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第6章:雨と記憶
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第6章:雨と記憶
その夜、東京は静かな雨に包まれていた。
ホテルの窓を流れる水滴を、玲奈はぼんやりと見つめていた。
ソファに座り、片膝を抱えたまま。さっきからずっと、京介は同じ場所に立ったまま、窓の外に目を向けている。
「……眠らないの?」
玲奈の問いに、京介は短く答えた。
「交代制の警備ではないので。私はここにいます」
「じゃあ……少し、話してもいい?」
彼はわずかに顔を動かし、玲奈に視線を向ける。
「話すこと、ありますか?」
「あるわよ。たとえば……榊さんって、なんでボディガードになったの?」
その問いに、京介はわずかに沈黙した。
雨の音だけが、静かに部屋を満たす。
「元は自衛隊にいました。特殊部隊です。……任務中に、同僚を一人、失いました。私の判断ミスです」
玲奈は言葉を失う。
「その後、退官しました。人を守る側にいながら、守れなかった。それを忘れないように、今はこの仕事をしています」
感情を排したような口調だったが、その中ににじむものがあった。
深い悔い、そして責任。
玲奈は静かに言った。
「それでも……誰かを守ろうとする気持ちが、今のあなたを作ってる。そう思うわ」
京介は何も言わなかったが、長いまつ毛の影が、ほんの少しだけ揺れた。
「あなたのその目、すごく真っ直ぐ。最初は怖かった。でも今は、少しだけ安心するの。きっと、あなたは嘘をつけない人なんだって」
玲奈の言葉に、京介は初めて、小さく目を伏せた。
「……ありがとうございます」
その声は、ほとんど聞き取れないほど小さかったが、確かに“心”のある声だった。
ふたりの間に流れる空気が、少しだけやわらかくなる。
雨の夜、誰にも聞かれない小さな告白のように、
京介の過去と、玲奈の心が、少しずつ交差し始めていた。
その夜、東京は静かな雨に包まれていた。
ホテルの窓を流れる水滴を、玲奈はぼんやりと見つめていた。
ソファに座り、片膝を抱えたまま。さっきからずっと、京介は同じ場所に立ったまま、窓の外に目を向けている。
「……眠らないの?」
玲奈の問いに、京介は短く答えた。
「交代制の警備ではないので。私はここにいます」
「じゃあ……少し、話してもいい?」
彼はわずかに顔を動かし、玲奈に視線を向ける。
「話すこと、ありますか?」
「あるわよ。たとえば……榊さんって、なんでボディガードになったの?」
その問いに、京介はわずかに沈黙した。
雨の音だけが、静かに部屋を満たす。
「元は自衛隊にいました。特殊部隊です。……任務中に、同僚を一人、失いました。私の判断ミスです」
玲奈は言葉を失う。
「その後、退官しました。人を守る側にいながら、守れなかった。それを忘れないように、今はこの仕事をしています」
感情を排したような口調だったが、その中ににじむものがあった。
深い悔い、そして責任。
玲奈は静かに言った。
「それでも……誰かを守ろうとする気持ちが、今のあなたを作ってる。そう思うわ」
京介は何も言わなかったが、長いまつ毛の影が、ほんの少しだけ揺れた。
「あなたのその目、すごく真っ直ぐ。最初は怖かった。でも今は、少しだけ安心するの。きっと、あなたは嘘をつけない人なんだって」
玲奈の言葉に、京介は初めて、小さく目を伏せた。
「……ありがとうございます」
その声は、ほとんど聞き取れないほど小さかったが、確かに“心”のある声だった。
ふたりの間に流れる空気が、少しだけやわらかくなる。
雨の夜、誰にも聞かれない小さな告白のように、
京介の過去と、玲奈の心が、少しずつ交差し始めていた。
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