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リリーside
25 その後の話――生徒会長視点2
しおりを挟む「おかしいと思ったんですよ。旦那さん、そもそもあのギャル達の友達だったんでしょう? 彼女らが、リリーさんの……自称ヒロインだの、聖女だの、そんな面白話ペラペラ吹聴しないはずがない」
「はい。クラスメイトが折った骨をリリーが聖女の力でサクッとくっつけたとか、色々聞きました。そもそもアイツ、隠してるつもりで魔法がどうの~とか、ツメが甘かったし」
クスクスと笑う様子からは自称ヒロインに対する愛情しか感じられない。ならば、何故。
「事情はご存じですよね? 俺、彼女の産んでくれた子供を本当の子供だと思っています。産まれてすぐに抱き上げたのは俺だし、ミルクを飲ませて、オムツを替えて、愛情いっぱいに育ててきた。目の中に入れても……それこそ目の色を変えてもって思っちゃうくらい大切に思っている。もう一人の息子の話は驚いたけど嬉しかった。でも――妻はそんな器用な人間じゃないんです。ひとつのことに拘り過ぎて――周りが見えなくなってしまう。今は目の前の息子が大変な時なのに。今回、取り返しのつかない事態になって、ようやく妻は現実に目を向け始めました。でも、これを見せたら元に戻ってしまう。だから――今はまだこれを見せるわけにはいかないんです」
一切の迷いのない人工的な紫色の目は、違和感があっても、彼にはとても似合って見えた。
「事情は分かりましたけど……だったらこれを隠しておいて、もう大丈夫だと旦那さんが判断したときに一緒に見ればいいだけでは? わざわざ俺に預けなくたって保管する場所くらいあるでしょう」
「偉そうなことを言ったけど……多分……俺も器用じゃないんです。会ったことのない息子より、目の前の子供の方が大事です。子供を守るためなら妻が目を逸らすことは許さないし、なんだってする。それでも……手元にソレがあったら俺は絶対に――すぐ見たくなってしまう」
今は、絶対に見せられないのに。絞り出すようにそう言う紫目の男の顔は本当に辛そうで、つい手を差し伸べたくなる。彼は自称ヒロインが自分で過去を乗り越え、現実を直視できるようになるまで血の繋がった息子の姿を見ないことを決めたのだ。自分の意思の弱さを理解した上で、例え人の手を借りてでも、血の繋がった息子が用意してくれた水晶を守るつもりなのだろう。自称ヒロインのために。いつか、二人で見られるその日まで。
でも俺だって妻が大事だ。このまま、妻や妻のパート先に迷惑をかけ続けるわけにはいかない。心を鬼にして突き放そうとしたときに。
「預かって差し上げたらよろしいのではなくて?」
仏のような声がした。パート帰りの妻だ。本日、俺は仕事が休みなのでここで仕事帰りの妻と待ち合わせをしていた。とっとと話を終わらせるつもりだったのだが、長引いてしまったからそのせいだろう。読みが甘かった。
「お帰り、ヴィーナ。仕事お疲れ様。……でも、このままだとパート先に迷惑では?」
「最初こそランチタイムの混雑時に押しかけてきましたが、最近ではあえて人のいない時間を狙って来店してくださいますの。休憩時間は遠慮していただけますし、お勧めしたものを注文してくださる、いいお客様ですわ。それに、上の娘が文化祭で占い師役をやるから水晶っぽい小道具が欲しいって言ってましたから丁度いいですわ」
「小道具って……流石に預かっている壊れ物を子供に貸し出すのはちょっと。割っちゃったら大変だし、うっかり再生でもさせちゃったら契約を破らせることになるだろう」
「署名は済んだのでしょう? だったら、契約に関わる人にしか反応はしない筈ですわ。御本人からお話を聞いた限り、水晶が反応しなくなったのは彼女が約束を破って契約者とはみなされなくなったからですし。それに、うちの娘なら大丈夫ですわ。小さい頃から物を大事にする子ですもの」
確かに……うちの娘は小さい頃からおもちゃの箱まで破かないように大切にとっておくような物持ちのいい子だ。箱ありの方が高値が付く、いつか手放してあちらへの留学費用にする、とかなんとか言っていたのであちらとはどこかが気にはなるが、それは置いておいて。
「お願いします! 小道具にしてもいいのでどうか預かってください。もし、割れても文句は言いません。他人がやったことならあきらめがつくし、ああ、でもなるべくは大事にする方向で。できるだけ、ええと……お願いします……」
何だ、急に優柔不断になったな!
考えてみれば。あの、自称ヒロインに一年近く引っ付かれながら卒業するまで付き合うこともなく節度を保っていたぐらいだ。色々と考え込む性格なのだろう。その後の結果を見ると生真面目なのか、ただのいい加減なのか、判断に迷うところではあるが。
どうせ欲望の赴くままにいい加減な行動をとるのなら後から変に考え込まず、自称ヒロインのように何も考えずに行動した方が楽だろうに。ああ、でもそうか。いい加減なクセに変に生真面目なところがあるからこそ、考え無しで自由気ままな自称ヒロインに惹かれたのか。
俺が、優秀で真面目でありながら時に大胆な行動力を見せる悪役令嬢にどうしようもなく惹かれたように。
ギャル達の派手な外見からは内面の面倒見の良さが窺えないように。目の前の男の姿からは妻と血の繋がらない息子への豪快で繊細な気遣いが窺い知れないように。人から人への評判なんて人それぞれだ。多数派だろうが少数派だろうが、それぞれ本人が納得していればいいことだろう。
俺は小さくため息をついた。正直、俺からすると自称ヒロインの評価は最悪だ。あれだけ悪役令嬢を、俺のヴィーナを傷つけ、陥れた。できれば関わり合いになりたくない。でも、途中でギャル達の評価が変わったように、彼女の評価が変わる日も来るのだろうか。何より、一番被害を受けた筈の悪役令嬢自身がなぜか彼女を見捨てていない。そこに可能性が残っている気もする。そう考えると、少しばかり興味がないでもない。
何より、俺としては妻がいいというのなら問題はない。
「分かった。家で預かるけれど、大丈夫だと思ったらすぐ、引き取ってくれよ? 忘れられちゃっても困るから」
「ありがとうございます! 代わりに、俺にできることならなんでもやりますので」
あからさまに、ほっとした顔になる自称ヒロインの夫。よっぽど、魔道具を手にしたら再生させない自信がなかったのだろう。
「それならば、今度はご家族でお店に食べに来てくださいな。最近はお子様向けのメニューもございますし、お年寄り向けのメニューもございますの。お勧めは、奥様にお聞きになればよろしいわ」
「ええ! 勿論よろこんで。実は、一回行ってみたかったんですよね。事情があるとはいえ、味にうるさい妻があれほど通うお店は珍しいですから。あいつのお勧めは何だろう。楽しみだな」
そう言って、自称ヒロインの夫は紫色の目を柔らかく細めてニコニコと帰って行った。
ヴィーナの奴考えたな。流石に自称ヒロインも、夫や子供の前では余計なことは言わないだろうし、家族ぐるみで常連にしてしまえば迂闊なことはできなくなるだろう。気になることと言えば。
「お勧めメニューって、今まで自称ヒロインに何をお勧めしたんだ?」
会話の最中、ほんのちょっぴり垣間見えた悪役令嬢顔が気になってヴィーナに聞いてみた。ヴィーナのパートするうどん店はちょっと特殊で……近所に高級タワーマンションがあるせいか、豪華メニューがいくつかある。写真映えするとかでそれらのメニューは大人気だが、少々お値段が気になるところだ。
「うふふふふ。色々、ですわ。高い順にいくつかお勧めしましたの。彼女、そういうのお好きでしょう?」
……やっぱり。まあ、ヴィーナがこれまでやられたことを考えると、美味しい自分好みのメニューをお勧めされることぐらいは仕返しのうちにも入らないだろう。
「ええと……ほどほどにな」
「大丈夫ですわ。今はもうお勧めはしておりません。最近は落ち込んでどうしようもなくなったときにお店に来ているようでしたから。あまり食欲がないようで、注文されるのは素うどんばかりですもの」
「あれ? そんなメニューあったっけ?」
「新メニューですわ。店長ったら、とてもいい腕をお持ちなのに高級食材に頼る傾向にあって……。でも、とあるお客様があれこれ高級メニューを試した後にシンプルな素うどんを心の底から『おいしい』って言ってくれたのを見て、自信を持っていただけたようで。そこから定番のメニューも増えたので、お客様の幅も広がりました」
ニコニコと答える悪役令嬢。相変わらずそつがない。
「ま、ヴィーナが困ってないならいいけどさ。あれだけ酷い目に遭わされたのに、自称ヒロインになぜか優しいよな」
「……大切なものを守ってくださいましたから」
ああ、そういえば国外追放になったヴィーナの代わりに国を守ってもらったんだっけ。第一王子の婚約者として、聖女として、あれだけ国と国民の心配をしていたくらいだ。よほどそのことに恩義を感じているんだろう。口に出してそのことを言えば、「ああ、それもございましたわね」とサラリと流された。
あれ?違うのか?
「彼女は御家族に何をお勧めするんでしょうね。とても楽しみですわ。でも……食欲がないときに食べられるものこそが、一番好きなメニューなんだと思いませんか?」
そう言って笑う悪役令嬢は本当に楽しそうだった。
それからしばらくして、ヴィーナのパート先に家族で通う自称ヒロインの姿が見られるようになった。最初は話しかけたそうにヴィーナをチラチラ見ていたそうだが、そのうち純粋に食事を楽しむようになったそうだ。ちなみに来る日は結構売り上げがいいと悪役令嬢顔で微笑んでいたから、自称ヒロインはなかなかいいものを家族にはお勧めしたらしい。
なんにしても、自称ヒロインにはさっさと立ち直ってもらって、我が家の応接間の棚の上に置かれたこの謎の水晶をとっとと引き取ってもらいたい――そう言ったところ。
「大丈夫です。そんなに時間はかかりませんわ」
「ああ、もう立ち直ったのか。なら――」
「同じお店の常連さん同士、意外と偶然再会してあっさり解決――なんてこともあるかもしれませんし」
ん……?
「常連ってまさか――」
「言いましたわよね? 将来、オカルト研究会の皆さんが、あちらからお客さんを召喚してくださるって」
『ああ、大丈夫ですよ。同窓会の日に少しお話ししたのですが――オカルト研究会の皆様が、異世界からお客さんを召喚してくださいますから』
長男が産まれてしばらくたって。定年退職後にうどん屋さんを開けたら――そんな話をしているときに、確かにそんなことを言っていた気がする。けど。
「あれって、仮定の話だよな? それに、あくまで『定年退職後うどん屋さんを開いたら』の話だろ?」
「あら、技術革新には実験が必要ですわ。私達が召喚されてしまった魔法陣も、今では改良されてどこかで使われているらしいですし。……オカルト研究会の方が開発してくださった出前用魔法陣、うちの店でもとても好評ですわよ」
「出前用魔法陣……?」
なんでも。偶然店に来たオカルト研究会の元部員に頼んで、タワーマンションに住む年配の常連さん向けに、出前用の魔法陣を作ってもらったそうだ。その常連さんはケガをしてからというもの長距離歩けなくなって、店に通えなくて困っていたらしい。冷めることなく一瞬で届き、お店と同じ味が提供できる。しかもドンブリの返却も一瞬、ということでなかなか評判がいいそうだ。守秘義務契約付きで高額だが、割と富裕層には需要があるらしい。
――で、見返りとして異世界用出前魔法陣の開発にも協力しているらしい。そして、あちらでの顧客第一号が隣国王家――って嘘だろおい……。
そう言えば――自称ヒロインの息子と会ったとき「出前ご苦労さまです」とか言われたな。言い間違えか翻訳ミスだと思ってたけど、言葉通りの意味だったとは。
「今はまだ出前だけですけれど、魔法陣の技術も進歩しているそうなので王族の方に気軽にご来店いただける日も近そうです。予言の力が残っていれば正確に分かったのですけれど」
その言葉に、少しだけほっとする。そして。
「でも、娘の占いによれば『そう遠くない未来に実現する』そうなので、今度詳しく占ってもらいましょうか」
と言って、母親の顔でウフフと笑うヴィーナの言葉に凍り付く。ああ、うん。そうだな。当たり前すぎて忘れていたが、うちには二人も聖女の力を引き継ぐ娘がいるんだった。
文化祭で占い師役をやってから占いにはまって、最近どんどん的中率が上がっている上の娘を思い出し――その姉のマネをすることでグングン力を開花させるお姉ちゃん大好きな妹の姿を思い浮かべて――とりあえず前向きに、あの水晶は隠すことにした。
※※※
「あのね、私のトランプ占いによるとパパの運勢は……念願成就近し! だって! よかったね」
「私も、私もトランプ占いするー! あ、結果がお姉ちゃんと一緒だ。やったー! パパ、よかったね」
「……」
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