魅了堕ち幽閉王子は努力の方向が間違っている

堀 和三盆

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98 一歩を踏み出す王子様(王子視点)

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 落ち込んでばかりもいられない。

 とにかく時差ボケは克服したし、ゲーム画面さえ見なければこちらでは3D酔いを引き起こすこともない。

 とはいっても、一度思い出しちゃうとゲームを我慢するのは無理っぽくなっちゃったので、毎日40分だけプレイ動画は再生していいことにした。あとは、桜の下の召喚主の映像だな。あれは、時間制限がないからいくら再生しても構わない。

 むしろ、くじけそうになるたびに再生していれば、「早く帰らなくては」とやる気だって出るはずだ。

 そうして気分転換には記憶魔法を駆使しつつ、余った時間、僕は思い切って離宮の外へと出ることにした。

 運動は大切だと思う。塔の中でも、異世界でもやっていたしな。

 健康的に漁村を散歩しながら、お気に入りの小高い丘の上へと移動し、そこから海を眺める。

 僕の国はちょっとだけしか海に面していないから、この、見渡す限りの青い海は凄いと思う。召喚主にも見せてあげたいものだ。

 この丘の上でのんびりとおやつの時間を過ごすのが、異世界召喚の代わりに僕の日課となった。


 こちらは信じられないくらい安全だし、一人で出歩いても文句ひとつ言われない。幽閉中の身なのが嘘みたいだ。監視の姿が見られないのは療養中だからだろうか。

 もしかしたら影の一人でもついてきているかもと思ったが、もしそうなら魔力で分かるはずだ。でも、それは感じられない。

 魔力の成分には個人差があるから、他人の魔力を感じればすぐ分かる。この島国では高魔力持ちはほとんどいないし、尚更わかるはずだが、それもない。

 むしろ解放感からか、自らの魔力の総量がグンと伸びている気すらする。そうだな、ちょうど一人分くらい。不思議だな。

 今なら、通常3回までの異世界召喚も、4回目くらいまでは言語翻訳付きでイケそうだ。そうしたら、召喚主はもっと僕を呼んでくれるだろうか。


 夏休みに入っても今年はしばらく大学があるとかで、その期間はおやつの時間の代わりに夜に呼んでもらうことになっていた。

 あの、夜桜の日の花見のように。スーパーで夜食を買って、ちょっぴり夜更かしをして楽しもうと言われ、すごく楽しみにしていたのだ。

 菓子パンを買って。半額のシールの付いたお惣菜を買って。どんなものがあるかは運しだいなので、アレがいい、コレがいいと、召喚主と相談しながら決める。そんな些細な事が楽しみだった。


 実は夜の召喚は……彼女のテンションがちょっとだけ高い。


 早朝から仕事のある彼女は早く寝ることが多いから、少し興奮してしまうのかもしれない。そんな彼女を見ると年相応で可愛いと思うし、少しだけ――嬉しくなる。

 彼女は友達が少ないから、おそらくあの彼女を知っているのは僕だけだ。鈴木さんもたまにメールをしているようだが、夜8時を過ぎると朝早い彼女を気遣って絶対に連絡しない。

 たまに……先輩とかいう人物から夜にメールが入るが、大した用事ではないらしい。彼女もしっかりと返事をしているが、あまり頻繁にやり取りをしているわけでもないようだ。

 ただ、そんな姿を見ていると……どうしても羨ましくなる。

 僕が彼女と連絡を取るには、彼女の方から呼び出してもらう必要がある。常に一方通行。同じ世界に住み、やり取りをして、自由に接触できる人達が羨ましくて堪らない。
 性別とかは――関係ない……と、思う。

 まあ、たまに先輩からの終わらないメールを面倒くさそうにしているときがあるから、バランスが難しいとは思うけど。

 でも、こうして離れているときも、文字だけでもいいからやり取りができれば、少し落ち着けると思うんだ。

 よし、そうだな。やはり魔法陣にもメール機能を追加しよう。

 その為にも早く塔へと帰りたい――と思いつつ海に目を向けると、やや強めの魔力を感じた。

 今、僕がいるのは小高い丘の上。一面に海が見えるのだが――そのなかで船に乗って地元の人が釣りをしている姿が見える。

 一見平和なその風景に、何やらゾワリと背筋に冷たいものが走る。


 コワイ。コワイ。近寄るな。
 また、絡めとられる。


 何だろう。知ってるぞ、これ。この感覚。

 桜を……見た時にも感じたが、あの時より明確に強い。むしろ――思い出すのは僕の過去。

 初めて自分に魅了がかけられていると知った時の言い知れない恐怖。


 間違いない。近くで『魅了』の魔法が発動している――。




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