60 / 88
60 そして――(ヴィクトリア視点)
しおりを挟む夫を喪ったヴィクトリアが表舞台から完全に姿を消したことにより死亡説が囁かれ、そのお陰でエクセランの治世はより盤石なものとなった。
たとえ揺らいでいた帝国が持ち直し治世が安定したとしても、どうしても番に狂ったロイエの醜聞はその息子であるエクセランに付きまとう。
けれどヴィクトリアが姿を消しその死亡説が流れたことにより、皇帝ロイエの番はやはり皇后ヴィクトリアであったのだと、番が死んだことによりヴィクトリアもまた死んだのだと、魅了魔法を使った性悪な女に騙され愛し合う運命の番は引き裂かれてしまったのだと、そんな風に判断されてロイエの名誉は回復された。
民を虐げていた加害者から運命の番と引き裂かれた悲劇の被害者へ。
それによりエクセランにつきまとっていた親世代の醜聞は完全に消えた。
全てはロイエの後を継いだエクセランが計画したことだ。優しく気の弱いところが目立っていたエクセランだが、悪意に翻弄され実の父親に焼き殺されたり、偽りの幸せの中で育ったりと、二度にわたりハードな子供時代を経験したせいか策略的なところは長けているらしい。
実際の所、ヴィクトリアは表舞台から姿を消しただけで、姿と名前を変え、側近の一人としてエクセランに助言をしながらそれまで通り城内で忙しい生活を送っていた。
そしてエクセランが自分で選んだ伴侶と婚姻し、最初に産まれた孫が成人して帝国が安泰となったところで、ヴィクトリアは今度こそ本当に姿を消した。
ロイエの死が発表されてから、200年程が経った時のことだった。
――現在。帝国内は皇帝夫婦の間に新たに誕生した子供の話題で盛り上がっている。
エクセランが選んだのは年下の伯爵家の御令嬢。結婚は遅かったがすぐに子宝に恵まれて、その後もおめでたい話題が途切れることはない。今回産まれたのは6番目の孫だったか。
番以外とは子が授かりにくい竜人。
それなのに、皇帝夫婦の間にこうもおめでたい話題が続くのは実は皇帝夫妻が運命の番だからでは――なんてうわさが実しやかに流れているらしい。
ドラゴディスから遠く離れた小さな島国で。数カ月遅れの帝国で発行された新聞を読んで、ヴィクトリアは口元に笑みを浮かべた。
皇帝の地位に在る者として。番であるかどうかにかかわらず、嫁いでくる伴侶を全力で愛したい――そんな信念の下に、番を感知する器官である竜鱗を自ら焼いたエクセラン。
そして、そんなエクセランの考えに賛同し、自らも竜鱗を焼いた年若い息子の嫁。婚約式の当日に、その場で行動に出た勇ましい姿は今も忘れられない。
息子の婚約者はその時に負った火傷の影響で高熱を出して、エクセランとの婚約早々城内で治療を受けることになった。
熱が下がるまでの約一カ月間。エクセランは一日に何度も婚約者の様子を見に部屋を訪れていた。
最初は突然の暴挙に怒ったように。けれど見舞いの回数を重ねる度に、それまでの硬い表情がまるで嘘のように嬉しそうに緩んでいくのを、皆が微笑ましく見守っていたのだ。
結婚してからそれなりの時間が経つが二人は今も仲が良く、まだまだ家族は増えそうだ。
周囲が番だ何だと騒いでも、竜鱗を焼いた二人はどこ吹く風らしい。
子沢山なのは珍しくはあるが、番ではないヴィクトリアとロイエの間にも三人の子供が授かったのだ。ただ単に相性がいいだけかもしれない――し、そうじゃないかもしれない。
新聞に載った仲睦まじい息子夫婦の写真をそっと撫でて、ヴィクトリアは遠く離れた愛しい我が子に思いを馳せる。
212
あなたにおすすめの小説
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
【完結】お前を愛することはないとも言い切れない――そう言われ続けたキープの番は本物を見限り国を出る
堀 和三盆
恋愛
「お前を愛することはない」
「お前を愛することはない」
「お前を愛することはない」
デビュタントを迎えた令嬢達との対面の後。一人一人にそう告げていく若き竜王――ヴァール。
彼は新興国である新獣人国の国王だ。
新獣人国で毎年行われるデビュタントを兼ねた成人の儀。貴族、平民を問わず年頃になると新獣人国の未婚の娘は集められ、国王に番の判定をしてもらう。国王の番ではないというお墨付きを貰えて、ようやく新獣人国の娘たちは成人と認められ、結婚をすることができるのだ。
過去、国の為に人間との政略結婚を強いられてきた王族は番感知能力が弱いため、この制度が取り入れられた。
しかし、他種族国家である新獣人国。500年を生きると言われる竜人の国王を始めとして、種族によって寿命も違うし体の成長には個人差がある。成長が遅く、判別がつかない者は特例として翌年の判別に再び回される。それが、キープの者達だ。大抵は翌年のデビュタントで判別がつくのだが――一人だけ、十年近く保留の者がいた。
先祖返りの竜人であるリベルタ・アシュランス伯爵令嬢。
新獣人国の成人年齢は16歳。既に25歳を過ぎているのに、リベルタはいわゆるキープのままだった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】番が見ているのでさようなら
堀 和三盆
恋愛
その視線に気が付いたのはいつ頃のことだっただろう。
焦がれるような。縋るような。睨みつけるような。
どこかから注がれる――番からのその視線。
俺は猫の獣人だ。
そして、その見た目の良さから獣人だけでなく人間からだってしょっちゅう告白をされる。いわゆるモテモテってやつだ。
だから女に困ったことはないし、生涯をたった一人に縛られるなんてバカみてえ。そんな風に思っていた。
なのに。
ある日、彼女の一人とのデート中にどこからかその視線を向けられた。正直、信じられなかった。急に体中が熱くなり、自分が興奮しているのが分かった。
しかし、感じるのは常に視線のみ。
コチラを見るだけで一向に姿を見せない番を無視し、俺は彼女達との逢瀬を楽しんだ――というよりは見せつけた。
……そうすることで番からの視線に変化が起きるから。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる