74 / 88
番外編
9 叶わぬ願い
しおりを挟む
ぴちゃん……ぴちゃん……
気を失うように眠り、水音で目が覚めれば悪夢が始まった。
リエーヴルはやり過ぎたのだ。ロイエの留守中に攫われて、毎日毎日限界まで血を抜かれる。
貧血だろうか。目が回るような眩暈が常にする。吐き気がすごい。精がつくものを無理やり食べさせられて、調子が戻れば再び血が抜かれる。
毎日毎日その繰り返し。
どんどん顔色が悪くなっていき、鏡を見てまるで死者のようだと思ったのはいつだったか。今はもう、鏡を見るために立ち上がることすら出来ない。
「ロイ……ロイ……助け…て…ぇ…」
あまりの辛さにリエーヴルが愛しい番の名を呼べば、『ああ、いいですね。その調子で。想いが混じっていい薬が出来そうだ』と、嬉々として更に血が抜かれる。
色んな人が血を抜くけれど、同情してくれる者は一人もいない。作業にあたる皆が淡々と、そして時には罵倒しながらリエーヴルの血を抜いていく。この先に待ち受けているリエーヴルの運命を語りながら。
そうして恐ろしさに気を失って夢を見る。
繰り返し繰り返し同じ夢を見ているのに、何がいけなかったのか分からない。リエーヴルはドレスが着たかっただけだ。そして、それをいくらだって与えてくれる番と出会った。リエーヴルの為ならどんな願いだってかなえてくれる番だ。だから甘えた。
それだけなのに、一体何がいけないの?
『くそっ、うまく血が取れない』
舌打ちが聞こえる。ハズレの人だ。
血が抜かれる。想いが奪われる。命が消える。
やめて。痛いの。苦しいの。
お願い助けて。
「ロイ、ロイ……お母さ……」
『オイ、余計なものを混ぜるな。……いいか、お前のせいでたった一人の妹が酷い目に遭ったんだ。楽に逝けると思うなよ。最後の一滴まで搾り取ってやるからな』
誰よ。そんなの知らないわよ。いいから助けてよ。
限界なの。苦しいの。
ロイ…ロイ……。
…ロイ……?
…………誰?
誰でもいいか……ら……。
助………。
想いと命が削られて。
リエーヴルはどんどん空っぽになっていく。
たくさん血を抜かれたから今日は眩暈が特に酷い。そんな中でリエーヴルはいつもと違う夢を見た。
もうずっと会っていなかった母の夢。
リエーヴルが必要ないと国に棄ててきた母の夢。
最後に会った時よりも随分と若い。
リエーヴルより大きなウサギの耳で、リエーヴルの拙い話を聞いてくれている。
『どうして愛人にしてもらわなかったの?』
『どうして本当のお父さんの話をしてはいけないの?』
哀しい顔をしながらも。リエーヴルの目を見てしっかりと疑問に答えてくれる母。
『あのね、お母さんは間違えてしまったの。優しくしてくれる貴女のお父さんが大好きだったけれど、お父さんには既に奥様がいたの。皆が不幸になってしまうから、どんなにお父さんから愛されても愛していても、お母さんは絶対に受け入れてはいけなかったの。でもね、貴女を授かったことは嬉しかった。大切な貴女の命を守りたかった。もし私があのままあの人のもとに留まっていたら、お母さんだけでなく大切な貴女の命まで危険に晒してしまうから。だからお母さんは貴女を一人で育てることにしたの。お父さんとお母さんは結ばれる運命ではなかったから道は違えてしまったけれど、これだけは忘れないで。お母さんもお父さんも貴女を愛しているの』
愛する貴女には生きて幸せになって欲しいのよ――。
みっともないボロボロの服を着て。
リエーヴルの耳を撫でながら母が何かを真剣に答えるけれど、幼いリエーヴルには分からない。ただただ、母親が着ているみっともないツギハギだらけの服に目が行ってしまう。
(わたしはもちろんだけど。お母さんだって、ドレスの方が似合うのに)
一瞬。ぐらりと大きな眩暈がしていつもの夢に戻されそうになったとき。
母親とは違う大きな手で。
優しく優しく耳を撫でられる感触がして――。
リエーヴルはそのまま絶命した。
粛々とこの世から自分を消し去る恐ろしい作業が続く中。
女神様のもとへは行けないリエーヴルの耳を撫で続ける何かに気をとられて。
番の名を呼び、妄執が残る抜け殻に必死に手を伸ばしてくる男の存在には、最後まで気付かぬまま――――。
気を失うように眠り、水音で目が覚めれば悪夢が始まった。
リエーヴルはやり過ぎたのだ。ロイエの留守中に攫われて、毎日毎日限界まで血を抜かれる。
貧血だろうか。目が回るような眩暈が常にする。吐き気がすごい。精がつくものを無理やり食べさせられて、調子が戻れば再び血が抜かれる。
毎日毎日その繰り返し。
どんどん顔色が悪くなっていき、鏡を見てまるで死者のようだと思ったのはいつだったか。今はもう、鏡を見るために立ち上がることすら出来ない。
「ロイ……ロイ……助け…て…ぇ…」
あまりの辛さにリエーヴルが愛しい番の名を呼べば、『ああ、いいですね。その調子で。想いが混じっていい薬が出来そうだ』と、嬉々として更に血が抜かれる。
色んな人が血を抜くけれど、同情してくれる者は一人もいない。作業にあたる皆が淡々と、そして時には罵倒しながらリエーヴルの血を抜いていく。この先に待ち受けているリエーヴルの運命を語りながら。
そうして恐ろしさに気を失って夢を見る。
繰り返し繰り返し同じ夢を見ているのに、何がいけなかったのか分からない。リエーヴルはドレスが着たかっただけだ。そして、それをいくらだって与えてくれる番と出会った。リエーヴルの為ならどんな願いだってかなえてくれる番だ。だから甘えた。
それだけなのに、一体何がいけないの?
『くそっ、うまく血が取れない』
舌打ちが聞こえる。ハズレの人だ。
血が抜かれる。想いが奪われる。命が消える。
やめて。痛いの。苦しいの。
お願い助けて。
「ロイ、ロイ……お母さ……」
『オイ、余計なものを混ぜるな。……いいか、お前のせいでたった一人の妹が酷い目に遭ったんだ。楽に逝けると思うなよ。最後の一滴まで搾り取ってやるからな』
誰よ。そんなの知らないわよ。いいから助けてよ。
限界なの。苦しいの。
ロイ…ロイ……。
…ロイ……?
…………誰?
誰でもいいか……ら……。
助………。
想いと命が削られて。
リエーヴルはどんどん空っぽになっていく。
たくさん血を抜かれたから今日は眩暈が特に酷い。そんな中でリエーヴルはいつもと違う夢を見た。
もうずっと会っていなかった母の夢。
リエーヴルが必要ないと国に棄ててきた母の夢。
最後に会った時よりも随分と若い。
リエーヴルより大きなウサギの耳で、リエーヴルの拙い話を聞いてくれている。
『どうして愛人にしてもらわなかったの?』
『どうして本当のお父さんの話をしてはいけないの?』
哀しい顔をしながらも。リエーヴルの目を見てしっかりと疑問に答えてくれる母。
『あのね、お母さんは間違えてしまったの。優しくしてくれる貴女のお父さんが大好きだったけれど、お父さんには既に奥様がいたの。皆が不幸になってしまうから、どんなにお父さんから愛されても愛していても、お母さんは絶対に受け入れてはいけなかったの。でもね、貴女を授かったことは嬉しかった。大切な貴女の命を守りたかった。もし私があのままあの人のもとに留まっていたら、お母さんだけでなく大切な貴女の命まで危険に晒してしまうから。だからお母さんは貴女を一人で育てることにしたの。お父さんとお母さんは結ばれる運命ではなかったから道は違えてしまったけれど、これだけは忘れないで。お母さんもお父さんも貴女を愛しているの』
愛する貴女には生きて幸せになって欲しいのよ――。
みっともないボロボロの服を着て。
リエーヴルの耳を撫でながら母が何かを真剣に答えるけれど、幼いリエーヴルには分からない。ただただ、母親が着ているみっともないツギハギだらけの服に目が行ってしまう。
(わたしはもちろんだけど。お母さんだって、ドレスの方が似合うのに)
一瞬。ぐらりと大きな眩暈がしていつもの夢に戻されそうになったとき。
母親とは違う大きな手で。
優しく優しく耳を撫でられる感触がして――。
リエーヴルはそのまま絶命した。
粛々とこの世から自分を消し去る恐ろしい作業が続く中。
女神様のもとへは行けないリエーヴルの耳を撫で続ける何かに気をとられて。
番の名を呼び、妄執が残る抜け殻に必死に手を伸ばしてくる男の存在には、最後まで気付かぬまま――――。
125
あなたにおすすめの小説
幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
【完結】お前を愛することはないとも言い切れない――そう言われ続けたキープの番は本物を見限り国を出る
堀 和三盆
恋愛
「お前を愛することはない」
「お前を愛することはない」
「お前を愛することはない」
デビュタントを迎えた令嬢達との対面の後。一人一人にそう告げていく若き竜王――ヴァール。
彼は新興国である新獣人国の国王だ。
新獣人国で毎年行われるデビュタントを兼ねた成人の儀。貴族、平民を問わず年頃になると新獣人国の未婚の娘は集められ、国王に番の判定をしてもらう。国王の番ではないというお墨付きを貰えて、ようやく新獣人国の娘たちは成人と認められ、結婚をすることができるのだ。
過去、国の為に人間との政略結婚を強いられてきた王族は番感知能力が弱いため、この制度が取り入れられた。
しかし、他種族国家である新獣人国。500年を生きると言われる竜人の国王を始めとして、種族によって寿命も違うし体の成長には個人差がある。成長が遅く、判別がつかない者は特例として翌年の判別に再び回される。それが、キープの者達だ。大抵は翌年のデビュタントで判別がつくのだが――一人だけ、十年近く保留の者がいた。
先祖返りの竜人であるリベルタ・アシュランス伯爵令嬢。
新獣人国の成人年齢は16歳。既に25歳を過ぎているのに、リベルタはいわゆるキープのままだった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】番が見ているのでさようなら
堀 和三盆
恋愛
その視線に気が付いたのはいつ頃のことだっただろう。
焦がれるような。縋るような。睨みつけるような。
どこかから注がれる――番からのその視線。
俺は猫の獣人だ。
そして、その見た目の良さから獣人だけでなく人間からだってしょっちゅう告白をされる。いわゆるモテモテってやつだ。
だから女に困ったことはないし、生涯をたった一人に縛られるなんてバカみてえ。そんな風に思っていた。
なのに。
ある日、彼女の一人とのデート中にどこからかその視線を向けられた。正直、信じられなかった。急に体中が熱くなり、自分が興奮しているのが分かった。
しかし、感じるのは常に視線のみ。
コチラを見るだけで一向に姿を見せない番を無視し、俺は彼女達との逢瀬を楽しんだ――というよりは見せつけた。
……そうすることで番からの視線に変化が起きるから。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる