生贄の救世主

咲乃いろは

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第一章 使命の伝承

明るい世界

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どこかから聞こえる鳴りやまない音楽、人々の楽しそうな声は、笑い声であったり泣き声であったり歌声であったり叫び声であったり。様々な感情が交差する中を柚葉達は歩いていた。道は狭くないのに露店や人がひしめきあっていて、身体を傾けながら進まないといけないほどだ。この世界に来て、城に向かう道を歩いていた時は(というか背負われていた)、暗い路地裏を通って行ったので知らなかったが、ここはこんなにも明るい町だったのか。とても滅んでしまうようには見えない。

「アリスさん、何で今回はこっちを通るんですか?この前みたいに裏道通った方が気付かれなくて楽なんじゃないですか?」

道を進んでいく度にアリスを呼ぶ声がする。呼び方は様々だったが、どの声にも手を軽く上げて反応していた。アリス王子だったり、アリス様だったり、坊ちゃんだったり。坊ちゃん呼びにだけはやめろと叫んでいたが、人々はそれを楽しんでいるようだった。

「少し寄る所があるからな。それよりお前、頼むからはぐれるなよ」
「フリですか」
「フリだと思うか」

そうなったら捜す羽目になるのはアリスだ。彼の視線が痛い。フリじゃないのは分かったから、その夜叉のような目はやめて頂きたい。

「そんなこと言ったって、この人ごみの、中、じゃ、フラグを立たせているように、しか・・・っわ!ごめんなさい!」
「集中力鍛えろよ。さっきからキョロキョロしすぎだ。はぐれたいようにしか思えない」

アリスは、ぶつかった男性に頭を下げる柚葉の腕を引っ張り、自分の後ろにやる。

「だったら手を繋いでくれるなり、GPSつけてくれるなり、はぐれないように気遣ってくれてもいいじゃないですか」
「じーぴーえすが何かは知らんが、手を繋いだりなんてしたら、それこそ怪しまれるだろうが」
「うーん、それもそうか」

柚葉はアリスを見失わないよう、彼を視界に入れながらも顎に手を添えて考える。そのうち、ピンと電気が点ったような表情をすると、何やらせっせと動き始めた。それに大した時間はかからなかったようで、すぐに「これでよし」という声がアリスの後ろから聞こえる。

「・・・・・・おい、何をしている?」
「これではぐれないです!」

現実を見たくはないのか、アリスは足は止めたが、目線を前に向けたまま殺気だけを柚葉に向けるが、彼女は実に満足そうだ。それまでそこにあったはずなのに柚葉の制服のリボンは外され、手に持たれていた。それは何故かアリスの腰のベルトに繋がれている。リードのように。

「お前は俺を何だと思ってる?」
「え?王子様」
「これは王子様ではなく、犬に対する扱いだ!」
「えー、だってはぐれるなって言うから。いいアイデアだと思ったんだけど」
「それはどの辺を指して言っている!?」

アリスは腰に絡まるリボンを引っ掴み、柚葉の手に押し付けた。不満そうにしながらも柚葉はリボンを元の位置に戻した。

「じゃあどうしろって言うんですか。このままじゃ私はぐれる自信しかないですよ」
「・・・・・・」

実に不機嫌そうに無言で柚葉を見下げながら、低く低く、ものすごく嫌そうに言った。

「掴んでろ」
「へ?・・・ど、どこを?」
「どこでもいい」

どこでもいいと言われても、手を掴んだら怒られるだろうし、服を掴んでも彼女みたいになって怒られるだろう。アリスの至る所を探して迷った挙句、腰に差している剣にそっと触れた。

「・・・お、おーけぃ?」
「・・・まぁ、おーけぃだ」

許可が出た。町中で剣を使うようなことにはならないだろうし、これなら彼女ではなく、よくて保護している子どもだ。我ながらいいところを見つけた。今日はなんて頭の回転がいい日だ。







***






人混みをかき分けるように進んでしばらくすると、アリスは一軒の店の前で立ち止まる。店の看板には何やら名前が書いてあるらしかったが、柚葉には読めない。この世界の文字だろうか。

「オヤジ、邪魔するぞ」

カランカランと音を立てて扉が開かれると、中には髭をもっさり蓄えた店主の老人が椅子に座っていた。コクリコクリと舟を漕いでいたが、アリスの声で顔を上げた。

「おや、アリス坊ちゃん。久しいねぇ」
「坊ちゃんはやめろと何回も言ってるだろう」

否定しながらアリスは、店の壁中にずらりと並ぶ薬草を手に取っては眺め、匂いを嗅ぎ、吟味していた。どうやらここは薬屋らしい。端の方にちゃんと粉になったものや液状のものも置いてあるが、殆どはまだ薬草のまま。乾燥してあるものを瓶に詰めて並べてあるだけだった。

「坊ちゃん、その子は?」
「あぁ、例の生贄だ」
「どうも、生贄ですこんにちは!」

挨拶は元気よく。威勢よく頭を下げた柚葉に、店主はにこやかに挨拶を返し、優しげな眼を向けてくる。

「今回はまた、お若いのが来たんだねぇ」
「先日16歳になりました」
「そう・・・それは大変なことになるけど、頑張ってね」

皺くちゃの手で柚葉の両手を包み、撫でる。温かい手だった。肉も落ち、殆ど皮と骨だけになってしまっているのに、そこにはまだまだ生命の息吹が感じられた。

「えっと・・・はい。・・・あの、おじいさんは生贄のことを知って・・・?」
「ああ、知ってるよ。別に珍しいことじゃない。この世界の人間は大抵知っているし、何をするかも知っている。自分たちの住むところのことだからね」
「そうなんですか・・・」

では、滅びの年のことも皆知っているのだ。知っていて、あんなに明るいのだ。まだ柚葉には国民性は分からないが、そこには根性と度胸と鋭気を感じた。

「ただし、気を付けるんだよ、お嬢さん」

店主は少し声を低くして柚葉に熱のこもった目を投げかけた。

「皆知っているからこそ生贄は怖い。生贄の力を狙ってくる悪い奴らもいるんだよ。野党、海賊、組合、団体、貴族。誰でも力はほしい。生贄の持つ膨大な魔力をもって、いろんなことを企むことができてしまうんだ」
「おおう・・・モテ期?」
「モテ期じゃな」

冗談じゃない。人生初のモテ期がこんなものでたまるか。
どの世界にも、どの時代にも、力は求められる。形や状態を変えても、それは変わりようのない現実だ。だから争いはなくならない。力あるものはさらなる力を求め、力なきものは少しでもいいから力を欲する。全ての人類が現状でいいと、今を受け止めていたら、それはなくなるのだろうか。その時は恐らく、時代が止まってしまうだろう。何の欲望もない、高みを目指さない、平坦な道をただただ同じスピードで歩き続ける、色のない世界。

世界は難しい。

「まあその時はそこの坊ちゃんが守ってくれるだろうから、大丈夫だ」
「余計なことを言わんでいい。オヤジ、これで頼む」

アリスがレジに大量の薬草を並べると、店主は眼鏡をかけて袋に入れながら会計をしていく。覚束ないレジの打ち込みだが、果たして正確なのだろうか。全て終わると、店主は金額を伝えるが、それが高いのか低いのか柚葉には判断できなかった。

「じゃあな、オヤジ。長生きしろよ」
「坊ちゃんも、気を付けてお行きよ」

手を振る店主を背中に受けながら、二人は店を後にした。
無事役目を終えたら、またここへ戻ってきて、報告したいなと柚葉は頭の隅でぼんやり考えていた。
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