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第1章
②君ならわかるだろう?
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☆
朦朧とする意識の中、私を縛り付けた同い年くらいの少年に尋ねる。どうして、と。
君に、妹か弟はいるか?
ゆっくりと頷く。
すると、少年は一瞬黙った。
妹を守るためだ。君ならわかるだろう?
結局目に焼き付いたのは、彼の纏う服、そして髪の異常なまでの黒さだけで。
意識は、そこで、途切れた。
☆
「ようこそいらっしゃいました。ラエン王子、シェリル姫。」
知ってはいたものの、やはり久しぶりに見ると、目を奪われる、見渡す限りの、白……唯一白でないのは、目の前の人物の肌に血が通っているのくらいだ。一方のラエンは、目を輝かせ、辺りをじろじろ見回している……恥ずかしい、やめてくれ。
ふふっと目の前の人間が微笑んだ。
「……お気に入りいただけました?我が主の城を。」
私が答える前にラエンが思いっきり首を縦に振る。
「それはそれは……私も掃除のしがいがあるものです。あ、申し遅れました。私、ここの執事を務めさせていただいております、ケインとお呼びください。」
恭しく頭を下げるケインを、尊敬の眼差しで見つめるラエンが嬉々として話す。
「わ、私はランデール王国の第三王子、ラエン。こちらはハミン王国の第一王女シェリル。よろしく頼む……ひとつ聞きたいのだが、ここの掃除は、その……どのようにして行われているのだ?」
王子らしからぬ質問に、ケインは拍子抜けしたようだった。
「毎日、私がこの王国特製の雑巾で磨いておりますが……」
「え?まさか、一人で?」
「私は、掃除好きであります故……」
ラエンはもうケインさんの手を握らんばかりの勢いで、
「……尊敬します。どうか、この私に掃除の極意をご伝授ください!」
ケインは戸惑ったようで、一瞬私に助けを求めたが、私がにこっと微笑み返したので、諦めた様子で、
「……わかりました。公務外の時間でしたら。あ、ですが、必ず王様の許可をとってきてくださいね。」
「はい!」
うわー、王様にもばれるのか……。一気に憂鬱な気分になった。
だけど、……ラエンのあんなキラキラした笑顔、久しぶりに見たわ。嬉しいような、でも、なんか、我が弟分ながら、やっぱりちょっと引くというか……あはは。
そうこうしている内に、白髪の、いかにも王子様感を漂わせた、きらびやかな麗人が現れた。
私は、それに─なんとなく既視感を覚えた。
「初めまして。ラエン王子、シェリル姫。ワイヌ王国の第一王子、カロンと申します。ずっとお会いしたいと思っていました。」
にこっと爽やかな笑顔で微笑むと、まるで、花が溢れんばかりのオーラが飛び交った。
「あ、そういえば、シェリル姫には一度お会いしたことがありましたね。シェリル姫のお父様がこちらに遊びにいらっしゃったときに。」
ああ、そういえば……そんなこともあった気がする。なるほど、既視感はそれか。
「とても聡明な姫で、庭で色々な植物の名前を教えてくださったのを今でも覚えております。どうでしょう?後ほど一緒に散歩でも。」
「ええ、喜んで。」
特に断る理由もなかったし、ラエンが掃除を教わっている間の暇潰しになるとも思ったのだ。
「……それは大変興味深いですね。私もご一緒して…」
何を思ったか、食って掛かろうとするラエンを牽制するかのようにしてカロンは口を開く。
「先程伺ったのですが、ラエン王子は掃除にご興味があるようで、ケインに教わるのだとか。」
結局なにも言い返せなかったラエンは、王様への挨拶のあと、ケビンに連れられていくのであった。
私とカロンはやはりここでも白に彩られた庭を歩く。
同い年ということもあって、すぐに話は弾んだ。
「綺麗な白髪ですよね……染めたことは?」
一瞬考え、悪戯っぽく笑う。それの織り成すあまりの煌めきに当てられ、私は少しだけ心臓が跳び跳ねた。
「一度だけ……怒られちゃいましたけど。」
そんな子供っぽい一面を見て、私も思わず笑ってしまう。
「やはり、“白”の国としては染めてはいけないのですか?」
「そうですね……そんな決まりはないのですが、やはり王族は、国の象徴ですからね」
「大変ですねぇ、王子ってものも。」
少し不思議な気分だった。もう、こうやって、年頃の男子とたわいもない話をするなんて、もうできないと思っていた。
「シェリルも似たようなものではないですか?大変でしょう?」
大変、か。悔やんだことはある。むしろ、なんで私が……って思ったことの方が多い。今でも思っている。それでも、私は、やはり、幸せ者だと思うのだ。
「大変なんかじゃないです。妹の世話だって、私にとってはとっても楽しいことでしたから。」
カロンはふっと歩みを止めた。
何事かと私は振り返る。
「……妹、いるんですね。」
「ええ……?」
訝しげに返事をすると、王子ははっとして、ごめんなさい、と、また私に並んで歩き出した。
様子がおかしいと思った。
“妹”……カロンの妹に何かあったのだろうか。
「あの……聞いてもらっても、いいかな。僕の妹の話。」
急に口調がフランクになったのは、一王子と姫ではなく、カロンとシェリルとして聴いてもらいたかったからだろう。
「ええ、もちろん。」
私たちは、近くの白いベンチに腰掛けた。
☆
掃除は好きだけど、それだけじゃない。
君がやっていたから、好きになったんだ。
☆
「シェリル~っ!!」
私は、カロンと別れて自室に戻っていた。向こうから、廊下を駆け抜けてくる足音が聞こえる。
切羽詰まったような表情をしたラエンだ。
「人様の城で走るな馬鹿!」
「大丈夫だった!?何も、されなかった?」
私の言うことまで無視して食いかかってくる。
「何かされるって……どういうこと?なに、どうしたの?」
「だから……っ、あの王子にっ」
「カロン?」
急に熱が覚めたように、言葉を止めるラエン。
「……何もされてないなら、それでいいや。良かった。」
ラエンが部屋を出ていこうとするのを、腕を掴んで止める。
「待って。お願いがあるんだけど。」
ラエンを引き戻し、ベッドの上に座らせる。少しだけ赤いラエンの頬を見てから、私は、先程聴いた話を話し出した。
朦朧とする意識の中、私を縛り付けた同い年くらいの少年に尋ねる。どうして、と。
君に、妹か弟はいるか?
ゆっくりと頷く。
すると、少年は一瞬黙った。
妹を守るためだ。君ならわかるだろう?
結局目に焼き付いたのは、彼の纏う服、そして髪の異常なまでの黒さだけで。
意識は、そこで、途切れた。
☆
「ようこそいらっしゃいました。ラエン王子、シェリル姫。」
知ってはいたものの、やはり久しぶりに見ると、目を奪われる、見渡す限りの、白……唯一白でないのは、目の前の人物の肌に血が通っているのくらいだ。一方のラエンは、目を輝かせ、辺りをじろじろ見回している……恥ずかしい、やめてくれ。
ふふっと目の前の人間が微笑んだ。
「……お気に入りいただけました?我が主の城を。」
私が答える前にラエンが思いっきり首を縦に振る。
「それはそれは……私も掃除のしがいがあるものです。あ、申し遅れました。私、ここの執事を務めさせていただいております、ケインとお呼びください。」
恭しく頭を下げるケインを、尊敬の眼差しで見つめるラエンが嬉々として話す。
「わ、私はランデール王国の第三王子、ラエン。こちらはハミン王国の第一王女シェリル。よろしく頼む……ひとつ聞きたいのだが、ここの掃除は、その……どのようにして行われているのだ?」
王子らしからぬ質問に、ケインは拍子抜けしたようだった。
「毎日、私がこの王国特製の雑巾で磨いておりますが……」
「え?まさか、一人で?」
「私は、掃除好きであります故……」
ラエンはもうケインさんの手を握らんばかりの勢いで、
「……尊敬します。どうか、この私に掃除の極意をご伝授ください!」
ケインは戸惑ったようで、一瞬私に助けを求めたが、私がにこっと微笑み返したので、諦めた様子で、
「……わかりました。公務外の時間でしたら。あ、ですが、必ず王様の許可をとってきてくださいね。」
「はい!」
うわー、王様にもばれるのか……。一気に憂鬱な気分になった。
だけど、……ラエンのあんなキラキラした笑顔、久しぶりに見たわ。嬉しいような、でも、なんか、我が弟分ながら、やっぱりちょっと引くというか……あはは。
そうこうしている内に、白髪の、いかにも王子様感を漂わせた、きらびやかな麗人が現れた。
私は、それに─なんとなく既視感を覚えた。
「初めまして。ラエン王子、シェリル姫。ワイヌ王国の第一王子、カロンと申します。ずっとお会いしたいと思っていました。」
にこっと爽やかな笑顔で微笑むと、まるで、花が溢れんばかりのオーラが飛び交った。
「あ、そういえば、シェリル姫には一度お会いしたことがありましたね。シェリル姫のお父様がこちらに遊びにいらっしゃったときに。」
ああ、そういえば……そんなこともあった気がする。なるほど、既視感はそれか。
「とても聡明な姫で、庭で色々な植物の名前を教えてくださったのを今でも覚えております。どうでしょう?後ほど一緒に散歩でも。」
「ええ、喜んで。」
特に断る理由もなかったし、ラエンが掃除を教わっている間の暇潰しになるとも思ったのだ。
「……それは大変興味深いですね。私もご一緒して…」
何を思ったか、食って掛かろうとするラエンを牽制するかのようにしてカロンは口を開く。
「先程伺ったのですが、ラエン王子は掃除にご興味があるようで、ケインに教わるのだとか。」
結局なにも言い返せなかったラエンは、王様への挨拶のあと、ケビンに連れられていくのであった。
私とカロンはやはりここでも白に彩られた庭を歩く。
同い年ということもあって、すぐに話は弾んだ。
「綺麗な白髪ですよね……染めたことは?」
一瞬考え、悪戯っぽく笑う。それの織り成すあまりの煌めきに当てられ、私は少しだけ心臓が跳び跳ねた。
「一度だけ……怒られちゃいましたけど。」
そんな子供っぽい一面を見て、私も思わず笑ってしまう。
「やはり、“白”の国としては染めてはいけないのですか?」
「そうですね……そんな決まりはないのですが、やはり王族は、国の象徴ですからね」
「大変ですねぇ、王子ってものも。」
少し不思議な気分だった。もう、こうやって、年頃の男子とたわいもない話をするなんて、もうできないと思っていた。
「シェリルも似たようなものではないですか?大変でしょう?」
大変、か。悔やんだことはある。むしろ、なんで私が……って思ったことの方が多い。今でも思っている。それでも、私は、やはり、幸せ者だと思うのだ。
「大変なんかじゃないです。妹の世話だって、私にとってはとっても楽しいことでしたから。」
カロンはふっと歩みを止めた。
何事かと私は振り返る。
「……妹、いるんですね。」
「ええ……?」
訝しげに返事をすると、王子ははっとして、ごめんなさい、と、また私に並んで歩き出した。
様子がおかしいと思った。
“妹”……カロンの妹に何かあったのだろうか。
「あの……聞いてもらっても、いいかな。僕の妹の話。」
急に口調がフランクになったのは、一王子と姫ではなく、カロンとシェリルとして聴いてもらいたかったからだろう。
「ええ、もちろん。」
私たちは、近くの白いベンチに腰掛けた。
☆
掃除は好きだけど、それだけじゃない。
君がやっていたから、好きになったんだ。
☆
「シェリル~っ!!」
私は、カロンと別れて自室に戻っていた。向こうから、廊下を駆け抜けてくる足音が聞こえる。
切羽詰まったような表情をしたラエンだ。
「人様の城で走るな馬鹿!」
「大丈夫だった!?何も、されなかった?」
私の言うことまで無視して食いかかってくる。
「何かされるって……どういうこと?なに、どうしたの?」
「だから……っ、あの王子にっ」
「カロン?」
急に熱が覚めたように、言葉を止めるラエン。
「……何もされてないなら、それでいいや。良かった。」
ラエンが部屋を出ていこうとするのを、腕を掴んで止める。
「待って。お願いがあるんだけど。」
ラエンを引き戻し、ベッドの上に座らせる。少しだけ赤いラエンの頬を見てから、私は、先程聴いた話を話し出した。
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