燕の軌跡

猫絵師

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月夜の恋人

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「何だコレ?」

朝早く屋敷の庭にでると、庭の隅に小さな囲いを見つけた。

確かにクローバーが茂っている場所だ。

見に行ってみると囲いの内側に、白いタグの付いた四葉がいくつかあって、よく見てみると《ユリア》と名前があった。

「取らんで下さいよ」と後ろからアーサーの声がした。

馬を運動させていた彼は、わざわざやって来て四葉を摘まないように釘を指した。

「シュミット兄妹が数日がかりで探したんだ。馬が食まないように柵まで用意したのに、あんたが持ってっちまったら、俺は子供らに面目立たないでしょうが」

「取ったりしねぇよ」と言いながら印のない四葉を摘んだ。

「何だ、まだあったのか?」

「昔っからこれを見つけるのは得意でね」と自慢するとアーサーは「へえ」と感心していた。

「何であいつら見つけたのに摘まないんだ?」

「満月の晩に必要なんでね。

女の子の恋のおまじないに使うのさ」

アーサーはそう言って、「あんたは野暮ったいから教えない」と笑いながら馬を連れて行ってしまった。

ユリアが?

そりゃ女の子って早いらしいが、好きな男がいるってことか?

そりゃシュミットも気が気じゃないな…

そんな事を思ってクローバーを片手に笑みを含んだ。

子供の贈り物を手に寝室に向かった。

代わり映えのしない贈り物だが、彼女は相変わらず少女のように喜んでくれる。

寝室の鏡台の上にささやかな贈り物を残して、応接間に向かった。客を迎えるはずの空間は家人のくつろぎ場になっていた。

「おはよう、ワルター」

「わうたー」スーの挨拶に舌っ足らずな声が続いた。眠そうなスーとルドが居た。

「おはよう、スー、ルド」挨拶を返してルドに手を伸ばすと幼児は嬉しそうに抱かれた。

重くなったな…

少しだけ喋るようになっていた。

「ルドがミアと一緒に起きちゃったから、俺も起こされた…」

「そりゃ災難だったな」

「まんまー!しゅぷーん!」腹ぺこな子供は食べ物を要求していた。

「ハハッ!そういうのはすぐ覚えるな!

じゃあ、あれは誰だ?」

「しゅー!」

「ハイハイ、《しゅー》だよ」とスーが片手を上げてルドに応えた。

「じゃ、《わうたー》と散歩にでも行っておいでよ」と言って、スーは手をひらつかせた。

「体良く押し付けやがって」と口では言ったが悪い気はしなかった。

ルドと廊下を歩いていると、身支度を済ませたテレーゼと会った。

「ルドと中庭で散歩だ」

「あら、それなら御一緒しますわ」テレーゼは明るい笑顔を見せると、同行を申し出た。

差し出した腕に彼女は手を伸ばした。

腕を組んで歩きながら、ヨチヨチと前を歩くルドを眺めて、二人で顔を見合わせて笑った。

✩.*˚

「スー、ルドは?」少し様子を見に来たミアがルドを探していた。

「《わうたー》と散歩に行ったよ」微睡まどろみながら返事をした。朝が早かったから眠い…

俺の返事を聞いたミアは驚いていた。

「えっ?!旦那様が?」

「いいよ、ルドもワルターの子供みたいなもんだから」

「でも…」旦那様に使用人の子守りをさせるのは申し訳ないのだろう。

「じゃあ、様子見てくるから、目が覚めるようにキスしてよ」と彼女に報酬を求めた。

一途にエルマーを思い続ける彼女は素敵な女性だ。

何時しか彼女を女性として好きになっていた。

「またそんなこと言って!」と彼女は俺を叱ったが、冗談で言ってるつもりはなかった。

「ダメなの?」

「もう!そういうの良くないわよ!

貴方、綺麗な顔して、あっちこっちで女の子を口説いて回ってるでしょ?」

「口説いてないよ。褒めてるだけだ」

《可愛いね》とか《綺麗だね》って言うのは良くないのかな?そんなの普通だ。

「一応、私は貴方の《義姉おねえさん》なのよ。そんなからかい方良くないわ」と彼女は俺を叱った。

彼女はいつも俺の告白を冗談と受け止めて、俺に向き合ってくれない。

「ねぇ、ミア。俺だってエルマーの事忘れちゃいないよ。

でも君が好きだ。君は信じちゃくれないけど、俺の気持ちはどうしたらいい?」

「…そんなの…スーの勘違いよ」とミアは呟いて視線を逸らした。

「あたしが手近に居たから…エルマーの事やルドの事があるから…そんなふうに錯覚したのよ…

それはあたしへの思いじゃないわ」

「ミア…」

「ごめん、貴方に頼りすぎてた…ずるい女でごめん…

あたし、まだエルマーが好きなんだ…好きになるなら他の子にして…」

「…俺は…君が好きなんだけど?」

「ありがとう。でも無理だから…ごめん」

そのまま俯いて何も言わなくなった彼女の姿に溜息を吐いた。目は覚めてしまった…悪い方だけど…

「分かったよ…ルド探してくる」いたたまれなくなってソファから立ち上がった。ミアが部屋を出ていこうとする俺を止めた。

「いい、自分で…」

「君は朝の仕事が残ってるだろ?

ルドは俺が見てるよ。《叔父さん》だから…」

「…スー」

「俺じゃダメなんだろ?」

そんな顔するなよ…振ったくせに振られたみたいな顔してさ…

《無理》ってまで言われて食い下がるのも格好悪い。

それって《まだ》なのか?

それとも《絶対》なのか?

錯覚なら…勘違いなら…どうして俺は胸が痛くなるんだよ?

答えのない問いかけに、視界は滲んで歪んだ。

✩.*˚

「じゃあ、またな。来るなら手紙寄越してくれ、歓迎する」

トゥーマン様はそう言い残して帰路に着いた。

「どうせならケヴィンも来るか?」とワルター様はケヴィンを誘っていた。

「行く!お父さん!僕もドライファッハ行きたい!」

ケヴィンは目を輝かせてシュミット様にお願いしていたが、シュミット様のお返事は厳しかった。

「ダメだ、私の目の届かない所ではさすがに心配だ。粗相があれば先方にご迷惑をおかけするし、旦那様や奥様に恥をかかせることになる」

「硬いこと言うなよ。

ケヴィンはいい子だし、何事も経験だ。子供のうちに恥かくくらいはどうってことないだろ?」

「そうですね。お義父様でしたら多少の失敗なら水に流してくださいますわ。経験を積むには良い機会と思いますわ」

「奥様まで…」

「ねぇ、お父さん良いでしょ?」

「…全く…お母さんが良いと言うなら」とシュミット様は渋々折れた。

「分かった!」ケヴィンは嬉しそうに元気に返事をして、お屋敷に向かって駆け出した。

「ああ、もう…」とシュミット様は走り去ったケヴィンの後を追いかけた。

トゥーマン様は賢いケヴィンを気に入っていた。連れて行ったら喜んでくれるだろう。

「いつ行こうか?」

「そうですね…予定を確認しなければ分かりませんが、雪が降る前には伺いたいですね」

「ん?何か予定あったか?」

「いえ、大したことではないのですが、念の為…」と話をはぐらかした。

「学校の様子を見に行かないと」と用事をかこつけて自室に戻った。

「…あれはまだかしら」と日記を取り出して確認した。

前回から間が空いている。そろそろ来てもおかしくないはずだ。

月のものに誤差があるのは珍しくないが、遠出の際に来てしまうと困る…

困った。旅行の予定が立てられない…

様子を見るか、シュミット夫人に相談してみようか…

でも月のものが来なかったら?

「まさかね…」

日記を閉じて棚に戻した。

学校に遅れてしまう。子供たちが待っている。

今日はなんの絵本にしようか?

絵本を一冊手に取って、部屋を後にした。

✩.*˚

ため息が漏れた…

何度目だろう…数えるのも億劫だ…

「ママ」と厨房の裏で遊んでいたルドがやって来て足元に縋ってエプロンを引っ張った。

「だっこ」とねだって可愛く手を伸ばす。垂れた目元はエルマーにそっくりだ…

ルドを見てると複雑な感情が湧く。

「甘えん坊ね」と息子を抱き上げて、柔らかい頬に頬ずりした。モチモチとした頬はきめ細かく、滑らかで気持ちいい。

私が産んだ子だ。

この子の母親は私だが、父親は…

鼻が痛くなる。目頭が熱を持って唇を噛んだ。泣きそうになるのを堪えていると、ルドの手が頬に触れた。

「ママー」

「…ごめんね、ルド」

この子は男の子だ。大きくなったら父親だって欲しいだろう。

いくら皆が構ってくれても、この子の父親と呼べる人はもう居ないのだ…

「ごめんね」と謝る私をルドはどう思ってるのだろう?

この子があたしの意地で、父親を持てないのは可哀想だ…

でもまだ彼の事を諦められない私がいる。

ルドを見ると、どうしようもなくあの優しい好いた男を思い出すのだ…

ギートも『一緒にならないか?』と言ってくれた。他にも何人か求めてくれたけど、皆断った。

嫌いだからじゃない。好きな人がいるからだ…その男はもうとっくの昔に土に還った…

銀の髪留めと、この子だけが私に遺された…

「…ダメだな」強くならなきゃって思ってたのに…

あたしはまだ彼に縋って生きてる。

スーがどのくらいあたしとの事を真剣に考えてるのかは分からないが、酷い振り方をしてしまった。

なんか可哀想な事しちゃったな…

ルドを預けるのも気が引けた。ソーリューにも預けられないしどうしよう…

昼からの仕事がまだ残ってる。

よく歩くようになったから、誰かに見ててもらわないと心配だ。

「ミア」

不意に声をかけられて振り返った。スーの歩いてくる姿を見て視線を逸らしてしまった。

「仕事だろ?ルド預かるよ」とスーは何も無かったかのようにルドに手を差し出した。

「しゅー」舌っ足らずな幼稚な声が嬉しそうに彼の名前を呼んだ。ルドは手を伸ばしてスーの方に移ろうとした。

体重が偏って危うくなってバランスを崩した。

「あぶなっ…」

「おっと…」よろけたあたしの肩をスーが支えた。

思った以上にしっかりとした腕に支えられて驚いた。見た目は細くて、頼りないのに、彼はやっぱり男の人の身体をしてた。

「大丈夫?」と紫の瞳が顔を覗き込んだ。

「ルド、重くなったから、急に動くと危ないよな」とスーは笑って肩から手を離した。

そのまま何も無かったようにルドを受け取って、肩車をして子供を楽しませていた。

「…何で?」来てくれるとは思わなかった。

スーは首を傾げて、「何が?」と訪ね返した。

「だって…あたしさっき酷い事言った…」

「それぶり返す?」とスーは綺麗な顔で苦く笑った。

「《無理》ってまで言われて顔出す俺も俺だけどさ、《いいよ》ってあっさり言われても、それはそれで引っかかるんだろうな、って思ってさ…

俺も…ミアにエルマーの事は忘れて欲しくないから…」スーはそこまで言って言葉を詰まらせた。

「ミアが納得してないのに、俺の好きを押し付けられないもんな…」

「スー…」

「エルマーの事を今でも好きでいてくれる。そんな君だから好きになったんだ。

だから《忘れて》なんて言わないよ…俺は二番目で良いから好きになって欲しい…返事は待つよ」

「貴方、それで良いの?」

ルドと立ち去ろうとしたスーに訊ねた。

待っても、あんたの欲しい答えが出るとも限らない。なら待たせるのは無責任だ…

「俺は時間ならたっぷりあるからね」と彼は皮肉っぽく言って笑った。

立ち去る背中は、あの洗濯物を拾ってくれた頃より大きくなっていた。

息子と彼の背中を見送った。

✩.*˚

危ない!

眠い目を擦って布団から抜け出した。

危うく寝ちゃうところだった!ユリアのバカ!

カーテンを捲って外を見た。

アーサーが言ってた通り、今日のお月様はまん丸だ。

行かなきゃ…

そのために準備してたお母さんのショールを羽織って、コップに並べて活けたクローバーを手にした。

こっそり子供部屋を抜け出して、廊下を確認した。

お父さんたちはまだ起きてると思う。見つかったら大変だ…

1階のソーリューおじちゃんのいる部屋までこっそりと移動した。

1階に向かう階段を降りようとした時、下から誰か上がってくる声がした。

「勘違いだ!まだあの子はまだ子供だぞ!」

「女の子はそんなもんですよ」

お父さんとお母さんの声…

慌てて廊下の物陰に隠れた。お父さんは何か困ってるような様子だけど、お母さんはゆったりと受け流している。

「私だって、少女の頃は大人の殿方に憧れましてよ。

女の子は男の子よりなんです。

身近に素敵な頼れる殿方が居れば恋に落ちても不思議はありませんわ」ホホホと笑いながらお母さんは少し楽しそうだ。

「だからって…渋すぎるだろう?私よりずっと年上だぞ!」

「ソーリューさんは紳士ですよ。何も心配はないでしょう?」

「それはそうだが…」

「あの子の気が済むようにしてやって下さいな。それとも、あなたは小さな乙女の恋心を無下にするような無粋な男なのかしら?

素敵な殿方になると私に誓ったくせに、ガッカリだわ…」

「ラウラ!」

「声が大きいですよ。子供たちが起きたらどうします?」

「うぅ…」お母さんに何も言い返せないお父さん…

お父さんも格好悪いところあるんだ…

二人はそのまま話をしながら2階を通り過ぎて3階に向かった。二人が立ち去った後にこっそりと階段を降りた。

コソコソと隠れながら廊下を進むのは、なんかみたいだな…

裏庭に出る出入口付近でまた人の声がした。

「綺麗なお月様でしたね」と言っているのはテレーゼ様のようだ。

「散歩にはちょうどいい」と笑う旦那様の声もする。

隠れるところ!

慌てて探したけど、全身隠れるには難しい花瓶を飾る支柱くらいしかない。仕方なくそこに隠れた。祈るようにクローバーを握って跳ねる心臓を抑えた。

やー!見つかっちゃう!

「お二人共、風邪引かないでくださいよ」とアーサーの声がした。ドアを開けて、旦那様たちを屋敷に上げた。

「ん?」アーサーにバレた。絶対バレた…

「何だ?」と旦那様が訊ねた。

「いや、廊下に花弁が落ちてたので…

片付けておきます」と小さく笑って、彼は大きな体の後ろに私を隠してくれた。

「仕事熱心なのはいいが、ちゃんと休めよ」

「おやすみなさい、アーサー」

二人はそう言い残して仲良く廊下を歩いて行った。もう寝るのかな?

「おまじないか?」とアーサーは私を見下ろして笑った。頷くと彼は「そうか」と言って見逃してくれた。

「良い夜を、レディ」

淑女として見送ってくれた紳士の声に背中を押されて、クローバーを手におじちゃんのお部屋に向かった。

✩.*˚

月が明るい。

眠れずに寝台の上で禅を組んで瞑想していた。

目眩は呼吸次第でだいぶ制御できるようになった。急に動いたり、激しい運動をしなければ大丈夫だ。

あとはコレと上手く付き合っていくしかない。

夜も更けた頃、ノックの音が静かな部屋に響いた。

こんな時間に?と思っていると、扉がゆっくりと開いた。

顔があると思った場所には何も無かった。それよりだいぶ下の方に、白い寝巻き姿の少女の姿があった…

「おじちゃん」と呼ぶのはいつも花を届ける小鳥のような少女だ。

「…ユリア?」

こんな時間に?もうとっくに寝てるはずの時間だ…

寝床に嫌いな蜘蛛でも出たのだろうか?

ユリアは部屋に入ると扉を閉めて、寝台に駆け寄ってきた。

大きめの山吹色の肩掛けを羽織って、手には白詰草の葉っぱを持っている。

「あのね、ユリア、おじちゃんとお月様見たいの」

月?確かに見事な満月だが、そんな事で来たのか?

「…もうとっくに寝る時間は過ぎてるだろう?部屋に戻れ」と諭した。

「お願い!ユリアいい子にしてるから…一緒に…」

「シュミットに叱られる前に戻れ。俺ももう寝る」

「…だって」叱られた少女は大きな目に涙を溜めた。

何故だかユリアは必死だった。ため息を吐いて、寝台を降りて部屋まで送ってやろうと手を伸ばした。

「おじちゃん…帰っちゃうんでしょ?」

ユリアの言葉に固まった。

「誰から聞いた?」と訊ねると、ユリアは「話してるの聞いたの」と答えた。答えながら少女の目から涙が溢れた。

「すまんな」涙を流す少女の前にしゃがんで抱き寄せた。小さな腕が首に伸び、肩の辺りが涙で濡れた。

「まだしばらくは厄介になる。エルマーみたいに急に居なくなったりはしないから、安心しろ」

「やだよォ…」しゃくりあげながらユリアは寂しさを口にした。

「おじちゃんの事…好きだもん…居なくなったらやだァ」

そんな陳腐な子供の言葉に後ろ髪を引かれた。

涙が暖かいシミを作った。小さな子供の頭を撫でながら、子供らと関わったことを後悔した。

俺は、いつの間にか、この子らを可愛く思っていた。

子供など、面倒なだけだと思っていたのに…

この感情は歳をとったせいだ…

「ユリア。お前たちが嫌いになったから出ていく訳じゃない。

ずっと前から決まってた事だ」諭すと彼女は泣きながらも頷いた。

この子は聡い子だ。別れがどういうことか、理解しているから泣いているのだろう…

ユリアを抱えて窓辺に寄った。煌々と輝く満月はいつもより大きく見えた。

「ほら、月だ」と声をかけると、彼女は涙で濡れた顔を上げた。

「綺麗だな」

「うん」

「一緒に月を見るから、約束してくれ」と願い事を交換した。

「俺は遠い国に帰らねばならん。

もうこの国には戻ってこられないし、ワルターやスーたちともお別れだ。もう彼らの力にはなれない…

だから、お前たちが大きくなったら、俺の代わりにワルターたちを支えてやってくれ。

これが、俺のお願いだ」

「ユリアにもできる?」

「できる。お前は優しくて聡い子だ。必ず役に立てる。

頼めるか?」

「…うん」

目に涙を溜めながらユリアは震える唇で応えた。

「ユリア、頑張る…だから…だから、ね…忘れないでね…」

「忘れるもんか。お前たちはいつまでも俺の魂に刻んで忘れたりはせんよ」

必死に語る少女に応えて、彼女を寝台の隅に下ろした。二人で腰掛けて窓を横切る月を眺めた。

「おじちゃん、お手々貸して…左手」

ユリアがそう言って俺の手を取った。

手を繋ぐのかと思ったが、ユリアは器用に左手の小指に四葉の茎を絡ませて、指輪のように繋いだ。

「何だ?コレは?」

「ユリアにもして」少女は俺の問いかけには答えずに、自分の左手を差し出した。

子供の遊びか?と思いながら、左手に同じように四葉の指輪をこしらえてやると、彼女は胸の前で嬉しそうに手を抑えて笑った。

頬が紅色に染まる。

少女の姿をしてるが、彼女は女の顔をしていた。

あぁ、そうか…

何となく察してしまった。

その想いに応えることなど出来ないが、この子の想いを無下にする気もなかった。

大人になったら、俺を忘れるのだろうな…

そうしたら、い男と一緒になって幸せになれ…

ユリアの小さな身体が俺の隣に寄り添った。子供の温かい体温に心地良さを覚えた。

腕を絡めた少女は、嬉しそうに小指に繋いだ緑の指輪を眺めて笑っている。

月を見に来たのではなかったか?

ませた少女の姿は笑いを誘った。

「ソーリューって呼んでいい?」と彼女は更に大人になろうと伸びした。

「構わん」視線を月に向けたまま、ませた少女の願いを許した。

むしろ《おじちゃん》よりそっちの方がいい。

ユリアが動いて、顔が近づいた。視界の隅にサラサラとした金髪が過ぎって、頬に小さな唇が触れた…

「ソーリュー、大好き」

参ったな…シュミットに恨まれそうだ…

『《あなたが欲しい》って情熱的な口説き文句があるのさ。面白いだろう?』

四葉の花言葉を教えたあの男も同罪だな…

ウトウトと船を漕ぎ始めたユリアに膝枕を貸して、赤ん坊をあやす様に背を叩いた。

小指に繋いだ贈り物が揺れた。

呼吸はすぐに深い寝息に変わる。無理をして起きていたのだ。道理だろう。

今夜はこのままにしておこう…

シュミットへの言い訳を考えておかないとな…

月はいつの間にか窓から姿を消した。もう誰も見ちゃいない。

誰も見てないところで、柔らかな少女の髪を一束手に取り、頬に押された接吻を返した。
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