18 / 85
花姦 一
しおりを挟む
自宅の通用門をくぐり飛び石を伝って玄関の前まで行くと、明かりのついた内部で人影が動くのが見える。
直後に引き戸がカラカラと開き、少し気合の入った外出着姿の母親とスーツ姿の父親が出てきた。
「あら、お帰り」
「ただいま」
午後七時を過ぎ、卯月の空には完全に夜の帳が下りている。
そんな時間にどこへ出かけるのかと俺が怪訝に思っていると、母が話しかけてきた。
「これから駅向こうに新しくできたイタリアンのお店に行くんだけど、和臣も行く?」
そういうことか。俺は二人の背後をひょいと覗きもう一つの人影を探した。
「姉さんは?」
「千津流は、あんまりお腹すいてないんだって」
なら俺が両親の機嫌を取る必要はない。
「俺もいっかな。部活の奴らと、帰りにラーメン食ってきたんだ」
育ち盛り食べ盛りの俺たちは、学校帰りによくそんな寄り道をする。
いつもはそれでも家に帰ってから軽くお茶漬けを食べたり惣菜をつまんだりするんだが、これからイタリアンを食いに行くのは少々きつい。
「そう。じゃあお母さんたちだけで行ってくるわ」
了承して俺が家の中へ入ろうとすると、母親に呼び止められた。
「何か千津流が最近元気ないのよ。体調を崩してるわけじゃないらしいけど、少し様子見てやってくれる?」
子供の具合が悪いのなら、自分たちだけ出かけるのは気が引けるということだろうか。
二十二の娘に対して大分過保護すぎる気がするが。
姉さんが元気ないのは、あんたたちの息子が原因だよ。
俺は心の中でつぶやいて、両親を送り出すと玄関を上がって自分の部屋へ入った。
着替えている途中で携帯が鳴っているのに気づいて、着信表示を見ると悟志からだ。
何の用かと出てみると、とたんに不気味な笑い声が聞こえてきた。
「何だよ」
『おっつー。今何してんの?』
「家帰ったとこだよ」
『あー、部活か。真面目だねぇ』
「お前は何やってんの?」
『俺ぇ? 俺はレナちゃんとケイコちゃんと……アサミちゃんと一緒ぉ』
誰だそりゃ。
「合コンかよ」
『ピンポーン。なぁ、カズも来ない?』
「ぜってぇ行かねぇ」
こいつ自分が受験生って自覚はあんのか?
『今日は花キンですよぉ』
今もうその単語はほとんど死語だろ。
「大学落ちても知らねぇぞ」
『だからぁ、現役女子大生の三人に、受験のコツとか聞いてるわけですよー』
悟志の言葉に、楽しそうに笑う女たちのはしゃいだ声が俺の耳に入ってきた。
耳障りで甲高く品のない、神経を逆なでされそうな、あの声だ。
『レナちゃんがー、お前のこと知っててー。写メ見したら他の二人もカズに会いたいって言うからー』
「いつの間に俺の写メなんか撮ったんだよ。ストーカーか?」
『んー。企業秘密―』
「お前、酒入ってんの?」
『じょーしきでしょー』
居酒屋かどこかにいるのか、悟志の背後からはざわざわとした人の賑わいが聞こえてくる。
そんな訳の分からない酔っ払いの相手はしたくなかったが、俺は結局そんな調子で十五分近く悟志のダベりにつき合わされた。
のらりくらりと話題を変えられたが、結局のところ趣旨は俺に来いということだったらしく、いい加減頭に来た俺はまだ何かいい続ける悟志を無視し通話を打ち切った。
これまでにも俺は何度もあいつに客寄せパンダにされている。
携帯を伝って入ってきたざわめきが耳に残っているような気がして、俺は一つ溜め息を吐くと携帯を放り投げて着替えをすませた。
そこで、家の中のどこかから「ブォー」という、何か機械製品の使用される低い音が響いてくるのに気づく。
すぐにそれがドライヤーの音だと分かり、それならば使用している人間は姉しかいないことを悟ると、俺は自分の部屋を出た。
できるだけ足音を抑えて廊下を進み、自室の並びにある、浴室へと続く脱衣所兼洗面所の板戸を慎重に開ける。
板戸は少し建てつけが悪かったが、ガタついても耳元でドライヤーを使用している姉には聞こえなかったようだ。
父親が学会から帰国して以来、家の中に俺たち二人しかいないという状況には一度も遭遇していない。
ちょうど両親が出かけた時だったため、入れ違いに俺が帰ってきたことが分からなかったらしい。
洗面台に向かい俺に背を見せて髪を乾かしている姉は、風呂につかって少々のぼせたのか、素肌にバスタオルを巻いただけの姿だった。
俺は板戸の隙間からシャンプーやボディソープの香りに溢れた脱衣所の中へ素早く体を滑り込ませると、姉の背後にうっそりと立った。
鏡の中で何かの動く気配に気づいたらしい姉は、何気なく鏡に目をやる。
そして、そこにいるのが俺だと分かると愕然とした表情を浮かべるのが鏡越しに見えた。
それから姉は急いで振り向き、俺の存在を確認すると慌ててスイッチを切ったドライヤーを放り出し、その場から逃げようとした。
といっても廊下へ続く板戸の前には俺がいるし、浴室に逃げても袋小路なだけだ。
それを承知している俺は焦らず大股に姉に歩み寄り、両腕で難なく彼女を抱き寄せた。
「いやっ、和くん、離して!」
姉の体は風呂上りのせいで、ほんのりと湯気が立っているように温かい。
体が温まっているせいか彼女の体臭とボディソープの匂いが混じり、漂ってくるその甘い芳香に脳髄まで刺激される。
自分があまりに無防備な姿でいることが分かっているからか、今日の姉は抵抗が激しい。
俺の胸を精一杯の力で押し返そうとしている。
「今離したらバスタオルが落ちるよ」
冷静に指摘すると、ピタリと姉の動きが止まった。
大きく体を動かしたせいで、簡単に巻かれていただけだったバスタオルは、二人の体の間でかろうじて引っかかっている状態だ。
現状を打開しようと焦燥の色を浮かべる姉の顔を間近に見て、俺の嗜虐性が頭をもたげる。
俺は姉の体に回した手をほどき、彼女の肩口の辺りを両手で掴むとそのまま腕を伸ばした。
「あっ!」
当然バスタオルは引力に従って床に落ち、急いで掴もうとした姉の手が宙を切る。
直後に引き戸がカラカラと開き、少し気合の入った外出着姿の母親とスーツ姿の父親が出てきた。
「あら、お帰り」
「ただいま」
午後七時を過ぎ、卯月の空には完全に夜の帳が下りている。
そんな時間にどこへ出かけるのかと俺が怪訝に思っていると、母が話しかけてきた。
「これから駅向こうに新しくできたイタリアンのお店に行くんだけど、和臣も行く?」
そういうことか。俺は二人の背後をひょいと覗きもう一つの人影を探した。
「姉さんは?」
「千津流は、あんまりお腹すいてないんだって」
なら俺が両親の機嫌を取る必要はない。
「俺もいっかな。部活の奴らと、帰りにラーメン食ってきたんだ」
育ち盛り食べ盛りの俺たちは、学校帰りによくそんな寄り道をする。
いつもはそれでも家に帰ってから軽くお茶漬けを食べたり惣菜をつまんだりするんだが、これからイタリアンを食いに行くのは少々きつい。
「そう。じゃあお母さんたちだけで行ってくるわ」
了承して俺が家の中へ入ろうとすると、母親に呼び止められた。
「何か千津流が最近元気ないのよ。体調を崩してるわけじゃないらしいけど、少し様子見てやってくれる?」
子供の具合が悪いのなら、自分たちだけ出かけるのは気が引けるということだろうか。
二十二の娘に対して大分過保護すぎる気がするが。
姉さんが元気ないのは、あんたたちの息子が原因だよ。
俺は心の中でつぶやいて、両親を送り出すと玄関を上がって自分の部屋へ入った。
着替えている途中で携帯が鳴っているのに気づいて、着信表示を見ると悟志からだ。
何の用かと出てみると、とたんに不気味な笑い声が聞こえてきた。
「何だよ」
『おっつー。今何してんの?』
「家帰ったとこだよ」
『あー、部活か。真面目だねぇ』
「お前は何やってんの?」
『俺ぇ? 俺はレナちゃんとケイコちゃんと……アサミちゃんと一緒ぉ』
誰だそりゃ。
「合コンかよ」
『ピンポーン。なぁ、カズも来ない?』
「ぜってぇ行かねぇ」
こいつ自分が受験生って自覚はあんのか?
『今日は花キンですよぉ』
今もうその単語はほとんど死語だろ。
「大学落ちても知らねぇぞ」
『だからぁ、現役女子大生の三人に、受験のコツとか聞いてるわけですよー』
悟志の言葉に、楽しそうに笑う女たちのはしゃいだ声が俺の耳に入ってきた。
耳障りで甲高く品のない、神経を逆なでされそうな、あの声だ。
『レナちゃんがー、お前のこと知っててー。写メ見したら他の二人もカズに会いたいって言うからー』
「いつの間に俺の写メなんか撮ったんだよ。ストーカーか?」
『んー。企業秘密―』
「お前、酒入ってんの?」
『じょーしきでしょー』
居酒屋かどこかにいるのか、悟志の背後からはざわざわとした人の賑わいが聞こえてくる。
そんな訳の分からない酔っ払いの相手はしたくなかったが、俺は結局そんな調子で十五分近く悟志のダベりにつき合わされた。
のらりくらりと話題を変えられたが、結局のところ趣旨は俺に来いということだったらしく、いい加減頭に来た俺はまだ何かいい続ける悟志を無視し通話を打ち切った。
これまでにも俺は何度もあいつに客寄せパンダにされている。
携帯を伝って入ってきたざわめきが耳に残っているような気がして、俺は一つ溜め息を吐くと携帯を放り投げて着替えをすませた。
そこで、家の中のどこかから「ブォー」という、何か機械製品の使用される低い音が響いてくるのに気づく。
すぐにそれがドライヤーの音だと分かり、それならば使用している人間は姉しかいないことを悟ると、俺は自分の部屋を出た。
できるだけ足音を抑えて廊下を進み、自室の並びにある、浴室へと続く脱衣所兼洗面所の板戸を慎重に開ける。
板戸は少し建てつけが悪かったが、ガタついても耳元でドライヤーを使用している姉には聞こえなかったようだ。
父親が学会から帰国して以来、家の中に俺たち二人しかいないという状況には一度も遭遇していない。
ちょうど両親が出かけた時だったため、入れ違いに俺が帰ってきたことが分からなかったらしい。
洗面台に向かい俺に背を見せて髪を乾かしている姉は、風呂につかって少々のぼせたのか、素肌にバスタオルを巻いただけの姿だった。
俺は板戸の隙間からシャンプーやボディソープの香りに溢れた脱衣所の中へ素早く体を滑り込ませると、姉の背後にうっそりと立った。
鏡の中で何かの動く気配に気づいたらしい姉は、何気なく鏡に目をやる。
そして、そこにいるのが俺だと分かると愕然とした表情を浮かべるのが鏡越しに見えた。
それから姉は急いで振り向き、俺の存在を確認すると慌ててスイッチを切ったドライヤーを放り出し、その場から逃げようとした。
といっても廊下へ続く板戸の前には俺がいるし、浴室に逃げても袋小路なだけだ。
それを承知している俺は焦らず大股に姉に歩み寄り、両腕で難なく彼女を抱き寄せた。
「いやっ、和くん、離して!」
姉の体は風呂上りのせいで、ほんのりと湯気が立っているように温かい。
体が温まっているせいか彼女の体臭とボディソープの匂いが混じり、漂ってくるその甘い芳香に脳髄まで刺激される。
自分があまりに無防備な姿でいることが分かっているからか、今日の姉は抵抗が激しい。
俺の胸を精一杯の力で押し返そうとしている。
「今離したらバスタオルが落ちるよ」
冷静に指摘すると、ピタリと姉の動きが止まった。
大きく体を動かしたせいで、簡単に巻かれていただけだったバスタオルは、二人の体の間でかろうじて引っかかっている状態だ。
現状を打開しようと焦燥の色を浮かべる姉の顔を間近に見て、俺の嗜虐性が頭をもたげる。
俺は姉の体に回した手をほどき、彼女の肩口の辺りを両手で掴むとそのまま腕を伸ばした。
「あっ!」
当然バスタオルは引力に従って床に落ち、急いで掴もうとした姉の手が宙を切る。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
76
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる