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第一章

ユーリ・ノワール

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「ユーリ…」

「何?ていうか、何これ、なんで全然涙止まらないわけ!?」

「ユーリ、ユーリは化物なんかじゃないよ」

「っ……いいよ気休めは、僕もう気にしてないから」


私の涙を拭ってくれるユーリの手を握るも、ユーリの手はパッと私の手からすり抜けた


「私が気休めを言えるような器用な人間に見える?」

「見えない」

「そこは一回嘘でも見えるって言いなさい」

ツンッとユーリの額をつっつく
ちなみに涙は絶賛流れ中だ

この際目の蛇口が治るまでこのままにしておこう


「ユーリ、あなたは綺麗よ」

「だからもういいって」

「ちゃんと聞いて」

「やだ」

「ねえ」

「聞きたくない」

「ユー」

「聞かないって言っ」

「いいから黙って耳の穴かっぽじってよおーく聞けつってんでしょ??」


顔を背けようとするユーリの顎を掴んで無理やりこっちに向かせる
傍から見たらこれって顎クイじゃない!?立場逆だけど!私泣きながら怒ってるし笑ってるけど!

駄々っ子みたいに嫌々してたユーリも私の顔を見たら顔を引きつらせて黙った
よし!


「ユーリ、あんたは聞きたくないかもしれないけど私は何回でも何十回でも何千回でも言うわ。あんたは化物なんかじゃない。あんたの髪も瞳も、何もかも綺麗でとても美しいものなんだって」

「……」

「私、ユーリを初めて見た時、正確には初めて目を合わせた時、本人に言うのも恥ずかしいんだけど、あなたの瞳に見惚れてた」

「え?」

こぼれんばかりに目を見開くユーリ
ふふ、なんかこうしてると初対面の時に戻ったみたいね
あの時もこうして詰め寄って…私が綺麗って言ったとき、ユーリは目を見開いて驚いてたよね
あの時は分からなかったけど、今なら驚いた理由が分かる

「真紅の瞳を見つめているととても幻想的な気分になったの。まるであんたの瞳に吸い込まれるのかと思った」

「なっ!?」

ここで赤くなるなんてまだまだ子供の証拠だねユーリ

「その髪も。サラサラで柔らかくて、本当に羨ましいと思ったのよ?ほら私の髪ちょっと天パ入ってるから。それに知ってた?あんたの髪、本当に純白で光に当たるとすごい輝くのよ?冗談なしにこの子天使なのかと思ったわ」

「て、天使って…!そんな恥ずかしいことよく普通に…!!」

「それに、これは私個人の問題なんだけど…私実は白が一番好きな色なの。だから、ユーリの髪がとっても好きよ!」


顎を掴んだままユーリの前髪に口付ける

ちゅっ

と小さなリップ音がして顔を離せば暗くても分かるくらい顔を真っ赤にしているユーリ
もー、かわいいなーこの弟は!

わなわなしてるユーリの顎から手を放す

そして軽く抱き寄せてから大好きな髪を撫でた
いつの間にか涙は止まっていた


「私はルビーみたいなユーリの紅い瞳が大好き。キラキラ光るユーリの純白の髪も大好き」

「……」

「素直じゃなくて少し捻くれてるユーリも大好きだし」

「なっ!」

「実はちょっと猫を被ってるユーリも大好きかな~」

「ちょっ!」

「あっ、怒ったとき口調が変わっちゃうユーリも大好きだね~」

「い、いい加減にしろよ!!」


腕を突っぱねて私と少し距離を取るユーリ
まあ私の腕はまだユーリの背中にあるから大して距離は開いてないけど
あっ、そうだ!これも忘れちゃいけないよね!


「それと、意外とすぐに真っ赤になっちゃうユーリも大大大好きかな~!」


再び抱き寄せてうりうり~とトマトみたいに紅くなってるユーリのほっぺたをつっつく

「や、やめろよ!」と言っている声に怒気を感じないのはもっとやっていいって言うことかな?フリ?これってやっぱフリじゃない?

一通りユーリを愛でてからかい倒した後、抵抗が無駄だと分かったのか大人しく私に寄りかかるユーリがポツリと呟いた


「……僕は本当に化物じゃないのかな?」

「まだ言うか」

「待っ!もうくすぐりはやめて!!」

慌てて手を前に突き出すユーリ

その目には未だに不安と困惑の色が混じっていた
……そうだよね、いくらそんなことないって言っても、小さい頃からずっと言われていたを簡単に忘れるなんて出来ないよね


「ユーリ、これからもしまた不安になったらいつでも私に言って?もちろん私だけじゃない、ユーリが信じられると思った大切な人たちにその不安を打ち明けてあげて?みんなきっと口を揃えてあんたの事が大好きだって言うから」

「本当に…その自信はどこから出てくるの?」

「私が言うのだから間違いないわ!それに不安にさせる暇なんか与えないから!さっきも言ったでしょ?何千回何万回でも伝えるわよ、あんたはとても綺麗なんだって」

「…なんかまた増えてるし…」

「いっそのこと無量大数にしとく?」

「………」

あれ?てっきりここ笑うとこだと思ったんだけど…え?つまんなかった!?
一人で焦ってたらユーリはゆっくりと私を見上げてきた


「僕ね…この髪と目が大嫌いだった。化物の証だったから…みんなこの髪と目のせいだって思ってきた」

「……」

「でも、あんたに綺麗だって言われて…大好きだって言われて……僕も好きになりたいと思った。まだ少し怖いけど……僕はこの二つも含めて僕だから……だから」

「大丈夫だよ」

「え」

「ユーリがそう決めたなら、出来ないことなんてない。なんたってユーリは私の弟ユーリ・ノワールなんだから!」

「……そうだね、僕達ノワール家の子供に出来ないことなんてないもんね!」

「!」


ニカッと顔を綻ばせるユーリ
ユーリのそんな花が咲いたような笑顔は初めて見たし、それに今僕達ノワールって…!


「すごく今更なんだけどさ、僕は…僕がユーリ・ノワールになってもいいですか?」

改まって申し出るユーリの目は真っ直ぐに私を見ていて

ああ、どうしよう


「!!もう、なんでまた泣くのさー」

「ユーリが泣かしたんでしょ!?あともうって私のセリフ!もう!せっかく止まったと思ったのに!!」


今夜の私はきっとどこかおかしい、いきなり泣き虫になるなんて
すっ転んで顔面強打しても泣かないのに今夜の涙腺はきっと修復不可能な事態になっているに違いない


さっきと同様ユーリが私の涙を拭ってくれてる
この際一回も二回も変わらないから泣いたままユーリにしっかりと答えた

「私は、ノワール家の長男はユーリじゃなきゃ嫌だよ」

一瞬だけ涙を拭ってくれた手が止まったけどすぐに再びとめどなく流れる涙を止めるため動き始めた


「わがままなお姉ちゃんを持つと大変だね」

「今更ね」

「今更だね」


数秒見つめあってから、私達は顔を見合わせて同時に笑った


しばらく笑っていたら、不意に笑い声が私だけになった
不自然に止まったもう一つの声の持ち主を見れば、ユーリは真剣な眼差しで私を見ていた
いつの間にかユーリの手は私の頬に添えられていた


「ユーリ?」

まだ何か不安事があるのだろうか?


「あんたは僕の髪や目を綺麗だって褒めてくれたけど」

「う、うん」

あれ?な、なんかさっきまでのユーリと雰囲気、違くない?


「僕は、あんたの流す涙の方がずっと綺麗だと思う」

そう言って手を添えたまま親指で止まりかけている涙を拭うユーリ


うっ、わあ……


「ははっ、あんたも真っ赤だな」

「だ、誰のせいだと思ってんの…!」


誰だってあんな事言われたら!!し、しかもユーリ自分がすごい美少年だって自覚ないわけ!?た、たちが悪いわ!この子大きくなったら絶対大変なことになる!!主に女性問題で!!私の勘って当たるんだから!!



さっきと明らかに立場逆転した私をユーリはこれでもかってくらい楽しそうに笑って見ていた





そして朝、私達はメイドさんに起こされるまで、床で二人寄り添って眠っていた




* * *



「そういえばユーリ、昨日の夜はまだいいとして、普段はあんたじゃなくてお姉ちゃんって呼ばなきゃだめよ?」

「やだ」

「やっ?!本当に反抗期が!!」

「僕お姉ちゃんって呼ぶよりセツ姉って呼びたい」

「あら、それはそれでいいわね。じゃあそれで!!」

(大人になってちゃんと名前を呼ぶ時、"セツ姉"にしといたほうが後々の違和感が少ないはずだしね)


ユーリが何かを企んでいることなんて、セツ姉という新たな呼び名を貰って浮かれている私が気づくはずなかった


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