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第一章 使命の伝承
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次に柚葉が目を覚ましたのは夜中だった。自分の腹の音がきっかけだったのは言うまでもない。
「おはようございます!」
「ああ。・・・・・元気だな」
「はい!今夜は眠れそうにないです!」
「もう日を跨いでるしな」
起きて柚葉の目に入ったアリスは、何やら書類に目を通しているところだった。風呂に入ってたのだろう。髪からぽたりと雫が落ちた。
「髪、濡れたままですよ?」
「ああ」
「風邪ひきますよ?」
「ああ」
「お仕事ですか?」
「ああ」
「前のボタンも開いたままですよ?」
「ああ」
「風邪ひきますよ?」
「ああ」
「お締めましょうか?」
「ああ」
「失礼します」
柚葉は、顎に手を当て書類に目を通したまま、こちらを向こうともしないアリスの膝の下を四つん這いで潜り、両膝の間に入るような形でアリスのシャツのボタンに手を掛けた。
「・・・・・・・何をしている」
「ボタンを締めてます」
微動だにしないアリスは、やっとそこで両膝の間に入る柚葉に目を向ける。
「やめんか」
「痛っ!お締めしましょうかっていったらアリスさんがああって言ったじゃないですか!」
「お前がうるさいから生返事だったのが分からんのか!」
「理不尽!」
「しかもかけ違ってる!」
「それは失礼」
柚葉を足蹴にして引き剥がし、途中まで締められていたボタンを自分で締めていく。柚葉の衝撃的な行動に、アリスは書類の内容が一気にとんだ。また一人の時に読み直すしかない。
肩に掛けていたタオルで髪を拭き直し、広げていた書類を纏めていく。ちなみに、これはグレンが持ってきたもので、今回の一件の報告書だ。アリスにこれを渡し、柚葉が寝た直後、さっさと帰っていった。
「で、まだ痛いか?」
「え?何がですか?」
「忘れてんなら大丈夫だな」
まだ痛みがあるなら治癒魔法でもかけとくかと思っていたが、本人が何のことか分かっていないくらいなら大丈夫だろう。聞いた自分が馬鹿だった。
「じゃ、飯食いたかったら持ってきておいたけど、冷めてるぞ」
「あ・・・ありがとうございます。・・・アリスさんは?」
「俺はまだやることあるからパス」
そう言って纏めた書類をピラピラとしながらドアの方へ歩いていった。自然と欠伸も漏れ、どっと疲れが肩にのしかかってくる。自分の部屋に戻って書類を見終わったら、すぐに寝ようと心に決めながらドアノブに手を掛けた。
「アリスさん」
「ん?」
ドアノブを捻ると、柚葉の声が後ろから呼び止めた。顔だけで振り返り、眠そうに半目で肩越しに柚葉に視線をやった。
「起きるまでここにいてくれて、ありがとうございます」
「・・・・・・」
アリスは何も言わなかったが、代わりに片手をヒラヒラさせながら部屋を後にした。
***
結局柚葉はその後はあまり眠れなかったが、逆にいつもより長く寝ているので頭はすっきりしていた。
朝になると、再びグレンがやってきて、柚葉の部屋に居座っていた。
「それじゃあ、マルゲリータピザさんは、アリスさんの親友なんですね!」
「うん、それだともう俺の要素一個もないからグレンでお願い」
「グラタン?」
「グレン!何故言えない!?」
最初に食べ物みたいな名前、と認識してしまったのだ。根幹を覆さないと無理そうである。
柚葉が一向に名前を覚えてくれなくて、グレンが項垂れていると、ノックの後にアリスが顔を出した。
「あ、殿下。おはようございます・・・」
「ああ。・・・・・・なんだ?」
テンションの低いグレン、きょとんと首を傾げる柚葉。構図がよく理解できなくて、アリスは思わず足を止めた。
「殿下・・・ユズハちゃん、馬鹿なんですか?」
「そうだな」
「アリスさん、グラタンさんが酷いこと言う!」
「お前もな」
二人のくだらないやり取りにため息をつきながら、アリスはソファに腰掛けた。テーブルの真ん中にあった飴を一つ掴み、口に投げ入れた。
「で、グレン。お前この後どうする気だ?親父のとこ顔出すのか?」
「そうですねぇ・・・ひとまず昨日の連中が収監されるのを見送りますよ。一応寝所を共にした元仲間ですから?」
そんなこと微塵も思ってない表情でグレンは肩を竦めて口端を上げた。人当たりも良く、柔らかい印象のグレンだが、たまに氷のような冷えた目をする時がある。ただ一瞬で、気のせいと言えばそうだし、柚葉やアリスに向かっては絶対しない。その目を向ける相手はグレンの中にいるものなのだろう。
「殿下達は?もう出発するんですか?」
「ああ。用が終わればここに長居する理由はない。昼になったら出るよ」
元々この町は素通りする予定だったのだ。だが、町に着くなりグレンが連絡を寄越し、密偵中の集団の摘発ができそうだから、とこんなにここに留まった。後のことはグレンに任せて、先に進んだ方がいいだろう。
「じゃあユズハちゃんとはここでお別れだね。会ったばかりなのに」
「もっとアリスさんとグラタンさんの昔の話聞きたかったのにー」
「っ!グレン、てめっ!何話した!?」
残念、という柚葉の言葉と共に、アリスが飴を噛み砕いた音と、ソファが動くくらい勢いよく立ち上がった音がした。グレンはきょとん、とそのアリスを見ていた。
「何って、昔よく剣を交えてたこととか、ふざけて遊んでて、一緒に陛下に宙吊りにされてお仕置きくらったこととか、雷に臍取られると思って腹に包帯巻きまくって寝たら内臓圧迫しすぎて死にそうになったとか、幽霊が出るという噂の城の一番奥の暗い部屋に二人で行ったら本当に出て、チビりながら逃げ出したこととか、あとはー・・・」
「もういいもういいもういいもういい!」
「アリスさんも可愛い時期あったんですねー!」
「グレン、お前次の密偵場所、覚えてろよ」
「ひぃ!?」
絶対零度の視線がグレンに飛んできて、思わず仰け反った。やばい。彼の兄程ではないが、彼もまたタチの悪い仕返しをしてくる。長年の付き合いから、グレンの嫌がることなんて手に取るように分かるのだ。
「ちょうど調べないといかんところがあったな・・・」
「ど、どこでしょう?」
「この町の外れにある教会、あそこも慈善活動だと言って、裏では何やってるか分からんそうだ。・・・そこ行ってこい」
「・・・い、いや・・・だ、だって、あそこは・・・・・・」
「そうだ。──────ねこ屋敷だ・・・!」
グレンの声にならない叫びがこだました。
彼は大の猫嫌いだ。見るのでさえ虫唾が走る。
「おはようございます!」
「ああ。・・・・・元気だな」
「はい!今夜は眠れそうにないです!」
「もう日を跨いでるしな」
起きて柚葉の目に入ったアリスは、何やら書類に目を通しているところだった。風呂に入ってたのだろう。髪からぽたりと雫が落ちた。
「髪、濡れたままですよ?」
「ああ」
「風邪ひきますよ?」
「ああ」
「お仕事ですか?」
「ああ」
「前のボタンも開いたままですよ?」
「ああ」
「風邪ひきますよ?」
「ああ」
「お締めましょうか?」
「ああ」
「失礼します」
柚葉は、顎に手を当て書類に目を通したまま、こちらを向こうともしないアリスの膝の下を四つん這いで潜り、両膝の間に入るような形でアリスのシャツのボタンに手を掛けた。
「・・・・・・・何をしている」
「ボタンを締めてます」
微動だにしないアリスは、やっとそこで両膝の間に入る柚葉に目を向ける。
「やめんか」
「痛っ!お締めしましょうかっていったらアリスさんがああって言ったじゃないですか!」
「お前がうるさいから生返事だったのが分からんのか!」
「理不尽!」
「しかもかけ違ってる!」
「それは失礼」
柚葉を足蹴にして引き剥がし、途中まで締められていたボタンを自分で締めていく。柚葉の衝撃的な行動に、アリスは書類の内容が一気にとんだ。また一人の時に読み直すしかない。
肩に掛けていたタオルで髪を拭き直し、広げていた書類を纏めていく。ちなみに、これはグレンが持ってきたもので、今回の一件の報告書だ。アリスにこれを渡し、柚葉が寝た直後、さっさと帰っていった。
「で、まだ痛いか?」
「え?何がですか?」
「忘れてんなら大丈夫だな」
まだ痛みがあるなら治癒魔法でもかけとくかと思っていたが、本人が何のことか分かっていないくらいなら大丈夫だろう。聞いた自分が馬鹿だった。
「じゃ、飯食いたかったら持ってきておいたけど、冷めてるぞ」
「あ・・・ありがとうございます。・・・アリスさんは?」
「俺はまだやることあるからパス」
そう言って纏めた書類をピラピラとしながらドアの方へ歩いていった。自然と欠伸も漏れ、どっと疲れが肩にのしかかってくる。自分の部屋に戻って書類を見終わったら、すぐに寝ようと心に決めながらドアノブに手を掛けた。
「アリスさん」
「ん?」
ドアノブを捻ると、柚葉の声が後ろから呼び止めた。顔だけで振り返り、眠そうに半目で肩越しに柚葉に視線をやった。
「起きるまでここにいてくれて、ありがとうございます」
「・・・・・・」
アリスは何も言わなかったが、代わりに片手をヒラヒラさせながら部屋を後にした。
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結局柚葉はその後はあまり眠れなかったが、逆にいつもより長く寝ているので頭はすっきりしていた。
朝になると、再びグレンがやってきて、柚葉の部屋に居座っていた。
「それじゃあ、マルゲリータピザさんは、アリスさんの親友なんですね!」
「うん、それだともう俺の要素一個もないからグレンでお願い」
「グラタン?」
「グレン!何故言えない!?」
最初に食べ物みたいな名前、と認識してしまったのだ。根幹を覆さないと無理そうである。
柚葉が一向に名前を覚えてくれなくて、グレンが項垂れていると、ノックの後にアリスが顔を出した。
「あ、殿下。おはようございます・・・」
「ああ。・・・・・・なんだ?」
テンションの低いグレン、きょとんと首を傾げる柚葉。構図がよく理解できなくて、アリスは思わず足を止めた。
「殿下・・・ユズハちゃん、馬鹿なんですか?」
「そうだな」
「アリスさん、グラタンさんが酷いこと言う!」
「お前もな」
二人のくだらないやり取りにため息をつきながら、アリスはソファに腰掛けた。テーブルの真ん中にあった飴を一つ掴み、口に投げ入れた。
「で、グレン。お前この後どうする気だ?親父のとこ顔出すのか?」
「そうですねぇ・・・ひとまず昨日の連中が収監されるのを見送りますよ。一応寝所を共にした元仲間ですから?」
そんなこと微塵も思ってない表情でグレンは肩を竦めて口端を上げた。人当たりも良く、柔らかい印象のグレンだが、たまに氷のような冷えた目をする時がある。ただ一瞬で、気のせいと言えばそうだし、柚葉やアリスに向かっては絶対しない。その目を向ける相手はグレンの中にいるものなのだろう。
「殿下達は?もう出発するんですか?」
「ああ。用が終わればここに長居する理由はない。昼になったら出るよ」
元々この町は素通りする予定だったのだ。だが、町に着くなりグレンが連絡を寄越し、密偵中の集団の摘発ができそうだから、とこんなにここに留まった。後のことはグレンに任せて、先に進んだ方がいいだろう。
「じゃあユズハちゃんとはここでお別れだね。会ったばかりなのに」
「もっとアリスさんとグラタンさんの昔の話聞きたかったのにー」
「っ!グレン、てめっ!何話した!?」
残念、という柚葉の言葉と共に、アリスが飴を噛み砕いた音と、ソファが動くくらい勢いよく立ち上がった音がした。グレンはきょとん、とそのアリスを見ていた。
「何って、昔よく剣を交えてたこととか、ふざけて遊んでて、一緒に陛下に宙吊りにされてお仕置きくらったこととか、雷に臍取られると思って腹に包帯巻きまくって寝たら内臓圧迫しすぎて死にそうになったとか、幽霊が出るという噂の城の一番奥の暗い部屋に二人で行ったら本当に出て、チビりながら逃げ出したこととか、あとはー・・・」
「もういいもういいもういいもういい!」
「アリスさんも可愛い時期あったんですねー!」
「グレン、お前次の密偵場所、覚えてろよ」
「ひぃ!?」
絶対零度の視線がグレンに飛んできて、思わず仰け反った。やばい。彼の兄程ではないが、彼もまたタチの悪い仕返しをしてくる。長年の付き合いから、グレンの嫌がることなんて手に取るように分かるのだ。
「ちょうど調べないといかんところがあったな・・・」
「ど、どこでしょう?」
「この町の外れにある教会、あそこも慈善活動だと言って、裏では何やってるか分からんそうだ。・・・そこ行ってこい」
「・・・い、いや・・・だ、だって、あそこは・・・・・・」
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