燕の軌跡

猫絵師

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意地悪

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『フロレンツィア、今年の新年会はブルームバルトの君の異母妹が来るそうだな』

夫の言葉に笑顔で『ええ』と答えたが、不自然ではなかったかしら?

あの女の子供を、私たちの兄弟に入れてあげる気は更々なかった。異母妹なんてとんでもない…

主であったお母様に恥をかかせて、お母様が選んだ愛妾全員より価値があると、お父様に言わせた女だ…

私たちヴェルフェルの兄弟の憎い敵だ。

あの女とその娘は、私たち家族の絆を壊そうとした存在だ。

絶対に許さないんだから…

あの娘が成り上がりの傭兵に下賜されると聞いて異母妹達と喜んだのに…

蓋を開ければ、《神紋の英雄》だなんて稀有な存在で、この国でロンメルの名前が知れ渡るのに時間はかからなかった。

こんなことなら、一生城の日陰で孤独に過ごしていれば良かったのよ!

腹の奥で湧く苛立ちを隠して、アーベンロート伯爵の良き妻を演じた。

部屋に戻って腹心の侍女を呼んだ。

「アデリナ、頼んでいたものは用意してくれた?」

「こちらです、奥様」

彼女が恭しく差し出した紙を受け取った。

取り寄せた今年の新年会の招待客の一覧だ。

賓客の欄に《ロンメル男爵》と名前を見つけて腹の奥で怒りが湧いた。

あの男も邪魔だわね…これ以上偉くなって欲しくないわ…

アデリナの用意したもう一枚の紙にも目を通した。

彼女の友人が王妃の侍女で助かったわ…

あの女の娘に恥をかかせなければ気が済まないもの…

お妃様のドレスの予定だ。

狙うなら到着して間もないトリシャ妃のお茶会の衣装ね…

男爵夫人が、恐れ多くもお妃様のドレスに被ってしまったらと思うと滑稽だわ…

そのまま顔を出すことも出来ずに遅刻してしまえばいいのよ…

アデリナに指示して、ドレスを一着用意させた。

この若草色のドレスが、あの娘を貶めてくれると思うとさっきまでの怒りもなりを潜めた。

ついでに宝石も贈ってあげましょう。

きっと喜んでドレスを着るはずだわ。

貴女の居場所なんて、日向には無いって教えてあげるのよ。

分かったらいつものように俯いて、日陰で寂しく過ごしなさい。

だって、貴女は私たちの敵だから…

《私のお下がりで悪いけど、使ってちょうだい。お茶会で顔を合わせるのを楽しみにしてるわ》と手紙を添えて、侍女に届けるように命じた。

あぁ、なんていい気分!

馬鹿みたいに素直に信じて、恥をかいて泣くといいわ!

ロンメルが笑いものになる事を期待して、私はまた良き妻に戻った。

✩.*˚

ヴォルガシュタットに別荘を持たない客人は、その身分に応じて仮の宿舎が用意されている。

パウル様たちと別れて、仮の宿舎に荷物を運び込んだ。

「良い所ですね」とテレーゼが仮宿を褒めた。

お屋敷とまではいかないかもしれないが、ちゃんと手入れの行き届いた別荘だ。

ロンメル家のために用意されたものだから、王宮から依頼されて通う侍女くらいしか出入りはない。

気を使わずに寛げる空間で助かる…

「わぁ!お庭もステキ!」とユリアが跳ねながら窓の外を見て喜んでいた。

「いけませんよ、ユリア。お行儀よくなさい」と母親に叱られて、彼女は淑やかにスカートを抑えて「はぁい」と返事をした。

ユリアのその姿を見て、テレーゼは楽しそうに笑っている。

ユリアもしっかりしてきたがまだ子供だ。はしゃぎたくなるのも仕方ない。それに、あの明るさが気を紛らわしてくれる。正直な話、連れてきて良かったと思う。

到着してすぐに幾つか荷物が届いた。

届けに来たのはまたもあの男だ…

「ご無沙汰しております、ロンメル男爵」

にこやかに微笑むワーグナー公爵の代理人は、簡単な挨拶を済ますと屋敷に荷物を持ち込んだ。

テレーゼはヴァインハイム男爵に直接会うのは初めてらしい。

彼は「ドレスはお気に召しましたか?」とテレーゼに訊ねていた。

答えなんか聞かなくても分かってんだろ?

全く、貴族って面倒だな…

「今年は特に寒くなりましたので、国王陛下と妃殿下から贈り物をお預かりして参りました。どうぞお受け取りください」と出して見せたのはこれまた立派な毛皮のコートだった。

金色の毛が混ざった白い毛皮で、見たことの無いような逸品だ。

「ゴルトベルク産の《陽輝狐サンネンリヒトフォクス》の毛皮です。

白地に金毛が散る完全二色の最高級品です。

お二人によく似合うはずです」

やり過ぎだろ…こんなの貰ったら喜びも通り過ぎて恐怖でしかない…

「よ、良かったな、テレーゼ…」

「えぇ…その…凄いですね」

「両陛下にはお気入り頂けたとご報告しておきます」とヴァインハイム男爵は満足気だ。

「ロンメル男爵夫人、トリシャ妃殿下は明日の午前のお茶会で、貴女にお会い出来るのを楽しみにしておいでです。

今日はお疲れでしょう?ゆっくりおやすみくださいませ」

「ありがとうございます。

田舎者で宮中の作法に不慣れですが、どうぞよろしくお願い致します」

テレーゼはそう言って、眼鏡の紳士に丁寧にお辞儀を返した。

ヴァインハイム男爵はテレーゼの返事を謙遜と捉えたらしい。

「田舎者などとんでもない。

貴女はヴェルフェル侯爵閣下の自慢の愛娘です。どうぞ胸を張ってお越しください」

男爵は明日の予定を少し確認して、テレーゼにお茶会のドレスの色を訊ねた。

テレーゼがガブリエラ様と選んだ《黄色》と答えると、柔らかい物腰で褒めて、「また明日」と帰って行った。

「これどうする?」とテレーゼに毛皮のコートについて確認した。

「とりあえず、着ないと申し訳ありませんね…

お父様に相談した方がよろしいのでは?」

「だな…ラウラ、すまんがこれ片付けておいてくれ」

毛皮のコートを持ち込んだ箱にしまってラウラに預けた。彼女も少し困った顔をしていたが、衣装ケースを預かると片付けに持って行った。

しかし、国王はやたらと絡んでくるな…

勘弁して欲しいってのが俺の素直な感想だ。

テレーゼにだって精神的に負担になるだろうし、俺も面倒なことこの上ない。

テレーゼと二人で寛いでいると、今度はでかい花束が届いた。

花束を預かったシュミットの奴が、嫌な顔で花を抱いて持ってきた。

「第三王子から奥様へ、だそうです…」

「マジかよ…」よく旦那がいるのにこんなもの送ってきたな…

「まぁ…どうしましょう?」

テレーゼが困った顔で呟いた。花束にはご丁寧にカードまで付いている。

「旦那様の名前で送り返しますか?」

「ユリア、あの人嫌い…」とユリアがテレーゼの傍らで小さく呟いた。

「ハンス、ちょうど暖炉に火がはいってますから、暖炉の中に置いておいてくださいな」

「ラウラ、君までそんな事を言うのはやめてくれ…」と女性たちの反応にシュミットは頭を抱えた。

メッセージの書かれたカードを見ると、自分に《挨拶に来るように》と求める内容だった。

へぇ…そう来る?へぇ…そう…

「シュミット、ちょっとそれよこせ」

「暖炉に入れるのは無しですよ」と答えてシュミットは花束を俺に差し出した。

花に罪はないけどよ、送り主の下心に問題がある…

受け取った花束を掲げて、一応テレーゼに「いるか?」と確認した。彼女は笑顔で首を横に振った。

「ワルター様から新しいのを頂戴したいです」と彼女は可愛らしく答えた。

可愛いじゃねぇか?さすが俺の嫁だな。

「悪いな、手癖の悪い旦那で」と謝って《祝福》を使った。花束は一瞬で柔らかい質感を失った。

「これは飾れないな」と言ってシュミットに凍った花束を返した。

「悪ぃな、テレーゼが花束を見る前に俺が触ったら凍っちまったんだ」

「…全く…貴方という人は…」

「新しいの用意してくれ。テレーゼに似合う可愛いやつをな」とシュミットに依頼して、彼女の座るソファの背もたれに身を寄せた。

「ここにいるとうるさいから少し出かけるか?」

「いいですね。私もヴォルガシュタットの街は初めてです」

「だな。フィーたちにお土産でも探しに行こう」と彼女に手を差し出すと、彼女は笑顔でその手を取った。

「ユリア、貴女もいらっしゃい」とテレーゼはユリアを誘った。

どうせシュミットに馬車を出させるから、子供が一人増えたところで同じだ。屋敷にはトゥルンバルトを残して、ラウラとアンネが居れば大丈夫だろう。

ユリアの目が嬉しそうに煌めいた。母親に確認するように視線を向けると、ラウラは微笑んで頷いた。

アンネも今日ばかりは、この小さな次女見習いにテレーゼのお伴を譲ってくれた。

彼女と出かけようとすると、また来客があった。

「あら、テレーゼ様。お出かけですの?」

贅沢な黒い毛皮のコートと赤い帽子の令嬢はそう言って親しげな笑顔を見せた。

彼女の傍らには、よく知ってる男が仏頂面で立っていた。

「こちらにご宿泊と聞いたので、父の代わりにご挨拶に伺いましたのよ」

テレーゼの従姉妹はケッテラーの息子だった男のエスコートで俺たちの前に立った。

「ご無沙汰しております。ロンメル男爵」と久しぶりに会った生真面目な男は姿勢正しく挨拶をした。

「ケッテラー、見違えてしまいました」とテレーゼは嬉しそうにケッテラーを見上げた。

「奥様、ご挨拶もせぬうちにお暇致しまして申し訳ございません」

「いいのよ。私が間に合わなかったんですもの」

「養子の件をお引き受け頂き、誠にありがとうございます」

「テレーゼ様、無作法にも押掛ける形になってしまい申し訳ありません。

彼がどうしてもご挨拶したいと言うのでお邪魔致しました」

「いいえ、アダリーシア嬢。わざわざ訪ねてくださってありがとうございます。

叔父様も新年会に?」

「ええ、父は毎年のように参加していますわ。

ああ見えて、この国でも指折りの実業家ですもの。

顔を出したがっていましたが、面会がひっきりなしに来るので置いてきましたわ」と彼女は楽しそうに声を立てて笑った。

こういうところはリューデル伯爵の娘っぽいな…

「で?今からどちらにいらっしゃいますの?」

「少し気分転換に街を見に行こうかと話してました。以前来たのは男爵の爵位を頂戴した時で、すぐに帰ってしまいましたので…」

「あら?それなら私がご案内しましょうか?」と彼女は案内を名乗り出た。

「私も退屈してましたの。ロンメル男爵、ご一緒してよろしいかしら?」

「自分は異存ありません」と答えて、テレーゼに決定を委ねた。彼女は従姉妹と仲良くなれて嬉しそうだった。

「嬉しいわ、アダリーシア嬢。初めての場所だから、お申し出感謝致します」

「明日のお茶会もご一緒しますわ。私のお友達もご紹介致します」

彼女の親切な申し出に、テレーゼはまた礼を伝えて仲良く用意した馬車に乗り込んだ。

アダリーシア嬢はユリアを見て首を傾げた。

「私の次女見習いですの。家宰のシュミットの娘です」とテレーゼがユリアを紹介すると、彼女は納得したようだ。

「あら、ごめんなさい。てっきり男爵の連れ子かと思ったわ」と彼女は思ったことを口にした。

思ったことをなんでも言う女性だ…

彼女はそのまま世間話をして、テレーゼから行きたい場所を聞き出していた。

「アダリーシア嬢はお話が上手ですね。とても楽しいです」

「こう見えても、私も幾つか事業を持っておりますのよ。私も交渉や広告もしますから、お父様の様にお喋りになってしまいました」と彼女は微笑んで答えた。

「事業?」

「主に服飾や宝飾品を手がけています。

社交界は流行に敏感ですから、私にとっては良い宣伝場所ですわ。

ご令嬢たちは私の新作を楽しみにしてますから、私のお友達になりたい方は大勢いますわ」

彼女は自信に満ちていた。

「先日競り落とした縞瑪瑙・《夏岭カリョウの虎》は大仕事でしたわ!

私がデザインしたものを加工して国王陛下の贈り物にしました」と彼女は自分の仕事を自慢した。

彼女はただの我儘なお嬢様じゃなかったらしい…

テレーゼは従姉妹の案内であちこち店を回って、珍しい街を楽しんでいた。

ご令嬢の豪快な買い物にたまげたが、もうケッテラーは驚かないようだ。

「お嬢様はこのくらい普通ですから…」と言うケッテラーは何となくげっそりしているように見えた。

俺たちとは金銭感覚が違いすぎる…これはこれで苦労しそうだ…

ヴォルガシュタットの城下町は賑やかでお祭りのようだった。

なんせあちこちから貴族が出入りするのだから、店としては稼ぎ時だろう。

活気のある街には客を呼ぶ声や、行き交う人の声などでごった返していた。

その中で、アダリーシア嬢は一際大きな店舗を兼ねた建物に立ち寄った。

看板に《リューデル商会》とあって何となく察した。

「リューデル商会の拠点のひとつです。主にヴォルガシュタットに商品を持ち込んで、ここで販売しています。

一階は主に食料品や日用品で、ドレスや宝飾品は二階以上で保管しています。

ある程度の身分の方や常連の方でなければ二階以上には上げませんわ」

アダリーシア嬢がそう説明しながら、俺たちを二階の一室に案内した。

「おお!ロンメル夫妻ではないか!」と大袈裟な声で出迎えたのはリューデル伯爵だった。

リューデル伯爵は俺たちを出迎えると、握手をして席を勧めた。

「久しぶりだな、姪殿。身体の具合はもう大丈夫か?」

「はい、叔父様。留守の間、主人と娘がお世話になり、ありがとうございました」

「なに、私は婿殿の邪魔をしただけだ!

フィリーネ嬢は留守番か?また抱っこしたかったのだがな」と伯爵は上機嫌に笑った。

「そうだ!フィリーネ嬢との約束の品がある。忘れないうちに預けておこう」

伯爵は小さな箱を持ち出してテレーゼに手渡した。

「何ですか?叔父様とフィーに何かお約束がありましたか?」とテレーゼが俺に訊ねたが俺も覚えていない。

リューデル伯爵に許可を貰って中身を確認した。

「フィリーネ嬢はまだ幼いからな。長く使えそうなデザインにしてもらった」とリューデル伯爵は自慢げに語った。

いつぞやにフィーが気に入って弄っていた柘榴石ガーネットのブローチだ。髪をまとめるような髪留めに作り替えられていた。

装飾も増えて、いかにも女の子の好みそうなデザインだ。

「こんな高価なものを…」とテレーゼも困っていたが、リューデル伯爵は約束を果たしてご機嫌な様子だ。

「フィリーネ嬢がその石を気に入っていたのでな。なるほど、姪殿の瞳の色に似ていたのだな」と一人で納得していた。

「私もフィリーネ嬢にプレゼントすると約束した手前、引くことはできん。

是非届けてやってくれ」

そこまで言われて固辞する訳にもいかず、テレーゼも諦めて娘宛てのプレゼントを受け取った。

「ありがとうございます、叔父様。娘に代わってお礼申し上げます」

「うむ。姪殿も一つ如何かな?」

「お父様、テレーゼ様には私からプレゼントします。

テレーゼ様、少しお待ちくださいな」

アダリーシア嬢はそう言うと、呼び寄せた使用人に荷物を持ってこさせた。

「全部私のデザインした新作です」と自慢げに机に並べたのは綺麗な宝飾品だ。

首飾りや髪飾り、ブローチ、カフスボタン等、全部に宝石があしらわれて繊細な細工が施されている。

「テレーゼ様にお好きな物を差し上げますわ」

「そんな…せっかくアダリーシア嬢が用意したのでしょう?」

「それはご心配なく。私だって損しないようにできてますから。

テレーゼ様が身に付けて下さいましたらこれ以上ない宣伝ですわ!」

商魂たくましいお嬢様だ…

そりゃ、テレーゼは美人だし、彼女にとっていい広告になるだろう…

「新作の口紅もお譲りしますから、是非使ってください!

夜光貝の光る粉を混ぜ込んだ仕様で、反射で光るようになってます。色も淡いピンクにしてるので、テレーゼ様の肌や唇の色に合うはずですよ!

来年の春はこれが流行しますわ!」

アダリーシア嬢のすごい熱量に押されて、半ば強引に宝飾品やら化粧品を押し付けられた。

俺にもカフスボタンとスカーフを押し付けて、アダリーシア嬢は、必ずどこかで身につけてくれるように、と念を押していた。

しかも対抗するようにリューデル伯爵まで土産を持たせるものだから、帰る頃には荷物が大量に増えた…

なんなら、買ったものなんてほとんど無いのだが…

大量の荷物を押し付けた親子は、上機嫌で俺たちを見送った。

「ケッテラーが良い家に入れたようで安心しました」

リューデル伯爵らと別れて馬車の中でテレーゼがそう言った。

確かに、少し心配でもあったが、ケッテラーは概ね幸せそうだった。

細かいことを言えばキリがないだろうが、リューデル伯爵もあの令嬢も、彼を大事にしてくれてるように見えた。

時々アダリーシア嬢と交わす視線は恋人同士みたいだったし、伯爵も会話に加わるように、ケッテラーに度々声を掛けていた。

あいつは大丈夫そうだな…

そう思って安心した。

馬車で屋敷に戻るとアンネが出迎えてくれた。

「奥様、寒くありませんでしたか?」

「大丈夫よ。ワルター様が一緒だったもの」とテレーゼはにっこり微笑んだ。

俺は何もしてるつもりは無いが、俺の傍はあまり寒くないらしい。《祝福》のせいか?

アンネから、「お出かけの間に、奥様宛にまた荷物が届きました」と聞いてうんざりした。

今度は何だ?

確認すると送り主は意外な人物だった。

「アーベンロート伯爵家に嫁がれたフロレンツィア様からです」と聞いて、テレーゼの顔も強ばった。

たしか、ガブリエラ様の実の娘で、ヴェルフェル侯爵家では、ガブリエラ様の次に権威のある女性だ。

一度だけ顔を合わせたことがあるが、彼女への印象はあまり良くなかった。

異母姉たちはテレーゼを祝福などしていなかった。むしろ結婚式の宴席で、花嫁から花婿を遠ざけようとしていたくらいだ。

テレーゼは彼女らの事を悪く言うことはなかったが、何かしらわだかまりがあるのは部外者の俺でも分かる。

この数年間、彼女らからの積極的な接触もない。

それが楽だったから放置していたが、何故急に贈り物なんて送ってきたのか分からなかった。どうにも薄気味悪い感じが拭えない。

「…開けてみます」とテレーゼは緊張した面持ちで、リボンのかけられた贈り物の箱を開けた。

中から出てきたのは、上品な若草色のドレスと手紙だった。

ラウラがドレスを確認したが、これといっておかしな様子はない。むしろ、白と若葉色の爽やかなドレスはテレーゼによく似合っていた。

ドレスに揃えて同封されたエメラルドの首飾りは、蔦の意匠の周りに、小鳥や花が首元を飾っていた。

《私のお下がりで悪いけど、使ってちょうだい。お茶会で顔を合わせるのを楽しみにしてるわ》

手紙の内容も完結で、特におかしな様子もない。

テレーゼがドレスが少なくて困ってると思ったのだろうか?

ただ、恩を着せておきたいだけなのか?と勘ぐった。

「お異母姉様…お気遣いくださったのですね」とテレーゼはドレスと首飾りを見て、少し嬉しそうに呟いた。

今まで相手にもされなかった異母姉に気遣いを貰ったことが嬉しかったのだろう。

「ラウラ。ガブリエラ様に、フロレンツィア様から頂戴したドレスに変更したいと伝えてくださいな。

せっかく頂戴したので、このドレスと首飾りでお茶会に参加します」

「今から変えて大丈夫か?」

昼間に確認に来たヴァインハイム男爵には《黄色》と伝えていた。到着した時に見つけやすいように確認したのであれば、ややこしい事にならないか?

「トリシャ妃殿下から頂戴したコートを着ていきます。それで双方の顔が立つはずです」とテレーゼは双方の角が立たないように提案した。

まぁ、それで良いならと、それ以上言うことも無くなった。何よりテレーゼの喜んでいる顔を見たら何も言えない。

今まで無視され続けていた姉妹に構って貰えたのが嬉しかったのだろう。

「お異母姉様にお礼を言わなくては…」と喜ぶテレーゼの姿に、誰もが油断した。

✩.*˚

お妃様のお茶会は、新年会の前座のようなものだ。

新年会の招待客から女性だけが参加するお茶会は、女性だけの親睦会であり、初めての招待客などと接点を持つための場所だ。

もちろん馴染みの顔もある。

会場に到着して、馴染みの参加者に挨拶をして回った。

面倒だけど、挨拶は大事だ。

ひとしきり挨拶を済ませて辺りを見回すと、目立つ背の高い女性がこちらに歩いて来るところだった。

「ごきげんよう、アディ」と親しげに声をかけてきたのは幼馴染の親友だ。

「ごきげんよう、ウィー。今日のドレスも素敵ね」

「ありがとう。貴女に褒めてもらえると嬉しいわ。

今日のためにお父様がご用意くださいましたの」と飴色の髪の友人は嬉しそうに笑った。

私に気づいた若い令嬢たちが集まってきた。

彼女たちの関心事はゲリンの事だ。

「お手紙で素敵な婚約者ができたと拝見して驚きましたわ。どんな方ですの?」

「私も興味ありますわ!」

「少しお見かけしましたけど、背の高い凛々しい殿方ですよね?」

「新年会には同伴されるのですよね!」

噂話を求める令嬢たちは、餌を待つ雛鳥のように矢継ぎ早に質問を投げかけた。

余程暇してるのね…

まぁ、それも私にとってはありがたいけど…

「ロンメル家に養子に入った青年で、《ゲリン》と申しますの。

ちょっとお堅いけど、優しくて誠実な方ですわ」と少しだけ情報を出してあげた。

彼女たちの好奇心が擽られ、続きを求めるように目が輝いていた。

「ロンメル男爵のご親戚?!」と彼女らは黄色い声を上げた。ロンメル男爵は、ミステリアスな印象で女性に人気があるらしい。

「ロンメル男爵はチラッとしかお見かけした事しかありませんが、背も高くてお顔立ちも素敵な方ですよね?」

「貴族には居ない、少し尖った印象が魅力的ですわぁ!」

「あの銀髪と深い青の瞳も素敵ですわね!」

「確かロンメル男爵夫人は、アダリーシア嬢の従姉妹と記憶しておりますが?」

「ええ、そうよ。

あまり会う機会は無くて、仲良くなったのは最近だけど、とても賢くて可愛らしい方よ」

「まぁ!アダリーシア嬢のお眼鏡に適うなんて、余程可愛らしい方でしょうね!」

「でも、皆さん、あまり良くない噂もありましてよ…」とウィノラ嬢が扇子を広げた。

「アダリーシア嬢、悪く思わないで下さいね。あくまで噂です…

ロンメル男爵夫人は、ヴェルフェル侯爵家の家族の輪を乱す存在だと伺っていますわ」

「そんなことは無いわ。テレーゼ様はとても良い方よ」と私の反論に、彼女はさらに声を潜めた。

「人当たりが良くて、愛らしいのは確かかもしれませんが、彼女はあちらこちらで金を無心してると聞きます。

それに、侯爵のお気に入りとして、侯爵夫人にも物を強請っているとか…

そのせいで、実の娘なのにアーベンロート伯爵夫人が肩身の狭い思いをしているとか…不憫ですわ…」

さすがにその話を聞いて不快な気持ちになった。

「その噂はどこから?」と悪い噂をばら蒔いた令嬢に訊ねると、彼女は慌てて、「噂ですわ」と答えた。

悪意しかない噂など、害悪でしかない。

「おかしいですわね?

テレーゼ様は慈悲深いお方です。

自分のためにお金を無心されることはありませんわ。

あの方は恵まれない子供たちのための学校を用意しようと署名や寄付を集めていらっしゃいますが、それを誰かが悪く伝えたのでしょうね…」

「…そ、そうですの?」

「お父様も伯父様もあの方の行動に感銘を受けて、寄付をなさいました。

学校の計画や資金の流れなど、とても素晴らしい草案で大変感心していらっしゃいましたわ」

「まぁ!それではその悪い噂は嘘ですのね?」

「ウィノラ嬢。ロンメル男爵夫人を直接存じ上げているアダリーシア嬢がこのようにおっしゃるのですからそうなのよ」

「誰から出たのかしらね?」

テレーゼ様の印象は一瞬で良くなった。

令嬢たちはテレーゼ様の登場を心待ちにしていた。

私に出来るのはここまでだ。

後はテレーゼ様が来て、彼女たちと挨拶を交わせば、悪い噂などすぐにたち消えるだろう。

それにしても、テレーゼ様の到着が遅い…

男爵夫人なら、もう少し早く到着してもいいものだけど、道が混んでいるのかしら?

少し心配になって、友人たちに断って席を外した。

もしかしたら初めてだから、勝手がわからずに困っているのかもしれない。

『奥様をよろしくお願い致します』とゲリンにも頼まれた。それに私は彼女を気に入っている。

テレーゼ様は良い人だから、力になってあげたいと思っていた。

お茶会の受付に向かうと、テレーゼ様が受付で止められていた。

彼女は私の顔を見ると、困った様子で助けを求めた。

「テレーゼ様、どうなさいました?」

「ドレスが…」と泣きそうな声で答えて、彼女は言葉を濁した。

「…私が知らなくて…このお色のドレスがダメだそうで…」と言って、彼女はコートの下の若草色のドレスを見せた。

「ガブリエラ様が一緒にお選びになったのではなかったのですか?」

あの方がこんな失敗をするはずがない。何かがおかしい…

「そうなのですが…昨日、お異母姉様から頂戴したドレスに変更したので…」

なんて事!

当日着用するドレスの色は必ず確認される。

高位の女性たちと色が被らないように、事前にドレスの色を確認して、もし不都合ならそれとなく変えるように案内される。

こんな色を選んで、直前に渡すなんて、わざとではないの?!

「…こちらへ」と彼女の手を引いて、受付の外に出た。

どの姉か知らないけど陰湿な嫌がらせをする!そういうつもりなら、私だって黙っちゃいないわ!

「リューデル伯爵家の馬車を呼んでちょうだい!今すぐよ!」と馬車を預けた城兵に命じた。

すぐに、馬車が引き出されて、待っていた侍女も到着した。

「テレーゼ様、乗ってください」と彼女を馬車に押し込んだ。馬車のカーテンを閉じて、中の様子が分からないようにした。

「アダリーシア嬢、どうなさいますの?」と困った顔の彼女の前で、侍女にドレスの着替えを指示した。

「テレーゼ様、少し大きいかもしれませんが、こちらに召し替え下さいませ」

「それではアダリーシア嬢が…」

「大丈夫です。

私の屋敷はすぐ近くですから、すぐに新しいドレスを届けさせます。それまでちょっとドレスをお借りしますね。

ハンナ、御者に早馬でドレスを届けるように指示してちょうだい」

「かしこまりました、お嬢様」

「これでもう大丈夫ですわ。着替えたら、すぐに会場に向かってください。

私も後からすぐに参ります」

「ありがとうございます、アダリーシア嬢…」

「テレーゼ様、貴女は私の《お義理母様》になる方です。私は当然の事をしたまでです」と応じて、彼女に着替えをするように促した。

ハンナが手を貸して、私たちはドレスを交換した。

「ところで、このドレスは誰からですの?」

「…フロレンツィアお異母姉様からです…

《お下がりだけど使って》と…」とテレーゼ様は悲しそうに俯いた。

それもそうだろう。この仕打ちは酷すぎる。

下手すれば、彼女はお茶会に参加出来なかったのだ。

それに、これは王妃様主催のお茶会だから、遅刻や欠席は王室への不敬に当たる。こんな失態を演じてしまったら、侯爵家にも迷惑がかかるはずなのに…

そんなにテレーゼ様が気に入らないの?

ヴェルフェル侯爵家の闇を見てしまったようで気分が悪い…

「テレーゼ様。中に入ったら、私の親友のベルヴァルト伯爵令嬢のウィルメット嬢を頼ってください。

彼女は背が高いからすぐに見つかるはずですわ。

飴色の髪と緑の瞳で、今日は群青と黄色のドレスを着ています」

親友の特徴を教えて、簡単なメモを用意してテレーゼ様に渡した。

これでウィーはテレーゼ様を助けてくれるはずだ。

社交場の先輩として、テレーゼ様を守って差し上げなければ、お父様にもゲリンにも合わせる顔がない。

たとえそれが難しい相手でも、負ける気は更々なかった。

✩.*˚

アダリーシア嬢が貸して下さったドレスに着替え、受付に戻った。

受付の女性たちはほっとしたような面持ちで、今度はすんなり通して貰えた。

アダリーシア嬢には感謝してもしきれない。

もしお茶会に間に合わなかったら、ワルター様だけではなく、お父様にまで迷惑が及んでいたかもしれない。

オレンジと黄色のドレスは少し大きいけれど、着れなくはなかった。

お茶会の会場である温室の庭園には、既に大勢の招待客が集まっていた。女性しかいないから華やかで、とても賑やかな雰囲気だ…

色とりどりのドレスの人垣に、思わず足が竦んだ…

『こっちに来ないでよ』

私を拒む声が聞こえてきそうだ…

侯爵家で私はひとりぼっちで、華やかなドレスの輪には入れなかった。

私が近づくと興が冷めるから、子供ながらに空気を読んで、寂しくても邪魔にならないように端で過ごした。

ブルームバルトが楽しすぎて忘れてた…

だって、フロレンツィアお異母姉様の本当のメッセージは、《来ないで》だったのだから…

会場の端で足を止めてしまった私に、青いドレスの女性が歩み寄って来た。

「どうなさいましたの?」と訊ねる彼女は背が高く、飴色の髪をしていた。彼女は私の顔を覗いて優しく声をかけてくれた。

「急に声をかけてごめんなさいね。

私はベルヴァルト伯爵家長女ウィルメットと申します。

友人のドレスにそっくりだったのでつい声をかけてしまいました」と彼女は私のドレスを見ていた。

「あ…あの…アダリーシア嬢のご友人のウィルメット嬢でしょうか?」

「えぇ、彼女は私の親友ですわ。

彼女を探していらっしゃったの?」とウィルメット嬢は首を傾げた。

彼女は人あたりの良さそうな印象の令嬢だった。この人になら頼れるような気がした。

「お声をかけていただきありがとうございます。

ブルームバルト領主、ロンメル男爵夫人のテレーゼと申します」

「あら、貴女が?」と驚くとウィルメット嬢は目を輝かせた。

「うふふ。

噂通りね。本当に可愛いらしいお方ですこと」

「あの…ベルヴァルト公女様」

「そんな呼び方はおやめになって。アダリーシア嬢は私の親友です。

ロンメル男爵夫人は、彼女の《お義母様》になる方ですもの。私の事はウィルメットとお呼びくださいな」

「ありがとうございます、ウィルメット嬢。

アダリーシア嬢からこちらをお渡しするように言伝っております。ご確認ください」と彼女にアダリーシア嬢からのメモを渡した。

ウィルメット嬢は受け取ったメモを確認すると、扇子を広げて私に顔を寄せた。

「誰からお守りしたらよろしくて?」と彼女は私の味方を申し出てくれた。

「お恥ずかしいことですが…

私のお異母姉様たちは私が来ることをよく思っていらっしゃらないのです…」

「ふぅん…じゃぁあの噂の出元はその辺って事ね…」と彼女は合点がいったように呟いて扇子を閉じた。

「ロンメル男爵夫人が私より小さな方で良かったわ」と明るく笑うと、彼女は私に「いらっしゃい」と誘った。

「私のお友達を紹介しますわ。何かあったら私が壁になってあげますから。アダリーシア嬢が来るまでの時間稼ぎくらいはできますわ」

「あ、ありがとうございます、ウィルメット嬢…」

「ふふ。どういたしまして。

素敵なコートね。それに髪飾りもとっても似合っているわ。

ロンメル男爵夫人、私もテレーゼ様とお名前でお呼びしてよろしいかしら?」

「はい、どうぞお好きなようにお呼びください」と答えると、彼女は頬を上気させて、私を腕の中に抱きしめた。

「あぁん!もう可愛い!

テレーゼ様ったらお人形さんみたいに可愛い方ね!」

「あ、ありがとうございます」

「絶対守ってあげるわ」と上機嫌でウインクした彼女はとても頼もしく見えた。
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