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29、食事の相手

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二人が電車に乗ってたどり着いたのは、ハブターミナルで有名な駅。

駅からすぐの最近オープンした複合ビルの5階が目的の場所。

オープンキッチンもガラス張りで見える広いフロアーはいくつものテーブル席が程よい間隔で置かれていた。

望は予約をしてくれていたので、スタッフにすぐに案内された。

眺めのいい窓側に案内されると、そこには高揚した気分が一気に冷める相手がすでに座っていた。

後ろからついて来ていた望を振り替えれば、眉を寄せて下を向いていて視線があわなかった。

状況が飲み込めなくて、何と言っていいのか言葉を捜していると、席についている相手から一言説明があった。

「僕が望ちゃんに頼んだんだ。」

声のした席へと視線を戻せば、元彼の伊能 明人がこっちを見ていた。

そういえば、彼の会社はこの駅の近くだったなあ、と溜め息混じりに思い出す裕。

「・・・何か用事がありました?」

彼氏でも彼女でもない関係なのだから、どう接するのが正解なのだろう。

ビジネスライクに行こうと発した言葉が心なしか堅い事にちょっと失敗したかな、と思う裕。

「とりあえず座ったら?・・・望ちゃん、ありがとう。」

裕だけに椅子を勧める明人。

今日は望ちゃんと食事できないのか、と残念に思う裕を通り越して、明人に近ずく望。

「望ちゃん・・・?」

その行動に疑問を持って、裕も望に近ずく。

周りの客への配慮から声を潜めて明人に言う望。

「・・・私は裕さんも同じ気持ちだと思ったから協力したんです。でも、違うじゃないですか!・・・裕さんはもう伊能さんとは違う人とお付き合いを始めているんです。・・・私がいると2人とも話し辛いと思うから、今日は帰りますけど・・・やめて下さいね、こんなこと。次はないです。」

言うだけ言うと、裕の方に振り返り、目の前に手を合わせる望。

「ごめんなさい。てっきり裕さんも伊能さんと寄りを戻したいのかと思っていて・・・。ごめんなさい!」

望の素直な所が大好きだ。

恐らく、明人に裕も関係修復を希望しているとでも聞かされてきたのだろう。

でも、素直で人の言葉を信じやすいのはどうかと思うよ。

「こっちこそ、嫌な役目をさせてごめんね。・・・もう、いいよ。気をつけて帰ってね。・・・今度は本当に食事に行こうね。」

「はい!」

じゃあ、失礼します、と言いながらチラチラこちらを伺い距離をとって行く望に背を向け、明人の向かいに座る。

「・・・もう、付き合っている人がいるんだ。」

攻めるわけでもなく、淡々とした口調で言う明人に裕は頷く。

「望ちゃんになんて言ったんですか?」

真相を確認したかった。

視線を窓の外の夜景にずらし、小さな溜め息を付いてからゆっくりと口を開く明人。

「・・・一時的な感情で別れを切り出したけど、後悔している。もう一度ちゃんと付き合いたいと思っている。俺が振ったのだから言い出しづらいだけで、きっと裕もそうだ。・・・そんな感じかな。」

「そうですか・・・。」

「ねえ、その彼を振って、俺に戻る気ない?」

「え?・・・無いですよ。」

この人は何を言い出すんだ、と思ったけどあくまで冷静に返事をする。

即答かよ、と明人が呟く声が聞こえた。

そっぽを向いた拗ねた様子が、大人の男の人なのに可愛く見えるのは、前も今も変わらないと思ってクスっと笑った裕。

そんな裕の様を見て、明人も肩の力が抜けていくような気持ちになった。

仕方が無いか、とまるで自分に言い聞かせるように息を吐いた。






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