生贄の救世主

咲乃いろは

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第三章 夢の続き

旅芸人の参加

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ナリスの町は比較的大きな町だ。その分人口も多いので、その三分の一が集まっただけでも、結構な人口密度だ。人だか野獣だか分からない唸り声の人々の歓声に、柚葉は踏み出した足を元に戻した。

「何してる。置いてくぞ」
「いや、何ここ、動物園?サファリパークかな?」
「闘技場だな」

武闘会が開催されるという闘技場は、ほぼ満席。その半分は兵士や騎士の参加者だろう。コロシアム型の円形に広がる観客席は、熱気の渦が立ち込めていた。既に試合は始まっていて、一番下の試合場では、二人の騎士が剣を激しく合わせていた。キィン、と金属音が響くが、人の声がそれをかき消してしまう。戦っている二人はもうボロボロで、立っているのもやっとだという顔をしているのに、周りがそれを許さない。まあ、自分が好きで参加しているのだから、同情はしない。

恐らく選手であろう屈強な男たちが試合場の隅に何人か並んでいる。その中には昨日宿にいた客の姿も見えた。何というか、予想通りというのも馬鹿らしくなるくらい、男たちの手に握られている武器は棍棒、斧、身の丈より大きい大刀。ルール上、致命傷を与えてはならないというものがあるらしいが、守る気があるとは思えない。

「勝負あったぁ!!!勝者、町の衛兵、メテオーーー!!!!」

マイクなんぞ使わなくてもいいんじゃないかという程の無駄な大きな声が、会場全体に響き渡る。身体の小さい方の勝利に沸いたのか、観客席はスタンディングオベーションだ。割れんばかりの歓声に柚葉は思わず耳を塞ぐが、前を歩くアリスはつまらないラジオでも聞いているかのような顔をしていた。十九歳にして耳が遠くなったのかと問うたら、髪の毛を三本引きちぎられた。
恐らく今は試合場に続く、観客席の真下を通っているのだろう。防音加工はされていない壁や天井が轟音により揺れている。いつか崩れやしないかとひやひやものだ。小さな土砂が上から降ってくる為、手で頭を押さえ、その延長線の腕で耳を塞ぎながら、アリスのしれっとした背中を見上げた。
いつか目にした、少し肩甲骨を感じる背中。今は上着を着ているからあの時ほどよくは見えないが、試合場にいた男たちにに比べるとやはり細い。

「今更なんですけど、アリスさん大丈夫なんですか?」
「何がだ」
「何がって、中にいる選手たち、強そうでしたよ?熊みたいでした」
「そうか?熊の方が賢そうな顔してたがな」
「熊は頭いいんですよ?知らないんですか」
「自分から振っておいて自分で話の腰を折るの、やめないか?」

光が届かない洞窟ような所を通ってアリスについていくと、徐々に周りが明るくなっていく。突き当りを左に曲がると、出口がすぐそこに見え、そこからは目が痛くなる程の光と、音量を増した歓声が束になって身体を揺らした。

「昂然なアリスさんが負けるなんて想像もつかないですけど、実際人と戦ってるとこなんて見たことないから」
「お前はまず俺に対するイメージを改めろ」

城を出たばかりのころ、襲ってきた野獣と戦っていたのは見ていたが、あれはあくまで理性ないものを相手にしていたのだ。勝負を目的とした人間を相手にするのとは訳が違うだろう。

「まぁ・・・これでも一応隊で訓練は受けてきたからな。それなりにはやれるんじゃないか」

まるで他人事のように言い放って腰の剣を抜く。太陽の光が反射してキラリと柚葉の顔を照らす。




「続いてはぁぁ!!!前回王者、町一番の剣技の持ち主ぃぃ!マレット伯爵ーーー!!!」

司会の声がアリスの対戦相手を呼ぶと、姿を現したのであろう。会場が最高潮の盛り上がりを見せた。前回王者ともなれば、注目の試合になるのは請け合いだ。マレット伯爵というのは、この辺りを取り纏める領主だ。ナリスの町の一番いい所に屋敷を構えているらしい。ちなみに、アリスは偽名で参加受付をしている。むやみやたらに王子の名を広めてしまうのも危険だし、昨日宿にいた連中にはその旨伝えてある。顔を知っているものはアリスだと気付くだろうが、”第二王子の姿”を見せるのは、それくらいの範囲でいい。

「対するはぁぁ!!!飛び込み参加、自称通りすがりの旅芸人、ディーダムーーー!!!」

ちなみにを重ねると、偽名の命名は柚葉だ。トゥイードルダムとトゥイードルディーから取ったと自分では満足そうだったが、周りがぽかんとしていたのは言うまでもない。







「ここで待ってろ」



出口の手前で足を止め、振り返ったアリスは、不敵に笑っていた。

その顔は、”それなりにやれる”という顔ではない。

そして、その姿は光の中に消えていった。




















アリスの登場に、会場の熱い声は冷やかしや笑い声に変わっていった。鋼のような強靭な肉体が服の上からでも分かるマレット伯爵と並ぶと、アリスはまるで子どもようだった。もし柚葉が並べば蚊のようかもしれない。マレット伯爵の持つ剣は、意外にもアリスよりも少し短く、少し太いくらいだ。先ほど見たような男たちのように人を潰し殺しそうな野蛮なものではなかった。

司会の合図で、お互いは手を組みあう。

「マレットだ。宜しく」
「ディーダルだ。お手柔らかに」
「・・・・?」

マレット伯爵が眉を顰めたのは、アリスが自分の名前を間違ったからではない。その顔に見覚えがあったからだ。だがまさかと思ったのか、何も言わずにその手を離した。

「では!両者準備はいいかぁ!?健闘を祈る!」

司会がそう言った次の瞬間、サイレンのような大きな音が空気を揺らす。それが試合開始の合図だったようだ。
間髪入れずに、マレック伯爵はアリスとの距離を瞬く間に詰めてきた。でかい図体の割に、恐るべき速さだ。一瞬でアリスの懐に入ると、下から真一文字に剣を振るった。
だがそれは空気を斬っただけで、後ろに飛び退いて距離をとったアリスは間合いから外れてしまっていた。

「・・・やるな」
「・・・どーも」

ニヤリと笑ったマレック伯爵に対し、アリスは心のこもらない礼を言う。このやり取りが、どれくらいの時間で成されただろう。柚葉の体感からして約2秒。周りにはマレック伯爵が動いたと思ったらアリスがお礼を言っていた、ぐらいのことしか、分からなかっただろう。
周りの混乱を余所に、マレック伯爵は次の攻撃に転じる。上、下、右、左、とあらゆる方向から目にも止まらぬスピードで斬りかかるが、金属音がキィンキィンと鳴り響くばかりで、アリスに当たっている様子はこれっぽっちもない。動作が見えないから予想でしかないが、多分アリスが全部受け止めているのだろう。

「おらぁ、どうした!!少しはかかって来い!ひょろっこい兄ちゃんよォ!」

次々と剣を振るいながら、マレック伯爵はアリスを挑発する。観客もそれに助長されたのか、マレック伯爵やっちまえぇ!殺しちまえぇ!と野次が飛んだ。いやだから殺しちゃったら反則負けだがいいのだろうか。馬鹿がたくさん。

「・・・無駄が多いな」
「ああ!?」

アリスは一言呟くと、次に受け止めた攻撃を、そのまま半円を描くように下へいなし、マレック伯爵の剣は地面に突き刺さる。

「!」

この体格で繰り出される攻撃は決して軽いものではなかったはずだ。なのにこんなモデル体型のような男に、簡単に受け流されてしまった。目の前で起こったその事実を受け入れ難いのか、観客もマレック伯爵自身も、息をのんで押し黙ってしまった。
あれだけ轟音になっていた会場に、鳥の囀りでも聞こえてきそうになった瞬間だった。

「な・・・っ、」
「振りが大きい、太刀筋が甘い、力に頼りすぎた攻撃は体力を消耗するだけだ」
「な、何ぃ・・・っ!?」

何故ここで敵に自分の分析をされねばならんのかと、マレック伯爵は額にビキリと青筋を浮かべた。
周りには聞こえないだろうが、剣技に自信があって、前回も優勝しているとなれば、それなりのプライドもある。それを嘲笑うかのように指摘されたのだ。それは、頭に血が上っても仕方がない。

「その辺の旅芸人に何が分かる!?私は長いこと剣の訓練も受けてきた!この腕で、町民を守ったことだってある!!」

マレック伯爵は特に悪い噂は聞かない領主だ。だからといって良いことをすると有名とまではいかないのだが、それなりに領主の務めも果たしているし、少々プライドが高くて野性的な性格を除けば、いい領主だ。彼の言っていることも嘘ではないだろう。観客からは、マレック伯爵を支持する声も少なくない。

「別に、貴殿が下手だとか弱いだとか馬鹿にしているつもりはない。ただ、幼稚な剣だなー、と」
「本当に!?それ本当に馬鹿にしてない!?」

マレック伯爵の目も見らずに空を見上げて言うアリスの言葉は信憑性はゼロだ。

「ああ、してないよ」

次の瞬間、アリスの剣を持つ手に僅かに力が込められたかと思うと、キィンッと甲高い音と共に、マレック伯爵の剣は空高く舞い上がった。

「っ!!」

簡単なまでにマレック伯爵の手から離れてしまった剣は、高く高く弧を描き、ちょうど彼の真後ろ、遠い所に突き刺さった。





「それだけの熱意と自信があるのなら、さらに技術を高め、人々を守れる力をつけていくといいだろう」





強い風が吹き、アリスのマントが肩近くまで靡き上がる。そこから覗くのは、マレック伯爵のような筋骨隆々といった肢体ではなかった。無駄なものなど一切ないような、しなやかな筋肉で引き締められた腕や胴体の四肢。細いシルエットは、ただ細身なだけではない。

「あ、あんたは・・・」

「今後の貴殿が統治する領地を期待する。────パルガ=マレック=ディ伯爵」






アリスが何と言ったのかは、マレック伯爵しか分からなかっただろう。
アリスの口元が緩やかに弧を描いたのは見えたが、それからマレック伯爵は何かを悟ったような表情をして項垂れていた。


かくして、アリスの実力が分かったような分からなかったような試合は終わり、いつの間にか会場はディーダルコールが始まっていた。だから名前、間違ってるけどね。本人がそう名乗っちゃったのだから否めないが。

「ほわー、旅芸人さん強かった・・・のかな・・・?」

試合場に入る手前の所で一部始終を見守っていた柚葉には、あまりよく分からなかったが、とにかく勝ったらしい。司会が興奮気味に試合のリポートをしているが、マレック伯爵は沈んでいるし、旅芸人さんは面倒そうだし、第一、誰もが興奮していて聞いちゃいない。
柚葉は取り留めのない司会のリポートに飽きてしまって、座ってぼーっとその様子を見ていた。
会場の熱気は未だ冷めやらない。再び歓声が沸き起こったままだった。

だから、気付かなかったのだ。



後ろから近付いてくる足音に。





「アリスさん、早く戻ってないこないか─────・・・っ!!」





突如、口を塞がれ、後ろに引き摺られる。



声を出す間もなく、柚葉の視界は霞んでいった。




遠くても、アリスの姿を見失わないようにしたが、意識は轟音の届かない暗闇に呑まれていった。




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