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第四歌
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「グレースを巻き込むなんて! 兄上はいったい何を考えているんだ!!」
幼馴染の公爵令嬢を悪役令嬢に指名したことが判ると、弟のゲイルは私に掴みかかってきた。そんな弟に対し、私は唇の端を上げる。
第一王子の自分とは違い、立場的に呪われた義務を免除されている弟は、婚姻の自由も初恋相手も何もかもを手にすることが出来ると信じていたらしい。
少し遅れて生まれてきただけなのに――弟は何とずるく欲深いのか。
「ハッ! 残念だったな、ゲイル。グレースは既に悪役令嬢に選ばれたんだ。私の子供を産んで、冥妃に命を刈り取られることが悪役令嬢となったグレースに課せられた使命だ。お前は両想いの相手と結婚して自分だけが幸せになるつもりだったんだろうが――そうはいかない!」
私の言葉に弟はハッと息を飲む。
弟は私の胸倉から手を離すと、下を向いてこぶしをギュッと握り締めた。そして、喉から絞り出すように言葉を紡ぐ。
「確かに……兄上の言う通り、僕はグレースのことが好きだったさ。兄上がグレースを好きだったことも知っている。彼女は交友関係の閉ざされた僕たちにとって、大切な友人であり初恋相手だったからな。グレースとの交流はたとえ一時でもこの国の王族が抱えている重荷を忘れさせてくれたし、僕たち兄弟にごく普通の子供としての思い出を与えてくれた。彼女にはいくら感謝してもし足りない。でも――だからこそ、僕はグレースと結ばれるつもりはなかったんだ!!」
「ハッ! そんな見え透いた嘘を……」
「嘘じゃない!!!」」
ドン!!!
握りしめた弟のこぶしが壁を叩く。その勢いに爪が食い込み弟の手のひらを赤く染めるが、指の力はまったく緩まない。むしろ、より一層手の平に爪が食い込んでいく。
日頃から声を荒立てることのない温厚な弟の剣幕に動揺して、私は口をつぐむ。
「当たり前だろう! 兄上の身に何かがあれば、次に冥婚の証を引き継ぐのは弟の僕なんだ!! 誰が好き好んで自分の愛する相手をこの呪われた運命にかかわらせるものか。グレースには政略でも何でもいいから彼女を大事にしてくれる相手と一緒になって、僕らとは全く関係のないところで幸せになってもらうつもりだったんだよ!」
「そう…だった、のか……?」
「…ああ……」
弟の苦渋の表情に、絞り出すような声に、嘘はない。
血を分けた双子だからこそ判る、ゲイルの本気。
なるほど。どうやら弟は弟で、きちんと王族としての義務を理解していたらしい。
「分かった」
「――兄上、それじゃあ……!」
弟は私の返事を聞いて安堵したようにホッと息を吐くが、私はそんな弟の姿を冷ややかに見つめ返した。
私の瞳に、自分にはない真っすぐさを宿した自分と同じ瞳が映る。
「お前の気持ちは解った。だけど、父上の指にある冥婚の証を実際に引き継ぐのは第一王子であるこの私なんだ。だからお前には悪いがグレースは私がもらう。私は国の犠牲となって冥妃を押し付けられるのだから、これくらいのご褒美があってもいいだろう?」
「な……っ! 兄上、正気なのか!?」
「ああ、もちろん」
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私が弟と同じ真っすぐな心を持っていられたころ。
その象徴ともいえる幼馴染を得ることで自分が既に喪ってしまった何かを取り戻せる気がするから、弟であろうと誰であろうと彼女を譲る気はない。
「この件については既に父上に頼んであるし、冥妃もそれを認めている。今はまだあの呪われた存在も父上の隣に居るからな。息子として『母上』に話を通すことは簡単だったよ。ハハハハハ!」
私の言葉に弟の顔がみるみる歪む。
私の瞳に、自分と同じ絶望に染まった弟の瞳が映る。
ああ、やはり私たちは双子なのだ。よく似ている。
幼馴染を手に入れただけで空虚だった私の心がこんなにも満たされるのだから、この選択に間違いはないはずだ。
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