生贄の救世主

咲乃いろは

文字の大きさ
5 / 60
第一章 使命の伝承

見える覚悟を見る

しおりを挟む
扉をノックする音が聞こえ、柚葉は聞こえるように返事をした。自分が返事をしないと今この部屋には柚葉一人であるし、この部屋を訪ねてくるということは柚葉に用があるのだろう。扉が開くと間もなく、食欲のそそる香りがふわりと漂ってくる。

「ユズハ様、お食事をお持ちいたしました」
「あ、ありがとうございます。そちらへ置いていただけますか?」
「かしこまりました」

入ってきたのはこの城のメイドと見るだけで涎が溢れ出そうになる夕食だった。メイドは、恐らく決められている配置に食事を並べ、柚葉に一礼すると無駄な所作なく部屋を出ていった。にこやかなメイドではあったが、決められたように流れていった会話に何だか虚しさを感じた。閉まった扉を見つめていても、食事が冷めるだけだ。せっかく用意してもらったのだから温かいうちにいただこう。

「おいしそう」

一人で寂しくとも、お腹は減る。こちらの世界に来たときは夕方で、まだ日もそこまで低くなかったのに、外はすっかり暗闇に飲まれてしまった。
今のところ頼れる存在はアリスとイヴァンしかいないのに、アリスは柚葉に部屋と食事は用意すると言い残してこの部屋に送り届けたのが最後、数時間一人にされたままだ。イヴァンは先ほどの部屋にいるのだろうが、一人であそこまで行く自信はない。

「・・・生贄、」

スープを口に運びながら、言い渡された役目を反芻する。口の中にじわりと広がった野菜の甘みが優しい。
生贄とは言われたが、一体何をされるのかは分からない。火炙りにされるのか、水責めされるのか。食事を与えてくれるということは、もしかしたら太らせて食われるのか。何にせよ、その名前からして良いことであるはずがないのだ。それでもこのご飯はおいしい。

「ごちそうさまでした」

悶々と考えてはいても、手と口は正常に動いていたのか、あっという間に平らげてしまった。空になった食器はどうしたらいいのだろう。放っておいたら汚れが取れなくなるから、水にでもつけておいた方がよくないだろうか。折角綺麗な装飾がされた、高級そうな食器だ。見たところ陶器っぽいから、値も張るだろう。日本に持って帰って売り捌いたら1年分のお小遣いくらいになりそうだ。柚葉は食器を重ねて、割らないようにそっと両手で持ち上げた。

「どこへ持っていく」
「へ!?い、いや、これはですね、水につけておこうと・・・盗もうとしたわけじゃないですよ決して!」
「そこに置いておけ。すぐにメイドが取りに来る」
「そうですか・・・盗もうとしたわけじゃないんですよ断じて!」
「何度も言うと余計怪しいぞ」

いつの間にか扉に背を預けて佇んでいたアリスが訝しげな目を向けてくる。いや、本当に違うんです。部屋に奥にあったお風呂場で水を拝借して付け置きしておこうとしただけなんです。
どうやらその庶民的気遣いは無用だったらしく、アリスの言った通り、すぐにメイドが片付けにやってきた。こんなにタイミングよく来るなんて、どこかで見張られていたのではなかろうか。

「あの、ご飯ありがとうございました」
「あぁ、美味かっただろう」
「はい。高そうな味がしました」
「そりゃ、一国の城に勤めるシェフだ。選りすぐりの者を集っているからな」

そうは言っているものの、アリスはあまり興味のなさそうな表情をしていた。この国の王子なら、この城に住んでいるのなら、毎日こんな食事をしているのだろうに、不満があるのだろうか。

「それで、何か用ではなかったんですか?」
「そうだった。・・・明日、謁見の準備が整った」
「謁見、て・・・国王陛下ということですか?」
「そうだ。朝早いから、遅れないよう準備しておけよ」

これは困った。柚葉は非常に低血圧で寝起きが悪い。国王に謁見なんて遅刻するのは大問題なのは柚葉にだって分かる。ただ自信がない。学校だって母親にモーニング寝技をされてやっと起きるのだ。今考えたらよく生きていられたな。

「モーニングコールのサービスはありますか?」
「ない」
「んな殺生な!」

聞くまでもなくこの世界に目覚まし時計はなさそうだ。あっても破壊してしまうから日本でも持っていなかったが。こうなっては眠らないという選択肢しかない。起きられないのなら最初から寝なければいいのだ。徹夜なんて数年前の大晦日以来だが、謁見が終わってから泥のように寝ればいいことだ。ちなみに、大晦日のカウントダウンは毎年挑戦しているが、成功に至ったのは人生で一度しかない。

「・・・・分かった。起こしにきてやるから」
「お?」
「ただし一度で起きなかった場合は斬るからな」
「私!滅びの年を救う生贄!ここで死ぬ則ち世界滅ぶ!」
「阿保だな。半殺しに決まっているだろう」
「とりあえず剣をしまってください」

いや、国王の謁見に遅刻して不敬罪だと死刑になるよりは、多少斬られてでも時間を守った方が得策か。
穏やかではないアリスのモーニングコールサービスに思わず自分で名乗ってしまったが、柚葉はこの世界の生贄として国王の前に姿を晒す。どうぞ私を使ってくださいと。

「私は、本当に生贄になるんですね?」
「ああ」
「私は、本当にこの世界を救うんですね?」
「ああ」

縁もゆかりもないこの世界を、身を犠牲にして救うらしい。漠然としすぎている使命にいまいち実感が湧かない。何で自分が、何で今、何で何で。疑問と不満ばかりが募るが、それに応えてくる人も、受け止めてくれる人もここにはいなさそうだ。

「じょ、冗談でしょ・・・?」

和葉が生贄と聞いた時は、それは驚いた。だが、平然としてられたのはその生贄はもうこの世にいないと分かっていたからだ。もちろん、生きていたら自分のことのように必死に抵抗していただろう。まさかそれが今度は本当に自分の身に起こることになろうとは。

「冗談だとしたら、俺たちの今までの話は全部作り話だったとでも?」
「本でも出せそうですね」
「生憎、そんな暇はない」

分かっている。冗談だとしたら壮大すぎるドッキリだし、アリスが冗談を言うような人物ではないというのも分かっている。いくら信じられなくても、受け止めるしか道はないということも分かっている。分かりたくなどなかったが。

「言っておくが」

目を伏せてため息をつく柚葉を見てか、アリスが横目に面倒そうに声を掛けた。本意ではないという声色。

「国王への謁見は晒し者として行くのでない」
「へ?」
「名誉ある者としてその姿を貴覧に供して頂くんだ」

この世界を身を挺して救う者として、国王はその者の姿をその眼に焼き付け、その者の人となりを記憶に宿し、国を、世界を守った者として、その名を頭に刻み付ける。その身が滅んでしまうまで、それは消えることはない。

「この国は世界の中心を担っている。世界の生死はこの国に左右される」

だから生贄を差し出す役目も、それを言い渡す責任も、この国が背負う。
そう押し込めるように言うアリスは、どこか憤怒が混じっているようにも思えた。いや、憤怒というよりも悔恨かもしれない。

「見方を変えれば滅びに臆することなく立ち向かう勇者であり、救世主だ。だが、それは聞こえの良さばかりを気にした一時しのぎの仮名に過ぎない」

だから、敢えて生贄と言葉にするのだ。アリスが言わなくともなんとなく分かった。これが分からなければ、冷徹な対応だとこの先ずっと思っていたはずだ。アリスはそう思われても痛くも痒くもないようではあったが。

「生贄を言い渡すのは、俺達の責任だ。生贄にならせる責任が、俺達にはある」

初めて、アリスに王子の肩書きを見た。一国を背負う一族になるということは、柚葉を含む民間人にはおよそ計り知れない重圧がその身にのしかかる。それを空気のように当たり前に受け取るのだ。決められた運命として。

「アリスさん」
「何だ」
「アリスさんって王子様みたいですね」
「本物だ」

こいつの脳には皴がないのかと表情を歪ませた後、諦めたようにため息をついた。アリスも柚葉の相手は疲れたようだ。もういいと片手で額を覆うと、肩を落として部屋の扉を開き、そっと振り返って柚葉を見た。何だか森へ帰っていく熊のようで可愛いなんて、王子様に向かって不躾な目線を送っているのがバレただろうか。

「早く寝ろよ、ユズハ」

パタン、と扉の閉まる音がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...