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本編
8 悪役令嬢と聖女の力
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「ここ、は……?」
三時間後。悪役令嬢は保健室で目を覚ました。
あの後、卒業式会場は騒然となった。惨事の記憶はある。しかし、証拠は何一つなく、ケガ人もいない。
結局、気のせいかと徐々に落ち着きを取り戻し、みんなそれぞれ思い出の記念撮影の続きへと戻って行った。
「ああ起きた?」
「!」
俺に気付くと悪役令嬢は慌てて出入り口のドアを見た。半分開いているのを確認してほっとしている。
大丈夫。気にするだろうと思って、あえて開けておいたのだ。保健室の先生は嫌な顔をしたが頼み込んだ。その先生は用事で出かけたから今は二人きりだ。三月とはいえまだまだ寒く入り込んでくる風は冷たいが、布団を被っている悪役令嬢には影響はないだろう。俺もすっかり必需品となった膝掛けを使用している。
これを使うのも今日で最後だ。
「卒業式は無事終わったよ。あそこにいた人達はキツネにつままれたような顔をしていたけど。まあ、それはそうだ。跡形もなく、被害が消えたんだから。あれは、君がやってくれたんだね?」
「……ええ。私も聖女の力を持っておりますので。だから、第一王子の婚約者となったのです」
ポツリポツリと、悪役令嬢は話してくれた。
前にも聞いた通り、彼女達の世界には定期的に魔物の襲撃がある。そしてそれに対抗するように、被害を抑える「聖女」の力を持つ者が存在する。
「聖女の力はその血を受け継ぐものに発現することが多いのです。そして王家は聖女と結ばれることが多かった。だから、王族や高位貴族の家に聖女の力を持つ者が産まれることが多いのです。私がそれでした」
権威や威信を維持する為にも聖女は王家と婚姻を結ぶことが推奨されている。だからこそ、幼くしてその力に目覚めた彼女は当然のように第一王子の婚約者となった。
「国のため、国民のために尽くすのが当然のことだと、そして殿下と結ばれるのだと、疑いもしませんでした。でも、そこに彼女が現れたのです」
晴天の霹靂だった。城下に視察に行った第一王子がケガをした際、自称ヒロインがそれを癒し、彼女も聖女の力を持っているのが判明した。自称ヒロインに魅かれた第一王子は彼女を王宮に連れ帰る。聖女として。そして婚約者候補として。
既に悪役令嬢という婚約者がいたのに。
第一王子は突然できた選択肢に歓喜した。決められた未来。決められた人生。そこに初めて自分で選べる分岐ができた。
そして悪役令嬢は絶望した。決められていた未来。決められていた人生。それが突然揺らいでしまった。
「過去に平民と結ばれた聖女がいたことから、平民から力を持つ者が出るのはおかしいことではありません。しかし、聖女の力はとても珍しく、その力を持つ者が複数出ることは想定されていませんでした。どちらが聖女にふさわしいか、殿下の婚約者にふさわしいか。これから判定される、そんな時に――」
『異世界へ召喚されてしまった』
続く悪役令嬢の言葉にめまいがした。オカルト研究会の連中、本当に何してくれてんだ。
「ごめんな。そんな大変な時に突然こんな見知らぬ世界に連れてこられて、さぞストレスだっただろう」
「いいえ。むしろ嬉しかった」
「え?」
「突然、あるべき未来が消えて。殿下には思いを寄せるお相手ができて。しかもその方と競わなくてはならない。私は誰のために、何のために努力してきたのか分からなくなっていました。そんな時、殿下と離れてこの遠い異世界に来て考える時間ができて、私はほっとしたのです」
そう答える悪役令嬢の顔は穏やかだ。何か、吹っ切れたような清々しさがある。
「それで、答えは見つかったのか?」
「ええ。一つは」
いつもは控えめに、あまり目線を合わせることのなかった悪役令嬢が、じっと俺を見る。
「こんなに苦しい思いをするくらいならこんな力いらなかった。つい、そんな風に思ってしまっていたのですが……今日、それは間違いだとはっきり分かりました」
すう、と息を吸って。ふわりと微笑んで。
「一年と五カ月、一緒に過ごした皆さんを助けることができた。笑って一緒に卒業できた。それだけで、私は十分報われました。この力を授かったこと、使ったことに何の後悔もございません」
「……そっか」
細められる薄紫の目が、穏やかに笑む口が、目に焼き付いて離れない。張り付いた目線を俺は無理やり引きはがした。
「ええと……倒れたのは力を使ったせい? その……大丈夫か?」
「ええ。力を使い切っただけですので。2~3日たてば治ります」
「良かった。じゃあそろそろ帰ろうか。寮まで送るよ。教室から荷物持ってきたんだ」
「ありがとうございます。ああ、丁度よかった。貴方に渡したいものがあったのです。これを……」
荷物を渡すと、悪役令嬢はカバンからゴソゴソと小さな包みを取り出した。渡されるままそれを受け取る。開けてみるとそれは。
「……ハンカチ?」
真っ黒いハンカチ。放課後に刺していたアレじゃない。それに、俺の名前が刺繍されている。
「貴方の髪の色のハンカチです。それにお名前を刺繍しましたの。一年と五カ月、本当にお世話になりましたから、その感謝の気持ちです。……上手に出来ているといいのですが」
上手だった。文句なく。ただ、オシャレではない。なぜなら。
(100均で買ったんだろうなあ……)
『冠婚葬祭用』……そう書かれた袋に入れられたハンカチには、それは見事な達筆で俺の名前が入れられていた。日本語で。金色の糸で入れられた刺繍はまるで習字のお手本のような出来だ。
黒と金。
そのコントラストはまるで霊柩車のそれを思わせる仕上がりだ。
多分、葬式くらいにしか使えない。でも。
「ありがとう。大事にするよ」
そう答えると悪役令嬢は嬉しそうに笑った。
廊下から入り込む風で彼女の金色の髪が揺れていた。
三時間後。悪役令嬢は保健室で目を覚ました。
あの後、卒業式会場は騒然となった。惨事の記憶はある。しかし、証拠は何一つなく、ケガ人もいない。
結局、気のせいかと徐々に落ち着きを取り戻し、みんなそれぞれ思い出の記念撮影の続きへと戻って行った。
「ああ起きた?」
「!」
俺に気付くと悪役令嬢は慌てて出入り口のドアを見た。半分開いているのを確認してほっとしている。
大丈夫。気にするだろうと思って、あえて開けておいたのだ。保健室の先生は嫌な顔をしたが頼み込んだ。その先生は用事で出かけたから今は二人きりだ。三月とはいえまだまだ寒く入り込んでくる風は冷たいが、布団を被っている悪役令嬢には影響はないだろう。俺もすっかり必需品となった膝掛けを使用している。
これを使うのも今日で最後だ。
「卒業式は無事終わったよ。あそこにいた人達はキツネにつままれたような顔をしていたけど。まあ、それはそうだ。跡形もなく、被害が消えたんだから。あれは、君がやってくれたんだね?」
「……ええ。私も聖女の力を持っておりますので。だから、第一王子の婚約者となったのです」
ポツリポツリと、悪役令嬢は話してくれた。
前にも聞いた通り、彼女達の世界には定期的に魔物の襲撃がある。そしてそれに対抗するように、被害を抑える「聖女」の力を持つ者が存在する。
「聖女の力はその血を受け継ぐものに発現することが多いのです。そして王家は聖女と結ばれることが多かった。だから、王族や高位貴族の家に聖女の力を持つ者が産まれることが多いのです。私がそれでした」
権威や威信を維持する為にも聖女は王家と婚姻を結ぶことが推奨されている。だからこそ、幼くしてその力に目覚めた彼女は当然のように第一王子の婚約者となった。
「国のため、国民のために尽くすのが当然のことだと、そして殿下と結ばれるのだと、疑いもしませんでした。でも、そこに彼女が現れたのです」
晴天の霹靂だった。城下に視察に行った第一王子がケガをした際、自称ヒロインがそれを癒し、彼女も聖女の力を持っているのが判明した。自称ヒロインに魅かれた第一王子は彼女を王宮に連れ帰る。聖女として。そして婚約者候補として。
既に悪役令嬢という婚約者がいたのに。
第一王子は突然できた選択肢に歓喜した。決められた未来。決められた人生。そこに初めて自分で選べる分岐ができた。
そして悪役令嬢は絶望した。決められていた未来。決められていた人生。それが突然揺らいでしまった。
「過去に平民と結ばれた聖女がいたことから、平民から力を持つ者が出るのはおかしいことではありません。しかし、聖女の力はとても珍しく、その力を持つ者が複数出ることは想定されていませんでした。どちらが聖女にふさわしいか、殿下の婚約者にふさわしいか。これから判定される、そんな時に――」
『異世界へ召喚されてしまった』
続く悪役令嬢の言葉にめまいがした。オカルト研究会の連中、本当に何してくれてんだ。
「ごめんな。そんな大変な時に突然こんな見知らぬ世界に連れてこられて、さぞストレスだっただろう」
「いいえ。むしろ嬉しかった」
「え?」
「突然、あるべき未来が消えて。殿下には思いを寄せるお相手ができて。しかもその方と競わなくてはならない。私は誰のために、何のために努力してきたのか分からなくなっていました。そんな時、殿下と離れてこの遠い異世界に来て考える時間ができて、私はほっとしたのです」
そう答える悪役令嬢の顔は穏やかだ。何か、吹っ切れたような清々しさがある。
「それで、答えは見つかったのか?」
「ええ。一つは」
いつもは控えめに、あまり目線を合わせることのなかった悪役令嬢が、じっと俺を見る。
「こんなに苦しい思いをするくらいならこんな力いらなかった。つい、そんな風に思ってしまっていたのですが……今日、それは間違いだとはっきり分かりました」
すう、と息を吸って。ふわりと微笑んで。
「一年と五カ月、一緒に過ごした皆さんを助けることができた。笑って一緒に卒業できた。それだけで、私は十分報われました。この力を授かったこと、使ったことに何の後悔もございません」
「……そっか」
細められる薄紫の目が、穏やかに笑む口が、目に焼き付いて離れない。張り付いた目線を俺は無理やり引きはがした。
「ええと……倒れたのは力を使ったせい? その……大丈夫か?」
「ええ。力を使い切っただけですので。2~3日たてば治ります」
「良かった。じゃあそろそろ帰ろうか。寮まで送るよ。教室から荷物持ってきたんだ」
「ありがとうございます。ああ、丁度よかった。貴方に渡したいものがあったのです。これを……」
荷物を渡すと、悪役令嬢はカバンからゴソゴソと小さな包みを取り出した。渡されるままそれを受け取る。開けてみるとそれは。
「……ハンカチ?」
真っ黒いハンカチ。放課後に刺していたアレじゃない。それに、俺の名前が刺繍されている。
「貴方の髪の色のハンカチです。それにお名前を刺繍しましたの。一年と五カ月、本当にお世話になりましたから、その感謝の気持ちです。……上手に出来ているといいのですが」
上手だった。文句なく。ただ、オシャレではない。なぜなら。
(100均で買ったんだろうなあ……)
『冠婚葬祭用』……そう書かれた袋に入れられたハンカチには、それは見事な達筆で俺の名前が入れられていた。日本語で。金色の糸で入れられた刺繍はまるで習字のお手本のような出来だ。
黒と金。
そのコントラストはまるで霊柩車のそれを思わせる仕上がりだ。
多分、葬式くらいにしか使えない。でも。
「ありがとう。大事にするよ」
そう答えると悪役令嬢は嬉しそうに笑った。
廊下から入り込む風で彼女の金色の髪が揺れていた。
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