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第三章 夢の続き
夢うつつの、
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結局柚葉はそれから丸四日は寝込んだ。二日目からは意識は戻ってきたが、薬の副作用なのか、一日中高熱に魘され、寧ろ気を失っていた方が良かったのではないかと思えた。ようやく熱が下がってくると、柚葉を攫った男たちのことを聞いた。
あの集団は、以前違法狩猟をしていた連中と繋がるものだった。生贄の膨大な魔力を求め、たまたまアリスの名前をこの町で聞き、一緒行動する柚葉が生贄と踏んで、なんともお粗末な計画で攫ったらしい。危惧していたザギの及ぶところではなかったが、今後も同じようなことがないとも限らない。話をしてくれたグレンは、穏やかにもしっかり忠告してくれた。
そして、あの後の男たちの処分を聞くと、グレンは苦笑いしながら答えてくれたものの、なんだが所々省かれて説明された気がする。とりあえず分かったのは、グレンが柚葉を抱えて出ていった後、何があったのかは分からないが、見付けた時には全員が生命の燈が消えるか消えないかの状態だったらしい。後数分遅ければ命はなく、だがそれまでは死ぬ直前の苦しみを味わうことになる、生殺しも同然。アリスの敵にはなりたくないとグレンは何度も繰り返していた。結局は一人も死なずに自警団に引き渡したが、恐らく数年は人間らしい生活はできないほど身体も精神も病んでいるらしい。一体、何があったのか。
長く話を聞いていると、やはり頭がぐらぐらしてくるので、続きは元気になってから聞こうと、その場で眠ってしまってからほぼ丸一日経ってしまっていた。
「・・・ん、」
目を開けると部屋の中も窓の外も明るかった。太陽の位置からして恐らく昼過ぎだろう。ぼやける視界を何度か瞬きして調整すると、すぐ横にアリスが座っていることに気が付いた。
「アリスさん」
「・・・起きたか。気分は?」
「平気、です」
寝すぎたせいで身体の重みと多少の頭痛はあるが、薬が抜けていないときに比べたら建康そのものと言っていいほど楽になった。
このままだと布団に全身がくっついてしまいそうで、軋む身体に無理を言わせ、身を起こそうとすると、アリスが黙って背中を支えてくれた。
延々と飲まず食わずで寝ていたからか、酷く喉が渇いていた。声を出すのにも喉が削られるような感覚がする。
「ほら」
「あ、りがとうございます。」
アリスが注いでくれた水を受け取ると、早く水分をよこせと喉が急かしてくる。その本能のままに一気に流し込もうとして、失敗した。
「っごほ・・・っ」
「馬鹿、一気に飲もうとするな。四日も寝込んで、せっついたらそうなるに決まってんだろ」
「うへ・・・ごめんなさ・・・」
背中をぽんぽんと叩いてくれる手が冷たく、温かい。その感覚に、柚葉は目を瞬かせてアリスを見上げた。
「・・・・・・」
「・・・?なんだ?」
「あ、いえ・・・、なんか・・・あれ?夢かな?」
どこかで似たようなことがあったような気がする。アリスの腕の中で噎せて、背中を擦られて。
あまりにも曖昧な記憶すぎて、現実だったのか夢だったのか分からない。それに、それがアリスだったかどうかもぼんやりとしている。
「前にも同じようなこと、ありました?」
「五日前だな」
「あったの!?」
なんの滞りもない返答に思わず大きな声が出て、また噎せた。五日前と言えば柚葉が助けられた日。柚葉はその時の記憶が曖昧過ぎて、あの時あんた契約書にサインしてたよ、と言われても信じてしまいそうだ。薄っぺらい記憶を遡り、自分に何があったか順々に辿っていった。闘技場で口を塞がれ、そのまま気を失ってしまって、目を覚ましたら陰気な部屋で手足を縛られていた。夜の電球に群がる蛾のように周りを囲む男たち。自分のものなのに、力が抜けてどうしようもない身体に這う、厭らしい手―――。
「・・・っ」
あの時はとにかく早く眠りたくて、何でもいいから開放して、としか思っていなかった。だが、冷静になった今考えてみると、今更ながら寒気がした。あのまま、アリスが来てくれなかったらどうなっていたのだろう。いつまでも、アリスが見つけてくれなかったら。
「ユズハ」
「・・・・っあ・・・、はい・・・」
アリスの呼ぶ声で引っ張られるように現実に引き戻された。いつの間にか上がってしまっていた息を整え、滲んだ汗を拭った。大丈夫、今は宿の部屋の中だ。温かい布団の中だ。横には、アリスがいる。大丈夫。
「あの・・・、すみませんでした・・・迷惑かけて」
「いや、まぁいつかこうなるとは思っていたからな」
「城下町の薬屋さんにも気をつけろと言われてたのに」
「お前のせいじゃない」
背中に回されていた腕が、頭を抱きしめる形でずらされる。もう忘れろ、と額に置かれた手は、そのまま何もかも吸い取ってくれそうで、高ぶっていた心が自然と凪いでいった。
「・・・アリスさん」
「今度は何だ」
「・・・何か今日優しいですね」
「俺はいつも優しい」
「おかしいな、薬抜けてないのかな。聞こえませんでしたもう一回」
こくりと水を飲むと、今度は自然に喉を通った。気が付くと水は飲み干してしまっていて、うまいもう一杯、と半ば反射的にコップを掲げると、アリスが無言でピッチャーを傾けてくれた。
あれ、本当に優しい。
「四日も飲まず食わずで人間生きてられるんですね。こんなに何も口にしなかったの初めてだったのでびっくりです」
「まあ、正確には食ってはないが、飲んではいたがな」
「え?」
しれっとしたアリスの表情からは何も読み取れない。
「え、でも、・・・どうやって・・・?」
「・・・・・・知りたいのか?」
アリスの手が柚葉の細い顎を掴み、上へ向けられる。強制的に合わせられた視線は、なかなか逃げることができないのだ。
「なんなら、再現してやろうか?」
「・・・な、何を・・・?」
紺の双眸に吸い込まれそうになり、必死に繋ぎとめようとすると、瞼が重くなってきた。自分の瞳が熱くなってくるのが分かった時、ふいにアリスの目が細められた。
「・・・・・」
「な、なんでしょう・・・?」
なんだか不機嫌そうな表情に見え、おどおどしながら窺ったが、アリスは手を離すと答えることなくベッドから腰を上げた。再びこちらを振り返った時にはいつもの顔で、いつものようにデコピンを放ってきた。
「あいて」
「まだ寝てろ。あとで何か食えそうなもの持ってきてやるから」
「やったー!」
言われて気が付くという、何ともご都合主義な腹だが、減っているものは仕方がない。四日間鳴りを潜めていたのだから、思う存分暴れさせてやってもいいだろう。それまではアリスの言う通り、もう少し寝ていよう。体力がなくなってしまっている身体は、この少しの間身を起こしているだけでも音を上げてしまっているようだ。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
前髪を撫でる手は、魔法のように眠りに誘ってくれた。
「殿下、再現って何を再現しようとしてたんですか」
「覗き見とはいい趣味してるな」
「人聞きの悪い。扉の隙間から見えちゃったんです」
「それを覗き見と言うんだよ」
部屋を出た途端に並んで歩いてきたグレンは、ニコニコと楽しそうにアリスの顔を覗くが、彼は全く構っていない。
「乱れたユズハちゃん、そんなに可愛かったんで・・あいた!」
「殴られたいか」
「殴る前に訊いて下さい」
「薬のせいだろ。普段のあいつに色気を感じたら大問題だ」
「あ、じゃあやっぱり、薬に犯されたユズハちゃんにはぐらっときちゃったん・・あいた!」
「殴るぞ」
「殴る前に言って下さい」
じゃれているには強烈すぎる肩パンを二回もくらって、グレンの左腕はもうもげそうだ。利き腕ではなかっただけよかった。
少し早足だったアリスが、ふいにスピードを緩め、ついには立ち止まった。
「殿下?」
「そういやお前、薬の効いてるユズハに襲われたようなこと言ってなかったか?まるであの時のユズハを見たことがないような口ぶりだな」
アリスの言葉にグレンは一回きょとん、としてすぐにああ、と漏らした。
「襲われたっていっても、持ち前の寝相を披露されただけですよ。お陰で抱えている間も殴る蹴るの暴行を受け、ベッドに入ってからも布団をかけてはすぐに剥がされるという陰湿な苛めを受けておりました」
「は?」
今度はアリスが目を丸くする番だった。
確かにあの時の柚葉はいつもどおり寝相はいいとは言えなかったが、意識が朦朧としていたのと身体が思うように動いてくれなかったのもあってか、いくらか大人しい方であった。魘される度に身を捩る為、布団は乱れていたが、少なくとも殴ったり蹴ったりするような雰囲気ではなかった。どちらかといえば何もかも力が抜けきって、溶けてしまいそうな―――・・・。
「あれ?ユズハちゃん、殿下にはそんな感じではなかったと?」
「てめぇ、図ったな」
「はて、何の事でしょう?」
睨むアリスなど意に介していないように、グレンはスキップ交じりで廊下の角を曲がっていった。その後、グレンの泊まる部屋に大量の猫のぬいぐるみが送り込まれることなど知る由もなく。
あの集団は、以前違法狩猟をしていた連中と繋がるものだった。生贄の膨大な魔力を求め、たまたまアリスの名前をこの町で聞き、一緒行動する柚葉が生贄と踏んで、なんともお粗末な計画で攫ったらしい。危惧していたザギの及ぶところではなかったが、今後も同じようなことがないとも限らない。話をしてくれたグレンは、穏やかにもしっかり忠告してくれた。
そして、あの後の男たちの処分を聞くと、グレンは苦笑いしながら答えてくれたものの、なんだが所々省かれて説明された気がする。とりあえず分かったのは、グレンが柚葉を抱えて出ていった後、何があったのかは分からないが、見付けた時には全員が生命の燈が消えるか消えないかの状態だったらしい。後数分遅ければ命はなく、だがそれまでは死ぬ直前の苦しみを味わうことになる、生殺しも同然。アリスの敵にはなりたくないとグレンは何度も繰り返していた。結局は一人も死なずに自警団に引き渡したが、恐らく数年は人間らしい生活はできないほど身体も精神も病んでいるらしい。一体、何があったのか。
長く話を聞いていると、やはり頭がぐらぐらしてくるので、続きは元気になってから聞こうと、その場で眠ってしまってからほぼ丸一日経ってしまっていた。
「・・・ん、」
目を開けると部屋の中も窓の外も明るかった。太陽の位置からして恐らく昼過ぎだろう。ぼやける視界を何度か瞬きして調整すると、すぐ横にアリスが座っていることに気が付いた。
「アリスさん」
「・・・起きたか。気分は?」
「平気、です」
寝すぎたせいで身体の重みと多少の頭痛はあるが、薬が抜けていないときに比べたら建康そのものと言っていいほど楽になった。
このままだと布団に全身がくっついてしまいそうで、軋む身体に無理を言わせ、身を起こそうとすると、アリスが黙って背中を支えてくれた。
延々と飲まず食わずで寝ていたからか、酷く喉が渇いていた。声を出すのにも喉が削られるような感覚がする。
「ほら」
「あ、りがとうございます。」
アリスが注いでくれた水を受け取ると、早く水分をよこせと喉が急かしてくる。その本能のままに一気に流し込もうとして、失敗した。
「っごほ・・・っ」
「馬鹿、一気に飲もうとするな。四日も寝込んで、せっついたらそうなるに決まってんだろ」
「うへ・・・ごめんなさ・・・」
背中をぽんぽんと叩いてくれる手が冷たく、温かい。その感覚に、柚葉は目を瞬かせてアリスを見上げた。
「・・・・・・」
「・・・?なんだ?」
「あ、いえ・・・、なんか・・・あれ?夢かな?」
どこかで似たようなことがあったような気がする。アリスの腕の中で噎せて、背中を擦られて。
あまりにも曖昧な記憶すぎて、現実だったのか夢だったのか分からない。それに、それがアリスだったかどうかもぼんやりとしている。
「前にも同じようなこと、ありました?」
「五日前だな」
「あったの!?」
なんの滞りもない返答に思わず大きな声が出て、また噎せた。五日前と言えば柚葉が助けられた日。柚葉はその時の記憶が曖昧過ぎて、あの時あんた契約書にサインしてたよ、と言われても信じてしまいそうだ。薄っぺらい記憶を遡り、自分に何があったか順々に辿っていった。闘技場で口を塞がれ、そのまま気を失ってしまって、目を覚ましたら陰気な部屋で手足を縛られていた。夜の電球に群がる蛾のように周りを囲む男たち。自分のものなのに、力が抜けてどうしようもない身体に這う、厭らしい手―――。
「・・・っ」
あの時はとにかく早く眠りたくて、何でもいいから開放して、としか思っていなかった。だが、冷静になった今考えてみると、今更ながら寒気がした。あのまま、アリスが来てくれなかったらどうなっていたのだろう。いつまでも、アリスが見つけてくれなかったら。
「ユズハ」
「・・・・っあ・・・、はい・・・」
アリスの呼ぶ声で引っ張られるように現実に引き戻された。いつの間にか上がってしまっていた息を整え、滲んだ汗を拭った。大丈夫、今は宿の部屋の中だ。温かい布団の中だ。横には、アリスがいる。大丈夫。
「あの・・・、すみませんでした・・・迷惑かけて」
「いや、まぁいつかこうなるとは思っていたからな」
「城下町の薬屋さんにも気をつけろと言われてたのに」
「お前のせいじゃない」
背中に回されていた腕が、頭を抱きしめる形でずらされる。もう忘れろ、と額に置かれた手は、そのまま何もかも吸い取ってくれそうで、高ぶっていた心が自然と凪いでいった。
「・・・アリスさん」
「今度は何だ」
「・・・何か今日優しいですね」
「俺はいつも優しい」
「おかしいな、薬抜けてないのかな。聞こえませんでしたもう一回」
こくりと水を飲むと、今度は自然に喉を通った。気が付くと水は飲み干してしまっていて、うまいもう一杯、と半ば反射的にコップを掲げると、アリスが無言でピッチャーを傾けてくれた。
あれ、本当に優しい。
「四日も飲まず食わずで人間生きてられるんですね。こんなに何も口にしなかったの初めてだったのでびっくりです」
「まあ、正確には食ってはないが、飲んではいたがな」
「え?」
しれっとしたアリスの表情からは何も読み取れない。
「え、でも、・・・どうやって・・・?」
「・・・・・・知りたいのか?」
アリスの手が柚葉の細い顎を掴み、上へ向けられる。強制的に合わせられた視線は、なかなか逃げることができないのだ。
「なんなら、再現してやろうか?」
「・・・な、何を・・・?」
紺の双眸に吸い込まれそうになり、必死に繋ぎとめようとすると、瞼が重くなってきた。自分の瞳が熱くなってくるのが分かった時、ふいにアリスの目が細められた。
「・・・・・」
「な、なんでしょう・・・?」
なんだか不機嫌そうな表情に見え、おどおどしながら窺ったが、アリスは手を離すと答えることなくベッドから腰を上げた。再びこちらを振り返った時にはいつもの顔で、いつものようにデコピンを放ってきた。
「あいて」
「まだ寝てろ。あとで何か食えそうなもの持ってきてやるから」
「やったー!」
言われて気が付くという、何ともご都合主義な腹だが、減っているものは仕方がない。四日間鳴りを潜めていたのだから、思う存分暴れさせてやってもいいだろう。それまではアリスの言う通り、もう少し寝ていよう。体力がなくなってしまっている身体は、この少しの間身を起こしているだけでも音を上げてしまっているようだ。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
前髪を撫でる手は、魔法のように眠りに誘ってくれた。
「殿下、再現って何を再現しようとしてたんですか」
「覗き見とはいい趣味してるな」
「人聞きの悪い。扉の隙間から見えちゃったんです」
「それを覗き見と言うんだよ」
部屋を出た途端に並んで歩いてきたグレンは、ニコニコと楽しそうにアリスの顔を覗くが、彼は全く構っていない。
「乱れたユズハちゃん、そんなに可愛かったんで・・あいた!」
「殴られたいか」
「殴る前に訊いて下さい」
「薬のせいだろ。普段のあいつに色気を感じたら大問題だ」
「あ、じゃあやっぱり、薬に犯されたユズハちゃんにはぐらっときちゃったん・・あいた!」
「殴るぞ」
「殴る前に言って下さい」
じゃれているには強烈すぎる肩パンを二回もくらって、グレンの左腕はもうもげそうだ。利き腕ではなかっただけよかった。
少し早足だったアリスが、ふいにスピードを緩め、ついには立ち止まった。
「殿下?」
「そういやお前、薬の効いてるユズハに襲われたようなこと言ってなかったか?まるであの時のユズハを見たことがないような口ぶりだな」
アリスの言葉にグレンは一回きょとん、としてすぐにああ、と漏らした。
「襲われたっていっても、持ち前の寝相を披露されただけですよ。お陰で抱えている間も殴る蹴るの暴行を受け、ベッドに入ってからも布団をかけてはすぐに剥がされるという陰湿な苛めを受けておりました」
「は?」
今度はアリスが目を丸くする番だった。
確かにあの時の柚葉はいつもどおり寝相はいいとは言えなかったが、意識が朦朧としていたのと身体が思うように動いてくれなかったのもあってか、いくらか大人しい方であった。魘される度に身を捩る為、布団は乱れていたが、少なくとも殴ったり蹴ったりするような雰囲気ではなかった。どちらかといえば何もかも力が抜けきって、溶けてしまいそうな―――・・・。
「あれ?ユズハちゃん、殿下にはそんな感じではなかったと?」
「てめぇ、図ったな」
「はて、何の事でしょう?」
睨むアリスなど意に介していないように、グレンはスキップ交じりで廊下の角を曲がっていった。その後、グレンの泊まる部屋に大量の猫のぬいぐるみが送り込まれることなど知る由もなく。
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