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第三章 夢の続き
王子と密偵
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眠い。
ただその一言に尽きる。
「ユズハちゃん、目閉じながら歩くと転ぶよ?」
「・・・目開けてても転びますけど」
「ははは。面白い反抗の仕方だね」
グレンは大人だ。
眠くて気が立っている柚葉に、怒りもせず笑いかけてくれる。
「ところで、何でグレンさんがいるんですか?この前会ったばかりじゃないですか」
「何、俺は出演ペースでも決められてるの?」
この前別れたばかりのグレンが何故柚葉の隣を歩いているのかというと、簡単に言えば道案内だ。
カリナ国には砂漠が多い。城下町を越すとすぐに砂漠が広がっていた。先に見えるのはどこまでいっても地平線ばかりで、一体どこにゴールがあるのかも分からない。唯一の救いは、地球とは砂漠の概念が違うということだ。確かに暑く、辺りは砂まみれだが、立っているだけで喉が渇くような気温ではない。この世界の砂漠は、地球よりも雨が多いらしい。といっても、照り付ける太陽や足を掬われる細かな砂の足場は、体力を奪っていくものだ。
グレンは職業柄か、砂漠越えを何度もしてきているし、事実今柚葉達が通っているところも実家への帰省くらいには往復している。目印もない砂漠は迷ったら最後、そこで一生を過ごすことになる。アリスがそんなヘマをするとは思えないが、念には念をということらしい。
「この状況で暑さよりも眠さを感じるなんて、ユズハちゃんどっかイカれてんじゃないの?」
「失礼な。元々あまり暑がりではないんですよ。それに、昨日あまり寝れなかったから」
「寝れなかったって何で」
柚葉とグレンを背にして黙々と歩いていたアリスが、不意に振り返ってきた。聞いていないと思っていたから、一瞬反応に戸惑ってしまった。
「あ、いや、打ち首になるかもとビクビクしてました」
「え?ユズハちゃん打ち首になるようなことしちゃったの?」
「・・・・しちゃったんです・・・」
結局は何事もなく町を出られたからよかったようなものの、もしかして今頃城下町では柚葉はお尋ね者になっているかもしれない。この顔見たら110番!になっているかもしれない。もしそれなら、中学の卒業アルバムの写真だけは使わないでほしい。目の上を蚊に刺されてお岩さんみたいになってしまった、灰になるまで燃やし去りたい一枚だ。
「まあ、なんにせよ考えすぎは良くないし、砂漠は体力勝負だからね。睡眠足りないと免疫も体力も落ちるから、せめてここを越えるまではしっかり寝ていた方がいいよ」
「あ、はい・・・」
砂漠上級者のグレンが言うなら間違いない。打ち首のこともテティのことも許婚のことも、とりあえずは忘れて今夜は早く寝よう。
歩きながら、グレンが砂漠で気を付ける虫について教えてくれた。サソリのように毒を持っているものがわんさかいると聞いた時には本当にこの人寝かせる気あるのかと疑った。まあ、休んでいる間はアリスとグレンが交代で見張りもするし、虫しか避けられないが、結界も張ってくれるらしいので、そこは問題ないようだ。
一番問題なのは、やはりといっていいのか、体力だ。そればかりは魔法でどうこうなるものでもないし、水や食料だって限られている。これまでは町から町までの距離が遠くても、食料が尽きてしまう心配がないぐらいの距離だった。あまり体力に自信のない柚葉にとっては、中学の頃にやったロードレース大会くらいしんどいものになりそうだ。
「あ、ユズハちゃんそこサソリ」
「ひぃぃっ!」
「あっ!お前貴重な水を吐くな!!」
とにかく前途多難である。
夜の砂漠が冷え込むのは、この世界でも同じであった。最も、柚葉は地球の砂漠だって経験したことがないから、どの程度のものかは知らなかったし、なめていたのかもしれない。
「さっ、寒いんですけど・・・!」
「そりゃ、夜の砂漠はこんなもんだよ」
「グレンさんずるい!それあったかそう!」
「殿下と俺の上着被っといてよく言うね?」
「すみませんでした」
グレンの薄めの上着を借り、アリスの厚手の上着を借りても、まだ凍える。いくら柚葉が寒がりだと言っても、こんな寒いものなのか。
「事実、今は特に冷え込みが激しいのかもな」
「なん、・・・・ああ、そうか」
滅びの年だから。
グレンもアリスもこの寒さは予想外だったという。それでも柚葉に上着を貸してくれたのは感謝している。半ば奪い取るような状態だったとしても。
「寒いんならもっとこっち来い」
「ほわっ!」
腕の柔らかいところをむんずと掴まれ、アリスの横に倒れ込む形で座らされる。もし倒れる方向を誤って、火の方へ行ってしまったらどうするつもりだったのか。危ないところだった。
でも確かに、火に近づいたのと横に人がいるだけで温かく感じた。
「それ半分貸せ」
「はい?」
何を言い出すのかと思えば、アリスは柚葉の肩にかけてあった自分の上着をぐいっと引っ張る。柚葉の片方の肩から熱が逃げていった代わりに、逆側の肩は温かい。
「アリスさん、こっち寒い!」
「俺だって寒いんだよ。ちょっと我慢しろ」
元々俺のだ、と立てた片方の膝に顎を乗せる。最もな言い分に柚葉は何も言えず黙り、仕方なく少しでも上着に包まれようとダンゴムシになった。グレンだけが遠い目で俺も寒いんですけど、と嘆いていたのは聞こえないふりをした。
パチパチと火が弾ける音と、柚葉の寝息だけが聞こえていた中、グレンが静寂を切る。
「あっという間に寝ちゃいましたね、ユズハちゃん」
「ああ」
アリスは自分の肩に頭を寄せる柚葉を起こさないように抱きかかえ、横に寝かせた。半分ずつにしていた自分の上着をその上にふわりとかけ、飛び出してしまっていた手を中に収めてやる。
「殿下のそんな顔が見れるなんて、思いもしなかったですよ」
「あ?」
怪訝そうな顔をするアリスに、グレンは自覚なかったんだ、と驚きの声をあげた。
「昔っから勘違いされるような無愛想、ニコニコしてればもっと女の子にモテたのに。それでもあなたのファンは増えていく一方。俺の嫉妬も増えていく一方」
「何の話をしてんだお前は」
「殿下変わりましたねって話。俺がどんだけ殿下を笑わせようと日々鍛錬を積み重ねてきたか知らないでしょ」
「知らんな」
「ひっど。周りには受ける面白い話も、変顔も、曲芸も、殿下は全く心を開いてくれなかったのに」
「だからお前は当時一体どこに力を注いでいたんだ」
同じ隊でとは言わないまでも、同時期に同じように訓練を受けていたはずなので、隊の訓練がどれほど過酷なものだったのかはアリスだって分かる。その中で、毎日のようにアリスの目の前に現れ、馬鹿をやっては笑わせようとしてきた。ただ、笑うほどのものではなかったから笑わなかっただけで、惜しみない拍手は送ってやったと記憶している。
「なのに、ユズハちゃんにはそんな顔するんだもんなー・・・妬いちゃう」
「気持ち悪いこと言うな。・・・・でもまぁ、あれはあれで楽しかったがな」
「へ?」
頭に手をやり、ごろりと寝そべるアリスは、こんな姿をグレンに見せるのも珍しい。
「あれでも一応、楽しみにしてたよ。お前が毎日やってくるのを」
「殿下・・・」
「訓練と執務、訓練と執務、それだけしかやることがなかった俺に、色をくれたのはお前だったからな」
「で、んか・・・」
「感謝もしている」
「でっんかーーーー!!!」
「うおっ、よっ寄るな!うるさい!!ユズハが起きる!」
グレンは失礼、と言いながら鼻を啜った。何故涙ぐんでいるのかアリスには分からない。そして何故鼻水を人の上着で拭くのか分からない。
「でも、当時の俺はそれが分からなかった。今こんなことを言えるのは多分、最後まで味方だと豪語した奴がいたからだ」
「・・・・そう、ですか」
それが誰かなんて、アリスの柔らかな視線を見れば聞くまでもなかった。人との距離を詰めるのに、かけた時間は関係ないと証明されているようで、グレンはやはり何だか妬けてしまうが、仕えるべき君主のこんな姿を目にできたなら、過ごした時間も無駄ではなかったと思えてしまう。
「でも、どうするんです?テティ王女は。あんな可愛い子、泣かせるつもりですか?」
「泣かせるってなんだよ」
「だってユズハちゃんが好きなら、このままテティ王女と結婚するわけにもいかないでしょう?したところで、気持ちがない夫婦生活はテティ王女を悲しませるだけですよ」
「ああ、その話な―――――」
砂漠の夜は震える程寒かったが、火もあるし肩を寄せ合う人もいる。それだけで凍えることはなかった。
ただその一言に尽きる。
「ユズハちゃん、目閉じながら歩くと転ぶよ?」
「・・・目開けてても転びますけど」
「ははは。面白い反抗の仕方だね」
グレンは大人だ。
眠くて気が立っている柚葉に、怒りもせず笑いかけてくれる。
「ところで、何でグレンさんがいるんですか?この前会ったばかりじゃないですか」
「何、俺は出演ペースでも決められてるの?」
この前別れたばかりのグレンが何故柚葉の隣を歩いているのかというと、簡単に言えば道案内だ。
カリナ国には砂漠が多い。城下町を越すとすぐに砂漠が広がっていた。先に見えるのはどこまでいっても地平線ばかりで、一体どこにゴールがあるのかも分からない。唯一の救いは、地球とは砂漠の概念が違うということだ。確かに暑く、辺りは砂まみれだが、立っているだけで喉が渇くような気温ではない。この世界の砂漠は、地球よりも雨が多いらしい。といっても、照り付ける太陽や足を掬われる細かな砂の足場は、体力を奪っていくものだ。
グレンは職業柄か、砂漠越えを何度もしてきているし、事実今柚葉達が通っているところも実家への帰省くらいには往復している。目印もない砂漠は迷ったら最後、そこで一生を過ごすことになる。アリスがそんなヘマをするとは思えないが、念には念をということらしい。
「この状況で暑さよりも眠さを感じるなんて、ユズハちゃんどっかイカれてんじゃないの?」
「失礼な。元々あまり暑がりではないんですよ。それに、昨日あまり寝れなかったから」
「寝れなかったって何で」
柚葉とグレンを背にして黙々と歩いていたアリスが、不意に振り返ってきた。聞いていないと思っていたから、一瞬反応に戸惑ってしまった。
「あ、いや、打ち首になるかもとビクビクしてました」
「え?ユズハちゃん打ち首になるようなことしちゃったの?」
「・・・・しちゃったんです・・・」
結局は何事もなく町を出られたからよかったようなものの、もしかして今頃城下町では柚葉はお尋ね者になっているかもしれない。この顔見たら110番!になっているかもしれない。もしそれなら、中学の卒業アルバムの写真だけは使わないでほしい。目の上を蚊に刺されてお岩さんみたいになってしまった、灰になるまで燃やし去りたい一枚だ。
「まあ、なんにせよ考えすぎは良くないし、砂漠は体力勝負だからね。睡眠足りないと免疫も体力も落ちるから、せめてここを越えるまではしっかり寝ていた方がいいよ」
「あ、はい・・・」
砂漠上級者のグレンが言うなら間違いない。打ち首のこともテティのことも許婚のことも、とりあえずは忘れて今夜は早く寝よう。
歩きながら、グレンが砂漠で気を付ける虫について教えてくれた。サソリのように毒を持っているものがわんさかいると聞いた時には本当にこの人寝かせる気あるのかと疑った。まあ、休んでいる間はアリスとグレンが交代で見張りもするし、虫しか避けられないが、結界も張ってくれるらしいので、そこは問題ないようだ。
一番問題なのは、やはりといっていいのか、体力だ。そればかりは魔法でどうこうなるものでもないし、水や食料だって限られている。これまでは町から町までの距離が遠くても、食料が尽きてしまう心配がないぐらいの距離だった。あまり体力に自信のない柚葉にとっては、中学の頃にやったロードレース大会くらいしんどいものになりそうだ。
「あ、ユズハちゃんそこサソリ」
「ひぃぃっ!」
「あっ!お前貴重な水を吐くな!!」
とにかく前途多難である。
夜の砂漠が冷え込むのは、この世界でも同じであった。最も、柚葉は地球の砂漠だって経験したことがないから、どの程度のものかは知らなかったし、なめていたのかもしれない。
「さっ、寒いんですけど・・・!」
「そりゃ、夜の砂漠はこんなもんだよ」
「グレンさんずるい!それあったかそう!」
「殿下と俺の上着被っといてよく言うね?」
「すみませんでした」
グレンの薄めの上着を借り、アリスの厚手の上着を借りても、まだ凍える。いくら柚葉が寒がりだと言っても、こんな寒いものなのか。
「事実、今は特に冷え込みが激しいのかもな」
「なん、・・・・ああ、そうか」
滅びの年だから。
グレンもアリスもこの寒さは予想外だったという。それでも柚葉に上着を貸してくれたのは感謝している。半ば奪い取るような状態だったとしても。
「寒いんならもっとこっち来い」
「ほわっ!」
腕の柔らかいところをむんずと掴まれ、アリスの横に倒れ込む形で座らされる。もし倒れる方向を誤って、火の方へ行ってしまったらどうするつもりだったのか。危ないところだった。
でも確かに、火に近づいたのと横に人がいるだけで温かく感じた。
「それ半分貸せ」
「はい?」
何を言い出すのかと思えば、アリスは柚葉の肩にかけてあった自分の上着をぐいっと引っ張る。柚葉の片方の肩から熱が逃げていった代わりに、逆側の肩は温かい。
「アリスさん、こっち寒い!」
「俺だって寒いんだよ。ちょっと我慢しろ」
元々俺のだ、と立てた片方の膝に顎を乗せる。最もな言い分に柚葉は何も言えず黙り、仕方なく少しでも上着に包まれようとダンゴムシになった。グレンだけが遠い目で俺も寒いんですけど、と嘆いていたのは聞こえないふりをした。
パチパチと火が弾ける音と、柚葉の寝息だけが聞こえていた中、グレンが静寂を切る。
「あっという間に寝ちゃいましたね、ユズハちゃん」
「ああ」
アリスは自分の肩に頭を寄せる柚葉を起こさないように抱きかかえ、横に寝かせた。半分ずつにしていた自分の上着をその上にふわりとかけ、飛び出してしまっていた手を中に収めてやる。
「殿下のそんな顔が見れるなんて、思いもしなかったですよ」
「あ?」
怪訝そうな顔をするアリスに、グレンは自覚なかったんだ、と驚きの声をあげた。
「昔っから勘違いされるような無愛想、ニコニコしてればもっと女の子にモテたのに。それでもあなたのファンは増えていく一方。俺の嫉妬も増えていく一方」
「何の話をしてんだお前は」
「殿下変わりましたねって話。俺がどんだけ殿下を笑わせようと日々鍛錬を積み重ねてきたか知らないでしょ」
「知らんな」
「ひっど。周りには受ける面白い話も、変顔も、曲芸も、殿下は全く心を開いてくれなかったのに」
「だからお前は当時一体どこに力を注いでいたんだ」
同じ隊でとは言わないまでも、同時期に同じように訓練を受けていたはずなので、隊の訓練がどれほど過酷なものだったのかはアリスだって分かる。その中で、毎日のようにアリスの目の前に現れ、馬鹿をやっては笑わせようとしてきた。ただ、笑うほどのものではなかったから笑わなかっただけで、惜しみない拍手は送ってやったと記憶している。
「なのに、ユズハちゃんにはそんな顔するんだもんなー・・・妬いちゃう」
「気持ち悪いこと言うな。・・・・でもまぁ、あれはあれで楽しかったがな」
「へ?」
頭に手をやり、ごろりと寝そべるアリスは、こんな姿をグレンに見せるのも珍しい。
「あれでも一応、楽しみにしてたよ。お前が毎日やってくるのを」
「殿下・・・」
「訓練と執務、訓練と執務、それだけしかやることがなかった俺に、色をくれたのはお前だったからな」
「で、んか・・・」
「感謝もしている」
「でっんかーーーー!!!」
「うおっ、よっ寄るな!うるさい!!ユズハが起きる!」
グレンは失礼、と言いながら鼻を啜った。何故涙ぐんでいるのかアリスには分からない。そして何故鼻水を人の上着で拭くのか分からない。
「でも、当時の俺はそれが分からなかった。今こんなことを言えるのは多分、最後まで味方だと豪語した奴がいたからだ」
「・・・・そう、ですか」
それが誰かなんて、アリスの柔らかな視線を見れば聞くまでもなかった。人との距離を詰めるのに、かけた時間は関係ないと証明されているようで、グレンはやはり何だか妬けてしまうが、仕えるべき君主のこんな姿を目にできたなら、過ごした時間も無駄ではなかったと思えてしまう。
「でも、どうするんです?テティ王女は。あんな可愛い子、泣かせるつもりですか?」
「泣かせるってなんだよ」
「だってユズハちゃんが好きなら、このままテティ王女と結婚するわけにもいかないでしょう?したところで、気持ちがない夫婦生活はテティ王女を悲しませるだけですよ」
「ああ、その話な―――――」
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