魅了堕ち幽閉王子は努力の方向が間違っている

堀 和三盆

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210 先輩のローブの中

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 一瞬パニックになるも、微かに香る眼鏡のクリーナーの匂いで先輩のローブの内側に入っただけだと気が付いた。

 いや、訳は分かりませんけどね? この状況から考えられることとすれば……。


「……はっ! 先輩、もしかして結構具合が悪かったりしますか!?」


 一人で立っていられないほど辛かったのなら、下らない話で時間を取ってしまって申し訳ない。心配になって目の前にある胸に耳を押し当てて確かめてみれば、何か、先輩の心臓の動きが激しい気がするし。

 体調不良ならとっとと帰った方がいいだろう。……と、先輩から身を離そうとするがガッシリ抱き込まれていて動けない。
 前もあったな、こんなこと。


「お前……俺の名前、本当に知ってたんだな」


 ローブの外から、頭の上から、声がする。――が、声が小さすぎて聞こえない。

「草葉先輩?」


 問いかけるも、ますます縋りついてくる先輩の腕に力が入るだけで返事がない。コレは本格的に具合が悪いのかもしれない。先輩の心臓の動きに激しさが増している。
 とりあえず、落ち着けー落ち着けーと腕を伸ばして先輩の背中を撫でる。おっ、緩みましたよ。

 しっかし、ほんと適温だなこのローブの中。自分のローブと一緒に上着も部室に置きっぱなしなので外は少し肌寒い。そのせいで一度温まると外に出るのが億劫になるけど、気合いを入れて外に出た。

 温度はともかく、息がとっても苦しいです。


「――ぷはっ! 先輩、具合悪いのは分かりますけど、あまり力の限りしがみつかれると息が出来なくて苦しいです」

「わ……悪い、つい」


 ローブから出て先輩と顔を合わせると、真っ赤な顔をした先輩と目が合った。おや。ローブ内は私には適温だと思ったけど、先輩みたいに長時間着っぱなしだと暑いのかも。
 それとも、熱でもあるのかな?


「その……す、すまない。ええと、頭にきたからサークルを辞めるとか言われたらどうしよう……とか思ってたのに、お前が急にお礼とか言ってくるから。そ、それに名前……呼ばれるとは思いもしなくて、……嬉しくて、つい」

「あれ? 名前呼んだこと無かったですか??」

「無いよ! お前、いつも『先輩、先輩』って言うだけで」

「まー、高校の時は部活もやってなかったし、私にとって先輩って言ったら図書委員繋がりで知り合った草葉先輩だけでしたからね。でもまあ、廊下に張り出される成績上位者リストにいっつも名前載ってるんだから、自然と覚えますって」

「そ……そうか」


「ああ、それと最初は少し面倒だったけど、皆さん優しいし癒されるし(眼鏡)、大学祭も思ったより楽しかったので、これからも是非参加したいです。なので、サークルの皆さんのご迷惑になっていないなら、このまま卒業するまでオカルト研究会には在籍していたいです」

「……コチラとしてはサークルに籍を置いておいてくれるだけでもありがたいんだ。その上でルカが大学祭や新入生の勧誘を手伝ってくれるのなら言うことないよ」

「なんかちゃっかり勧誘とか混ぜ込んできましたね? まあ、そのくらい別にいいですけど。先輩、それより早いとこ部室に荷物取りに行きましょうよ。また警備員さんに鍵閉められちゃいますよ!」

「あ……ああ」


 時計を見ると既にいい時間。まだ多少片付けをしている学生の姿が見えるが、急いだほうがいいだろう。

 サークル棟へと向かって速足で進んでいくと。


「……ごめんな、ルカ。俺、まだお前を諦められない。でも……」


 後ろで立ち止まったままこっちを見ている先輩が見えた。

 ……おっと、気配消しそうな雰囲気ですね。そうはいきませんよ。警備員さんに、これ以上の迷惑をかけられませんからね!

 急いで先輩の所まで戻ると、先ほどまでのように手を引いた。
 ビクッとされるが、諦めてください。時間ないんで! ほら、行きますよ!!


「あ、そういえば、先輩さっき何か言いました??」

「――いや? 別に」


――大丈夫、次は絶対間違えたりしないから…


 何か小さく聞こえた気がするも、確認しようと振り向けば月明かりに照らされた高級眼鏡から見える先輩の目が、思いのほか優しく笑んでいて――つい、そっちに気を取られてしまった。

 月明かりに煌めく高級眼鏡――素晴らしいです! いいモノ見たなぁ……(しみじみ)。




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