とも手を合わせろ。この人たちは敬うべきだ」
「死んだのに?」
「この人たちは本来はもっとやりたい事、叶えたい夢があったはず。なのに、それを強奪された。怨霊になって祟りにくるかもしれないぞ、だからこそ、生者が手を合わせて沈ます」
 二人は俺と同じように胸の前で手を合わせた。長い長い沈黙。すると、物音で後ろを振り返った。そこにいたのは、真綾だった。
「真綾、もう平気なのか?」
「お姉ちゃんおはよう!」
「平気なの?」
 真綾は脇子たちと一緒に寝ていた。真綾がやってきてタケは無邪気に駆け寄った。反対にモノは心配している。ナニがされたのか知らないが、大人の対応を見てとんでもない事だと気づいたのだろう。
「二人とも、寝なさい。夜ふかしはだめよ」
「はーい」
 真綾はにっこり笑って二人は、バタバタと廊下を走て仮眠室に向かった。

 

 


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