「守りたい、君のすべてを」

夕暮れ狼

文字の大きさ
6 / 14

第6章:雨と記憶

しおりを挟む
第6章:雨と記憶
その夜、東京は静かな雨に包まれていた。
ホテルの窓を流れる水滴を、玲奈はぼんやりと見つめていた。
ソファに座り、片膝を抱えたまま。さっきからずっと、京介は同じ場所に立ったまま、窓の外に目を向けている。
「……眠らないの?」
玲奈の問いに、京介は短く答えた。
「交代制の警備ではないので。私はここにいます」
「じゃあ……少し、話してもいい?」
彼はわずかに顔を動かし、玲奈に視線を向ける。
「話すこと、ありますか?」
「あるわよ。たとえば……榊さんって、なんでボディガードになったの?」
その問いに、京介はわずかに沈黙した。
雨の音だけが、静かに部屋を満たす。
「元は自衛隊にいました。特殊部隊です。……任務中に、同僚を一人、失いました。私の判断ミスです」
玲奈は言葉を失う。
「その後、退官しました。人を守る側にいながら、守れなかった。それを忘れないように、今はこの仕事をしています」
感情を排したような口調だったが、その中ににじむものがあった。
深い悔い、そして責任。
玲奈は静かに言った。
「それでも……誰かを守ろうとする気持ちが、今のあなたを作ってる。そう思うわ」
京介は何も言わなかったが、長いまつ毛の影が、ほんの少しだけ揺れた。
「あなたのその目、すごく真っ直ぐ。最初は怖かった。でも今は、少しだけ安心するの。きっと、あなたは嘘をつけない人なんだって」
玲奈の言葉に、京介は初めて、小さく目を伏せた。
「……ありがとうございます」
その声は、ほとんど聞き取れないほど小さかったが、確かに“心”のある声だった。
ふたりの間に流れる空気が、少しだけやわらかくなる。
雨の夜、誰にも聞かれない小さな告白のように、
京介の過去と、玲奈の心が、少しずつ交差し始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

妹が「この世界って乙女ゲーじゃん!」とかわけのわからないことを言い出した

無色
恋愛
「この世界って乙女ゲーじゃん!」と言い出した、転生者を名乗る妹フェノンは、ゲーム知識を駆使してハーレムを作ろうとするが……彼女が狙った王子アクシオは、姉メイティアの婚約者だった。  静かな姉の中に眠る“狂気”に気付いたとき、フェノンは……

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

貴方の幸せの為ならば

缶詰め精霊王
恋愛
主人公たちは幸せだった……あんなことが起きるまでは。 いつも通りに待ち合わせ場所にしていた所に行かなければ……彼を迎えに行ってれば。 後悔しても遅い。だって、もう過ぎたこと……

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

処理中です...