生贄の救世主

咲乃いろは

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第三章 夢の続き

強さ

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なんというか、気まずい。・・・のは多分柚葉だけだ。テティはその容姿に似つかわしい食器を優雅に操ってお茶を楽しんでいる。時々柚葉を見てはニコニコとほほ笑むもんだから、柚葉はその度に胸を射抜かれる事態になっていた。

「ユズハさんは、異世界の方なんですよね?」
「え・・・あ、はい」
「わあっ!ユズハさんの世界の話、聞いてみたいです!」

置いたカップが少し大きめの音を立てる。テティは前のめりで柚葉に近付くから、胸元が見えてしまっている。いや待て、何故か弱い少女の胸がこんなにあるんだ!?

「私の世界の・・・?・・・んー、特記して取り上げるようなことは何も・・・。この世界との大きな違いと言ったら、魔法がないことくらいでしょうか」
「魔法が?それは不便じゃないんですか?怪我とかしたりしたら、痛いでしょ?」
「うーん・・・それが当たり前だから、特別不便とかではないですね。そりゃあ魔法が使えたらって思うこともありますけど、そんな時は大抵ろくな考えではないですし、魔法よりも便利なもので代用できることだってあるし。怪我だってかすり傷くらいはほっとけば治ります。時間がかかるようなものだったら病院に行って早く治る治療をしてもらう」

それは決して便利でも効率的とも言えないが、魔法がなくてはならないということはない。化学も技術も発達している。そこに身を置く生物はその環境で成長していくのだ。

「私も、必ずしも魔法が便利とは思っていません。魔法でできることは限られていますし、それによって脅かされることだってあります」

テティが何を言っているのかは分かった。
魔法が万能な力だとは思わない。だから治癒魔法も完治させられないことだってあるし、病気には使えない。魔法があるからこそ滅びの年がやってくる。弊害とは言わないが、陽があれば陰もあるのだ。

「魔法の存在がない世界では、その分技術は発達していることでしょうね」
「かもしれないですね。・・・・・・・・・───もし・・・」

柚葉は少し躊躇ったが、言いかけたことをやめるのは狡いと思って続けた。

「もし、テティさんが魔法のない、技術が発達した世界・・・私の世界に来られたら・・・病気、治るかもしれないですね・・・」

「・・・・・・」



無責任だと思った。
医者でもない。この世界のことも、自分の世界のことさえよく分かっていない小娘が、ずっとそれと闘っている人に向かって、そんなことを。叶いもしない希望を、こんな風に軽々しく口にするなんて、なんて残酷な事をしたのだろう。
でも、本心だ。
柚葉の世界ではできないことがこの世界ではできる。救えないものが、救えるのだ。だったら柚葉の世界でも同じことがあってもいい。勝手に決めつけるのは傲慢というものだ。

言ってしまった、という顔を自分でも分かるくらいにしていただろう。テティはそれを見てか、声をたててくすくすと笑いだした。

「テティさん・・・?」
「あっ、いえ、ごめんなさい。ふふっ、ユズハさんがあまりに真っ直ぐで気持ちが良かったから」
「へ?」


「私、病気のことを隠すつもりはないんですけど、それを話すと皆腫れ物に触るみたいな態度をとるものだから、あまりそれは好きではないんです。大変じゃないことはないし、辛いこともあるけれど、不幸だなんて思わない。こっちはこっちの気合いも覚悟もあるんです。それを分かってくれない人が多くて・・・」


彼女は可憐なんかではなかった。

か弱くなんてなかった。

むしろ、国に仕える騎士並みに、肝の据わった強い人間。


「心配されたり、迷惑かけると、申し訳なく思うんです。私は大丈夫なのにって。でもその分人の優しさを誰よりも感じることができるから、それはそれでいいとも思っています。・・・ちょっと狡猾な考えですかね?」


美しい強さと、強固な優しさを、彼女の可愛らしい容貌の後ろに見た。

柚葉の頬が自然と緩む。




「いいえ。それは皆さん分かってくれるでしょう?だからあなたはこの国の王女だし、・・・・・・アリスさんの許嫁なんです」




「・・・・・・ユズハさん・・・」




テティの頬がじんわりと朱に染まる。果実はこんな風に熟れていくのか。









「ご存知、だったんですね」
「まあ・・・なりゆきで」

しまった、と思った。言うつもりはなかったのに。
これではまるで嫌味を言ってるみたいではないか。

「許嫁、は、形だけなんですよ?」

そういうテティはもじもじしている。お花を摘むのを我慢しているわけではないだろう。
形だけの許嫁。
うん、よくあるパターンだ。

「ま、皆そう言いますよね」
「皆?」
「いや、なんでもないです・・・。それでも、アリスさんのことは好きなんですよね?」
「え!?いや、えっと!そのっ!」

熟れすぎて爆発しそうな果実になってしまった。いちいち可愛い。
そんな様子を見てれば誰だって気付く。昔友達に借りた漫画の主人公と同じだから。経験値は馬鹿にできない。

「隠さなくても、順当にいけば、アリスさんと結婚するんでしょう?良かったですね」

あ、言い方、棒読みになってなかっただろうか。
冷たくなってないだろうか。

「あ・・・はい・・・ありがとうございます・・・」

しゅう、と空気が抜けていく風船のようになりながら、テティはでも、と続けた。

「アリス様は多分、その気はないんだと思います」
「え?」
「あっ、いえ!アリス様が投げ出すようなことをする方だと思っている訳ではないんですが、その・・・」
「その?」

恥ずかしがる姿にきゅんときてしまって、つい先を促してしまった。恋の相談なんて、友達からされたときにだって、奢ってくれたパフェにかぶりつきながら聞いていたくらいなのに。

「アリス様は幼少の時から仲良くしてくれていて、大切にして下さいます。でも、それは私が幼馴染だからなんです。そこに恋愛感情はありません」
「そ、そうでしょうか・・・」

だって、恋愛感情ない人に対して、あんな優しい表情するだろうか。あんな心配そうな声かけるだろうか。

あんな、自然に触れることができるだろうか。

「身体のことも、心配や手間をかけさせたくはないのに、アリス様は嫌な顔一つしない。迷惑かけているのに・・・」
「・・・・・・」

柚葉はふっと短く息を吐いた。

アリスといた時間がはきっと、彼女の方が何倍も多い。アリスのことも何倍もも知っている。
なのに、何でなんだろう。

「テティさん」
「・・・はい?」





「テティさんは本当にアリスさんを見てきたんですか?」





「───え・・・?」





何で、知らないんだろう。





「アリスさんが、偽善であなたとこれまで付き合ってきたと思ってるんですか?幼馴染で仕方なく付き合ってきたと?」

「そ、れは・・・」

「テティさんさっき言ってたじゃないですか。心配や迷惑かけた分、人の優しさを感じるって。その言葉に嘘はないはずです」


だから、テティの優しさを感じた。
テティの儚くも強い尊さを感じた。


「アリスさんは偽善なんかで好きでもない人を心配したり、助けたりしない。───そんな下らないこと悩むんなら、迷惑だと思ってると思うことの方を改めた方がいいんじゃないですか?」



それは、アリスに失礼だ。



「─────・・・」




「・・・・・・っ・・・」




テティの見開いた瞳に耐えられなくなって、柚葉は席を立った。







───こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。




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