41 / 60
第三章 夢の続き
旅芸人の参加
しおりを挟む
ナリスの町は比較的大きな町だ。その分人口も多いので、その三分の一が集まっただけでも、結構な人口密度だ。人だか野獣だか分からない唸り声の人々の歓声に、柚葉は踏み出した足を元に戻した。
「何してる。置いてくぞ」
「いや、何ここ、動物園?サファリパークかな?」
「闘技場だな」
武闘会が開催されるという闘技場は、ほぼ満席。その半分は兵士や騎士の参加者だろう。コロシアム型の円形に広がる観客席は、熱気の渦が立ち込めていた。既に試合は始まっていて、一番下の試合場では、二人の騎士が剣を激しく合わせていた。キィン、と金属音が響くが、人の声がそれをかき消してしまう。戦っている二人はもうボロボロで、立っているのもやっとだという顔をしているのに、周りがそれを許さない。まあ、自分が好きで参加しているのだから、同情はしない。
恐らく選手であろう屈強な男たちが試合場の隅に何人か並んでいる。その中には昨日宿にいた客の姿も見えた。何というか、予想通りというのも馬鹿らしくなるくらい、男たちの手に握られている武器は棍棒、斧、身の丈より大きい大刀。ルール上、致命傷を与えてはならないというものがあるらしいが、守る気があるとは思えない。
「勝負あったぁ!!!勝者、町の衛兵、メテオーーー!!!!」
マイクなんぞ使わなくてもいいんじゃないかという程の無駄な大きな声が、会場全体に響き渡る。身体の小さい方の勝利に沸いたのか、観客席はスタンディングオベーションだ。割れんばかりの歓声に柚葉は思わず耳を塞ぐが、前を歩くアリスはつまらないラジオでも聞いているかのような顔をしていた。十九歳にして耳が遠くなったのかと問うたら、髪の毛を三本引きちぎられた。
恐らく今は試合場に続く、観客席の真下を通っているのだろう。防音加工はされていない壁や天井が轟音により揺れている。いつか崩れやしないかとひやひやものだ。小さな土砂が上から降ってくる為、手で頭を押さえ、その延長線の腕で耳を塞ぎながら、アリスのしれっとした背中を見上げた。
いつか目にした、少し肩甲骨を感じる背中。今は上着を着ているからあの時ほどよくは見えないが、試合場にいた男たちにに比べるとやはり細い。
「今更なんですけど、アリスさん大丈夫なんですか?」
「何がだ」
「何がって、中にいる選手たち、強そうでしたよ?熊みたいでした」
「そうか?熊の方が賢そうな顔してたがな」
「熊は頭いいんですよ?知らないんですか」
「自分から振っておいて自分で話の腰を折るの、やめないか?」
光が届かない洞窟ような所を通ってアリスについていくと、徐々に周りが明るくなっていく。突き当りを左に曲がると、出口がすぐそこに見え、そこからは目が痛くなる程の光と、音量を増した歓声が束になって身体を揺らした。
「昂然なアリスさんが負けるなんて想像もつかないですけど、実際人と戦ってるとこなんて見たことないから」
「お前はまず俺に対するイメージを改めろ」
城を出たばかりのころ、襲ってきた野獣と戦っていたのは見ていたが、あれはあくまで理性ないものを相手にしていたのだ。勝負を目的とした人間を相手にするのとは訳が違うだろう。
「まぁ・・・これでも一応隊で訓練は受けてきたからな。それなりにはやれるんじゃないか」
まるで他人事のように言い放って腰の剣を抜く。太陽の光が反射してキラリと柚葉の顔を照らす。
「続いてはぁぁ!!!前回王者、町一番の剣技の持ち主ぃぃ!マレット伯爵ーーー!!!」
司会の声がアリスの対戦相手を呼ぶと、姿を現したのであろう。会場が最高潮の盛り上がりを見せた。前回王者ともなれば、注目の試合になるのは請け合いだ。マレット伯爵というのは、この辺りを取り纏める領主だ。ナリスの町の一番いい所に屋敷を構えているらしい。ちなみに、アリスは偽名で参加受付をしている。むやみやたらに王子の名を広めてしまうのも危険だし、昨日宿にいた連中にはその旨伝えてある。顔を知っているものはアリスだと気付くだろうが、”第二王子の姿”を見せるのは、それくらいの範囲でいい。
「対するはぁぁ!!!飛び込み参加、自称通りすがりの旅芸人、ディーダムーーー!!!」
ちなみにを重ねると、偽名の命名は柚葉だ。トゥイードルダムとトゥイードルディーから取ったと自分では満足そうだったが、周りがぽかんとしていたのは言うまでもない。
「ここで待ってろ」
出口の手前で足を止め、振り返ったアリスは、不敵に笑っていた。
その顔は、”それなりにやれる”という顔ではない。
そして、その姿は光の中に消えていった。
アリスの登場に、会場の熱い声は冷やかしや笑い声に変わっていった。鋼のような強靭な肉体が服の上からでも分かるマレット伯爵と並ぶと、アリスはまるで子どもようだった。もし柚葉が並べば蚊のようかもしれない。マレット伯爵の持つ剣は、意外にもアリスよりも少し短く、少し太いくらいだ。先ほど見たような男たちのように人を潰し殺しそうな野蛮なものではなかった。
司会の合図で、お互いは手を組みあう。
「マレットだ。宜しく」
「ディーダルだ。お手柔らかに」
「・・・・?」
マレット伯爵が眉を顰めたのは、アリスが自分の名前を間違ったからではない。その顔に見覚えがあったからだ。だがまさかと思ったのか、何も言わずにその手を離した。
「では!両者準備はいいかぁ!?健闘を祈る!」
司会がそう言った次の瞬間、サイレンのような大きな音が空気を揺らす。それが試合開始の合図だったようだ。
間髪入れずに、マレック伯爵はアリスとの距離を瞬く間に詰めてきた。でかい図体の割に、恐るべき速さだ。一瞬でアリスの懐に入ると、下から真一文字に剣を振るった。
だがそれは空気を斬っただけで、後ろに飛び退いて距離をとったアリスは間合いから外れてしまっていた。
「・・・やるな」
「・・・どーも」
ニヤリと笑ったマレック伯爵に対し、アリスは心のこもらない礼を言う。このやり取りが、どれくらいの時間で成されただろう。柚葉の体感からして約2秒。周りにはマレック伯爵が動いたと思ったらアリスがお礼を言っていた、ぐらいのことしか、分からなかっただろう。
周りの混乱を余所に、マレック伯爵は次の攻撃に転じる。上、下、右、左、とあらゆる方向から目にも止まらぬスピードで斬りかかるが、金属音がキィンキィンと鳴り響くばかりで、アリスに当たっている様子はこれっぽっちもない。動作が見えないから予想でしかないが、多分アリスが全部受け止めているのだろう。
「おらぁ、どうした!!少しはかかって来い!ひょろっこい兄ちゃんよォ!」
次々と剣を振るいながら、マレック伯爵はアリスを挑発する。観客もそれに助長されたのか、マレック伯爵やっちまえぇ!殺しちまえぇ!と野次が飛んだ。いやだから殺しちゃったら反則負けだがいいのだろうか。馬鹿がたくさん。
「・・・無駄が多いな」
「ああ!?」
アリスは一言呟くと、次に受け止めた攻撃を、そのまま半円を描くように下へいなし、マレック伯爵の剣は地面に突き刺さる。
「!」
この体格で繰り出される攻撃は決して軽いものではなかったはずだ。なのにこんなモデル体型のような男に、簡単に受け流されてしまった。目の前で起こったその事実を受け入れ難いのか、観客もマレック伯爵自身も、息をのんで押し黙ってしまった。
あれだけ轟音になっていた会場に、鳥の囀りでも聞こえてきそうになった瞬間だった。
「な・・・っ、」
「振りが大きい、太刀筋が甘い、力に頼りすぎた攻撃は体力を消耗するだけだ」
「な、何ぃ・・・っ!?」
何故ここで敵に自分の分析をされねばならんのかと、マレック伯爵は額にビキリと青筋を浮かべた。
周りには聞こえないだろうが、剣技に自信があって、前回も優勝しているとなれば、それなりのプライドもある。それを嘲笑うかのように指摘されたのだ。それは、頭に血が上っても仕方がない。
「その辺の旅芸人に何が分かる!?私は長いこと剣の訓練も受けてきた!この腕で、町民を守ったことだってある!!」
マレック伯爵は特に悪い噂は聞かない領主だ。だからといって良いことをすると有名とまではいかないのだが、それなりに領主の務めも果たしているし、少々プライドが高くて野性的な性格を除けば、いい領主だ。彼の言っていることも嘘ではないだろう。観客からは、マレック伯爵を支持する声も少なくない。
「別に、貴殿が下手だとか弱いだとか馬鹿にしているつもりはない。ただ、幼稚な剣だなー、と」
「本当に!?それ本当に馬鹿にしてない!?」
マレック伯爵の目も見らずに空を見上げて言うアリスの言葉は信憑性はゼロだ。
「ああ、してないよ」
次の瞬間、アリスの剣を持つ手に僅かに力が込められたかと思うと、キィンッと甲高い音と共に、マレック伯爵の剣は空高く舞い上がった。
「っ!!」
簡単なまでにマレック伯爵の手から離れてしまった剣は、高く高く弧を描き、ちょうど彼の真後ろ、遠い所に突き刺さった。
「それだけの熱意と自信があるのなら、さらに技術を高め、人々を守れる力をつけていくといいだろう」
強い風が吹き、アリスのマントが肩近くまで靡き上がる。そこから覗くのは、マレック伯爵のような筋骨隆々といった肢体ではなかった。無駄なものなど一切ないような、しなやかな筋肉で引き締められた腕や胴体の四肢。細いシルエットは、ただ細身なだけではない。
「あ、あんたは・・・」
「今後の貴殿が統治する領地を期待する。────パルガ=マレック=ディ伯爵」
アリスが何と言ったのかは、マレック伯爵しか分からなかっただろう。
アリスの口元が緩やかに弧を描いたのは見えたが、それからマレック伯爵は何かを悟ったような表情をして項垂れていた。
かくして、アリスの実力が分かったような分からなかったような試合は終わり、いつの間にか会場はディーダルコールが始まっていた。だから名前、間違ってるけどね。本人がそう名乗っちゃったのだから否めないが。
「ほわー、旅芸人さん強かった・・・のかな・・・?」
試合場に入る手前の所で一部始終を見守っていた柚葉には、あまりよく分からなかったが、とにかく勝ったらしい。司会が興奮気味に試合のリポートをしているが、マレック伯爵は沈んでいるし、旅芸人さんは面倒そうだし、第一、誰もが興奮していて聞いちゃいない。
柚葉は取り留めのない司会のリポートに飽きてしまって、座ってぼーっとその様子を見ていた。
会場の熱気は未だ冷めやらない。再び歓声が沸き起こったままだった。
だから、気付かなかったのだ。
後ろから近付いてくる足音に。
「アリスさん、早く戻ってないこないか─────・・・っ!!」
突如、口を塞がれ、後ろに引き摺られる。
声を出す間もなく、柚葉の視界は霞んでいった。
遠くても、アリスの姿を見失わないようにしたが、意識は轟音の届かない暗闇に呑まれていった。
「何してる。置いてくぞ」
「いや、何ここ、動物園?サファリパークかな?」
「闘技場だな」
武闘会が開催されるという闘技場は、ほぼ満席。その半分は兵士や騎士の参加者だろう。コロシアム型の円形に広がる観客席は、熱気の渦が立ち込めていた。既に試合は始まっていて、一番下の試合場では、二人の騎士が剣を激しく合わせていた。キィン、と金属音が響くが、人の声がそれをかき消してしまう。戦っている二人はもうボロボロで、立っているのもやっとだという顔をしているのに、周りがそれを許さない。まあ、自分が好きで参加しているのだから、同情はしない。
恐らく選手であろう屈強な男たちが試合場の隅に何人か並んでいる。その中には昨日宿にいた客の姿も見えた。何というか、予想通りというのも馬鹿らしくなるくらい、男たちの手に握られている武器は棍棒、斧、身の丈より大きい大刀。ルール上、致命傷を与えてはならないというものがあるらしいが、守る気があるとは思えない。
「勝負あったぁ!!!勝者、町の衛兵、メテオーーー!!!!」
マイクなんぞ使わなくてもいいんじゃないかという程の無駄な大きな声が、会場全体に響き渡る。身体の小さい方の勝利に沸いたのか、観客席はスタンディングオベーションだ。割れんばかりの歓声に柚葉は思わず耳を塞ぐが、前を歩くアリスはつまらないラジオでも聞いているかのような顔をしていた。十九歳にして耳が遠くなったのかと問うたら、髪の毛を三本引きちぎられた。
恐らく今は試合場に続く、観客席の真下を通っているのだろう。防音加工はされていない壁や天井が轟音により揺れている。いつか崩れやしないかとひやひやものだ。小さな土砂が上から降ってくる為、手で頭を押さえ、その延長線の腕で耳を塞ぎながら、アリスのしれっとした背中を見上げた。
いつか目にした、少し肩甲骨を感じる背中。今は上着を着ているからあの時ほどよくは見えないが、試合場にいた男たちにに比べるとやはり細い。
「今更なんですけど、アリスさん大丈夫なんですか?」
「何がだ」
「何がって、中にいる選手たち、強そうでしたよ?熊みたいでした」
「そうか?熊の方が賢そうな顔してたがな」
「熊は頭いいんですよ?知らないんですか」
「自分から振っておいて自分で話の腰を折るの、やめないか?」
光が届かない洞窟ような所を通ってアリスについていくと、徐々に周りが明るくなっていく。突き当りを左に曲がると、出口がすぐそこに見え、そこからは目が痛くなる程の光と、音量を増した歓声が束になって身体を揺らした。
「昂然なアリスさんが負けるなんて想像もつかないですけど、実際人と戦ってるとこなんて見たことないから」
「お前はまず俺に対するイメージを改めろ」
城を出たばかりのころ、襲ってきた野獣と戦っていたのは見ていたが、あれはあくまで理性ないものを相手にしていたのだ。勝負を目的とした人間を相手にするのとは訳が違うだろう。
「まぁ・・・これでも一応隊で訓練は受けてきたからな。それなりにはやれるんじゃないか」
まるで他人事のように言い放って腰の剣を抜く。太陽の光が反射してキラリと柚葉の顔を照らす。
「続いてはぁぁ!!!前回王者、町一番の剣技の持ち主ぃぃ!マレット伯爵ーーー!!!」
司会の声がアリスの対戦相手を呼ぶと、姿を現したのであろう。会場が最高潮の盛り上がりを見せた。前回王者ともなれば、注目の試合になるのは請け合いだ。マレット伯爵というのは、この辺りを取り纏める領主だ。ナリスの町の一番いい所に屋敷を構えているらしい。ちなみに、アリスは偽名で参加受付をしている。むやみやたらに王子の名を広めてしまうのも危険だし、昨日宿にいた連中にはその旨伝えてある。顔を知っているものはアリスだと気付くだろうが、”第二王子の姿”を見せるのは、それくらいの範囲でいい。
「対するはぁぁ!!!飛び込み参加、自称通りすがりの旅芸人、ディーダムーーー!!!」
ちなみにを重ねると、偽名の命名は柚葉だ。トゥイードルダムとトゥイードルディーから取ったと自分では満足そうだったが、周りがぽかんとしていたのは言うまでもない。
「ここで待ってろ」
出口の手前で足を止め、振り返ったアリスは、不敵に笑っていた。
その顔は、”それなりにやれる”という顔ではない。
そして、その姿は光の中に消えていった。
アリスの登場に、会場の熱い声は冷やかしや笑い声に変わっていった。鋼のような強靭な肉体が服の上からでも分かるマレット伯爵と並ぶと、アリスはまるで子どもようだった。もし柚葉が並べば蚊のようかもしれない。マレット伯爵の持つ剣は、意外にもアリスよりも少し短く、少し太いくらいだ。先ほど見たような男たちのように人を潰し殺しそうな野蛮なものではなかった。
司会の合図で、お互いは手を組みあう。
「マレットだ。宜しく」
「ディーダルだ。お手柔らかに」
「・・・・?」
マレット伯爵が眉を顰めたのは、アリスが自分の名前を間違ったからではない。その顔に見覚えがあったからだ。だがまさかと思ったのか、何も言わずにその手を離した。
「では!両者準備はいいかぁ!?健闘を祈る!」
司会がそう言った次の瞬間、サイレンのような大きな音が空気を揺らす。それが試合開始の合図だったようだ。
間髪入れずに、マレック伯爵はアリスとの距離を瞬く間に詰めてきた。でかい図体の割に、恐るべき速さだ。一瞬でアリスの懐に入ると、下から真一文字に剣を振るった。
だがそれは空気を斬っただけで、後ろに飛び退いて距離をとったアリスは間合いから外れてしまっていた。
「・・・やるな」
「・・・どーも」
ニヤリと笑ったマレック伯爵に対し、アリスは心のこもらない礼を言う。このやり取りが、どれくらいの時間で成されただろう。柚葉の体感からして約2秒。周りにはマレック伯爵が動いたと思ったらアリスがお礼を言っていた、ぐらいのことしか、分からなかっただろう。
周りの混乱を余所に、マレック伯爵は次の攻撃に転じる。上、下、右、左、とあらゆる方向から目にも止まらぬスピードで斬りかかるが、金属音がキィンキィンと鳴り響くばかりで、アリスに当たっている様子はこれっぽっちもない。動作が見えないから予想でしかないが、多分アリスが全部受け止めているのだろう。
「おらぁ、どうした!!少しはかかって来い!ひょろっこい兄ちゃんよォ!」
次々と剣を振るいながら、マレック伯爵はアリスを挑発する。観客もそれに助長されたのか、マレック伯爵やっちまえぇ!殺しちまえぇ!と野次が飛んだ。いやだから殺しちゃったら反則負けだがいいのだろうか。馬鹿がたくさん。
「・・・無駄が多いな」
「ああ!?」
アリスは一言呟くと、次に受け止めた攻撃を、そのまま半円を描くように下へいなし、マレック伯爵の剣は地面に突き刺さる。
「!」
この体格で繰り出される攻撃は決して軽いものではなかったはずだ。なのにこんなモデル体型のような男に、簡単に受け流されてしまった。目の前で起こったその事実を受け入れ難いのか、観客もマレック伯爵自身も、息をのんで押し黙ってしまった。
あれだけ轟音になっていた会場に、鳥の囀りでも聞こえてきそうになった瞬間だった。
「な・・・っ、」
「振りが大きい、太刀筋が甘い、力に頼りすぎた攻撃は体力を消耗するだけだ」
「な、何ぃ・・・っ!?」
何故ここで敵に自分の分析をされねばならんのかと、マレック伯爵は額にビキリと青筋を浮かべた。
周りには聞こえないだろうが、剣技に自信があって、前回も優勝しているとなれば、それなりのプライドもある。それを嘲笑うかのように指摘されたのだ。それは、頭に血が上っても仕方がない。
「その辺の旅芸人に何が分かる!?私は長いこと剣の訓練も受けてきた!この腕で、町民を守ったことだってある!!」
マレック伯爵は特に悪い噂は聞かない領主だ。だからといって良いことをすると有名とまではいかないのだが、それなりに領主の務めも果たしているし、少々プライドが高くて野性的な性格を除けば、いい領主だ。彼の言っていることも嘘ではないだろう。観客からは、マレック伯爵を支持する声も少なくない。
「別に、貴殿が下手だとか弱いだとか馬鹿にしているつもりはない。ただ、幼稚な剣だなー、と」
「本当に!?それ本当に馬鹿にしてない!?」
マレック伯爵の目も見らずに空を見上げて言うアリスの言葉は信憑性はゼロだ。
「ああ、してないよ」
次の瞬間、アリスの剣を持つ手に僅かに力が込められたかと思うと、キィンッと甲高い音と共に、マレック伯爵の剣は空高く舞い上がった。
「っ!!」
簡単なまでにマレック伯爵の手から離れてしまった剣は、高く高く弧を描き、ちょうど彼の真後ろ、遠い所に突き刺さった。
「それだけの熱意と自信があるのなら、さらに技術を高め、人々を守れる力をつけていくといいだろう」
強い風が吹き、アリスのマントが肩近くまで靡き上がる。そこから覗くのは、マレック伯爵のような筋骨隆々といった肢体ではなかった。無駄なものなど一切ないような、しなやかな筋肉で引き締められた腕や胴体の四肢。細いシルエットは、ただ細身なだけではない。
「あ、あんたは・・・」
「今後の貴殿が統治する領地を期待する。────パルガ=マレック=ディ伯爵」
アリスが何と言ったのかは、マレック伯爵しか分からなかっただろう。
アリスの口元が緩やかに弧を描いたのは見えたが、それからマレック伯爵は何かを悟ったような表情をして項垂れていた。
かくして、アリスの実力が分かったような分からなかったような試合は終わり、いつの間にか会場はディーダルコールが始まっていた。だから名前、間違ってるけどね。本人がそう名乗っちゃったのだから否めないが。
「ほわー、旅芸人さん強かった・・・のかな・・・?」
試合場に入る手前の所で一部始終を見守っていた柚葉には、あまりよく分からなかったが、とにかく勝ったらしい。司会が興奮気味に試合のリポートをしているが、マレック伯爵は沈んでいるし、旅芸人さんは面倒そうだし、第一、誰もが興奮していて聞いちゃいない。
柚葉は取り留めのない司会のリポートに飽きてしまって、座ってぼーっとその様子を見ていた。
会場の熱気は未だ冷めやらない。再び歓声が沸き起こったままだった。
だから、気付かなかったのだ。
後ろから近付いてくる足音に。
「アリスさん、早く戻ってないこないか─────・・・っ!!」
突如、口を塞がれ、後ろに引き摺られる。
声を出す間もなく、柚葉の視界は霞んでいった。
遠くても、アリスの姿を見失わないようにしたが、意識は轟音の届かない暗闇に呑まれていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる