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第一章 使命の伝承
手に余る責任
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「緊張する・・・」
国のトップに今から会うのだ。当たり前と言えば当たり前だが、そんな理由ばかりではなかった。昨日アリスに聞かされた話だと、今から柚葉は生贄宣言をさせられる。お国のために戦ってきます、と。そんな特攻隊の出撃準備のような状況に、現代っ子の柚葉は耐えられない。
「い、胃が痛い」
「俺は頬が痛い」
「あれ?アリスさん、そのおたふくのような頬っぺどうしました?イケメン台無し」
キリキリする胃を摩っていると、右頬を虫歯のように腫らしたアリスが超不機嫌そうに立っていた。もしかして彼も低血圧だっただろうか。
「どうしましただと?お前がそれを言うか!?」
「へ?ななな何のことでしょう?」
「てンめぇ・・・今ここで再現してやる!全力でな!!」
再現VTR(ただしライブ映像)によると、今朝柚葉を起こしに来たアリスがとんでもない寝相で眠る彼女のベッドの横に立つと、何の前触れもなく柚葉の足がアリスの右頬にクリティカルヒットした。ちなみに声さえ掛けていなかった。柚葉の部屋から、アリスが頬を腫らして出ていった後に柚葉を訪ねたメイドによると、そこにはシーツに全身を包まれてミイラのように、いや蓑虫のように、いや弁当のようになっている柚葉がスヤスヤと寝息を立てていたらしい。
「それはそれは、ご愁傷さまでした」
「お前本当に悪いと思ってる!?」
そうは言われても柚葉の記憶にはないし、柚葉とて起きたら身体がいろんな方向に曲げられ、痛くて仕方なかった。とはいえ、柚葉を起こしに来てくれて、その被害を被ったことに変わりはない、確かに悪いっちゃ悪い。ここは素直に頭を下げておくべきだろう。
「ごめんなさい。またお願いします」
「話聞いてた?」
二度と近付くか、と腫れた頬を摩るアリスの横でいつの間にか来ていたイヴァンが肩を揺らして笑いを堪えていた。綺麗な顔を歪ませて、何がそんなにおかしいのか。
「時間だ、いくぞ」
声色を変えたアリスは、同時に背筋を伸ばす。緩んでいた表情を精悍なものに変化させ、襟を正した。国王のことをたまに”親父”と呼ぶことはあるが、基本的には緊張しているようにも見える。やはり国王とは絶対的支配者のような、その一言で首が飛ぶような権力を持つ人物なのだろう。
そう考えると何だか緊張に加えて恐怖心が芽生えてきて、柚葉は身を固くした。
兵士の手によって重い扉が開き、遠くに玉座が見えた。
「失礼致します」
玉座には、肘をついて身を傾けた五十代くらいの男が座っていた。真っ直ぐにこちらを見据えてくる瞳はアリスと同じ濃紺だ。ただ少し、アリスよりは温度が低い色をしている気がする。まだ少ししか近づいていないのに、射竦めるような視線が分かり、柚葉の歩幅は徐々に狭くなっていく。アリスとの距離が少し空いてしまったところで、後ろを歩いていたイヴァンにそっと背中を押されなければ、そのまま足を止めていたかもしれない。
「アリス=ルヴィン、拝命致した役目を終え、ご報告に上がりました」
国王の顔が分かるくらいの距離で足を止め、すっと膝を折って頭を垂れると、劇中の台詞のような一文を何の違和感もなく声にする。その姿に見とれて、ついアリスを凝視していた柚葉の腕を引っ張り、身を低くするよう促して不敬罪を防いでくれたイヴァンに、後でお礼を言わねばならない。
「アリス」
「はい」
息子の名を呼ぶ声は、この広い部屋によく響くバリトン。威厳を音にしたような身を震えさせるものだった。次の言葉がこれほど怖いと思ったのは初めてかもしれない。後ろめたいことはしていないつもりだが、もしかして今の王を前にして立ちっぱなしだったことで首を撥ねられるのか、それを指導しなかったアリスに罪を負わせるのだろうか。自然と震え始める手を必死で抑え、集中していたからか、国王が口を開く動作が見なくても分かった。
「――――その頬はどうした」
「・・・・・・・何でもありません」
柚葉の心臓は大げさなまでに跳ね上がった。
(ヒィィィィィィ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいーー!!国王様、それ私です!!あなたの愛しい息子を殴ったの私ですーーーー!!!!)
ダラダラと冷や汗が背中を伝う。
それは気付くだろう。イケメンの綺麗な輪郭が見てわかるほどに赤く腫れているのだから。ましてや息子だ。この親子にどれ程の家族らしい関係があるのかは分からないが、自分の愛する息子が顔を腫らして帰ってきたら、そりゃ問い詰めたくもなるだろう。
火に囲まれたような感覚に、隣のイヴァンに救助の視線を送るが、彼は顔を背けて肩を揺らしていた。ああ、悪いことをした。きっと彼もこの国王の威圧に恐怖を抱いているのだろう。
「何でもないことないだろう。申せ」
「・・・・・」
口を閉ざすアリスに、国王はほぼ命令のように言う。もしかしてアリスは柚葉をかばっているのかもしれない。柚葉にやられたなんて言えば、柚葉は確実に極刑だ。だが、ここでアリスが黙ったままだと今度はアリスが裁かれる。
(アリスさん、私のことはいいから)
訴えるようにアリスに視線を送ったが、気付いてくれるだろうか。
しばらく渋っていたアリスだが、国王の言うことに従わないわけにはいかないのか、ため息を一つつき、少し低い声で呟いた。
「横にいるこのミノリユズハを起こしに行った際、盛大に蹴られました」
そうアリスが簡潔に言い終わると、息も憚れる沈黙が流れた。国王は俯いていて表情は見えないが、この部屋に入った時から変わっていないポーズが震えている。怒り狂っているのか。弁明しようにも、柚葉にはその言葉が一言も思い浮かばない。ええい、どちらにせよ生贄になる身なのだ。今更足掻いたって仕方ない。運命を受け入れよう。
「ぶっはー!!!」
「!?」
自分の運命に向き合った瞬間、目の前の人物は盛大に噴き出した。
「お前何それ!だっさいなー!虫歯?虫歯か!?」
「うるさいクソ親父!」
「ぎゃははははは!!!」
クソ親父は尚も涙を流して笑う。ひぃひぃと呼吸も危うくなってきた。
「えー!?」
「お前もうるさい!イヴァンも笑うな!!」
「いやー、久々に腹が捩れるほど笑いを耐えたよ。・・・っ、アリスこっちを向かないで・・・っ。腹が、腹が攣る・・・!」
国王様と神官様は息ができないほどの大爆笑、王子様は大憤慨、柚葉は大混乱。ようやく国王は笑いが落ち着き、目尻に溜まった涙を拭った。
「で?そのお前を蹴りたくったというのが生贄か?」
「蹴りたくってはいません!一度しか蹴ってません!」
「とりあえずお前は黙れ」
アリスにキッと睨まれ、柚葉は口を噤んだ。話をややこしくしてしまう自覚はあるからだ。
「今回の生贄は随分活きがいいんだな。うむ、気に入った」
頷いて柚葉を見つめる目は、先程までとは打って変わって郷愁を帯びた優しいものになっていた。本当に同じ人物かさえ疑わしい。
アリスは疲れを感じているように緊張感が抜けてしまった声で連絡事項を並べた。
「今回は地球、日本より召喚。名をミノリユズハ。本来であればこいつの姉のカズハが来るはずだったのですが、カズハは既に他界。血縁であるこの者が召喚されてしまったようです」
「違う人物が喚ばれてしまったというのは聞き及んでいた。して、イヴァン。この者でも生贄は務まるのか」
最初よりは砕けた話し方にはなったが、内容が内容だけに再び少し緊張感が漂う。呼ばれたイヴァンは返事をして僅かに顔を上げる。
「おそらく。空間を超えた異世界人は魔力が増します。ユズハに素質がないとしても、生贄になるだけの魔力はあるはずです」
「そうか。――――――・・・・ミノリユズハ」
「は、はい」
ふいに呼ばれた名前と向けられた視線にびくりと肩が上がった。
「頼んだぞ」
一言、そう言われただけだった。
なのに、後悔、期待、深謝。その一言にどれだけの思いが縫い付けられているか、柚葉には分かってしまった。
国のトップに今から会うのだ。当たり前と言えば当たり前だが、そんな理由ばかりではなかった。昨日アリスに聞かされた話だと、今から柚葉は生贄宣言をさせられる。お国のために戦ってきます、と。そんな特攻隊の出撃準備のような状況に、現代っ子の柚葉は耐えられない。
「い、胃が痛い」
「俺は頬が痛い」
「あれ?アリスさん、そのおたふくのような頬っぺどうしました?イケメン台無し」
キリキリする胃を摩っていると、右頬を虫歯のように腫らしたアリスが超不機嫌そうに立っていた。もしかして彼も低血圧だっただろうか。
「どうしましただと?お前がそれを言うか!?」
「へ?ななな何のことでしょう?」
「てンめぇ・・・今ここで再現してやる!全力でな!!」
再現VTR(ただしライブ映像)によると、今朝柚葉を起こしに来たアリスがとんでもない寝相で眠る彼女のベッドの横に立つと、何の前触れもなく柚葉の足がアリスの右頬にクリティカルヒットした。ちなみに声さえ掛けていなかった。柚葉の部屋から、アリスが頬を腫らして出ていった後に柚葉を訪ねたメイドによると、そこにはシーツに全身を包まれてミイラのように、いや蓑虫のように、いや弁当のようになっている柚葉がスヤスヤと寝息を立てていたらしい。
「それはそれは、ご愁傷さまでした」
「お前本当に悪いと思ってる!?」
そうは言われても柚葉の記憶にはないし、柚葉とて起きたら身体がいろんな方向に曲げられ、痛くて仕方なかった。とはいえ、柚葉を起こしに来てくれて、その被害を被ったことに変わりはない、確かに悪いっちゃ悪い。ここは素直に頭を下げておくべきだろう。
「ごめんなさい。またお願いします」
「話聞いてた?」
二度と近付くか、と腫れた頬を摩るアリスの横でいつの間にか来ていたイヴァンが肩を揺らして笑いを堪えていた。綺麗な顔を歪ませて、何がそんなにおかしいのか。
「時間だ、いくぞ」
声色を変えたアリスは、同時に背筋を伸ばす。緩んでいた表情を精悍なものに変化させ、襟を正した。国王のことをたまに”親父”と呼ぶことはあるが、基本的には緊張しているようにも見える。やはり国王とは絶対的支配者のような、その一言で首が飛ぶような権力を持つ人物なのだろう。
そう考えると何だか緊張に加えて恐怖心が芽生えてきて、柚葉は身を固くした。
兵士の手によって重い扉が開き、遠くに玉座が見えた。
「失礼致します」
玉座には、肘をついて身を傾けた五十代くらいの男が座っていた。真っ直ぐにこちらを見据えてくる瞳はアリスと同じ濃紺だ。ただ少し、アリスよりは温度が低い色をしている気がする。まだ少ししか近づいていないのに、射竦めるような視線が分かり、柚葉の歩幅は徐々に狭くなっていく。アリスとの距離が少し空いてしまったところで、後ろを歩いていたイヴァンにそっと背中を押されなければ、そのまま足を止めていたかもしれない。
「アリス=ルヴィン、拝命致した役目を終え、ご報告に上がりました」
国王の顔が分かるくらいの距離で足を止め、すっと膝を折って頭を垂れると、劇中の台詞のような一文を何の違和感もなく声にする。その姿に見とれて、ついアリスを凝視していた柚葉の腕を引っ張り、身を低くするよう促して不敬罪を防いでくれたイヴァンに、後でお礼を言わねばならない。
「アリス」
「はい」
息子の名を呼ぶ声は、この広い部屋によく響くバリトン。威厳を音にしたような身を震えさせるものだった。次の言葉がこれほど怖いと思ったのは初めてかもしれない。後ろめたいことはしていないつもりだが、もしかして今の王を前にして立ちっぱなしだったことで首を撥ねられるのか、それを指導しなかったアリスに罪を負わせるのだろうか。自然と震え始める手を必死で抑え、集中していたからか、国王が口を開く動作が見なくても分かった。
「――――その頬はどうした」
「・・・・・・・何でもありません」
柚葉の心臓は大げさなまでに跳ね上がった。
(ヒィィィィィィ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいーー!!国王様、それ私です!!あなたの愛しい息子を殴ったの私ですーーーー!!!!)
ダラダラと冷や汗が背中を伝う。
それは気付くだろう。イケメンの綺麗な輪郭が見てわかるほどに赤く腫れているのだから。ましてや息子だ。この親子にどれ程の家族らしい関係があるのかは分からないが、自分の愛する息子が顔を腫らして帰ってきたら、そりゃ問い詰めたくもなるだろう。
火に囲まれたような感覚に、隣のイヴァンに救助の視線を送るが、彼は顔を背けて肩を揺らしていた。ああ、悪いことをした。きっと彼もこの国王の威圧に恐怖を抱いているのだろう。
「何でもないことないだろう。申せ」
「・・・・・」
口を閉ざすアリスに、国王はほぼ命令のように言う。もしかしてアリスは柚葉をかばっているのかもしれない。柚葉にやられたなんて言えば、柚葉は確実に極刑だ。だが、ここでアリスが黙ったままだと今度はアリスが裁かれる。
(アリスさん、私のことはいいから)
訴えるようにアリスに視線を送ったが、気付いてくれるだろうか。
しばらく渋っていたアリスだが、国王の言うことに従わないわけにはいかないのか、ため息を一つつき、少し低い声で呟いた。
「横にいるこのミノリユズハを起こしに行った際、盛大に蹴られました」
そうアリスが簡潔に言い終わると、息も憚れる沈黙が流れた。国王は俯いていて表情は見えないが、この部屋に入った時から変わっていないポーズが震えている。怒り狂っているのか。弁明しようにも、柚葉にはその言葉が一言も思い浮かばない。ええい、どちらにせよ生贄になる身なのだ。今更足掻いたって仕方ない。運命を受け入れよう。
「ぶっはー!!!」
「!?」
自分の運命に向き合った瞬間、目の前の人物は盛大に噴き出した。
「お前何それ!だっさいなー!虫歯?虫歯か!?」
「うるさいクソ親父!」
「ぎゃははははは!!!」
クソ親父は尚も涙を流して笑う。ひぃひぃと呼吸も危うくなってきた。
「えー!?」
「お前もうるさい!イヴァンも笑うな!!」
「いやー、久々に腹が捩れるほど笑いを耐えたよ。・・・っ、アリスこっちを向かないで・・・っ。腹が、腹が攣る・・・!」
国王様と神官様は息ができないほどの大爆笑、王子様は大憤慨、柚葉は大混乱。ようやく国王は笑いが落ち着き、目尻に溜まった涙を拭った。
「で?そのお前を蹴りたくったというのが生贄か?」
「蹴りたくってはいません!一度しか蹴ってません!」
「とりあえずお前は黙れ」
アリスにキッと睨まれ、柚葉は口を噤んだ。話をややこしくしてしまう自覚はあるからだ。
「今回の生贄は随分活きがいいんだな。うむ、気に入った」
頷いて柚葉を見つめる目は、先程までとは打って変わって郷愁を帯びた優しいものになっていた。本当に同じ人物かさえ疑わしい。
アリスは疲れを感じているように緊張感が抜けてしまった声で連絡事項を並べた。
「今回は地球、日本より召喚。名をミノリユズハ。本来であればこいつの姉のカズハが来るはずだったのですが、カズハは既に他界。血縁であるこの者が召喚されてしまったようです」
「違う人物が喚ばれてしまったというのは聞き及んでいた。して、イヴァン。この者でも生贄は務まるのか」
最初よりは砕けた話し方にはなったが、内容が内容だけに再び少し緊張感が漂う。呼ばれたイヴァンは返事をして僅かに顔を上げる。
「おそらく。空間を超えた異世界人は魔力が増します。ユズハに素質がないとしても、生贄になるだけの魔力はあるはずです」
「そうか。――――――・・・・ミノリユズハ」
「は、はい」
ふいに呼ばれた名前と向けられた視線にびくりと肩が上がった。
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一言、そう言われただけだった。
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