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第三章 夢の続き
逃れられない心
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アリスが柚葉の眠る部屋を訪れると、丁度グレンが出てきた時だった。肩を落として、何だか疲れているようだった。
「あ、殿下。おかえりなさい」
「ああ。・・・ユズハは?」
「ひとまず、命に別状はありません。魔力も抜かれてはいないようです」
グレンは凝り固まった肩と首をほぐしながら、ため息をついた。本来なら男たちを相手したアリスの方が疲れているはずだが、傍から見た感じは、どうも逆転しているようだった。
ただ、とグレンは部屋の中に視線をやって、少し眉を寄せた。
「強い薬を飲まされたようです。弛緩剤、媚薬、自白剤、いろいろなものが混ぜられたもののようですが・・・」
「そうか。・・・それで、ユズハをここに連れてきただけのお前が、何故そんなに疲れている?」
半日かかる距離を四時間でぶっ飛ばしてきて、さらにあらゆる方法で柚葉の情報を聞きまわり、変装をしたり結界を壊したりで魔力を使いまくった従順な部下に随分な物言いだが、いつもの彼の様子に、グレンは少し胸をなでおろした。
「いやね、薬が効いてるせいなのは分かってるんですよ、ユズハちゃん。仕方ないんです」
言いにくそうに、だが半分楽しそうに、グレンは視線を泳がせた。
「仕方ないのは分かってるんですけどねぇ・・・あのぉー、その・・・そんな大胆に来られても、俺困っちゃ・・殿下?殿下剣をしまってください」
気が付けばグレン首筋に冷たいものが触れていた。第二王子の目は据わっている。本気だ。
「心配なら見に行ってやってくださいっ。殿下の名前、呼んでましたよ」
「・・・・・」
両手を挙げて顔を逸らし、アリスの剣から逃げると、部屋のドアを開けてやった。中は薄暗く、ベッド脇のランプがほんのり揺らめいているだけだ。
アリスは訝し気にグレンを睨みながら剣をしまうと、抑え気味にした足音を鳴らして中へ入っていった。後ろでグレンが困ったような笑みを浮かべてドアを閉めた。
ベッドに眠る少女は、いつもは体温がなさそうな頬を上気させて、辛そうに顔を歪めていた。ベッド際に腰かけ、前髪を避けてその額にそっと触れる。
「熱いな」
思わずそうこぼしてしまう程の体温に、アリスは眉を顰めた。
するとそれに気付いたのか、柚葉の瞼が僅かに持ち上がった。
「・・・ん、」
「ユズハ、分かるか」
「・・・ア、リスさ・・・ん・・・」
まだ意識ははっきりしていないようだが、目の前にいる人物が誰なのかは分かったようだ。時々落ちてしまうように目を閉じたままにはなるが、口だけはアリスの名を呼んでいた。多分それは無意識で、血色の良くなった唇から零れ落ちるように呟いていた。
額に触れる手をなぞるように頬に持っていくと、そのアリスの冷たい体温が気持ちいいのか、少し声を漏らしてさらに頬が押し付けられた。
手にかかる熱い息に僅かに瞠目し、それでも逃れられない手をどうすることもできない。
「アリスさんの手・・・冷たい・・・きもちいい・・・」
「・・・おまえ・・・、回復したら覚えてろよ・・・」
不思議そうにとろんとした目を向けてくるが、そんなのには騙されない。
柚葉は分かっていない。今自分がどんな状態か。グレンの話によると、柚葉が飲まされた薬には少量だが媚薬も混ざっていると言っていた。布団の隙間から見える汗をかいた首元でも、ほのかな色気を漂わせる。本人にその自覚はなくとも、全身をピンクに染める姿は、健全な男子が見ていられるものではない。それで、グレンはあんなに疲れていたのか。
グレンにも、こんな調子だったのか。
「・・・んぅ・・・水・・・」
「・・・・待ってろ」
探すような柚葉の視線に、囚われていた手をそっと剥がし、用意されていた水をコップ注いだ。再び柚葉に向き直って、彼女の背中に手を差し入れ、上半身を少しだけ持ち上げてやる。口元にきた水を必死に飲もうとするが、口に含むだけでも精一杯のようだった。
「・・・っ、ごほっ・・」
「・・・飲めないか」
うまく喉を通らず、噎せてしまった背中を軽くぽんぽんと叩いてやるが、これ以上無理に飲ませても吐いてしまうだけだ。
アリスはしばし思案すると、コップに残った水を自分の口に含んだ。
そして、それは喉に通すことなく、柚葉の熱い唇に自分のそれを重ね、流し込んだ。
「ん・・・、」
柚葉の口端から溢れた水が零れ落ちるが、こくりと喉が鳴ったところを見ると、ちゃんと飲み込めたようだ。
ゆっくりと唇を離し、伏せた目で彼女を見ると、熱っぽい瞳がこちらを見つめていた。もしかして、ずっと目を開けていたのだろうか。そんな考えが浮かぶが、それは次に発せられた言葉によって一瞬で吹き飛ばされた。
「アリス、さ・・、・・・もっと、」
「・・・・っ、おまえ・・・勘弁しろよ、まじで・・・」
屈強な男たち百人を相手する方がよっぽど楽だ。
「あ、殿下。おかえりなさい」
「ああ。・・・ユズハは?」
「ひとまず、命に別状はありません。魔力も抜かれてはいないようです」
グレンは凝り固まった肩と首をほぐしながら、ため息をついた。本来なら男たちを相手したアリスの方が疲れているはずだが、傍から見た感じは、どうも逆転しているようだった。
ただ、とグレンは部屋の中に視線をやって、少し眉を寄せた。
「強い薬を飲まされたようです。弛緩剤、媚薬、自白剤、いろいろなものが混ぜられたもののようですが・・・」
「そうか。・・・それで、ユズハをここに連れてきただけのお前が、何故そんなに疲れている?」
半日かかる距離を四時間でぶっ飛ばしてきて、さらにあらゆる方法で柚葉の情報を聞きまわり、変装をしたり結界を壊したりで魔力を使いまくった従順な部下に随分な物言いだが、いつもの彼の様子に、グレンは少し胸をなでおろした。
「いやね、薬が効いてるせいなのは分かってるんですよ、ユズハちゃん。仕方ないんです」
言いにくそうに、だが半分楽しそうに、グレンは視線を泳がせた。
「仕方ないのは分かってるんですけどねぇ・・・あのぉー、その・・・そんな大胆に来られても、俺困っちゃ・・殿下?殿下剣をしまってください」
気が付けばグレン首筋に冷たいものが触れていた。第二王子の目は据わっている。本気だ。
「心配なら見に行ってやってくださいっ。殿下の名前、呼んでましたよ」
「・・・・・」
両手を挙げて顔を逸らし、アリスの剣から逃げると、部屋のドアを開けてやった。中は薄暗く、ベッド脇のランプがほんのり揺らめいているだけだ。
アリスは訝し気にグレンを睨みながら剣をしまうと、抑え気味にした足音を鳴らして中へ入っていった。後ろでグレンが困ったような笑みを浮かべてドアを閉めた。
ベッドに眠る少女は、いつもは体温がなさそうな頬を上気させて、辛そうに顔を歪めていた。ベッド際に腰かけ、前髪を避けてその額にそっと触れる。
「熱いな」
思わずそうこぼしてしまう程の体温に、アリスは眉を顰めた。
するとそれに気付いたのか、柚葉の瞼が僅かに持ち上がった。
「・・・ん、」
「ユズハ、分かるか」
「・・・ア、リスさ・・・ん・・・」
まだ意識ははっきりしていないようだが、目の前にいる人物が誰なのかは分かったようだ。時々落ちてしまうように目を閉じたままにはなるが、口だけはアリスの名を呼んでいた。多分それは無意識で、血色の良くなった唇から零れ落ちるように呟いていた。
額に触れる手をなぞるように頬に持っていくと、そのアリスの冷たい体温が気持ちいいのか、少し声を漏らしてさらに頬が押し付けられた。
手にかかる熱い息に僅かに瞠目し、それでも逃れられない手をどうすることもできない。
「アリスさんの手・・・冷たい・・・きもちいい・・・」
「・・・おまえ・・・、回復したら覚えてろよ・・・」
不思議そうにとろんとした目を向けてくるが、そんなのには騙されない。
柚葉は分かっていない。今自分がどんな状態か。グレンの話によると、柚葉が飲まされた薬には少量だが媚薬も混ざっていると言っていた。布団の隙間から見える汗をかいた首元でも、ほのかな色気を漂わせる。本人にその自覚はなくとも、全身をピンクに染める姿は、健全な男子が見ていられるものではない。それで、グレンはあんなに疲れていたのか。
グレンにも、こんな調子だったのか。
「・・・んぅ・・・水・・・」
「・・・・待ってろ」
探すような柚葉の視線に、囚われていた手をそっと剥がし、用意されていた水をコップ注いだ。再び柚葉に向き直って、彼女の背中に手を差し入れ、上半身を少しだけ持ち上げてやる。口元にきた水を必死に飲もうとするが、口に含むだけでも精一杯のようだった。
「・・・っ、ごほっ・・」
「・・・飲めないか」
うまく喉を通らず、噎せてしまった背中を軽くぽんぽんと叩いてやるが、これ以上無理に飲ませても吐いてしまうだけだ。
アリスはしばし思案すると、コップに残った水を自分の口に含んだ。
そして、それは喉に通すことなく、柚葉の熱い唇に自分のそれを重ね、流し込んだ。
「ん・・・、」
柚葉の口端から溢れた水が零れ落ちるが、こくりと喉が鳴ったところを見ると、ちゃんと飲み込めたようだ。
ゆっくりと唇を離し、伏せた目で彼女を見ると、熱っぽい瞳がこちらを見つめていた。もしかして、ずっと目を開けていたのだろうか。そんな考えが浮かぶが、それは次に発せられた言葉によって一瞬で吹き飛ばされた。
「アリス、さ・・、・・・もっと、」
「・・・・っ、おまえ・・・勘弁しろよ、まじで・・・」
屈強な男たち百人を相手する方がよっぽど楽だ。
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