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第三章 夢の続き
腹が立つのは
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こんなに緊張する食事は初めてだ。
いや、味は普通においしい。パンとスープとちょっとした肉、野菜。バランスも整っていて、最近の荒れた食生活からすれば豪華ディナーとしてもいい。だが、問題はこの重苦しい場。宿泊客は国支持派と不支持派にぱっくり分かれていたのだ。
「この前、滅びの年の影響で村が一つなくなりかけたそうだぞ」
「何?全く、国王は何やってんだ。早く生贄を差し出さないといけないんだろ」
「おいテメェ!今なんつった!?国王は十分対策をして下さってる!それに、生贄を捧げるにも、大変な苦労があることは知っているだろう!?」
「そんなこと言ったって、確実に滅びの年の影響はやってきてるんだ!目に見えるくらいの対策をしてくれないと間に合わんだろうが!」
「だから、してんだろうが!あの村がなくならなかったのだって、アリス殿下が救ってくれたからだ!」
「お、お客さん!ここで喧嘩はやめて下さい!」
今にも殴り合いが始まりそうな勢いに、宿の店員があたふたして間に入る。今は言い争いに留まっているが、これ以上白熱すれば乱闘になるだろう。
柚葉とアリスは目立たないよう隅の方に座っているものの、あまり広いところではない。いつか巻き込まれて噂の王子様がここにいることがバレるんじゃないかと、柚葉はひやひやしていた。だいたい、こんなに目立つイケメンがいれば一人や二人、気付きそうなものだが。当のアリスは我関せずとでもいうようにむしゃむしゃとパンを齧っていた。
「第一、アリス殿下はあまり城外に出ないと聞く!そんな人が、村を救えるわけないだろう!」
「どこからそんな噂聞いたんだ!アリス殿下は町の様子を自ら出向いて気にしてくださる方だ!」
「はっ!じゃあお前、アリス殿下を見たことあんのか!」
「ねぇよ!」
なるほど。
だから気付かれないのか。忠誠心は厚くとも、その対象は目にしたことがないと。空回りしていそうな会話に、何だかいたたまれなくなってきた。
ここですよー、ここにいますよー、あなたの王子様。
「もし殿下がお前の言った通りのお方でも、所詮第二王子だろうが!第一王子のラン王子の実力とは雲泥の差がある第二王子に、何ができる!?」
柚葉の口に含んでいたスープが、一気にごくりと喉を下っていった。
ただ聞こえてきていた会話を、今度は耳を澄まして聞いてしまう。
「ラン王子は今城にいない!代わりにアリス殿下が立派に役目を果たしてくださってる!もちろん、実力あってのことだ!」
「どうだかな!今頃怖気づいて逃げてるんじゃねぇか!?」
いつの間にか国というよりアリスの支持・不支持の話になってしまっていたが、本人達はそれに気づいていない程頭に血を上らせていた。言い争う男たちの手が次々と拳を作っていく。
「・・・ユズハ、無視しろ・・よ・・・、―――・・・?」
くだらない、とでも言うように、アリスはため息をつくが、柚葉の方が先に反応しそうで釘を刺そうとしたが、目の前に座っていた少女はそこにはもういなかった。水を入れていたグラスとともに忽然と消えている。
「この、無礼者がぁ・・・っ・・・ぶっ!?」
「ぶはっ!」
殴りかかろうとした男、それを受けようとした男、そしてそれを囃し立てる周りに、ばしゃりと水が撒かれた。主に顔にかかったのに唖然として、一瞬にして辺りは静かになった。ぴしゃん、と水滴が床に落ちる音だけが響く。
見れば屈強な男どもの真ん中に、柚葉の小さな身体が立っていた。
「!?」
アリスは思わず目を剥いた。
何を、やっている。
「ご飯が美味しくなくなりますので、お控えください」
静かに、凛と響く声。
大きい声ではないのに、建物中を飽和する。
「何だ、てめぇ」
「ここに泊まりに来た客ですが何か?」
「だったら余計な口出ししねぇで黙ってろ!」
「そうはいきませんね。数日ぶりのちゃんとした食事にありつけたのに、それさえもあなたたちは妨害すると?」
「あんの、馬鹿・・・・」
アリスは頭痛がしてきそうで思わず額を手で覆った。
それでも柚葉の声は止まない。自分の一回りも二回りも大きな男たちを前に、見据えた目を強く向けている。食べ物に対する執着はそれほどのものなのか。
「店員さんも困ってますし、ご飯くらい皆さん仲良く食べましょう。喧嘩ならお外でどうぞ。あ、食べないのであれば私が後で美味しくいただきますのでご安心を」
「うっせぇよ!どいてろ!」
「っ!」
どん、と肩を軽く押されただけなのに、柚葉の身体は後ろに吹き飛んだ。テーブルや椅子を巻き込み、尻餅をついた。
「いったぁ・・」
「お、お客さん、大丈夫ですか?」
店員が抱き起してくれるが、尻がズキズキと痛い。見てはないが、多分肘も擦りむいている。
「いたいけな女の子を突き飛ばすなんて、なんてことをするんですか」
「おお、おお、じゃあいたいけな女の子はそこで黙って見てることをお勧めするよ。俺たちはアリス殿下の行先を心配して――――」
「それが!」
アリスの名前を耳にした途端、耐えきれなくなって、思わず大きな声が出た。人の話は最後まで聞きなさいとよく言われてきたのだが、今は守れそうにない。
「・・・・それが、うるさいっつってんですよ」
柚葉のいつもより低い声は、男たちを黙らせるには十分だった。
埃を払って立ち上がり、しっかりと地面を踏みしめる。
もうこれで倒れない。
「アリスさんを知らない人がアリスさんについて議論する生産性を教えてください。あなたたちが何を知っていると?アリスさんは第一王子があっての第二王子ではないし、第一王子がどんな方か知りませんけど、実力とは何の実力でしょう?教えてください、あなたたちが評価できる一国の王子達の実力とはどんなものですか」
国政を担う力か。
統制を執る力か。
剣の腕か。
頭の良さか。
人を動かす力か。
「何と何を比べて、モノを言ってんですか」
比べる程、何も知らないくせに。
「アリスさんは誰かの代わりじゃない」
彼は、彼の意志で、役目を果たそうとしている。
王子だからではない。
第一王子がいないからではない。
国を救いたいから、
彼がアリスだからやるのだ。
それを、柚葉は知っている。
「分かったら席に着くかお外へゴー!続けるっていうんなら石頭の私が足と足の間に入って猛烈ジャンプをくらわしてやりますよ!」
「!!?!?」
思わず男たちは顔を青くして内股になる。父と兄を言い負かすときに使っていた常套句が、ここでも通用するとは思わなかった。
「地獄を味わいたいものはここにお並びなさ――むぐっ」
自分の前を指さして示していると、突如紅茶の優しい香りがふわりと漂って、後ろから抱きしめられるように口元が塞がれる。
聞き慣れた、甘い声が耳元で呆れたように囁いた。
「・・・もういいっつの」
「はひふはん(アリスさん)・・・」
アリスは柚葉の口元を開放すると、その手で頭をはたく。
「この馬鹿。騒ぐなっつっただろ」
「すみません、なんか、つい・・・」
「・・・・・・・」
不機嫌そうな顔で柚葉を見つめた後、アリスは内股になったままの男達に目を向ける。
濃紺の中の銀色が、部屋の明かりに照らされて妖艶に光った。それから目を離せなくなったのか、一人の男は固まったまま震える声を出す。
「な、なんだお前は・・・!」
「・・・・アステリア国第一王子、ラン=ルヴィンは世界に一瞬でその名を轟かせたほど剣の腕、頭脳、容姿。どこをとってもアステリア家系で群を抜いて並外れた能力の持ち主であることは間違いない」
「な・・・にを・・・」
「現在は家族さえも連絡がつかない、流浪者。第二王子のアリス=ルヴィンは確かに兄の血と似ているが、所詮は二番煎じ、ラン程の能力はない・・・・といったところか?世間の見解は」
「なんなんだよ、お前。アステリア国とどんな関係だよ・・・!」
「明日、この町では武闘会が開かれるな?」
ナリスの町では兵士、騎士達のスキルアップを図り、定期的に武闘会が開かれる。それに優勝した者は賞金や地位が与えられるのだが、それがちょうど明日開かれるらしかった。
頷く男たちを見ると、アリスは口端をにっと上げ、不敵に笑って見せた。
「それに参加しよう。想像の世界でしかないアリス=ルヴィンの実力は、それを見てお前らが勝手に判断すればいい」
この場にいた誰もが、息を呑んだのが分かった。
いや、味は普通においしい。パンとスープとちょっとした肉、野菜。バランスも整っていて、最近の荒れた食生活からすれば豪華ディナーとしてもいい。だが、問題はこの重苦しい場。宿泊客は国支持派と不支持派にぱっくり分かれていたのだ。
「この前、滅びの年の影響で村が一つなくなりかけたそうだぞ」
「何?全く、国王は何やってんだ。早く生贄を差し出さないといけないんだろ」
「おいテメェ!今なんつった!?国王は十分対策をして下さってる!それに、生贄を捧げるにも、大変な苦労があることは知っているだろう!?」
「そんなこと言ったって、確実に滅びの年の影響はやってきてるんだ!目に見えるくらいの対策をしてくれないと間に合わんだろうが!」
「だから、してんだろうが!あの村がなくならなかったのだって、アリス殿下が救ってくれたからだ!」
「お、お客さん!ここで喧嘩はやめて下さい!」
今にも殴り合いが始まりそうな勢いに、宿の店員があたふたして間に入る。今は言い争いに留まっているが、これ以上白熱すれば乱闘になるだろう。
柚葉とアリスは目立たないよう隅の方に座っているものの、あまり広いところではない。いつか巻き込まれて噂の王子様がここにいることがバレるんじゃないかと、柚葉はひやひやしていた。だいたい、こんなに目立つイケメンがいれば一人や二人、気付きそうなものだが。当のアリスは我関せずとでもいうようにむしゃむしゃとパンを齧っていた。
「第一、アリス殿下はあまり城外に出ないと聞く!そんな人が、村を救えるわけないだろう!」
「どこからそんな噂聞いたんだ!アリス殿下は町の様子を自ら出向いて気にしてくださる方だ!」
「はっ!じゃあお前、アリス殿下を見たことあんのか!」
「ねぇよ!」
なるほど。
だから気付かれないのか。忠誠心は厚くとも、その対象は目にしたことがないと。空回りしていそうな会話に、何だかいたたまれなくなってきた。
ここですよー、ここにいますよー、あなたの王子様。
「もし殿下がお前の言った通りのお方でも、所詮第二王子だろうが!第一王子のラン王子の実力とは雲泥の差がある第二王子に、何ができる!?」
柚葉の口に含んでいたスープが、一気にごくりと喉を下っていった。
ただ聞こえてきていた会話を、今度は耳を澄まして聞いてしまう。
「ラン王子は今城にいない!代わりにアリス殿下が立派に役目を果たしてくださってる!もちろん、実力あってのことだ!」
「どうだかな!今頃怖気づいて逃げてるんじゃねぇか!?」
いつの間にか国というよりアリスの支持・不支持の話になってしまっていたが、本人達はそれに気づいていない程頭に血を上らせていた。言い争う男たちの手が次々と拳を作っていく。
「・・・ユズハ、無視しろ・・よ・・・、―――・・・?」
くだらない、とでも言うように、アリスはため息をつくが、柚葉の方が先に反応しそうで釘を刺そうとしたが、目の前に座っていた少女はそこにはもういなかった。水を入れていたグラスとともに忽然と消えている。
「この、無礼者がぁ・・・っ・・・ぶっ!?」
「ぶはっ!」
殴りかかろうとした男、それを受けようとした男、そしてそれを囃し立てる周りに、ばしゃりと水が撒かれた。主に顔にかかったのに唖然として、一瞬にして辺りは静かになった。ぴしゃん、と水滴が床に落ちる音だけが響く。
見れば屈強な男どもの真ん中に、柚葉の小さな身体が立っていた。
「!?」
アリスは思わず目を剥いた。
何を、やっている。
「ご飯が美味しくなくなりますので、お控えください」
静かに、凛と響く声。
大きい声ではないのに、建物中を飽和する。
「何だ、てめぇ」
「ここに泊まりに来た客ですが何か?」
「だったら余計な口出ししねぇで黙ってろ!」
「そうはいきませんね。数日ぶりのちゃんとした食事にありつけたのに、それさえもあなたたちは妨害すると?」
「あんの、馬鹿・・・・」
アリスは頭痛がしてきそうで思わず額を手で覆った。
それでも柚葉の声は止まない。自分の一回りも二回りも大きな男たちを前に、見据えた目を強く向けている。食べ物に対する執着はそれほどのものなのか。
「店員さんも困ってますし、ご飯くらい皆さん仲良く食べましょう。喧嘩ならお外でどうぞ。あ、食べないのであれば私が後で美味しくいただきますのでご安心を」
「うっせぇよ!どいてろ!」
「っ!」
どん、と肩を軽く押されただけなのに、柚葉の身体は後ろに吹き飛んだ。テーブルや椅子を巻き込み、尻餅をついた。
「いったぁ・・」
「お、お客さん、大丈夫ですか?」
店員が抱き起してくれるが、尻がズキズキと痛い。見てはないが、多分肘も擦りむいている。
「いたいけな女の子を突き飛ばすなんて、なんてことをするんですか」
「おお、おお、じゃあいたいけな女の子はそこで黙って見てることをお勧めするよ。俺たちはアリス殿下の行先を心配して――――」
「それが!」
アリスの名前を耳にした途端、耐えきれなくなって、思わず大きな声が出た。人の話は最後まで聞きなさいとよく言われてきたのだが、今は守れそうにない。
「・・・・それが、うるさいっつってんですよ」
柚葉のいつもより低い声は、男たちを黙らせるには十分だった。
埃を払って立ち上がり、しっかりと地面を踏みしめる。
もうこれで倒れない。
「アリスさんを知らない人がアリスさんについて議論する生産性を教えてください。あなたたちが何を知っていると?アリスさんは第一王子があっての第二王子ではないし、第一王子がどんな方か知りませんけど、実力とは何の実力でしょう?教えてください、あなたたちが評価できる一国の王子達の実力とはどんなものですか」
国政を担う力か。
統制を執る力か。
剣の腕か。
頭の良さか。
人を動かす力か。
「何と何を比べて、モノを言ってんですか」
比べる程、何も知らないくせに。
「アリスさんは誰かの代わりじゃない」
彼は、彼の意志で、役目を果たそうとしている。
王子だからではない。
第一王子がいないからではない。
国を救いたいから、
彼がアリスだからやるのだ。
それを、柚葉は知っている。
「分かったら席に着くかお外へゴー!続けるっていうんなら石頭の私が足と足の間に入って猛烈ジャンプをくらわしてやりますよ!」
「!!?!?」
思わず男たちは顔を青くして内股になる。父と兄を言い負かすときに使っていた常套句が、ここでも通用するとは思わなかった。
「地獄を味わいたいものはここにお並びなさ――むぐっ」
自分の前を指さして示していると、突如紅茶の優しい香りがふわりと漂って、後ろから抱きしめられるように口元が塞がれる。
聞き慣れた、甘い声が耳元で呆れたように囁いた。
「・・・もういいっつの」
「はひふはん(アリスさん)・・・」
アリスは柚葉の口元を開放すると、その手で頭をはたく。
「この馬鹿。騒ぐなっつっただろ」
「すみません、なんか、つい・・・」
「・・・・・・・」
不機嫌そうな顔で柚葉を見つめた後、アリスは内股になったままの男達に目を向ける。
濃紺の中の銀色が、部屋の明かりに照らされて妖艶に光った。それから目を離せなくなったのか、一人の男は固まったまま震える声を出す。
「な、なんだお前は・・・!」
「・・・・アステリア国第一王子、ラン=ルヴィンは世界に一瞬でその名を轟かせたほど剣の腕、頭脳、容姿。どこをとってもアステリア家系で群を抜いて並外れた能力の持ち主であることは間違いない」
「な・・・にを・・・」
「現在は家族さえも連絡がつかない、流浪者。第二王子のアリス=ルヴィンは確かに兄の血と似ているが、所詮は二番煎じ、ラン程の能力はない・・・・といったところか?世間の見解は」
「なんなんだよ、お前。アステリア国とどんな関係だよ・・・!」
「明日、この町では武闘会が開かれるな?」
ナリスの町では兵士、騎士達のスキルアップを図り、定期的に武闘会が開かれる。それに優勝した者は賞金や地位が与えられるのだが、それがちょうど明日開かれるらしかった。
頷く男たちを見ると、アリスは口端をにっと上げ、不敵に笑って見せた。
「それに参加しよう。想像の世界でしかないアリス=ルヴィンの実力は、それを見てお前らが勝手に判断すればいい」
この場にいた誰もが、息を呑んだのが分かった。
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