クラブ・アリエス

紫翠 凍華

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緊急事態

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CLUB・Aries、“爽やかさの中にも香り立つ艶”をもつNo1ホスト・ショウ、“妖艶な色香”をもつNo2ホスト・リオウ、“母性本能擽る色香”を(本人はたぶん無意識)振りまくNo3ホスト・リン。“華(あくま)のトップ3”と呼ばれる彼らと司令塔であるNo1バーテンダー・シンを中心に系列ホストクラブのトップを常に走り続ける大型店舗である。
 そのAriesでちょっとした、しかし、深刻な事態が起こった。
 
 いつものようにNo1バーテンダーにしてAriesの司令塔であるシンが出勤したのは何時もと同じ時間。ただ、何時もと違うのは一緒に出勤するNo1ホスト・ショウが家庭の事情により休暇をとっているため、シン1人での出勤だと言う事。
「おはよう」
「ぁ、おはようございまーす。」
 何時ものように制服に着替え、いつもきっちりと束ねている髪をさらにきっちりと束ね、いざ、出陣。店にでると開店にあわせて準備が進められていた。
 
 さっそうとカウンター・・・・・持ち場に顔を出したシンに予想外の展開が待ち受けていることなど知るよしもない。
「おはようございます、シンさん。」
「おはよう。いつもどおりだな。ミナミ、在庫の確認は済んでいるか?」
「はい。リキュール類が少し少なくなっていましたので発注しておきました。ぁ、でも充分な余裕は見てありますから足りなくなる事は無いと思います。」
「ン。ミナト、今日の予約の状況は把握しているな。」
「はい。」
「スオウ、お前の担当カウンターは万全か?」
「はい。フォローはいつでも出来ます。」
 次々と確認していくシン。最後に使えないグラスを入れ替え、簡単な打ち合わせの後それぞれの持ち場に付き、後は開店を待つばかり、と気合を入れたときだった。
「シンさん、リオウさんが・・・・・・・・」
 駆け寄ってきた新人ホストの言葉にバーテンたちが僅かに動揺する。
「・・・・・・・・・仕方ない。体調が優れないのに接客させるわけにはいかない。しばらくバックで休んでいて、どうしてもダメなら帰れ。と、伝えてくれ。」
 シンの指示をNo2ホスト・リオウに伝える為にさっていく新人。その彼と入れ違いに店長・一貴がシンのところへと来る。
「リオウの様子はどうだって?」
「暫くバックで休んで様子を見て、どうしてもダメなら帰れ、と伝えさせました。」
「そうか。・・・・・・・・・まずいかなぁ。」
「一貴さん?」
「ショウは休み、リオウも怪しいな。その上、リンも体調を崩して休ませて欲しいときたもんだ。」
 一貴の呟きにそのばで聞いていたバーテンダーたちが今度こそ本当に動揺しだす。
「リンも、だと?」
 シンの唸るような低い呟きを聞いてしまったミナトとミナミに戦慄が走る。シンの最も近い場所にいる2人だからこそ感じ取れる恐怖。
「一貴さん、No1~No3が不在だからって店を開けない訳にはいかないでしょう。」
「ン?まぁ、それはそうなんだけどね。
 シン、まかせていいかい?」
「善処します。」
「無理しない程度でいいからね。」
 一貴は系列店であるCULB・Leoの店長をも兼ねている。Ariesはシンに任せ、Leoでの仕事をする為に(そそくさと)さっていった。
「・・・・・・・ミナミ。」
「は、はい。」
「大至急、黒の染髪料を買って来い。」
「?・・・・・・・・・解りました、いってきます。」
 シンから出ている何かの気配に突き動かされるようにお遣いに駆け出していくミナミ。彼を見送り、
「ミナト、カウンターを頼む。」
「は、はい。」
 たったそれだけを指示してバックルームへと下がったシン。相変わらずの静かな迫力に誰も何も言えず見送る事しかできなかった。
 例えシンがいなくても、“華のトップ3”が不在でも開店するAries。待ち侘びていたかのように次々と来店する女性達。No4・ツカサ、No5・コウキを中心になんとか接客をこなしていくものの・・・・・・・・・
「遂にいらっしゃいましたね。」
「うん。彼女達のお相手はツカサ、コウキには荷が重いし、アサギとワカバに任せるのはまだ早い・・・・・・・シンさん、何やってるんだろう。」
 ひときわ華麗なマダムの集団。まずはNo2・リオウのお客様ご来店。ミナトがバックルームへと内線する。
 
 静かなバックルームに鳴り響く内線の音。結局リオウはダウンし、帰宅した。開店して誰もいないバックルームでミナトからのヘルプであろう内線を取るシン。
『シンさん、二大セレブの第一陣がご来店されました。』
「そうか。せっかく来店してくださったお客様にお帰りいただくわけには行かないだろう。何時も通りに指定席にご案内してくれ。」
『はい?でも・・・・・・・・・』
 指示を出すとそのまま受話器を置くシン。一度目を伏せ、深呼吸で気を落ち着かせると店内へと向かった。 
 一方、カウンターでは・・・・・・・・・
「ぁ、ちょっと、シンさん?シンさんってばぁ・・・・・・・」
 ミナトの呼びかけも虚しく通話音が鳴っているだけ。ため息をついて受話器を置き、立ち上がる。
「ミナトさん、シンさんからの指示は?」
「いつもどおり、指定席にご案内。だって。」
「「「「「「「何でスト?!」」」」」」」
「ご案内・・・・・って、ショウさんはおろか、リオウさん、リンさんもいないのにですか?!」
 小声で叫ぶミナミの肩に手を置き、
「僕だって信じられないよ。」
とうなだれるミナト。
「どうすんですか?」
 ミナミが詰め寄ったときバックルームへと続くドアが開いた。その場にいるスタッフの視線が集中する。その視線には安堵と期待が込められていた。しかし、ドアから現れたのは・・・・・・・・・
「ぁ、・・・・・・・・・・・・誰?!」
 漆黒の長い髪は緩く背中の中ほどで束ねられ、スーツは黒のストライプ。見たことのないホストだった。期待を裏切られる形となり呆然としているスタッフ達には目もくれず真っ直ぐフロアへと降りていく。
「・・・・・・・あんなホスト、うちにいましたっけ?」
「ショウさん並の美形でしたよ。」
「・・・・・・・・・ミナトさん、知ってます?」
「・・・・・・・・・いや・・・・・・・って、そんなことより、シンさ~ん・・・・・・・・・・・」
 突然現れた謎のホスト。バーテンたち同様、ホスト、ウェイター全員が一瞬接客も忘れ唖然とした。何時如何なる時も冷静沈着なウェイター長・桜庭でさえ、暫し固まってしまった。謎のホスト本人はと言えば、そんな周囲に構うことなく、リオウの担当、セレブのところへ。
「いらっしゃいませ。ようこそ、Ariesへ。」
「リオウさんはどうしたの?」
 突然現れた美形に見惚れ、観察しながらも聞く。
「申し訳ございません。リオウさんは本日急に体調を崩しまして(体調崩しやがって)ですが、せっかく足を運んでくださった美しいマダム方にお帰りいただくわけには(憶えていろリオウ)御不満かとは思いますが、少しの間、私にお相手をさせていただけないでしょうか?」
 膝まづいて懇願するように見上げてくる美青年を無下にあしらえないのは悲しい女の性か。
「・・・・・・・し、仕方ありませんわね。こちらにおいでなさい。」
「ありがとうございます。」
 優雅に一礼してリーダー格のマダムの隣に腰を下ろす。
「貴方、お名前は?」
「シ・・・聖。セイと申します。以後、お見知りおきを。」
「セイさん、ね。よろしく。」
 緩く束ねられた漆黒の長い髪、白い肌、人形のように美しく整っている容貌、そして、何より彼女達をひきつけたのは妖しく揺れる紫翠眼だった。リオウも甘い声だがセイの声はさらに甘く何より艶めかしい。
「セイさん。」
「はい?なんでしょうか。」
 なんということもない短い言葉。しかし、セイの声に中てられてクラクラしてしまうマダム。そして、マダム達を中てているのは何も声だけではない。セイの何気ない仕草や行動からは艶めかしい色気が漂っている。
「貴方はどんな飲み物が好きなのかしら?」
 彼女の手をそっと押し頂き、甲に唇が触れるか触れないかの所まで持ち上げ、
「貴女が勧めてくださるのなら何でも。」
(ああ、此際だ、あいつらへの鬱憤晴らしにとことん付き合って差し上げますとも)
 そう上目遣いに見つめれば・・・・・・・・・
「そ、そう?じゃぁ、リシャールなんていかが?」
(うっそ~ん、いきなりリシャール~、誰だ、あのホストは・・・・・)
「ありがとうございます。」
 ニッコリ微笑んでスッと立ち上がる。
「リシャール頂きました。」
 セイの声はフロアによく通った。セイのコールに店内の全スタッフが愕然とする。彼女達の担当であるリオウがコールするならわかるが、いきなり現れた謎のホストが、いきなり高級ブランデーを入れさせたのだから驚きも当然。
 テーブルに運ばれたリシャール。
「では、乾杯。」
 静かにグラスを触れ合わせ、口をつけるセイ。マダムはと言えば、セイの動きに見惚れている。そんな彼女の視線に気付いたのか控えめに微笑むセイ。その微笑にさらにクラクラ。
「おや?そちらの奥様・・・・・・と、失礼。マダム、どうしました?お疲れですか?」
 何気なく向かいのマダムに話しかける。例のごとく見惚れていたため、返答はぎこちないものになってしまう。
「ええ・・・・・・最近ちょっと・・・・・・・・・・・」
「では、疲労に効くカクテルをお持ちしましょうか。」
 そういって席を立つ。
 セイが向かったのはメインカウンター。
「オーダー入ります。ホワイト・レディ ホワイトキュラソー多めのドライジンは押さえ気味で、頼む」
 指示を聞き、あっというまに作り上げ、セイの前にグラスを差し出す。
「はい、シ・・・・・・・・・」
 咄嗟にミナトの口を塞ぐセイ。
「ミナトさん、営業中に大声はダメですよ。」
(シンさん?今僕何を口走りそうになったんだろう?)
 軽く笑って、接客へと戻っていくセイを思わず敵意のこもった眼差しで見送るミナミ。
 ミナトはといえば、何を思ったのか、全ウェイターへの指示ようイヤホンのスイッチをON。そして・・・・・・・・・
「今フロアにてシンさんがショウさん、リオウさんのお客様を接客中。全員でサポートお願いします。」
 フロア中のウェイターの視線がセイに集中する。桜庭にいたっては大急ぎでカウンターに駆けつける始末。バーテンたちもぎょっとしている。
「おい、ミナト、今のは本当か?」
「ええ、あの見覚えのないホスト。シンさんです。僕もびっくりしましたよ。
 だって・・・・・・・・・・・外見どころか・・・・・・・・・中身まで・・・・・・・・・」
「ああ、本当にな・・・・・・・・いつものシンからは考えられんよ。」
 ミナトの頭を軽く叩き、
「・・・・・・・まぁ、トップ3不在の今はこれ以上頼りがいのあるやつは居ないんだ。できるだけフォローするから(シンには必要ない気もするが)、お前達はしっかりツカサとコウキのサポートしてやれよ。」
と、年長者の余裕をみせる桜庭だが、内心では目まぐるしくありとあらゆる対応を検討している。
 ウェイターたち独自の判断により、『セイ=シン』であることが中堅のホストたちに伝えられた。
「トップ3が不在の今はこれ以上頼りがいのある人はいないが・・・・・・・・・・・」
「そうですね。ある意味、私達2人は面目丸潰れです。が、背に腹は代えられません。」
 No5・コウキがセイの傍らに近寄り、基礎情報を提供する。
「聖さん、桜庭さんから」
「ありがとうございます、コウキさん」
No5・コウキから渡された紙に目を通すシン
  「基礎情報
席順一番右の女性から
・お酒は飲めるけど女性たちの中では一番弱い
・お酒は飲むのですが悪良いがすごく笑い上戸
・お酒はブランデーが一番好き、他も飲みますよ
・シンさんの隣にいるのが負けず嫌いのボス
・家柄上ワインには滅茶苦茶煩いですよ
・洋酒よりも日本酒
・最後の女性もう手遅れですがお酒は一口でダウンあとお願いします。」
マダム達に微笑んで軽く会釈して自分の接客に戻るコウキ。
No4・ツカサから今度はショウのお客の基礎情報が来る
「基礎情報
皆さんお酒が強い」
「では皆さん、今日もいつも通り楽しんでいらしてくださいね」
 と言ってシンへさり気なく追加情報をながし、接客に戻るツカサ。
 ツカサはショウのフォロー、コウキはリオウのフォローを主に担当している。セイ(シン)は(ホストとして)接客は初めて。2人の絶妙のタイミングの助言は心強いことこの上ない。
「あの、失礼ですが、お酒は苦手でいらっしゃいますか?」
 コウキが指摘したマダムに話をふるセイ。
「・・・・・・・ええ。」
「彼女、いつも少し口をつけるだけであまり飲まないのよ。後はソフトドリンク。」
「何か、彼女でも飲めるオススメはなくて?セイさん。」
「そうですねぇ・・・・・・・・・」
 考え込む振りをしながら彼女をさりげなく観察する。そして・・・・・・・・・
「少々お待ちいただけますか?」
 そういって席を立ち、戻ってきたセイの手には三種類のカクテル。
「私なりにマダムのイメージでカクテルをチョイスさせていただきました。」
 セイがチョイスしたのは、グレープフルーツの酸味が効いた“クレオパトラ”、フランボワーズのリキュールがベースのお洒落な“クイーン・スプマンテ”、ライチの風味と甘味が味わえる“ディタモーニ”。何れもアルコール度数10度未満のカクテルである。
「お好きなカクテルを召し上がってください。」
「それから貴方にはこれを」
と、お酒一口でダウンしている女性にレモンの酸っぱさとミントが口中を爽やかにする酔い覚ましようのノンアルコール・カクテル“クール・コリンズ”を差し出す。
「ぁ、ありがとう。」
 それぞれ勧められたカクテルを一口づつ飲み、
「まぁ、どれも美味しいわ。皆様もよろしかったら味見して見ませんか?」
全部お気に召したようである。セイ・・・・・・・・シンとして本職はバーテンダーである彼にとって、その人にどんなカクテルが合うのかイメージするのは容易い事。
 セイを気に入ったマダム達がリオウにするように同様に売り上げに貢献してくれたのは言うまでもない。
 ちなみに、この日、ショウ担当の常連のご来店がほとんどなかったのは、あらかじめ、ショウ自身休みであることを営業するように連絡してまわったおかげである。ショウから連絡を受けながらも、何名かそれでもいいからと来店して、セイの色香に中てられ、気持ちよく売り上げに貢献してくれた。その結果、セイの売り上げはトップ3を引き離してのダントツとなった。

 翌日、出勤したショウ。一日ゆっくり休んだおかげで回復したリオウとリン。
「ま~たとんでもない数字たたき出したやつがいるなぁ。」
 トップ10の売り上げグラフの下にかかれた名前。それは見覚えのない名だった。
「“セイ”?そんなホストうちにいたっけか?」
「いませんよ。いい加減、憶えなさいよ、あんたは。」
「俺も始めて聞く名前です。新人ですかね。」
 “セイ”の正体を知るよしもない復活したトップ3に誰もが軽く手を合わせた。
(ご愁傷さまです。ショウさん、リオウさん、リンさん)
「ツカサ、コウキ、君達は昨日は平常どおり出勤していたはず。何か、知らないか?」
「「申し訳ありません。私達が言えるのは「ご愁傷様」・・・・・・・・だけです。」」
「お前ら、なんか隠してないか?」
「これ以上私達の口からはとても・・・・。」
「昨日一日、貴方方が三人揃ってお休みだったおかげで、私もツカサさんも大変だったんですよ。」
「ゴメンね、2人とも。昨日の分は取り返すからさ、機嫌直してくれると嬉しいな。」
「・・・・・・しかたありませんね。一つだけ、俺とコウキから忠告させていただきます。『お客様に話を振られても、“セイ”に関する情報等はひたすら、知らぬ存ぜぬ、で通す事。』
これは徹底してください。」
 ツカサの忠告に疑問を感じつつも、とりあえず承諾するトップ3。
 なぜツカサとコウキがこんな妙な忠告をしたかは、開店後、それほど時間もたたないうちに思い知る事となる。
 トップ3が復帰したことでAriesは満員御礼状態の大盛況。特に体調を崩しての急の休みだったリンは御姉様たちのご指名で大忙し。専用席で腰をすえての接客のショウ・リオウと違い、リンはフロア中を常に移動している。快気明け本日は何時にも増して右へ左へと駆け足で移動をしなければ間に合わない状態となっている。
「リン、もう大丈夫なの?」
「うん。心配してくれてありがとう。でも、皆の顔みてるだけでなんか、大丈夫って気がしてくるんだよ。」
 リン必殺の母性本能を擽る無邪気な笑顔に胸キュンの御姉様がた。
「(ンもう、リンたら可愛いんだから♡)本当?でも、無理はダメよ。」
「うん。」
 リンの動きをスオウ担当のカウンター脇で揃って待機しながら見ているツカサとコウキ。
「リンさん、病み上がりなのに飛ばしますねぇ。」
「あの人は多分、本能的に恐怖を感じてるんだと思う。」
「訳わかんなくても怖い時ってありますもんねぇ。」
「ツカサさん、ご指名です。」
「はいよ。じゃな、コウキ。お先。」
「お互い、頑張りましょうね。」
 ツカサに指名が入って間もなく、コウキにも指名が入りフロアへと降りていった。
 専用席でフロア全体に満遍なく視線をめぐらしながら何時ものように接客するショウ。そして、彼の死角をフォローするリオウ。2人の絶妙なコンビネーションは一日程度のブランクでは揺るがない。
「今日は大忙しだねぇ、リンちゃんは。」
「ええ、無理のし過ぎで倒れなければいいのですが。」
 ショウとリオウはお互いの専用席で背中合わせになる形で座っている。背中越しに情報を交換する事ができるからである。
「ねぇ、ショウ。」
「ン?」
「昨日は御家の事情でお休みしてたのよねぇ。」
「そうよん。一応、旧家で名門の部類に入るからさ、何だかんだと煩いのよ。」
「ショウは俗に言う“お妾の子”ってヤツなんでしょ?」
「まぁね。でも、ウチの兄貴達も、何より、本妻さんが実の子同様に可愛がってくれるんでね。ちなみに俺がホストやってんのは愛人の子だからじゃなくて、親父の策略にはまったせいなんだけどさ。」
「ま、そこらへんはおおらかっていってもいいのかもね。」
「じゃなきゃ、こんなある意味爽やか青年になんかならないわよねぇ」
「相変わらず言ってくれるじゃねぇか。」
 ショウの常連はほとんどが彼の元彼女。通称“元・カノガールズ”である。そして、彼女達はショウと楽しむ為に来店してくれるわけではなく、ショウを困らせて楽しむ為、つまり、ショウで遊ぶ為に来店しているといっても過言ではない。彼女達の努力の賜物がショウの白スーツを支えている。最も、
「白スーツじゃないショウちゃんなんてイジメがいがない。」
というのが彼女達の本音である。
「ねぇ、ショウちゃんはNo1なのよねぇ。」
「はぁ?あんた、いまさら何言ってんだよ。ウチじゃ、“AriesのNo1”以外はこの(忌々しい)白スーツ着れないんだぜ。」
「そうよねぇ。じゃぁ、このホストさん知ってる?」
 そういって彼女が取り出したのはあるホストの写真。頼んで撮影させてもらったものではなく、たまたま最高の角度で撮影できたようである。
「昨日ショウちゃんお休みだったでしょ?でも、昨日お店にたまたま来た子がね、撮ったらしいの。ンで、その子、すっごい興奮しちゃって、Eメールしてきたわけ。」
「ンで、俺に確認する為にわざわざプリントしてきたって訳ね。」
「うん♡」
「一応みてやるよ。みしてみ。」
 彼女から受け取った写真の人物、それは・・・・・・・漆黒の長髪、白い肌と人形のように整った顔立ち、何より普通ではないのは左右色の違う瞳。
「(ゲッ)・・・・・・・・・・・・・・・」
 固まるショウに構うことなく、
「ねぇねぇ、知ってる?“セイ”って言うんだって。」
好奇心に輝く瞳でショウに聞く彼女。
(おいおい、これってどういうことよ。髪染めたってわかる奴にはわかるっての。)
 ショウの頭に前日のトップ10の売り上げグラフが浮かぶ。それと同時に蘇るコウキの言葉。
(「三人揃って休み」・・・・・・「ご愁傷様」・・・・・・・まさか!)
「・・・・・わりぃ、俺も初めて見るヤツだわ。」
「そっか。」
「ゴメンな、役立たずで。」
「ううん。もしかしたら、たまたまきてただけの他店のホストかもだしね。」
「なぁ、これ、もちょっと借りてていいかな?」
「ン、別にいいよ。」
「サンキュな。リオウ」
 背中越しにリオウを呼び、写真を見せる。
「このホスト、知ってるか?」
「?」
 ショウから肩越しに渡された例の写真をみてむせる。
「?リオウさん?大丈夫?」
「・・・・・・ええ、申し訳ありません。とんだ失態をお見せしてしまいましたね。」
 かいがいしくリオウにお絞りを渡したり、スーツにかかった酒を拭いてやったりしながら、何気なく、彼がむせる原因となったと思われる写真を覗きこむ。
「あら?“セイ”さんじゃない。」
「・・・ケホ、知っていらっしゃるのですか?」
「ええ、昨日私達のお相手をしてくれたホストさんよ。」
「貴方も甘い声だけど、この方の声はさらに甘くて・・・・・・」
「もう、皆さん中てられっぱなしでしたわ。」
 昨日のことを思い出したのだろう。ほうっ、と悩ましげなため息をつくマダム達。
(ほんっとうに天然フェロモン魔王だな)
 リオウの頭に蘇るツカサの忠告。
(『セイに関する情報は知らぬ存ぜぬで通す事。』アレは、こういうことだったのか)
「・・・・わりぃ、ちょっと席外さして。すぐ戻るから。アサギ、ワカバ、ちょっと頼むな。」
 ショウが席を外す。その意味を察し、
「すみません、少し失礼しますね。ワカバ、ちょっと頼む。」
リオウも席を外し、ショウをおってバックへ。その途中、
「リン」
「・・・・はい。」
 リンを捉まえるのも忘れなかった。
 リオウとリンがバックへ入ると、
「よぉ、仕事中に悪いな。」
 既にショウがまっていた。
「この確信犯。貴方があんな意味深に席を外したら私も外さないわけにいかないでしょう。」
「お2人がいなくなったら俺もついてこないわけにいかないっすよ。」
「まぁ、それはおいといて。ツカサとコウキの言葉、繋がったんですね?」
「ああ。ンで、お前らに聞きたいのは、俺が休む事は周知の事実だったよな。」
「ええ、そうですね。昨日は私は出勤したのですが、どうしても体調が回復しなかったもので、そのまま、休ませていただきました。」
「エ?!リオウさんも休みだったんですか?」
「“も”って事は・・・・まさか、リン。」
「君も休んだんですか?!」
「・・・・ええ、俺も体調が悪くて・・・・」
 まさかの“トップ3全員不在”。あってはならない事態に三人とも言葉を失う。
「・・・まぁ、その、何だ。過ぎちまった事はどうしようもないんだし、埋め合わせするほかねぇわな。」
「そ、そうですね。」
「三人で頑張れば、あの数字、なんとか上回れますよ、きっと・・・・」
 リンの言葉にさらに重くなる沈黙。
「・・・・・リン、軽く言ってくれますけどね、あの数字をたたき出したのはこの人
ですよ。」
 さっき見せている余裕のなかった“セイ”の写真をリンに見せるリオウ。
「・・・・・ま、まさか・・・・・・・(゜o゜)」
「その“まさか”・・・・・ですよ。」
「マジっすか?」
「マジだよ。」
(((勝てるわけない!!)))
 三人同時にため息をつく。  
「ほぅ、アサギとワカバ、ツカサとコウキまでが焦っていると思ったら、トップ3が雁首並べて営業中にサボリとはいい度胸だなぁ。」
「「「(@_@;)」」」
 地の底から響いてくるかのような艶やかだが恐ろしい低い声に振り向いた三人の動きはまるでからくり人形のようだった。なぜなら、そこにいたのは
「・・・・・ぁ、し、シン・・・・・・・」
腕を組んでロッカーに寄りかかるようにたっている最恐の司令塔。
「居残り決定だな。まだ営業中だ。店に戻れ。」
 それだけ言って背中を向ける。そして、ドアに手をかけ、今思い出したかのように振り向くと、
「覚悟しておけ。逃げる事は許さんからな。」
そう背筋も凍るような美しい微笑を残し、先に店内へと戻っていった。
 トップ3が店内に戻ったのは司令塔から居残りを言い渡された五分後の事である。
 
 閉店後、司令塔に居残り命令を出されたトップ3にスタッフ誰もが軽く合掌した。そして誰もが、彼らに課されるであろう過酷なペナルティに想像の限界を超え、そそくさと逃げるように帰っていった。ツカサ、コウキの2人はとりあえずバックに残り、うなだれ、脱力し、抜け殻のようになって来るであろう三人の看護の準備を整えたのだった。 
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