弟との恋は前途多難ー柘榴編ー

ユーリ

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第6話「脳内会議」

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ーーは? どうやったら兄貴に好かれるかって? お前今まで自分がしたこと思い出せ。は? 兄貴の気持ちがわからない? すまんな、俺は両思いしか経験したことないんで。おかげさまでラブラブです。つか、そのコード突き刺しゃいいんじゃねえの?
黒曜にそう言われて、はたと気づいた。
(俺めちゃくちゃ便利な魔法使えるのに盲点だった)
コードを突き刺せば相手の感情や記憶を読み取ることができるのに、今まで柘榴に対して使ったことがない。
ベッドに横たわる兄を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。
気を失った柘榴はまだ目覚めそうにない。
(俺がしてることってそんなに変なのか?)
ただ実の兄が好きなだけ。ただ実の兄が欲しいがために周りの人間を排除しただけ。
それだけのことなのに、柘榴はなぜ受け入れてくれないんだろうか。
わからない。どれだけ考えてもわからない。
ーーなんでくうくんはいつも自分の気持ちばっか押し付けるの?
(…兄さんが欲しいからに決まってんだろ。思いは口にしないと伝わらない)
これが押し付けている、ということだろうか。
じゃあ兄が自分以外の人間に抱かれるのを黙って指を咥えて見てろってか? 絶対に嫌だ。
じゃあこのままフツーの兄弟でいろってか? 絶対に嫌だ。
じゃあ兄が自分を拒否拒絶したとしても手に入れたいってか? 当たり前だろ!
…どれだけ自問自答を繰り返しても、この答えにしか辿りつかない。
これが押しつけな感情ということか。だからなんだ。自己犠牲してまで押さえつけたくなんかない。
孔雀は深呼吸した。
自分の首にコードを突き刺し、スマホやパソコンに繋げる。そしてもう一つの先端を、勢いよく柘榴の首に突き刺した。
「んっ…」
ビクッ、と眠る柘榴の体が震えた。その小さな体の隣に横になり、目を閉じた。
「ごめん、兄さん。記憶も感情も全部見せて」
ーー人の記憶の中には何度も入った。真っ暗な道を通れば、その人の記憶や感情の中洲へと進んでいける。
「ロックはかかってねえな」
魔法を使える人間や魔法にかかっている者は、記憶や感情のいくつかにはロックがかかりその内側へ進むことはできない。もしくは強く願えばどれだけ侵入を目論みようが拒むことはできる。
しかし柘榴は魔法とは縁遠いので簡単に入り込むことができた。
「あ?」
実家の肉屋が潰れた時の記憶が流れ込んできた。同時にその時の感情も入ってくるが、悲しむ様子は一切なかった。それどころか安堵している。
「…そんなに俺に抱かれるのが嫌かよ」
頭をかきながら前へ進んだ。ふと横を見ると、立ち入り禁止!!と書かれたドアが現れた。
「立ち入り禁止ならロックぐらいかけなさいっての」
簡単に開いた。入ってくださいと言っているようなものだ。
中には円卓があり、四人の柘榴が座っていた。頭上には「第×××回脳内会議」と看板が掲げられている。
(あー、こういうパターンね)
思考がぐるぐる回り答えが出てこない人にありがちな脳内イメージである。
(兄さんが四人もいる。全員がバカ面しててかわいい)
神妙な面持ちで座っている光景に吹き出しそうになる。
「えー、それでは最初の議題についてです。まずはくうくんの食事量、これはどう思いますか?」
「よく食べているからこのままで大丈夫だと思うよ」
「なに言ってんの? くうくんは成長期なんだよ? 今ぐらいの量では足りないと思う」
「どっちでもいいよ」
どうやら四人には役割分担があるらしく、進行役、肯定派、否定派、中立派に分かれているらしい。
おもしろそうだと、孔雀はその場に座ってしばらく眺めた。
「では次の議題についてです。くうくんはかっこいいですか?」
「かっこいいです! 顔面偏差値高すぎ! かっこいい!」
「なに言ってんの? くうくんはかわいいんだよ。あのギャップはかわいいと表現すべきだ」
「どっちでもいいよ」
「それでは次の議題です。くうくんは変ですか?」
「変。すっごく変」
「いや、あの年頃はそういうものだよ。むしろああいう黒歴史を通ってから大人になる」
「どっちでもいいよ」
俺は現在進行形で黒歴史なのか。
「そろそろヘヴィな問題へと進めようと思います。準備はいいですか?」
「どんとこい!」
「どんとこい!」
「どんとこい!」
三人が同時に返事をする姿に孔雀は肩を震わせた。
「えー…くうくんが人を殺める姿を目撃してしまいました。まずここから話し合いたいと思います」
「人を殺すなんて絶対にしちゃいけないことだ」
「でも僕を誘拐犯から守ったんだよ? 正当防衛といえば正当防衛になると思う」
「どっちでもいいよ」
「まず僕が誘拐されたのが原因だと思う」
「え…僕が悪いの…?」
四人が顔を見合わせたところで吹き出し、慌てて手で口を押さえた。
(ダメだ。笑える。なんだこの四人。バカかわいいの集まりじゃねえか)
しばらく四人が見つめ合い、こほんとそのうちのひとりが咳払いをして再スタート。
「人はお肉を食べるよね。鶏や豚を殺してそのお肉を食べる。もちろん魚もそう。人は命を頂いているんだ」
「リンリカンとかロンリカンとかそういうこと言いたいの?」
「どっちでもいいよ」
「それをどう捉えるか、って思う。人を殺しちゃいけない。そう、人は殺しちゃいけないんだ」
「でも、僕はそれを受け入れたいと思う」
「僕は受け入れられそうにない」
「なんで?」
「なんでって言われても…」
「明確に言葉にできないんだったら反論しないでほしい。なんとなく、とか、みんながそれをダメって言うから、なんてものは違うと思う。僕は嫌だね」
「どっちでもいいよ」
一気に険悪ムードへ突入。進行役が慌てて止めに入った。
「つ、次の議題にいくよ! くうくんは僕のことを好きだの愛してるだの言います。さあどうしましょう」
「受け入れるべきです!」
「いやいや、僕はお兄さんだよ? ちゃんと弟を導かないと!」
「どっちでもいいよ」
「好きなら好きで突っ走るべきだよ! だって人生は短いんだよ!?」
「だからこそ弟を真っ当な道へ行かせなきゃ! くうくんには僕しかいないんだから!」
「どっちでもいいよ」
「兄弟で恋愛なんてダメ絶対!」
「なんで?」
「なんでって言われても…」
「明確に言葉にできないんだったら反論しないでほしい。さっきキミがそう言ったんだよ。好きなら好きでそれでいいじゃないか。僕は突っ走って頭の中お花畑になりたい!」
孔雀は気づいた。
ーー兄さんって俺のこと大好きなんじゃね…? 
(つか、フツーに俺のこと好きって言ってるじゃん)
気づいたら立ち上がり、円卓を蹴り上げていた。
四人の柘榴がぽかんと口を開け、飛んでいく円卓を見つめる。
「よお、兄さんたち。すげー楽しそうな話し合いしてんなあ? 俺も混ぜてくれよ」
今まで記憶や感情に立ち入ったことはないから、ここで混ざったらどうなるのかわからない。
ただ、興味が勝った。
「ひいっ!」
「侵入者だ! 侵入者だ!」
「かかれー!」
四人の柘榴がぽかすかと叩いたり殴ったりとしてくるものの、どれも弱すぎて全く痛くない。
一言叫んだだけで吹っ飛びそうな気もするのでとりあえず孔雀がもう一度座ってみると「今だ!」「全員で伸し掛かれー!」の合図で四人に一斉に体を取り押さえられた。
とは言っても、膝にひとりが乗り、二人がそれぞれ両腕を掴み、ひとりが首に巻き付くという体制だ。
(え、何このハーレム)
「キミは誰だ」
「あんたの弟ですけど」
「くうくんだって? そんなはずはないぞ!」
「こんなところにくうくんがいるはずがない!」
「そうだそうだ!」
四人がぴいぴい喋るのはちょっとうるさいので「あ?」と低い声を出すとぴたりとやんだ。
「ねえ、兄さん」
首に巻き付く方の柘榴に話しかけてみた。
「俺のこと好きなの?」
「くうくんのこと好きなのはあっち」
「僕だよ! 僕はくうくんのこと好き!」
「僕は嫌い」
「どっちでもいいよ」
どうやら首元は進行役で、腕と膝にいるのはそれ以外らしい。
さてここからどうしようと考えていると、首元の柘榴からぽんぽんと叩かれた。
「ねえ、くうくん」
「なんだ?」
「こっちの僕を連れて行ったらキミのこと好きになるよ?」
こっち、と言いながら右腕の柘榴を指差す。右腕柘榴は「僕はくうくんが好き!」と教えてくれる。
ーー連れて行くとはなんだ。
(ここは精神的なものだろ? こっちの兄さんを選べばそうなるってか?)
じゃあ、こっちを選べば?
「こっちの兄さん選んらだどうなるんだ?」
「僕は嫌い」
「こっちの僕を連れて行ったらキミは嫌われるよ」
「それは困る」
ははっ、と笑った。
「ちなみに膝の上の兄さんは?」
「こっち選んだら無関心だよ」
「それはもっと困る。…でもなあ、悪いけど全員連れて帰りたいんだよ」
「全員!? わがままだねえ」
「だって全員兄さんじゃん。俺のこと好きな兄さんも俺のこと嫌いな兄さんも俺のこと無関心な兄さんも、全部ひっくるめて俺の好きな兄さんだから」
「ふーん」
「ちなみにお前は? お前を連れて帰ったらどうなる?」
首元の柘榴は「うーん」と首を傾いだ。
「わかんない」
「自分のことなのにか?」
「だって僕、あれ抱えてるから」
そう言って遠くを指差した。そこには灰色の雲のような物体が浮かんでいた。
「あれ、くうくんに対する僕のもやもや。あれの正体がわかんないから僕はわかんない」
「ずいぶんとまあもやもやしてますな」
「キミのことを考えてたらああなるんだよ。胸が痛くてドキドキして、ハラハラしてシクシクする。もやもやがね、晴れたり曇ったりで雨も降る。忙しいんだよ、僕のもやもやは。考えたくないのに考える。キミは誰のものでもないのに、僕の弟だからって僕のものだと勘違いしちゃう。ずっとずっと僕を独り占めしてほしいって思っちゃう。あーあ、言っちゃった。僕は肯定も否定も中立もしちゃいけない立場なのに。あーあ、いけないんだ」
だから進行役なのか。
首元柘榴の頭を撫でる。四分割されているからか、いつもの甘い匂いが薄い。
「ねえ、くうくん。キミはどの僕を連れて行くの?」
「さっきも言っただろ、全員だ」
「キミは本当に…自分の気持ちばっか押し付ける…」
ぐすぐすと首元柘榴が泣き始めた。なんでここで泣くのかスイッチがよくわからん。
「あんたに言ったところでしょうがないだろうけどさ、俺は兄さんが好きなんだよ。俺の気持ち押し付けてやる。ずっとずっと押し付けてやる。好きだ、兄さん。好きだ」
遠くのもやもやが、少しずつ小さくなっていく。
やがて手のひらサイズとなり、最終的には音もなく消えた。
「…僕もう起きる。四人一緒に」
「起きたら返事聞かせてくれる?」
「覚えてないかもしれないよ。だってここ、現実であって現実じゃないもの」
「いいよ別に。何回でも言ってやるから」
孔雀はそっと目を閉じた。
「好きだよ、兄さん」
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