クールで一途な白雪さん

SAKADO

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八十九話 修羅場のはじまり

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 龍彦たつひこくんたら、昨日は随分と激しかった。既に付き合っているのに口説いてくるのだから、見も心もドロドロに溶けてしまうかと思ったわ。

 昨日の行為を思い出しながら、今日のデートのために待ち合わせ場所に向かう。勢いあまって三十分ほど早く到着したけれど、そんなことは些末なことね。
 遅れることに比べれば、待機する時間は気にもならない。なんなら昨日のことを思い出して悦に浸っていれば、大した時間にならないわ。

「あれ、繭奈まゆな?」

 待ち合わせ場所の目印にしている看板の前に立っていると、誰かが声をかけてきた。話しかけてきたのは、見覚えのない男の子。
 でも、私の下の名前を呼んできたことから、おそらく知人ではあると思う。しかし、相手の顔を見ても誰かは分からなかった。

「申し訳ないけれど、どなただったかしら?」

「忘れた?棚田たなだだよ、棚田たなだ かける

「あっ……」

 そう言われて気が付いた。彼は確か、小学校を卒業するまで一緒だった幼馴染だ。中学生になってからは引っ越したようで、ずっと会っていなかった。
 龍彦たつひこくんとはすくん以外では、唯一気が置けない相手だろう。元気そうで安心。

かけるくん、覚えているわ。元気そうでなによりね」

「思い出してくれたみたいでよかった。繭奈まゆなも元気そうで、俺も嬉しいよ」

 彼はそう言ってニッコリと笑った。以前は人気者だったと記憶しているけれど、今もそうなのかしら?雰囲気を見るに楽しくやっていそうではある。

「そう。今日はお友達と?」

「あぁ、遊びにな。アイツらももう少しで来るだろうから、その間に喋ろうぜ」

 彼の言葉に、私はコクリと頷いた。あんまり昨日のことを思い出していると、さすがにデートができる状態じゃなくなってしまう。即ホテルコースでは風情がないわね、悪くないけど。
 それに、久しぶりに会った幼馴染との会話は存外悪くないもので、自然と頬が緩んだことが分かる。

「そっちはどうよ、楽しくやってる?」

「もちろん。楽しすぎて堪らないわ」

 龍彦たつひこくんのおかげで、日々が楽しくて仕方ない。彼のような恋人に恵まれて、私は幸せ者ね。
 そんなことを考えているからか、気付かないうちに笑顔になっていたようだ。それを見たかけるくんが、ふふっと吹き出すように笑った。

「その表情かお、本当に楽しいんだね。すごいニヤニヤしてるよ」

「そうね。最近は幸せを痛感してるから」

「幸せか……良いことだな。前はずっと俺と一緒だったのに、すっかり変わっちゃって」

「成長したのよ」

 たしかに、あの時の私はずっと彼の隣にいた気がする。ひとりっ子だった私にとって。頼れる兄のような存在だったから。
 懐かしいことを言う彼の表情は、ほんの少し寂しそうに見えた。

「昔は、俺と結婚するとか言ってたのにな」

「そんな昔のことよく覚えてるわね」

「当たり前だろ、忘れるわけないじゃないか。繭奈まゆなはずっと、俺の妹みたいなもんだったからな」

 とても懐かしい思い出。よくある幼馴染の将来の約束というやつだろう。
 幼稚園の時から一緒だった彼は、本当に仲の良い友達であり隣人であり、兄でもあった。そしてそれは、彼も同じだったみたい。
 そんな彼だからこそ、私の大切な人を紹介したい。仲良くして欲しいと思う。
 でもそれは、なんとなく残酷なことのような気がした。

 そう考えていると、向こうから龍彦たつひこくんがやってきていた。途中で合流したのか、隣には冬夏とうかの姿もある。
 しかし何故か、二人のその表情はどことなく硬く見えた。

 そんな二人に手を振ろうとしたところで、いきなりグッと肩を抱かれた。相手はかけるくんで、彼の目は龍彦たつひこくんに向かっていた。
 驚きのあまりなにも言えない私の元に、険しい表情の龍彦たつひこくんがつかつかと詰め寄るように歩いてくる。

 間違いなく誤解されている。

「俺の彼女になにか用?」

「用?用もクソもあるかよ」

 かけるくんは薄ら笑い、龍彦たつひこくんに挑発的な物言いをした。そもそも、なぜかけるくんが私を彼女だと?意味か分からない。

「ナンパなら他所行ってもらえるかな?迷惑なんだ」

「迷惑だぁ?こっちゃ待ち合わせしてんだよ。ナンパしてんのはお前だろ、ベタベタ触れてんな」

 今まで見たことのないほどに怒気を孕ませた声で、龍彦たつひこくんはかけるくんを睨みつける。というか、私はいつまでこの人に抱かれてないといけないのだろうか。

「ちょっ、かけるくん?やめ──」

「大丈夫だよ繭奈まゆな。俺が守ってやるから」

「「「は?」」」

 なにやら盛大に勘違いをしているかけるくんは、なにやらかっこつけたように歯を見せた。そんな彼に、龍彦たつひこくんだけでなく私も冬夏とうかも理解できなかった。

 ん?じゃないのよ、やめろっつってんの話聞けや。勘違い男がよ。
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