クールで一途な白雪さん

SAKADO

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九十話 修羅場

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 その男は俺を見るなり、見せつけるように繭奈まゆなの肩を抱いた。彼女がなにを思っているのかは知らないが、それにしたって困惑しているように見受けられる。
 なんにせよ、俺の胸中には怒りが渦巻いていた。

 奴は繭奈まゆなを彼女と言っているし、こちらをナンパ呼ばわりして守るとかほざきやがった。さすがに俺も冬夏とうかも、なんなら繭奈まゆなでさえ首を傾げる。
 その様子は、どこか自己陶酔しているようにも見えたが、どちらかというと良い彼氏を演じているようにも見える。
 とはいえ、そんなことはどうでもいい。

「とりあえず、とっとと失せろ。俺たちは今から遊びに行くんだよ」

「いやいや、こっちのセリフだよ。邪魔だから向こうに行っててくれるかな?」

 いけすかないクソ野郎が、口角を上げたまま得意気に言い放つ。邪魔なのはこちらのセリフだというのに、どこの馬の骨とも知らん野郎が恋人をベタベタと触るなど、見過ごせるわけがない。

 ぶちのめしてやろうかと思ったその瞬間、繭奈まゆなが男の手を振り払って思い切りビンタした。その速さは凄まじく、叩いたその手を見ることができなかったほどだ。
 バチンと強い音が辺りに響き、周辺の人々が何事かとこちらを見る。

「邪魔なのはアンタよ、私の彼氏に失礼なことを言わないで。私にもベタベタ触らないで、気持ち悪い」

「えっえっ……彼氏?」

 ブチギレた繭奈まゆなが、唾を吐くように言い放つ。叩かれた男の方は、訳が分からないといった様子で彼女の言葉を反芻している。
 叩かれた頬は赤く、男はその場所にゆっくりと手を添えた。

「なにを勘違いしたのか知らないけど、今日は彼とデートなの。あなたとは幼馴染だけど、それを盾に邪魔される謂れいわれはないわ」

 ひどく冷たい瞳で、射貫くように男を睨む繭奈まゆな。その声色にはとても感情が感じられず、なんとなく呆れと怒りが混じっているように思えた。

 幼馴染……か。そりゃあ繭奈まゆなも楽しそうに話すはずだ。信頼していたのだろう。
 しかし、彼女の幼馴染というこの男は盛大に勘違いして、付き合えるどころか既に恋人気分になっていたのかもしれない。繭奈まゆなは可愛いから気持ちは分かるが、とはいえ同情はしない。

 二度とこの幼馴染とやらが繭奈まゆなに手を出さないように、しっかりと釘を刺す必要がある。そんな意図を込めて、彼女の手を握った。

「いっ、いつの間に彼氏なんて……」

「いつだってなんだっていいでしょう、私の勝手よそんなこと。ごめんなさい龍彦たつひこくん、迷惑をかけてしまったわね」

 現実を受け入れられないであろう男は、呟くくらいの声量で言った。叩かれたこともあって、相当に驚いたらしい。
 そんな幼馴染に吐き捨てた繭奈まゆなが、困った表情でこちらをみる。どちらかというと彼女は被害者なので、謝るべき立場ではないだろう。

「いや、繭奈まゆなが謝ることないだろ。ソイツが勝手にやったことなんだろ?なら悪いのはソイツだ」

「だね。嫉妬なのかなんなのか分かんないけど、繭奈まゆなは巻き込まれただけなんだし謝ることないって」

「あっいやだって、俺は繭奈まゆなを守ろうと──」

「……ッチ」

 俺と冬夏とうかの言葉に対して弁明をしようとした男は、繭奈まゆなの舌打ちによって遮られる。彼女がそこまで怒るのもビンタしたのも初めて見た。

「迷惑なのが分からないかしら……失せなさい」

 とても冷淡に、繭奈まゆなは告げた。

 相手の目をしっかりと見つめて、ハッキリと。

「まっ繭奈まゆな……」

 男はまるで刑罰でも告げられたかのように、絶望の表情で繭奈まゆなの名を口にした。現実を受け入れられないのか、立ち去ろうとせず彼女に手を伸ばした。
 この期に及んでどういうつもりなのかと、その手を俺が叩く。怒りに満ちた目がこちらを向く。

龍彦たつひこ、それはマズい」

龍彦たつひこくん」

 二人が俺の名前を呼んで、グッと俺の腕を掴んでいた。繭奈まゆなの手を握っていたはずの右手は、いつの間にか握り拳になり奴を向いている。
 どうやら殴ろうとしていたらしい。頭に血が上っていたようだ。

「なっ……なんだよ、ソイツがなんだってんだよ」

 抑揚のない声で、悔しさを滲ませた男は繭奈まゆなに抗議する。こちらからすれば、お前の方がなんだという話である。
 幼馴染だかなんだか知らないが、だからといって相手の恋路を邪魔して良い理由にはならない。

「なんだもなにも、何年も恋い焦がれてようやく付き合えた彼氏よ。言ったでしょう?幸せで仕方ないって。よりによってあなたは、それを邪魔したのよ」

 繭奈まゆなにそこまで言われて、男は自分の犯した罪に気が付いたようだ。そしてなにも言わずに、苦虫を噛み潰したような顔を最後に哀愁の漂う背中を見せながら立ち去っていった。
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