210 / 364
210 先輩のローブの中
しおりを挟む一瞬パニックになるも、微かに香る眼鏡のクリーナーの匂いで先輩のローブの内側に入っただけだと気が付いた。
いや、訳は分かりませんけどね? この状況から考えられることとすれば……。
「……はっ! 先輩、もしかして結構具合が悪かったりしますか!?」
一人で立っていられないほど辛かったのなら、下らない話で時間を取ってしまって申し訳ない。心配になって目の前にある胸に耳を押し当てて確かめてみれば、何か、先輩の心臓の動きが激しい気がするし。
体調不良ならとっとと帰った方がいいだろう。……と、先輩から身を離そうとするがガッシリ抱き込まれていて動けない。
前もあったな、こんなこと。
「お前……俺の名前、本当に知ってたんだな」
ローブの外から、頭の上から、声がする。――が、声が小さすぎて聞こえない。
「草葉先輩?」
問いかけるも、ますます縋りついてくる先輩の腕に力が入るだけで返事がない。コレは本格的に具合が悪いのかもしれない。先輩の心臓の動きに激しさが増している。
とりあえず、落ち着けー落ち着けーと腕を伸ばして先輩の背中を撫でる。おっ、緩みましたよ。
しっかし、ほんと適温だなこのローブの中。自分のローブと一緒に上着も部室に置きっぱなしなので外は少し肌寒い。そのせいで一度温まると外に出るのが億劫になるけど、気合いを入れて外に出た。
温度はともかく、息がとっても苦しいです。
「――ぷはっ! 先輩、具合悪いのは分かりますけど、あまり力の限りしがみつかれると息が出来なくて苦しいです」
「わ……悪い、つい」
ローブから出て先輩と顔を合わせると、真っ赤な顔をした先輩と目が合った。おや。ローブ内は私には適温だと思ったけど、先輩みたいに長時間着っぱなしだと暑いのかも。
それとも、熱でもあるのかな?
「その……す、すまない。ええと、頭にきたからサークルを辞めるとか言われたらどうしよう……とか思ってたのに、お前が急にお礼とか言ってくるから。そ、それに名前……呼ばれるとは思いもしなくて、……嬉しくて、つい」
「あれ? 名前呼んだこと無かったですか??」
「無いよ! お前、いつも『先輩、先輩』って言うだけで」
「まー、高校の時は部活もやってなかったし、私にとって先輩って言ったら図書委員繋がりで知り合った草葉先輩だけでしたからね。でもまあ、廊下に張り出される成績上位者リストにいっつも名前載ってるんだから、自然と覚えますって」
「そ……そうか」
「ああ、それと最初は少し面倒だったけど、皆さん優しいし癒されるし(眼鏡)、大学祭も思ったより楽しかったので、これからも是非参加したいです。なので、サークルの皆さんのご迷惑になっていないなら、このまま卒業するまでオカルト研究会には在籍していたいです」
「……コチラとしてはサークルに籍を置いておいてくれるだけでもありがたいんだ。その上でルカが大学祭や新入生の勧誘を手伝ってくれるのなら言うことないよ」
「なんかちゃっかり勧誘とか混ぜ込んできましたね? まあ、そのくらい別にいいですけど。先輩、それより早いとこ部室に荷物取りに行きましょうよ。また警備員さんに鍵閉められちゃいますよ!」
「あ……ああ」
時計を見ると既にいい時間。まだ多少片付けをしている学生の姿が見えるが、急いだほうがいいだろう。
サークル棟へと向かって速足で進んでいくと。
「……ごめんな、ルカ。俺、まだお前を諦められない。でも……」
後ろで立ち止まったままこっちを見ている先輩が見えた。
……おっと、気配消しそうな雰囲気ですね。そうはいきませんよ。警備員さんに、これ以上の迷惑をかけられませんからね!
急いで先輩の所まで戻ると、先ほどまでのように手を引いた。
ビクッとされるが、諦めてください。時間ないんで! ほら、行きますよ!!
「あ、そういえば、先輩さっき何か言いました??」
「――いや? 別に」
――大丈夫、次は絶対間違えたりしないから…
何か小さく聞こえた気がするも、確認しようと振り向けば月明かりに照らされた高級眼鏡から見える先輩の目が、思いのほか優しく笑んでいて――つい、そっちに気を取られてしまった。
月明かりに煌めく高級眼鏡――素晴らしいです! いいモノ見たなぁ……(しみじみ)。
24
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をされ、谷に落ちた女は聖獣の血を引く
基本二度寝
恋愛
「不憫に思って平民のお前を召し上げてやったのにな!」
王太子は女を突き飛ばした。
「その恩も忘れて、お前は何をした!」
突き飛ばされた女を、王太子の護衛の男が走り寄り支える。
その姿に王太子は更に苛立った。
「貴様との婚約は破棄する!私に魅了の力を使って城に召し上げさせたこと、私と婚約させたこと、貴様の好き勝手になどさせるか!」
「ソル…?」
「平民がっ馴れ馴れしく私の愛称を呼ぶなっ!」
王太子の怒声にはらはらと女は涙をこぼした。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?
咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。
※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。
※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。
※騎士の上位が聖騎士という設定です。
※下品かも知れません。
※甘々(当社比)
※ご都合展開あり。
悪役令嬢は高らかに笑う。
アズやっこ
恋愛
エドワード第一王子の婚約者に選ばれたのは公爵令嬢の私、シャーロット。
エドワード王子を慕う公爵令嬢からは靴を隠されたり色々地味な嫌がらせをされ、エドワード王子からは男爵令嬢に、なぜ嫌がらせをした!と言われる。
たまたま決まっただけで望んで婚約者になったわけでもないのに。
男爵令嬢に教えてもらった。
この世界は乙女ゲームの世界みたい。
なら、私が乙女ゲームの世界を作ってあげるわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。(話し方など)
婚約を破棄したら
豆狸
恋愛
「ロセッティ伯爵令嬢アリーチェ、僕は君との婚約を破棄する」
婚約者のエルネスト様、モレッティ公爵令息に言われた途端、前世の記憶が蘇りました。
両目から涙が溢れて止まりません。
なろう様でも公開中です。
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
【完結】深く青く消えゆく
ここ
恋愛
ミッシェルは騎士を目指している。魔法が得意なため、魔法騎士が第一希望だ。日々父親に男らしくあれ、と鍛えられている。ミッシェルは真っ青な長い髪をしていて、顔立ちはかなり可愛らしい。背も高くない。そのことをからかわれることもある。そういうときは親友レオが助けてくれる。ミッシェルは親友の彼が大好きだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる