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16 何故、今になって
しおりを挟む「なんで、今頃になって……」
母国から届いた知らせを手にしてリベルタは戸惑っていた。
いつまでも終わらない番の判定に見切りをつけて、リベルタが国を出てからかなりの年月が経っている。新獣人国の国王……竜王ヴァールがリベルタの番であることに間違いはないが、今ではリベルタが彼を思い出すことも無い。
それなのに。
リベルタは35歳を過ぎている。それを、今になって成人の儀を受けろとは。
ヴァールが何を思って突然そんなことを言い出したのかは分からないが、何かしら思うところがあってのことなのだろう。リベルタに番の判定を受けさせるために、実家の爵位継承問題まで持ち出してくるくらいには。
怒りで手紙を持つ手が震えてくる。
(怒り……いえ……これは恐怖だわ)
今更の成人の儀への参加命令。国を出た者への拘束力はないが、アシュランス伯爵家の爵位まで持ち出してくる以上、ヴァールは手段を選んでいない。確実に、リベルタを呼び戻すためだろう。
両親にはリベルタがヴァールの番であることは話していない。子煩悩な両親だから言わずとも気が付いてはいるだろうが、明言していない以上は彼らから真実が漏れる心配はないだろう。
竜人には嘘を見抜く能力があるが、両親に確証がない以上は力を使われたとしても問題ない。そこは安心していい。
それでも。
新獣人国に属する者が、しかも国民の見本となって国に忠誠を誓うべき貴族が、国王の番を国外へと逃がすとなるとどんな罰が下されるか分かったものじゃない。
そうでなくとも爵位を人質にされている以上、リベルタが母国へ戻らない訳にもいかないし、両親の無実を証明するためにも何食わぬ顔でデビュタントに参加をして、国王から番の判別を受けなくてはならない。
リベルタはそれが怖かった。
リベルタが今、愛しているのはオネストだ。彼の為に冤罪を晴らし、本来彼が継ぐべきだった国を取り戻して、二人で理想の国を作りあげてきた。その中で受けた、彼からのプロポーズがどれほど嬉しかったか。
『お前を愛することはないとも言い切れない』
番からのそんな遠回しな言葉に縛られて、母国で息苦しい思いをしてきたリベルタだからこそ、オネストから向けられる真っすぐな好意と飾らぬ言葉に凍り付いた心が溶かされた。
今、リベルタはヴァールを愛してはいない。それは断言できる。最近では思い出すことすら無かった。
――ただ、過去に魂が揺さぶられるほどヴァールを愛していたのも事実なのだ。
デビュタントで初めて彼を目にした日から国を出る決意をする日まで。
あの言葉を言われるたび、人間の令嬢達との仲睦まじい様子を見せつけられるたびにリベルタの心が凍り付いて行くのに、頭がどうかしてしまいそうなほどの番への愛情はとめることができなくて、苦しくて苦しくて仕方がなかった。
――それなのに。
国から離れて、ある地点を越えた時から急にその思いが消え去った。
それが、怖い。
国に戻ったら。
番の認識範囲内に入ったら。
再び自分はヴァールへの思いに縛られるのではないか。いや、それ以上に――あれだけ愛していたヴァールへの思いが突然消え去ったように、今、愛しているオネストへの思いもまた、消え去ってしまうのではないか。
そう考えると、リベルタは体の震えが止まらぬほどに怖くなる。
愛する人と結ばれて、ようやく両親に花嫁姿を見せてあげられると思ったのに。
幸せいっぱいで母国に送った婚約報告の返事がこれだとは。今更になって突き付けられた、リベルタがかつて愛した番からの執着めいた命令にはため息しか出ない。
リベルタの母国、新獣人国までは遥か遠い。
オネストの治めるこの国とヴァールの治める新獣人国とは、番の認識範囲を軽く超えるくらい……それこそ両国で昼と夜の違いがあるくらいの距離がある。
リベルタとオネストは正式に婚約し結婚式の準備を進めてきたが、母国からの知らせによると次の成人の儀は予定していた結婚式の前日。移動時間を考えると成人の儀の三カ月前にはこの国を出なければならない。当然、帰りも同じだけの日数がかかる。
こうなった以上は結婚式を延期するしかない――。
……いいや、それどころかこの国へ戻って来られるかも分からないのだから、結婚式の準備自体を中止すべきだ……リベルタが悲壮感を漂わせながらそんな決心を固めたときだった。
「どうしたんだ、僕の愛しいリベルタ。やっと君の母国の両親から婚約報告の返事が来たというのに、何を難しい顔をしているんだ?」
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