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クリスside
4 運命の相手との出会い
しおりを挟むその日、僕はとんでもなく不機嫌だった。
前日に。剣術の授業で小さなケガをしてしまい、偶然通りかかったヴィーナに治療を頼んだのだが、
「申し訳ございません。授業終了後、貧困者支援病院で聖女としての公務が入っておりまして、魔力を減らさないようにときつく言われているのです」
と、断られた。
「ほんの僅かな傷だぞ。今なら放課後までには魔力も戻るのではないか? 明日、僕も公務が入っているんだ。ケガのせいで、影響が出ては困る」
「魔力の数値も厳しく管理されているのです。国のため、民のためにも今は神官様のご指導通りに――」
「もういい」
結局その後は早退し、王宮の医師からポーションを出してもらった。
「この程度の傷でポーションを使うのですか!?」と医師に言われたが「公務に支障が出ては困る」と言ったら黙って渡してくれた。
傷は跡形もなく治った。
これでいい。これが正解の筈なのに。何故、ヴィーナは言うことを聞いてくれない?小さいころは、あの力を僕だけに使ってくれていたのに。
苛立ちを抑えながらの公務は孤児院の視察だった。そこで育てられたという歓迎の花束を受け取って――僕は再びケガをした。
渡されたバラの花束に、棘が残っていたのだ。
人差し指から流れる血。ああ、またか。帰ったらポーションを出してもらわなくては。でも、また医師に嫌な顔をされるんだろうな。
昨日からの苛立ちで表情が取り繕えない。不機嫌な僕の顔に孤児院の院長も子供達も凍り付いた。
「きゃあ、たーいへーん!」
そのとき。王族の前だというのにバタバタとはしたなく、むしろ存在を主張するかのように足音を立てながら近づいてきた娘が、僕の手を取ったかと思うと。
ぱくり。
指を咥えた。そして、ぺろりと生暖かい舌で、ケガした指をなめ上げる。
その瞬間。懐かしい感覚が全身を駆け巡った。
暖かいものが体に流れ込んでくるような。
寒い夜に人肌で温めてもらうような。
全身の細胞が喜びに満ちていく。
あまりのことに反応が遅れた護衛が引き離そうとするが、僕は慌ててそれを止めた。確かめるべきことがある。
「君、今のは……」
「あ、良かった。治りましたね! ふふ、小さいころからお母さんが、『そのくらいの傷、なめておけば治る!』って言うんですよ。本当に治ったときにはびっくりしたけど。他人で試すのは初めてだったけど、うまくいって良かったです!」
少女の名前はリリーといった。パン屋の娘で、孤児院には売れ残りのパンを安く売っているのだという。
驚くことに、リリーは自身の持つ力の意味を、まるで理解していなかった。誰もが当たり前に持つ力――そんな風に思っていたそうだ。
僕は驚きつつも、丁寧に、教科書通りの説明をしてやった。
癒しの力は聖女だけが持つ特別な力。決して私利私欲のために使ってはならない。国のため、民のために使われるべき――。
チクリと胸が痛むのを感じながらもそんなことを話す。いくつかの質疑応答の後、少女はようやく納得したのか、僕の瞳を見て、真剣な顔をして言った。
「だったら私、この力を王子のために使いたいです」
その瞬間、僕は全てを奪われた。
「しまった。『国のため、民のために』って言わなきゃいけないんだった。大丈夫かなうまくルート入れるかな……?」
ブツブツと何か言っていたが、僕の耳には届かない。先ほど少女が――リリーが言った言葉。
『王子のために使いたい』
それが頭にこびりついて離れない。
ずっと、僕が欲しがっていた言葉だったから。
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