7 / 7
第7話「本当は」
しおりを挟む
ふわふわと、柘榴はまどろんでいた。
夢から覚めるこの永遠のような一瞬が、心地いい。
それにすごくおもしろい夢も見た。自分が四分割されて、脳内会議を開いていたのだ。
議題は全部、孔雀のことだった。孔雀についてを四人の自分が一生懸命語っている。
進行役の自分は、大きなもやもやを抱えていた。胸が痛くてドキドキして、ハラハラしてシクシクするーー現実世界の僕だって同じだ。
孔雀を前にすると過剰反応してしまう。体を重ねるのだって怖いのに、どこか期待している自分がいる。
あの瞬間は、孔雀は自分のものなんだと勘違いしてしまう。弟は、弟のものなのに。
実の兄弟なのに何をしているんだと「正しい兄」の自分が諌めようとする。
実の兄弟だけどしょうがないよねと「言い訳する兄」が顔を覗かせる。
兄弟じゃなかったら…なんてことは絶対に考えない。だって、出会えたんだからそれでいい。
夢の中のもやもやは、最後には消えていた。言いたいことを全部言ったからかな。
現実世界の僕のもやもやは…あれ? どこいった?
(あったかい…)
目をつむる柘榴が擦り寄る。目の前にあったかい何かがある。
「好きだよ、兄さん」
「ん…なに…」
よく聞こえない。なんて言っているんだろう。
体があたたかい何かに包まれる。まるで孔雀に抱きしめられているようで気持ちいい、ずっとこうされていたい。
「好きだよ、兄さん…」
もっと言って。もっと僕を呼んで。
「だめ、だよ…ぼくは…」
ーー僕を独り占めして。僕を離さないで。その腕で閉じ込めてーー。
言葉と心が正反対だ。
もう何がなんだかわからない。このままずっと眠っていたい。
全てが曖昧なまま眠っていたい…。
「何がだめなんだ?」
低い声がすぐそばで聞こえ、柘榴は勢いよく目を開ける。
目の前に孔雀がいる。ベッドの上で抱きしめられている。
「くうくん!? いった!」
首に刺すような痛みを感じて思わず触ると、何かが突き刺さっている。
「なに、何これ! 何かある…っ」
「抜いてやるからちょっと待て。あー、麻酔入れんの忘れてた」
「い、いたいっ、いたい…っ」
ずるりと首から出てきたものを見ればコードだ。その先はスマホと…孔雀の首元に繋がっている。
「これ俺の魔法」
「へ? くうくん魔法使えるの?」
「これ突き刺して色々できる。ーー兄さんの記憶とか感情とか全部見た」
そう言われてもよくわからない。
どういうこと? と首を傾ぐと首を撫でられた。血は出ていないっぽいけど、本当に痛かった。
「夢、見なかった?」
「見たけど…」
「兄さんが四人いて、脳内会議開いてた?」
「それ! なんでくうくん知ってるの?」
「僕を独り占めして。僕を離さないで。その腕で閉じ込めて……さっき俺の中に流れ込んできたんだけど、合ってる?」
見上げる先の孔雀は、真っ赤な顔をして震えている。瞳孔が見開かれ、半開きの口に呼吸が荒い。これは…。
「兄さんって意外と情熱的……あ、ヤベッ」
孔雀の鼻からたらりと血が出てしまい、ふたりは慌てて飛び起きた。
「ーー大丈夫? もう止まったかな」
鼻に詰め込んだティッシュを取りながら心配そうに見上げると、孔雀は不貞腐れていた。
「俺すげーかっこ悪い。いつもいつも鼻血が出てる」
「人生とはそういうものだよ」
「年長者め」
「そりゃそうだよ。僕はキミのお兄さんなんだから」
強く睨みつけられた。
「ティッシュ捨ててくるね」
そう言って部屋を逃げ出そうとしたのに、即座に腕を掴まれ抱き寄せられてしまう。
「どこ行くって?」
「えーっと、ちょっとお買い物へ…」
「まだ話は終わってねえよ」
「…ハイ」
それでもなんとか逃げようともぞもぞ動いてみるも、余計に腕のホールドが強くなっただけで終わった。
「…聞いていい? 兄さんまだあの男のこと気になるのか?」
「あー…五年前に付き合ってた人のこと? 気になるっていうか…そりゃあいきなり失踪なんかされたらびっくりするよね。あと、その一週間後に父さんと母さんが亡くなったんだよ? 僕に何か呪いでもかけられてるのかと思うじゃん…。まさか全部くうくんが関係してるとは…」
五年目にしてようやく知った。弟が殺人だなんて。…そう、殺人だよ、人を殺したんだよ!
(なんで今の僕、こんなにも落ち着いてるんだろう…)
夢の中で見たあのもやもやが消えたから?
呆れた? 吹っ切れた? …他にどんな言葉が残ってる?
「兄さんのつむじかわいい」
そう言って孔雀にすんすんすんすんと匂いを嗅がれる。
「甘い。すげーいい匂い。俺この匂い好き」
「…くうくんはずっと危ない仕事してるの?」
「魔法省は至って健全なお仕事です」
「絶対に違うよね…」
「聞きたい?」
「あんまり聞きたくないなぁ…」
「兄さんのご希望に沿ってると思うよ」
やっぱり聞きたくない。
「仕事だからってキミは割り切れるかもしれないけど、僕には難しいよ…」
「だから?」
「だ、だからって言われても…」
「返事。聞かせてもらう約束したけど?」
「ぅ…えっと、えっと……保留じゃだめですか…」
頭の上で盛大なため息が吐かれた。
「兄さんあんたなぁ…俺のこじれた初恋をどこまで捻ってこねくり回して弄んでんだよ…」
「だって! だって実の弟だよ!? そんな簡単に…」
ハッと閃いた柘榴が「これでどうでしょうか!」と目を瞑って勢いよくキスをする。
ちゅ、と軽い音が響いた。単に唇と唇が引っ付いただけである。
恐る恐る目を開けて弟の様子を確認すると、にぱっ、と歯を見せていつも通り笑ったので安心した。
「こんなもんで流されるほど子供じゃねえよ」
とんでもない大失敗だった。
「そりゃあ兄さんからの初キスですよ? 嬉しいに決まってますよ? でもさあ兄さん。そういうのが通用するお年頃じゃねぇんだよ。結局あんたは俺のこと好きなんだよ。わかる? バカな兄さんにでもわかりやすく言ってるけど?」
ひどい言われようだ。
「もう知ったから。兄さんが俺のこと好きなの知ったから。保留にしたって誤魔化そうったってもう無理。ーー兄さん。ちゃんと俺のこと見てる?」
まっすぐ見つめる瞳を、柘榴は見つめ返した。
「 …今まで気づかなかった。くうくんの目、すごくきれい」
きれいな青色の瞳だ。こんなきれいな青、久しぶりに見た。
瞳の大きさもまつ毛の長さも、瞬きと瞬きの間がどれくらいの時間の長さかも知っているはずなのに。
柘榴は両手を伸ばして、頬を包む。
その手のひらに孔雀が擦り寄った。
「好きな人見てたらこんな目になる」
「…僕はどんな目してる?」
「すげーきれい」
「……たぶんこれからも僕は曖昧にするよ? 保留にするし誤魔化す」
「でもホントは独り占めされたいんだろ? 離さないでほしいんだろ?」
「ーーその腕で閉じ込めてほしい、って言ったらどうするの?」
「俺のものになるしかねえだろ。ねえ兄さん…好きだよ」
目をつむると、どちらからともなく唇を貪りあった。
「兄さん、好き好き。大好き。ねえ兄さん、愛してる」
柘榴はうんざりしながら耳元で囁かれる愛溢れる言葉を聞いていた。
「あのさあ…」
「うん?」
後ろから抱きしめられ、ちゅ、と肩にキスを落とされた。ついでとばかりにガブリと噛まれては思わず声が上がった。
「んっ! …ちょっとくうくん、痛いんですけど」
「で? なに?」
「いい加減…抜いてほしいんですけど」
ベッドにてくっついて横になる孔雀のものが、柘榴に挿入されたままなのである。
「え、もう動いてい? 兄さん体力回復した?」
「ちがっ、ぁああ、んっ、んっ」
軽く揺さぶられては変な声が上がり咄嗟に口元を抑えた。
「だめ。聞かせて」
「あ、あ…ぁっ、あっ」
指二本を口の中に強引に突っ込まれる。噛んでいた唇を無理やりこじ開け、指先で舌を掴まえれられこねくり回された。
舌先を弄られのが気持ちよくてついたくさんの涎が出てしまい、じゅぷじゅぷと音が聞こえる。
「兄さん口の中までエロい」
「ま、って…ね、お願いだから…っ」
「なに?」
訝しむ声と共に一応腰の動きを止めてくれた。孔雀の腕の中で柘榴は荒い呼吸を繰り返すばかりだ。
「…キミの体力侮ってました。僕はもう体力回復できません。アラサーの体力考慮してください」
「十歳も離れてれるもんなあ。大丈夫! 兄さんがんばって!」
「最悪なエールだあ」
「せっかく今日は兄さんが俺に好きって言ってくれたんだから、まだセックスしてたい」
すりり、と擦り寄られては陥落しそうになる。
「…僕はまだ言ってないよ」
「それでも俺のこと好きでしょ? 俺知ってるから。ーーちゃんと独り占めしてあげる」
ゾクゾクッ、と柘榴の背筋が甘く震える。
きゅん、と内側が強く締まれば、挿入された孔雀の性器がさらに大きくなった。
「くうくん…僕を、ちゃんと、独り占めできる…?」
「兄さんがいい子にしてたら独り占めしてやる」
「いじわる…」
「どっちが」
腰に回る腕に触れると、それが合図と言わんばかりに奥を突いてきた。
片足を抱え上げられればさらに奥深くを抉られる。
「はああっ、あぁ…んっ! そこ、ゃ、だめ、うう、ひぁっあ、あ、あ、あ、あ…」
ガクガクと落ちるように震える体を背後から抱きしめられる。
「好きだよ、兄さん」
「ああっ、あ、もっと言って…っあぁ、ぁん、んっ、ん」
「好きだよ。大好きだよ。愛してるよ。…足りないんだったらもうずっと一緒にいるしかないよなあ」
「ふう、ぅっ、くうくんと、ずっと、ぁああ、いっしょ、…っんんんっ」
「返事は?」
薄れそうになる意識を必死に捕まえながら、ベッドに投げ捨てていたコードを柘榴は手にして孔雀に手渡す。
不思議そうな顔をしながらも孔雀が自分の首に刺すと、柘榴も首元に突き刺した。
「んっ、これが…僕の返事だよ…」
孔雀は言っていた。
このコードを通して相手の感情や記憶を読み取ることができ、その反対もまた然りと。
できるかどうかわからないけれど、強く、強く願う。伝われと。
決して口にはできないけれど。
でも、声にしなくてもいいなら伝えられる。
ーーこれが僕の思い、感情。全部全部、教えてあげる。
コードで繋がる孔雀の顔が一瞬にして真っ赤に染まった。
「ヤッバ、兄さん情熱的すぎてエロいわ…。え、ウソでしょ、マジで? そんなすげーこと思ってたの?」
「くうくん、ほら…早く独り占めしてよ」
「兄さん大好き!」
言うが早いか勢いよく抱きしめられた。
「かかってこない」
むう、と唇を尖らせながら、うんともすんとも言わないスマホを眺める。
「もう期限過ぎてるんだけどなぁ」
「何が?」
胡座をかいた真ん中に柘榴を置き、すんすんすんすんと相変わらず匂いを嗅ぐ孔雀が尋ねた。
「バイトの合否。一昨日までに返事するって聞いたんだけど、まだかかってこないんだよね。忘れ去られてるのかなぁ…」
「あぁ、中華料理屋の?」
「そ。前に別のバイトの面接受けたときも結局電話なかったし」
「あぁ、スーパーの精肉部門の?」
「そ。…ん? どこの面接受けたかくうくんには言ってないよね? なんで全部知ってるの?」
「兄さん今日も甘くてすげーいい匂い。好き。すげー好き。大好き」
「誤魔化さないでっ。……え、くうくん何かしたの?」
「えー? 別に兄さんにかかってくる電話全部俺のスマホに転送させて断ったりなんかしてないっつーの」
「そんなことしてるの!?」
思わず振り向くと、ちゅ、とキスされる。
「俺が養うからいいじゃん」
「さすがにそういうわけには…」
「俺のためだけにごはん作って? ね、兄さん」
にぱっ、と歯を見せ笑われては弱い。
「兄としての威厳…」
「弟にちんこぶち込まれてる時点でそんなもんないって」
「それしてんのキミじゃん…」
「しょうがないじゃん、好きなんだから」
「…」
「ねー兄さん」
はあ、と柘榴はため息を吐く。
(だめだ、勝てそうにないや)
聞きたいことも聞かなければならないこともまだまだ山ほどあるのに、このかわいい笑顔を見ていたらもうどうでもよくなる。
結局のところ、全てをひっくるめて弟のことがーー。
柘榴は孔雀に擦り寄った。見上げた先の嬉しそうな笑顔に微笑んだ。
「ずっと僕を独り占めしててね?」
夢から覚めるこの永遠のような一瞬が、心地いい。
それにすごくおもしろい夢も見た。自分が四分割されて、脳内会議を開いていたのだ。
議題は全部、孔雀のことだった。孔雀についてを四人の自分が一生懸命語っている。
進行役の自分は、大きなもやもやを抱えていた。胸が痛くてドキドキして、ハラハラしてシクシクするーー現実世界の僕だって同じだ。
孔雀を前にすると過剰反応してしまう。体を重ねるのだって怖いのに、どこか期待している自分がいる。
あの瞬間は、孔雀は自分のものなんだと勘違いしてしまう。弟は、弟のものなのに。
実の兄弟なのに何をしているんだと「正しい兄」の自分が諌めようとする。
実の兄弟だけどしょうがないよねと「言い訳する兄」が顔を覗かせる。
兄弟じゃなかったら…なんてことは絶対に考えない。だって、出会えたんだからそれでいい。
夢の中のもやもやは、最後には消えていた。言いたいことを全部言ったからかな。
現実世界の僕のもやもやは…あれ? どこいった?
(あったかい…)
目をつむる柘榴が擦り寄る。目の前にあったかい何かがある。
「好きだよ、兄さん」
「ん…なに…」
よく聞こえない。なんて言っているんだろう。
体があたたかい何かに包まれる。まるで孔雀に抱きしめられているようで気持ちいい、ずっとこうされていたい。
「好きだよ、兄さん…」
もっと言って。もっと僕を呼んで。
「だめ、だよ…ぼくは…」
ーー僕を独り占めして。僕を離さないで。その腕で閉じ込めてーー。
言葉と心が正反対だ。
もう何がなんだかわからない。このままずっと眠っていたい。
全てが曖昧なまま眠っていたい…。
「何がだめなんだ?」
低い声がすぐそばで聞こえ、柘榴は勢いよく目を開ける。
目の前に孔雀がいる。ベッドの上で抱きしめられている。
「くうくん!? いった!」
首に刺すような痛みを感じて思わず触ると、何かが突き刺さっている。
「なに、何これ! 何かある…っ」
「抜いてやるからちょっと待て。あー、麻酔入れんの忘れてた」
「い、いたいっ、いたい…っ」
ずるりと首から出てきたものを見ればコードだ。その先はスマホと…孔雀の首元に繋がっている。
「これ俺の魔法」
「へ? くうくん魔法使えるの?」
「これ突き刺して色々できる。ーー兄さんの記憶とか感情とか全部見た」
そう言われてもよくわからない。
どういうこと? と首を傾ぐと首を撫でられた。血は出ていないっぽいけど、本当に痛かった。
「夢、見なかった?」
「見たけど…」
「兄さんが四人いて、脳内会議開いてた?」
「それ! なんでくうくん知ってるの?」
「僕を独り占めして。僕を離さないで。その腕で閉じ込めて……さっき俺の中に流れ込んできたんだけど、合ってる?」
見上げる先の孔雀は、真っ赤な顔をして震えている。瞳孔が見開かれ、半開きの口に呼吸が荒い。これは…。
「兄さんって意外と情熱的……あ、ヤベッ」
孔雀の鼻からたらりと血が出てしまい、ふたりは慌てて飛び起きた。
「ーー大丈夫? もう止まったかな」
鼻に詰め込んだティッシュを取りながら心配そうに見上げると、孔雀は不貞腐れていた。
「俺すげーかっこ悪い。いつもいつも鼻血が出てる」
「人生とはそういうものだよ」
「年長者め」
「そりゃそうだよ。僕はキミのお兄さんなんだから」
強く睨みつけられた。
「ティッシュ捨ててくるね」
そう言って部屋を逃げ出そうとしたのに、即座に腕を掴まれ抱き寄せられてしまう。
「どこ行くって?」
「えーっと、ちょっとお買い物へ…」
「まだ話は終わってねえよ」
「…ハイ」
それでもなんとか逃げようともぞもぞ動いてみるも、余計に腕のホールドが強くなっただけで終わった。
「…聞いていい? 兄さんまだあの男のこと気になるのか?」
「あー…五年前に付き合ってた人のこと? 気になるっていうか…そりゃあいきなり失踪なんかされたらびっくりするよね。あと、その一週間後に父さんと母さんが亡くなったんだよ? 僕に何か呪いでもかけられてるのかと思うじゃん…。まさか全部くうくんが関係してるとは…」
五年目にしてようやく知った。弟が殺人だなんて。…そう、殺人だよ、人を殺したんだよ!
(なんで今の僕、こんなにも落ち着いてるんだろう…)
夢の中で見たあのもやもやが消えたから?
呆れた? 吹っ切れた? …他にどんな言葉が残ってる?
「兄さんのつむじかわいい」
そう言って孔雀にすんすんすんすんと匂いを嗅がれる。
「甘い。すげーいい匂い。俺この匂い好き」
「…くうくんはずっと危ない仕事してるの?」
「魔法省は至って健全なお仕事です」
「絶対に違うよね…」
「聞きたい?」
「あんまり聞きたくないなぁ…」
「兄さんのご希望に沿ってると思うよ」
やっぱり聞きたくない。
「仕事だからってキミは割り切れるかもしれないけど、僕には難しいよ…」
「だから?」
「だ、だからって言われても…」
「返事。聞かせてもらう約束したけど?」
「ぅ…えっと、えっと……保留じゃだめですか…」
頭の上で盛大なため息が吐かれた。
「兄さんあんたなぁ…俺のこじれた初恋をどこまで捻ってこねくり回して弄んでんだよ…」
「だって! だって実の弟だよ!? そんな簡単に…」
ハッと閃いた柘榴が「これでどうでしょうか!」と目を瞑って勢いよくキスをする。
ちゅ、と軽い音が響いた。単に唇と唇が引っ付いただけである。
恐る恐る目を開けて弟の様子を確認すると、にぱっ、と歯を見せていつも通り笑ったので安心した。
「こんなもんで流されるほど子供じゃねえよ」
とんでもない大失敗だった。
「そりゃあ兄さんからの初キスですよ? 嬉しいに決まってますよ? でもさあ兄さん。そういうのが通用するお年頃じゃねぇんだよ。結局あんたは俺のこと好きなんだよ。わかる? バカな兄さんにでもわかりやすく言ってるけど?」
ひどい言われようだ。
「もう知ったから。兄さんが俺のこと好きなの知ったから。保留にしたって誤魔化そうったってもう無理。ーー兄さん。ちゃんと俺のこと見てる?」
まっすぐ見つめる瞳を、柘榴は見つめ返した。
「 …今まで気づかなかった。くうくんの目、すごくきれい」
きれいな青色の瞳だ。こんなきれいな青、久しぶりに見た。
瞳の大きさもまつ毛の長さも、瞬きと瞬きの間がどれくらいの時間の長さかも知っているはずなのに。
柘榴は両手を伸ばして、頬を包む。
その手のひらに孔雀が擦り寄った。
「好きな人見てたらこんな目になる」
「…僕はどんな目してる?」
「すげーきれい」
「……たぶんこれからも僕は曖昧にするよ? 保留にするし誤魔化す」
「でもホントは独り占めされたいんだろ? 離さないでほしいんだろ?」
「ーーその腕で閉じ込めてほしい、って言ったらどうするの?」
「俺のものになるしかねえだろ。ねえ兄さん…好きだよ」
目をつむると、どちらからともなく唇を貪りあった。
「兄さん、好き好き。大好き。ねえ兄さん、愛してる」
柘榴はうんざりしながら耳元で囁かれる愛溢れる言葉を聞いていた。
「あのさあ…」
「うん?」
後ろから抱きしめられ、ちゅ、と肩にキスを落とされた。ついでとばかりにガブリと噛まれては思わず声が上がった。
「んっ! …ちょっとくうくん、痛いんですけど」
「で? なに?」
「いい加減…抜いてほしいんですけど」
ベッドにてくっついて横になる孔雀のものが、柘榴に挿入されたままなのである。
「え、もう動いてい? 兄さん体力回復した?」
「ちがっ、ぁああ、んっ、んっ」
軽く揺さぶられては変な声が上がり咄嗟に口元を抑えた。
「だめ。聞かせて」
「あ、あ…ぁっ、あっ」
指二本を口の中に強引に突っ込まれる。噛んでいた唇を無理やりこじ開け、指先で舌を掴まえれられこねくり回された。
舌先を弄られのが気持ちよくてついたくさんの涎が出てしまい、じゅぷじゅぷと音が聞こえる。
「兄さん口の中までエロい」
「ま、って…ね、お願いだから…っ」
「なに?」
訝しむ声と共に一応腰の動きを止めてくれた。孔雀の腕の中で柘榴は荒い呼吸を繰り返すばかりだ。
「…キミの体力侮ってました。僕はもう体力回復できません。アラサーの体力考慮してください」
「十歳も離れてれるもんなあ。大丈夫! 兄さんがんばって!」
「最悪なエールだあ」
「せっかく今日は兄さんが俺に好きって言ってくれたんだから、まだセックスしてたい」
すりり、と擦り寄られては陥落しそうになる。
「…僕はまだ言ってないよ」
「それでも俺のこと好きでしょ? 俺知ってるから。ーーちゃんと独り占めしてあげる」
ゾクゾクッ、と柘榴の背筋が甘く震える。
きゅん、と内側が強く締まれば、挿入された孔雀の性器がさらに大きくなった。
「くうくん…僕を、ちゃんと、独り占めできる…?」
「兄さんがいい子にしてたら独り占めしてやる」
「いじわる…」
「どっちが」
腰に回る腕に触れると、それが合図と言わんばかりに奥を突いてきた。
片足を抱え上げられればさらに奥深くを抉られる。
「はああっ、あぁ…んっ! そこ、ゃ、だめ、うう、ひぁっあ、あ、あ、あ、あ…」
ガクガクと落ちるように震える体を背後から抱きしめられる。
「好きだよ、兄さん」
「ああっ、あ、もっと言って…っあぁ、ぁん、んっ、ん」
「好きだよ。大好きだよ。愛してるよ。…足りないんだったらもうずっと一緒にいるしかないよなあ」
「ふう、ぅっ、くうくんと、ずっと、ぁああ、いっしょ、…っんんんっ」
「返事は?」
薄れそうになる意識を必死に捕まえながら、ベッドに投げ捨てていたコードを柘榴は手にして孔雀に手渡す。
不思議そうな顔をしながらも孔雀が自分の首に刺すと、柘榴も首元に突き刺した。
「んっ、これが…僕の返事だよ…」
孔雀は言っていた。
このコードを通して相手の感情や記憶を読み取ることができ、その反対もまた然りと。
できるかどうかわからないけれど、強く、強く願う。伝われと。
決して口にはできないけれど。
でも、声にしなくてもいいなら伝えられる。
ーーこれが僕の思い、感情。全部全部、教えてあげる。
コードで繋がる孔雀の顔が一瞬にして真っ赤に染まった。
「ヤッバ、兄さん情熱的すぎてエロいわ…。え、ウソでしょ、マジで? そんなすげーこと思ってたの?」
「くうくん、ほら…早く独り占めしてよ」
「兄さん大好き!」
言うが早いか勢いよく抱きしめられた。
「かかってこない」
むう、と唇を尖らせながら、うんともすんとも言わないスマホを眺める。
「もう期限過ぎてるんだけどなぁ」
「何が?」
胡座をかいた真ん中に柘榴を置き、すんすんすんすんと相変わらず匂いを嗅ぐ孔雀が尋ねた。
「バイトの合否。一昨日までに返事するって聞いたんだけど、まだかかってこないんだよね。忘れ去られてるのかなぁ…」
「あぁ、中華料理屋の?」
「そ。前に別のバイトの面接受けたときも結局電話なかったし」
「あぁ、スーパーの精肉部門の?」
「そ。…ん? どこの面接受けたかくうくんには言ってないよね? なんで全部知ってるの?」
「兄さん今日も甘くてすげーいい匂い。好き。すげー好き。大好き」
「誤魔化さないでっ。……え、くうくん何かしたの?」
「えー? 別に兄さんにかかってくる電話全部俺のスマホに転送させて断ったりなんかしてないっつーの」
「そんなことしてるの!?」
思わず振り向くと、ちゅ、とキスされる。
「俺が養うからいいじゃん」
「さすがにそういうわけには…」
「俺のためだけにごはん作って? ね、兄さん」
にぱっ、と歯を見せ笑われては弱い。
「兄としての威厳…」
「弟にちんこぶち込まれてる時点でそんなもんないって」
「それしてんのキミじゃん…」
「しょうがないじゃん、好きなんだから」
「…」
「ねー兄さん」
はあ、と柘榴はため息を吐く。
(だめだ、勝てそうにないや)
聞きたいことも聞かなければならないこともまだまだ山ほどあるのに、このかわいい笑顔を見ていたらもうどうでもよくなる。
結局のところ、全てをひっくるめて弟のことがーー。
柘榴は孔雀に擦り寄った。見上げた先の嬉しそうな笑顔に微笑んだ。
「ずっと僕を独り占めしててね?」
1
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
愛する者の腕に抱かれ、獣は甘い声を上げる
すいかちゃん
BL
獣の血を受け継ぐ一族。人間のままでいるためには・・・。
第一章 「優しい兄達の腕に抱かれ、弟は初めての発情期を迎える」
一族の中でも獣の血が濃く残ってしまった颯真。一族から疎まれる存在でしかなかった弟を、兄の亜蘭と玖蘭は密かに連れ出し育てる。3人だけで暮らすなか、颯真は初めての発情期を迎える。亜蘭と玖蘭は、颯真が獣にならないようにその身体を抱き締め支配する。
2人のイケメン兄達が、とにかく弟を可愛がるという話です。
第二章「孤独に育った獣は、愛する男の腕に抱かれ甘く啼く」
獣の血が濃い護は、幼い頃から家族から離されて暮らしていた。世話係りをしていた柳沢が引退する事となり、代わりに彼の孫である誠司がやってくる。真面目で優しい誠司に、護は次第に心を開いていく。やがて、2人は恋人同士となったが・・・。
第三章「獣と化した幼馴染みに、青年は変わらぬ愛を注ぎ続ける」
幼馴染み同士の凛と夏陽。成長しても、ずっと一緒だった。凛に片思いしている事に気が付き、夏陽は思い切って告白。凛も同じ気持ちだと言ってくれた。
だが、成人式の数日前。夏陽は、凛から別れを告げられる。そして、凛の兄である靖から彼の中に獣の血が流れている事を知らされる。発情期を迎えた凛の元に向かえば、靖がいきなり夏陽を羽交い締めにする。
獣が攻めとなる話です。また、時代もかなり現代に近くなっています。
【完結】その少年は硝子の魔術士
鏑木 うりこ
BL
神の家でステンドグラスを作っていた俺は地上に落とされた。俺の出来る事は硝子細工だけなのに。
硝子じゃお腹も膨れない!硝子じゃ魔物は倒せない!どうする、俺?!
設定はふんわりしております。
少し痛々しい。
悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)
かんだ
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。
ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
私の番がスパダリだった件について惚気てもいいですか?
バナナマヨネーズ
BL
この世界の最強種である【バイパー】の青年ファイは、番から逃げるために自らに封印魔術を施した。
時は流れ、生きているうちに封印が解けたことを知ったファイは愕然とする間もなく番の存在に気が付くのだ。番を守るためにファイがとった行動は「どうか、貴方様の僕にしてください。ご主人様!!」という、とんでもないものだったが、何故かファイは僕として受け入れられてしまう。更には、番であるクロスにキスやそれ以上を求められてしまって?
※独自バース設定あり
全17話
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる