紫陽花の咲く頃に

ユーリ

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紫陽花の咲く頃に 起1-1

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「お前、なんでユーレイ連れてるんだ?」
まだまだ暑い九月一日。
夏休み明けの石田スミレ(いしだ・すみれ)が学校へ行くと、教室の前でそう声をかけられた。
スミレは首を傾ぐ。
ーーユーレイ?
「ユーレイってどういうこと?」
「お前の背後にいるぞ。夏休み前にはいなかったから、その間に取り憑かれたんだな」
ちらりと背後に目をやる。よかった、何もいない。
む、と頬を膨らませた。
「何もいないよ」
「お前が見えてないだけだろ。俺には見える」
そう言う男の目はスミレと合わず、確実に背後を見ている。
スミレは何度か振り向いてみるものの、やはりそれらしきものはいない。だが相変わらず男とも目が合わない。
少し背筋が震えた。
「えーっと、…ごめん、キミの名前…」
「葵だ。立花葵(たちばな・あおい)。夏休み前にも言っただろうが」
「ご、ごめん…」
「葵って呼べ。わかったな」
「はあ…」
初対面なのになんでこんなに偉そうなんだ? とまで考え眉間に皺を寄せる。
ん? 初対面…じゃない!
「うわあああ!」
スミレは顔を真っ赤にして即座に後退りした。
ーーそうだよ! そうだよこの人は…!
「お前に告白した男をもう忘れたか」
後退りした分、ずいっと男に寄られる。ついでに顔も寄られ、整った切れ長の目が本当に目の前だ。
近い近い近いっ。
「まあ忘れても仕方ないよな。告ったの夏休み前だし、この暑さだし」
「え、あ、え」
「なんだ、何が言いたい」
「こ、こ、この距離感をどうにかしてください…」
「好きな奴の顔なんて目の前で見たいに決まってんだろ」
「っ!」
ーー夏休みの終業式後、確かにこの男…葵に告白された。
隣のクラスで、男なのに髪の毛を伸ばしてポニーテールにしていると有名だった。それに加え背も高く顔も綺麗なので、クラスは違えど顔ぐらいは知っていた。
接点はない。喋った事もない。
それなのにあの暑い日の帰り道、葵に告白されたのだ。
「お前が沸騰しそうだからとりあえず避けるか。大丈夫か、スミレ」
体を避けてはくれたけれど、その代わりスッと手が伸び汗ばんだ頬に触れる。
びくっ、とスミレの体が大袈裟なまでに飛び上がった。
「熱いな。ホントに大丈夫か」
「だっ、だ、だいじょぶ…」
目がぐるぐる回る。触れられたせいで体温が一気に急上昇。
本当に沸騰しそう!
「そっ! それより! ユーレイがどうのこうのって…」
「お前の後ろにいる。あぁ、そうか、スミレは知らないのか。俺は寺の孫だ」
「えっと、学校の近くにあるあのお寺?」
「あぁ。俺のジジイが住職をやってる。だからユーレイが見える。血筋だけど、ま、全部が見えるってわけじゃない」
そう言う葵の目線は相変わらず背後で、思わずスミレはゾッとした。
「除霊って…」
「ジジイならできる」
「キミは…? キミは除霊…」
「名前で呼べ」
「立花くん…? 立花くんは除霊…」
「さっきも言ったけど葵って名前で呼べ。くん付けじゃなく呼び捨てで」
「…あ、葵は? 葵は除霊できる?」
葵の言うことを信じたわけではないが、やっぱりユーレイが乗っているのは精神衛生上よろしくない。
単純に怖いじゃないか!
フリでもなんでもいいから除霊っぽいことをしてほしいーースミレは葵を見つめた。
蝉が鳴く。たらりと汗が流れる。
まだまだ太陽は真夏のようで、立つだけで熱気が地面からこみ上げてくるから暑い。
不意に葵の顔がまた近づいて来た。
「キス」
「へ?」
「キスしたら除霊ができる」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
しかし言葉の意味がわかった途端にスミレは今まで以上に顔を真っ赤にした。
「ええええ! な、なななに言ってんのー!?」
「だから、キスしたら除霊ができると」
耳元で囁くように告げられ、スミレの全身から汗が噴き出した。
ーーなになになにこの人!?
「失礼しますー!」
言うが早いか全速力でその場から逃げた。もしかして、と途中で振り向くも追いかけてくる様子はなく安心するも万が一を考えてそのまま家まで走り続けた。
自室へ入り勢いよくドアを閉め、へなへなとその場に座り込む。
「な、なん、なんだ、今の…」
夏休みを挟んだためにすっかり忘れていたが、そういえば告白されていた。
どっきんどっきん、と鼓動が大きい。うるさくて耳を塞ぎたくなる。
触られた頬が熱い。囁かれた耳も痛いほどに熱い。鏡を見なくてもわかる、きっと真っ赤だろう。
…これは暑さのせいだけではなさそうだ。
「ユーレイとか意味わかんないし…あ、でも…」
思い当たる節がないわけではない。そう、ないわけでは…スミレはぱたりとその場合に倒れ最後の力を振り絞ってエアコンのリモコンへと手を伸ばした。
夏休みも終わったというのに暑い。
そういえば告白されたあの日もすごく暑かったなぁと思い出したスミレは、さらに顔を赤くさせた。
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