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女
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肩を揺すって起こされた。
「ミラ」と呼ぶ声は若い男の声だ…
怠さと下腹部の痛みを抱えたまま、ゆっくりと身体を起こした。
「朝飯食おう!」と言って、弟の方が手探りで私の手を握った。そのまま連れ出そうと彼は手を引いた。
「待って!着替えを…」裸のままで外に連れ出されそうになって声を上げた。
「あ…ごめん、気づかなかった」
彼は素直に謝ると手を離した。
「昨日兄ちゃんが持ってきた服があるから使って。用意できたら教えて」
目の見えない弟はそう言ってその場に座り込んだ。私が支度を終えるまで待っているつもりだろう…
兄の用意した服は質素で、娼婦が着るような襟ぐりの広いものだった。
胸元まで開いている。何も無いよりはいいと思って、そのまま髪を整えて結い上げた。
「おい、まだか?」とテントの外で声がした。兄の声だ…
彼は目の不自由な弟を待っているのだろう。
テントを這い出して、「お待たせ致しました」と詫びると、彼は何も言わずに、自分の着ていた大きな上着を私の肩にかけた。
「何か後で用意してやる。しばらくそれで我慢しな」
ぶっきらぼうな物言いだが、兄の方も私を気遣っていた。
「兄ちゃんも君のことを気に入ったみたいだ」と嬉しそうに弟が笑った。
「ほら、飯に行くぞ」と告げて、兄は弟にベルトから垂れた紐を握らせた。
「ミラ、手」
紐を握ったのと反対の手を差し出して、弟は私を誘った。
違和感を覚えながらも、逆らう訳にはいかずにその手を握った。
気に入られるのも厄介ね…
侯爵様からは、自分から情報を出すのは禁じられている。
裏切り者は信用されない。私から彼らに情報を与える理由がない。
この二人、多分頭を使う役ではない。
やっぱりレニを引き取った男の方を引き受けるべきだったかしら…
「あの…私と一緒だった娘は…」
私の質問に、二人は足を緩めた。
「あの子は諦めな」と兄の方が私に言った。
「可哀想だがな、隊長の分け前にまで俺たちも口出しはできん。
どう扱うかは隊長の機嫌次第さ」
「ミラは優しいね。あの子が心配?
大丈夫だよ。ミラのことは俺たちが大事にしてあげるよ」
弟はそう言って、目隠しをした顔で優しく微笑んだ。
彼らに連れられて、屋外に並んだテーブルに案内された。
騒がしい、下品な笑い声が聞こえてきた。
「よう!ラッセル!」と傭兵らしき男たちが兄弟に声をかけた。
「別嬪さん連れてるじゃねえか?幾らだ?」と彼らは下品な質問を投げかけた。
「俺らの分け前だ」と低い声で兄の方が傭兵たちを威嚇した。
「相変わらずおっかねぇなぁ…
隊長は回してくれたぜ」と彼らはヘラヘラと笑ってある場所を指さした。
その先を見て悲鳴を上げそうになった…
指さした先には、男たちに囲まれて、犬のように首に縄を繋がれた女の姿があった。
「朝からずっとあんなんだ。
もう十人くらい相手してるはずだぜ」と嫌な情報が耳に入る。
覚悟はしていたが、あまりにも凄惨な現場に恐怖を覚えた。
「フィーアの貴族の侍女だってな。道理で別嬪さんなわけだ…
あんたもそうかい?」
下卑た笑いを口元に貼り付けた男が、私に手を伸ばした。
反射的に身を引こうとした次の瞬間、目の前に伸びた汚い手が消えた。
私に手を出そうとした男は、潰れるような音を立てて宙を舞うと、近くで食事していたグループの机に落ちて食事を台無しにした。
「《俺らの分け前》だと言ったはずだ…」
兄の圧倒的な暴力に、辺りは静まり返った。
さっきまで騒いでいた男たちは、皆揃って黙り込むと青い顔をしていた。
「じょ…冗談だよ、ニコラス…悪かったって」
ふざけていた男たちはコソコソと逃げて行った。
食事を邪魔された男たちでさえ、彼に文句を言うことはなかった。
「おいおい?朝っぱらから何の騒ぎだ?」
ヘラヘラと笑う男がやって来て、ラッセル兄弟に問いかけた。
私たちを攫ったあの男だ…
彼は手に握った縄を乱暴に引いた。
「あうっ!」
乱暴に扱われたレニが悲鳴を上げて倒れ込んだ。
近くで見ると、たった一晩で彼女はボロボロになっていた。目も当てられない…
レニに手を伸ばそうとした私を兄が止めた。
「やめろ、あの男の《持ち物》に手を出すな」
「でも…」
「諦めろ」とはっきり告げて、兄は私を広い背に隠した。
「へぇ、大事にしちゃってまぁ…」と男は挑発するように笑った。
「ちょっと交換するか?」
「冗談言うなよ?そんなボロボロにしておいて交換だと?」
「隊長。ミラは俺たちが貰ったんだよ」と弟の方も男の申し出を断った。
男はヘラヘラしながら「残念」と肩を竦めて笑った。
「まぁ、売り飛ばす前なら交換してやるぜ。なかなか具合もいいぜ」と言い残して、無理やりレニを立たせると、男は彼女を連れて何処かに行ってしまった。
あまりの扱いの差に呆然と彼女を見送った…
「相変わらず、下衆な男だ…」
「大丈夫?怖かった?」と、兄弟は代わる代わる私を心配してくれた。
「あの男が俺たちの隊長だ。見ての通りヤバい奴さ…
あの子は運がなかったんだ。諦めな」
ラッセルの兄はそう言って、適当な場所に席を取って弟を座らせた。
「ミラ、隣においで。お腹すいたろ?」と弟の方が私に隣に座るように勧めた。
彼は兄の用意した食事を手探りで口に運んだ。
ボロボロと零しながら食べるのが見ていられなくて手を出した。
手と口を拭いてあげて、「食べさせてあげる」と申し出ると、彼は嬉しそうだった。
小さい子供のように世話を受けて、青年は「ありがとう」と言った。
弟の世話を焼いてあげていると、兄の方も機嫌が良さそうだった。
あの隊長も、この兄弟を敵に回す気はないらしい。
それならと、しばらくは彼らの世話になることに決めた。
✩.*˚
「トロくせぇな…」
男は文句を言って私の背を突き飛ばした。
首にかけられた縄が首にくい込んで咳き込んだ…
まだ我慢しなければ…
この男は私がか弱いと信じきっている。こっちに来たのが私で良かった。
ミラ様にこの扱いは酷だ…
ミラ様は、旅の一座で働いていた私を取り立ててくださった恩のある方だ。
本来なら、エッダの孤児に、高貴な身分の方にお仕えする機会などない。
ミラ様が侯爵家の侍女としてお仕えすることになり、私もミラ様のお世話をするために侯爵家の門を潜った。
侯爵夫人の目に留まり、柔軟な身体と反射神経の良さで、侯爵様の護衛として選ばれた。
今の私がいるのは全部あの方のおかげだ…
だからこれくらいのことはどうって事ない…
多少自尊心が削れたところで、私の役割は決まっている。
ミラ様を守ること…この暴力がミラ様に向かないようにする事だ…
「あーあー、あの女、お前とはえらい違いだな?大事にされて、悔しいか?」
男は相変わらず暴力を振るった。
靴のままで背中を踏みつけて、苦しむ私の姿を楽しんでいるようだった…
息苦しさで気を失いそうになると、意識を手放す前に男は足をどけた。
「可愛いなぁ、レニ…」
痛めつけて、男は満足気に笑うと、私の顎を掴んで接吻をした。
鼻をつまんで、無理やり口を開けさせると、窒息するほど激しい接吻をした。
苦しくて藻掻く姿を、この男は楽しんでいるのだ。この変態め!
「ハハッ!そんなに良かったか?陸に上がった魚みたいだぜ」
酸欠で痙攣する手足は役に立たなかった。
彼はズボンを下ろして興奮した男のモノを、私にあてがった。
昨日も何度も首を絞められながら、犯されて気を失った。
「あぁ…イイなぁ…」恍惚の表情を浮かべながら、男は暴力を振るい、私を犯した。
不愉快な行為…
まだ、今はこの男が満足するまで、サディスティックな行為に身を任せるしかない。
「あぁ…良いぞ、レニ…お前は可愛い奴だ」
愛を囁いてるつもりなのだろうか?
不愉快な囁きに吐き気がする…
侯爵様のように顔面に拳を叩き込みたくなる…
拳の代わりに、この男の喜びそうな悲鳴を上げて、震える振りをした。
案の定、男は満足して、私の中に欲望をぶちまけて果てた。
「可愛いなぁ」とまた囁いて、男は後ろから私を抱き締めた。
本当にそう思ってるのか?
変態の考えることなんて私には分からなかった…
✩.*˚
またあの男が《悪戯》をしているらしい…
「少し度が過ぎるな…」
指先で机を叩きながら呟いた。
噂話で、例の隊長が対岸から戦利品を持ち帰った話が本営にも届いていた。
あの男、《玉旗》の件で陛下から勲章を貰ったのをいいことに、好き勝手やっているらしい。
傭兵なんぞに、気まぐれを起こす辺りが陛下らしい…
「ルフトゥキャピタルの《金百舌鳥》の団長に抗議の手紙を出す。
あと、連れ帰った捕虜だが…」
「はっ!女性を二人攫ったと吹聴しているようです」という報告に眉を寄せた。
「はぁ…女か…」
よりによって…何の情報も無さそうだ…
面倒だからもう放っておくか?
「それが…メイヤー子爵閣下のお耳に入れるのには些か眉唾ものですが…
一部の話によると、貴族の侍女との事です。
さらに、これは噂ですが…」と話を持ってきた騎士は声を低くした。
「侯爵の侍女との話もあります」
「誠か?」
「まだ噂の域です」と答えて、彼は断言を避けた。
攫ったのが侯爵の侍女というなら、話は変わってくる。
しかし相手はあの男だ…二つ返事で応じるとは考えにくい…
旗の一件といい、あの男には煮え湯を飲まされてばかりだ。敵ならともかく、味方だから余計に質が悪い。
このまま好き勝手にされれば、規律が乱れ、士気が下がる。とんでもない爆弾だ。
いっそ金を握らせて《金百舌鳥》に突き返してやりたい…
「とりあえず、噂の真偽を確認させろ。
真偽によっては本営にて私が引き取る」
「傭兵がすんなりと言うことを聞くでしょうか?」
「嫌だというなら、私の財から代わりを用意する、と伝えよ…」
「…畏まりました」
到底納得してない様子だったが、騎士は命令を果たすために下がった。
「女ですか…」
同席して静かに話を聞いていたマーキュリー卿が感慨深く呟いた。
「何かね?卿は興味がおありかね?」
「いえ。女という生き物が絡むと事は厄介になりますので…」
「ほう?卿は真面目な男かと思っていたが、そういった経験もおありかね?」
「ご冗談を…
歴史を見ても、創作の物語でも、屈強な男が艶やかな美女に寝首をかかれる話は事欠きません。
教訓として引用した迄です」
「ならば私も気をつけねばならんな。
美しい乙女は怖いと、肝に銘じておくことに致そう」
まぁ、よくある話ではあるし、実際に女が絡むとろくな事がないのは事実だ。
彼の助言に耳を貸すのは悪い話ではなかった。
✩.*˚
「ミラ。登って」とラッセルの弟は私を櫓の上に誘った。
即席にしてはしっかりとした造りで、登り切るとカナルから吹き上がる強い風に煽られた。
「きゃっ!」風に驚いて悲鳴を上げると、先に登っていた弟が慌てて声の方を振り返った。
「大丈夫?!落っこちたりしてないよねぇ?!」
「え、えぇ、大丈夫…」
「良かった…」
彼は胸をなでおろして、カナルが一望できる場所に私を立たせた。
「ここが俺の仕事場」
彼はそう言って、櫓の上に持ち込んだ背負っていた荷物を下ろした。
背丈程ある大きな弓と、見たことの無い長い矢は彼の仕事道具なのだという。
「すごいだろ?
ここからなら、フィーアにも矢が届くんだよ」と子供のようにラッセルの弟は自慢した。
彼は目隠しを外すと、遠いカナルの岸に視線を向けた。
目隠しの下の目は普通の人間より黒目が大きかった。それでいて瞳孔は小さく絞られていた。
確かに《鷹の目》みたい…
兄の灰色の目とは違い、水色の宝石のような虹彩の瞳から魔力の気配を感じた。
《祝福》を持つ人間からは、完成された《魔石》のような反応を感じる。
魔石に精通した魔導師であれば、ある程度それを感じ取ることはできる。
「兄ちゃんは強いけど、俺もすごいんだよ。
近くは見えないけど、遠くはハッキリ見えてるんだ。本当だよ。
君の姿もよく見えた。
青い服の金髪の男の人と歩いてたよね?」
「…え、えぇ…」驚いた。到着してすぐの話だろう。
侯爵様が青い上着を着ていたのは、到着してすぐのことだ。到着してから緑の上着に着替えたのに…
「見えるところなら矢を撃ち込める。
もし、君が逃げてもすぐに見つけられるよ」
逃げるな、という脅しだろうか?
彼は対岸に視線を向けたまま、少し表情を緩めた。
「あのおじさん、今日もいるね」
その言葉に肝が冷えた…
「今、川岸にいるよ。君たちを探してるのかな?」
無邪気な声が恐怖を煽った。
大丈夫…この距離だ…
届いたとしても威力も落ちてるし、狙って当てるなんてできっこない…
そう自分に言い聞かせ、焦りを誤魔化したが、彼は慣れた様子で弓を握ると矢を弦に番えた。
その姿は自信に満ちていた。
「待って!やめて!」
「ミラ?」
彼の腕に縋って弓を引く手を止めた。
「お願い、ね?貴方が凄いのは分かったから…
お世話になった方なの…お願い、見逃して…」
「ミラはあの人のこと、好きなの?」
純粋な子供のような質問だ。それでも答えを間違えれば、彼は矢を放ちそうな気がした…
震える声で、「お父様みたいな方よ」と嘘を吐いた。
それが正解だったのか、彼は弓を引く手を緩めた。
「なんだ、そうか…家族なら大事もんな」
彼は弓矢を置いて目隠しを元に戻した。
目隠しをした顔で無邪気に笑うと、彼は腕を広げて私を腕の中に招いた。
彼の要求に応えると、ラッセルの弟は機嫌よく笑って饒舌に語った。
「ミラは優しいね。
そうだよ。家族は大事だ。俺も兄ちゃんは大事だから気持ちは分かるよ。
君の恋人だったら射ったけど、お父さんみたいな人ならダメだね。やめとくよ」
「あ、ありがとう…」
「俺の気持ち分かってくれた?」
「えぇ、分かったわ。私を大事にしてくれてるのね?」
随分幼い思考回路だ。それでも裏表が無い分、分かりやすく、合わせるのに苦労しない。
「君なら分かってくれると思ったよ」
私の髪を撫でる男は、優しい声で囁いた。
「多分、これって《愛》ってやつだよね?
俺は君のことが大好きなんだ。ずっと触れていたいくらい好きなんだよ。
だから、どこにも行かないで。俺たちと一緒にいて」
「分かったわ。一緒にいるわ」
彼を安心させるためにそう言って、両手で彼の頬を包んで唇を重ねた。
私からの接吻に、彼は気を良くしたようだ。
「もっとして」と彼は子供のようにおねだりした。
心を殺して重ねた唇で彼を酔わせて、愛してる振りをした。
本当に愛した人を守れるなら安い対価だ…
「ミラ」と呼ぶ声は若い男の声だ…
怠さと下腹部の痛みを抱えたまま、ゆっくりと身体を起こした。
「朝飯食おう!」と言って、弟の方が手探りで私の手を握った。そのまま連れ出そうと彼は手を引いた。
「待って!着替えを…」裸のままで外に連れ出されそうになって声を上げた。
「あ…ごめん、気づかなかった」
彼は素直に謝ると手を離した。
「昨日兄ちゃんが持ってきた服があるから使って。用意できたら教えて」
目の見えない弟はそう言ってその場に座り込んだ。私が支度を終えるまで待っているつもりだろう…
兄の用意した服は質素で、娼婦が着るような襟ぐりの広いものだった。
胸元まで開いている。何も無いよりはいいと思って、そのまま髪を整えて結い上げた。
「おい、まだか?」とテントの外で声がした。兄の声だ…
彼は目の不自由な弟を待っているのだろう。
テントを這い出して、「お待たせ致しました」と詫びると、彼は何も言わずに、自分の着ていた大きな上着を私の肩にかけた。
「何か後で用意してやる。しばらくそれで我慢しな」
ぶっきらぼうな物言いだが、兄の方も私を気遣っていた。
「兄ちゃんも君のことを気に入ったみたいだ」と嬉しそうに弟が笑った。
「ほら、飯に行くぞ」と告げて、兄は弟にベルトから垂れた紐を握らせた。
「ミラ、手」
紐を握ったのと反対の手を差し出して、弟は私を誘った。
違和感を覚えながらも、逆らう訳にはいかずにその手を握った。
気に入られるのも厄介ね…
侯爵様からは、自分から情報を出すのは禁じられている。
裏切り者は信用されない。私から彼らに情報を与える理由がない。
この二人、多分頭を使う役ではない。
やっぱりレニを引き取った男の方を引き受けるべきだったかしら…
「あの…私と一緒だった娘は…」
私の質問に、二人は足を緩めた。
「あの子は諦めな」と兄の方が私に言った。
「可哀想だがな、隊長の分け前にまで俺たちも口出しはできん。
どう扱うかは隊長の機嫌次第さ」
「ミラは優しいね。あの子が心配?
大丈夫だよ。ミラのことは俺たちが大事にしてあげるよ」
弟はそう言って、目隠しをした顔で優しく微笑んだ。
彼らに連れられて、屋外に並んだテーブルに案内された。
騒がしい、下品な笑い声が聞こえてきた。
「よう!ラッセル!」と傭兵らしき男たちが兄弟に声をかけた。
「別嬪さん連れてるじゃねえか?幾らだ?」と彼らは下品な質問を投げかけた。
「俺らの分け前だ」と低い声で兄の方が傭兵たちを威嚇した。
「相変わらずおっかねぇなぁ…
隊長は回してくれたぜ」と彼らはヘラヘラと笑ってある場所を指さした。
その先を見て悲鳴を上げそうになった…
指さした先には、男たちに囲まれて、犬のように首に縄を繋がれた女の姿があった。
「朝からずっとあんなんだ。
もう十人くらい相手してるはずだぜ」と嫌な情報が耳に入る。
覚悟はしていたが、あまりにも凄惨な現場に恐怖を覚えた。
「フィーアの貴族の侍女だってな。道理で別嬪さんなわけだ…
あんたもそうかい?」
下卑た笑いを口元に貼り付けた男が、私に手を伸ばした。
反射的に身を引こうとした次の瞬間、目の前に伸びた汚い手が消えた。
私に手を出そうとした男は、潰れるような音を立てて宙を舞うと、近くで食事していたグループの机に落ちて食事を台無しにした。
「《俺らの分け前》だと言ったはずだ…」
兄の圧倒的な暴力に、辺りは静まり返った。
さっきまで騒いでいた男たちは、皆揃って黙り込むと青い顔をしていた。
「じょ…冗談だよ、ニコラス…悪かったって」
ふざけていた男たちはコソコソと逃げて行った。
食事を邪魔された男たちでさえ、彼に文句を言うことはなかった。
「おいおい?朝っぱらから何の騒ぎだ?」
ヘラヘラと笑う男がやって来て、ラッセル兄弟に問いかけた。
私たちを攫ったあの男だ…
彼は手に握った縄を乱暴に引いた。
「あうっ!」
乱暴に扱われたレニが悲鳴を上げて倒れ込んだ。
近くで見ると、たった一晩で彼女はボロボロになっていた。目も当てられない…
レニに手を伸ばそうとした私を兄が止めた。
「やめろ、あの男の《持ち物》に手を出すな」
「でも…」
「諦めろ」とはっきり告げて、兄は私を広い背に隠した。
「へぇ、大事にしちゃってまぁ…」と男は挑発するように笑った。
「ちょっと交換するか?」
「冗談言うなよ?そんなボロボロにしておいて交換だと?」
「隊長。ミラは俺たちが貰ったんだよ」と弟の方も男の申し出を断った。
男はヘラヘラしながら「残念」と肩を竦めて笑った。
「まぁ、売り飛ばす前なら交換してやるぜ。なかなか具合もいいぜ」と言い残して、無理やりレニを立たせると、男は彼女を連れて何処かに行ってしまった。
あまりの扱いの差に呆然と彼女を見送った…
「相変わらず、下衆な男だ…」
「大丈夫?怖かった?」と、兄弟は代わる代わる私を心配してくれた。
「あの男が俺たちの隊長だ。見ての通りヤバい奴さ…
あの子は運がなかったんだ。諦めな」
ラッセルの兄はそう言って、適当な場所に席を取って弟を座らせた。
「ミラ、隣においで。お腹すいたろ?」と弟の方が私に隣に座るように勧めた。
彼は兄の用意した食事を手探りで口に運んだ。
ボロボロと零しながら食べるのが見ていられなくて手を出した。
手と口を拭いてあげて、「食べさせてあげる」と申し出ると、彼は嬉しそうだった。
小さい子供のように世話を受けて、青年は「ありがとう」と言った。
弟の世話を焼いてあげていると、兄の方も機嫌が良さそうだった。
あの隊長も、この兄弟を敵に回す気はないらしい。
それならと、しばらくは彼らの世話になることに決めた。
✩.*˚
「トロくせぇな…」
男は文句を言って私の背を突き飛ばした。
首にかけられた縄が首にくい込んで咳き込んだ…
まだ我慢しなければ…
この男は私がか弱いと信じきっている。こっちに来たのが私で良かった。
ミラ様にこの扱いは酷だ…
ミラ様は、旅の一座で働いていた私を取り立ててくださった恩のある方だ。
本来なら、エッダの孤児に、高貴な身分の方にお仕えする機会などない。
ミラ様が侯爵家の侍女としてお仕えすることになり、私もミラ様のお世話をするために侯爵家の門を潜った。
侯爵夫人の目に留まり、柔軟な身体と反射神経の良さで、侯爵様の護衛として選ばれた。
今の私がいるのは全部あの方のおかげだ…
だからこれくらいのことはどうって事ない…
多少自尊心が削れたところで、私の役割は決まっている。
ミラ様を守ること…この暴力がミラ様に向かないようにする事だ…
「あーあー、あの女、お前とはえらい違いだな?大事にされて、悔しいか?」
男は相変わらず暴力を振るった。
靴のままで背中を踏みつけて、苦しむ私の姿を楽しんでいるようだった…
息苦しさで気を失いそうになると、意識を手放す前に男は足をどけた。
「可愛いなぁ、レニ…」
痛めつけて、男は満足気に笑うと、私の顎を掴んで接吻をした。
鼻をつまんで、無理やり口を開けさせると、窒息するほど激しい接吻をした。
苦しくて藻掻く姿を、この男は楽しんでいるのだ。この変態め!
「ハハッ!そんなに良かったか?陸に上がった魚みたいだぜ」
酸欠で痙攣する手足は役に立たなかった。
彼はズボンを下ろして興奮した男のモノを、私にあてがった。
昨日も何度も首を絞められながら、犯されて気を失った。
「あぁ…イイなぁ…」恍惚の表情を浮かべながら、男は暴力を振るい、私を犯した。
不愉快な行為…
まだ、今はこの男が満足するまで、サディスティックな行為に身を任せるしかない。
「あぁ…良いぞ、レニ…お前は可愛い奴だ」
愛を囁いてるつもりなのだろうか?
不愉快な囁きに吐き気がする…
侯爵様のように顔面に拳を叩き込みたくなる…
拳の代わりに、この男の喜びそうな悲鳴を上げて、震える振りをした。
案の定、男は満足して、私の中に欲望をぶちまけて果てた。
「可愛いなぁ」とまた囁いて、男は後ろから私を抱き締めた。
本当にそう思ってるのか?
変態の考えることなんて私には分からなかった…
✩.*˚
またあの男が《悪戯》をしているらしい…
「少し度が過ぎるな…」
指先で机を叩きながら呟いた。
噂話で、例の隊長が対岸から戦利品を持ち帰った話が本営にも届いていた。
あの男、《玉旗》の件で陛下から勲章を貰ったのをいいことに、好き勝手やっているらしい。
傭兵なんぞに、気まぐれを起こす辺りが陛下らしい…
「ルフトゥキャピタルの《金百舌鳥》の団長に抗議の手紙を出す。
あと、連れ帰った捕虜だが…」
「はっ!女性を二人攫ったと吹聴しているようです」という報告に眉を寄せた。
「はぁ…女か…」
よりによって…何の情報も無さそうだ…
面倒だからもう放っておくか?
「それが…メイヤー子爵閣下のお耳に入れるのには些か眉唾ものですが…
一部の話によると、貴族の侍女との事です。
さらに、これは噂ですが…」と話を持ってきた騎士は声を低くした。
「侯爵の侍女との話もあります」
「誠か?」
「まだ噂の域です」と答えて、彼は断言を避けた。
攫ったのが侯爵の侍女というなら、話は変わってくる。
しかし相手はあの男だ…二つ返事で応じるとは考えにくい…
旗の一件といい、あの男には煮え湯を飲まされてばかりだ。敵ならともかく、味方だから余計に質が悪い。
このまま好き勝手にされれば、規律が乱れ、士気が下がる。とんでもない爆弾だ。
いっそ金を握らせて《金百舌鳥》に突き返してやりたい…
「とりあえず、噂の真偽を確認させろ。
真偽によっては本営にて私が引き取る」
「傭兵がすんなりと言うことを聞くでしょうか?」
「嫌だというなら、私の財から代わりを用意する、と伝えよ…」
「…畏まりました」
到底納得してない様子だったが、騎士は命令を果たすために下がった。
「女ですか…」
同席して静かに話を聞いていたマーキュリー卿が感慨深く呟いた。
「何かね?卿は興味がおありかね?」
「いえ。女という生き物が絡むと事は厄介になりますので…」
「ほう?卿は真面目な男かと思っていたが、そういった経験もおありかね?」
「ご冗談を…
歴史を見ても、創作の物語でも、屈強な男が艶やかな美女に寝首をかかれる話は事欠きません。
教訓として引用した迄です」
「ならば私も気をつけねばならんな。
美しい乙女は怖いと、肝に銘じておくことに致そう」
まぁ、よくある話ではあるし、実際に女が絡むとろくな事がないのは事実だ。
彼の助言に耳を貸すのは悪い話ではなかった。
✩.*˚
「ミラ。登って」とラッセルの弟は私を櫓の上に誘った。
即席にしてはしっかりとした造りで、登り切るとカナルから吹き上がる強い風に煽られた。
「きゃっ!」風に驚いて悲鳴を上げると、先に登っていた弟が慌てて声の方を振り返った。
「大丈夫?!落っこちたりしてないよねぇ?!」
「え、えぇ、大丈夫…」
「良かった…」
彼は胸をなでおろして、カナルが一望できる場所に私を立たせた。
「ここが俺の仕事場」
彼はそう言って、櫓の上に持ち込んだ背負っていた荷物を下ろした。
背丈程ある大きな弓と、見たことの無い長い矢は彼の仕事道具なのだという。
「すごいだろ?
ここからなら、フィーアにも矢が届くんだよ」と子供のようにラッセルの弟は自慢した。
彼は目隠しを外すと、遠いカナルの岸に視線を向けた。
目隠しの下の目は普通の人間より黒目が大きかった。それでいて瞳孔は小さく絞られていた。
確かに《鷹の目》みたい…
兄の灰色の目とは違い、水色の宝石のような虹彩の瞳から魔力の気配を感じた。
《祝福》を持つ人間からは、完成された《魔石》のような反応を感じる。
魔石に精通した魔導師であれば、ある程度それを感じ取ることはできる。
「兄ちゃんは強いけど、俺もすごいんだよ。
近くは見えないけど、遠くはハッキリ見えてるんだ。本当だよ。
君の姿もよく見えた。
青い服の金髪の男の人と歩いてたよね?」
「…え、えぇ…」驚いた。到着してすぐの話だろう。
侯爵様が青い上着を着ていたのは、到着してすぐのことだ。到着してから緑の上着に着替えたのに…
「見えるところなら矢を撃ち込める。
もし、君が逃げてもすぐに見つけられるよ」
逃げるな、という脅しだろうか?
彼は対岸に視線を向けたまま、少し表情を緩めた。
「あのおじさん、今日もいるね」
その言葉に肝が冷えた…
「今、川岸にいるよ。君たちを探してるのかな?」
無邪気な声が恐怖を煽った。
大丈夫…この距離だ…
届いたとしても威力も落ちてるし、狙って当てるなんてできっこない…
そう自分に言い聞かせ、焦りを誤魔化したが、彼は慣れた様子で弓を握ると矢を弦に番えた。
その姿は自信に満ちていた。
「待って!やめて!」
「ミラ?」
彼の腕に縋って弓を引く手を止めた。
「お願い、ね?貴方が凄いのは分かったから…
お世話になった方なの…お願い、見逃して…」
「ミラはあの人のこと、好きなの?」
純粋な子供のような質問だ。それでも答えを間違えれば、彼は矢を放ちそうな気がした…
震える声で、「お父様みたいな方よ」と嘘を吐いた。
それが正解だったのか、彼は弓を引く手を緩めた。
「なんだ、そうか…家族なら大事もんな」
彼は弓矢を置いて目隠しを元に戻した。
目隠しをした顔で無邪気に笑うと、彼は腕を広げて私を腕の中に招いた。
彼の要求に応えると、ラッセルの弟は機嫌よく笑って饒舌に語った。
「ミラは優しいね。
そうだよ。家族は大事だ。俺も兄ちゃんは大事だから気持ちは分かるよ。
君の恋人だったら射ったけど、お父さんみたいな人ならダメだね。やめとくよ」
「あ、ありがとう…」
「俺の気持ち分かってくれた?」
「えぇ、分かったわ。私を大事にしてくれてるのね?」
随分幼い思考回路だ。それでも裏表が無い分、分かりやすく、合わせるのに苦労しない。
「君なら分かってくれると思ったよ」
私の髪を撫でる男は、優しい声で囁いた。
「多分、これって《愛》ってやつだよね?
俺は君のことが大好きなんだ。ずっと触れていたいくらい好きなんだよ。
だから、どこにも行かないで。俺たちと一緒にいて」
「分かったわ。一緒にいるわ」
彼を安心させるためにそう言って、両手で彼の頬を包んで唇を重ねた。
私からの接吻に、彼は気を良くしたようだ。
「もっとして」と彼は子供のようにおねだりした。
心を殺して重ねた唇で彼を酔わせて、愛してる振りをした。
本当に愛した人を守れるなら安い対価だ…
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