歯に衣着せぬ幼馴染

あやさと六花

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11話 その後のふたり

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「ハンナ、傷薬ちょうだい」

 カウンターのほうから聞こえた女性の声に、マイロは手を止めた。
 今、この薬屋にはマイロしかいない。若干ためらったが、マイロは調合室からカウンターに出た。

「あら、トムがいたのね」

 常連客の女性、ラーラがマイロを見て微笑む。その傍には見慣れぬ少女がいた。

「あ。この子は孫なの。娘夫婦が亡くなってね……この村に住むことになったの。……ほら、挨拶なさい」
「こんにちは」
「……こんにちは」

 笑顔を浮かべていた少女の顔が不愉快そうに歪む。彼は耳をふさぎ、マイロを見上げた。

「お兄ちゃん、変な声!」
「こら! あんた、失礼なこと言うんじゃないよ!」
「いいんですよ。気にしないでください」

 マイロは本心からそう言った。少女の反応は珍しいものではなかったからだ。
 
 マイロの声は人に不快感を与えるものらしく、幼い頃からこうした態度を取られることは多かった。
 相手が大人であれば最初は嫌悪感があっても慣れることも多いが、子どもには耐え難いものらしい。
 よくあることとはいえ、このような態度を取られるのは良い気分ではない。だから、なるべく人とは距離を置いていた。

 唯一、傍にいることを許したのは――

「薬草、たっぷり採ってきたわよ!」

 明るい声が店内に響く。
 顔を上げれば、籠を抱えたチェルシーが入口に経っていた。

「これでしばらくは……あ、ラーラさん! 来られてたんですね」
「ええ。傷薬が足りなくなってね。ハンナ、いないと思ったら採集に行ってたのね」
「今日は久しぶりに晴れたので、たくさん採ってきたんです」
「最近ずっと雨が続いてたものね。そのせいで洗濯物もなかなか乾かなくて……」

 チェルシーとラーラの世間話が弾む。この調子ではしばらくかかるだろう。チェルシーの話はいつも長い。
 傷薬を用意しながらそう覚悟したマイロはふと視線が突き刺さるのを感じた。
 少女が食い入るようにマイロを見ている。

「お兄ちゃんって、魔物?」

 初めて言われた言葉に、マイロは目を白黒させる。化け物じみたこの声から連想したのだろうか。
 首を振って否定する。声を出したら、またこの子は嫌がるだろうから。

「じゃあ、何?」

 流石にこれは言わないと伝わらないだろう。

「お前と同じ人間だ」
「ふーん……でも、前にこの村に来た時はいなかったよね? この村、なかなか人が増えないっておばあちゃん言ってたのに」
「去年越してきたんだよ。……妻と一緒に」

 マイロとチェルシーは新しい住処をそこそこの規模であるこの村に決めた。
 男爵と会う可能性は低い地ではあるが、マイロの特徴的な声は目立つため、トムとハンナという偽名を使っている。ふたりで越してくるのに一番違和感のない夫婦を名乗って。

 マイロが声を出さないことも提案したのだが、それはチェルシーが断固として反対した。彼女はマイロが話すのを好んでいたから。
 家の中では話すと言っても、外でも自由に話したいと突っぱねられた。
 マイロ自身も、たとえ話せないふりをしても万一誰かに話しているところを聞かれたら変に疑われてしまう可能性もあると提案を取り下げた。

「夫婦なの? 性格、正反対だね」

 少女は楽しそうにおしゃべりに興じるチェルシーとマイロを見比べた。

「……夫婦ってのはそれくらいがいいんだ」

 物心ついた頃から両親のいないマイロには夫婦のあり方がわからないが、そう答えた。
 少女はじっとマイロを見つめる。そして、おもむろに頷いた。

「わたしのお父さんとお母さんもそうだったよ」
「……そうか」

 この子どもは両親を亡くしたばかりだ。どう声をかけるべきか迷う。だが、本人は特に気にした様子もなく、再びチェルシーを見やった。

「ねえ、プロポーズってどんなだったの?」
「……してない」
「え! 結婚してるのに? どうして?」

 明らかに非難めいた視線を向けられ、マイロはたじろぐ。
 偽装結婚であることを素直にいうわけにはいかないが、それらしい理由がなければこの少女は納得しないだろう。

「一緒にいるのが当たり前な関係だからな。夫婦になったのも自然の成り行きだ」
「えー……奥さんかわいそう。好きで夫婦になったわけじゃないの? 奥さんのこと愛してないの?」

 結婚に夢を抱いている少女は尚も食い下がる。
 
「お前に言う必要はない。……夫婦のことはふたりだけが知っていればいいからな」
 
 言った後で、子供相手に少しきつかったかと反省する。だが、少女はマイロの言葉をいい意味で受け取ったようで、目を輝かせた。
 
「そっか、奥さんだけとの秘密にしたいんだね! 変に聞いてごめんね」
 
 おそらく、少女はマイロは熱烈なプロポーズをしたが、照れ隠しで誤魔化していると思ったようだ。
 
 その時、ラーラが少女を呼んだ。チェルシーとの長話も終わったようだ。

「ありがとう。また来るわね。ほら、挨拶して」
「お薬、ありがとう。……お兄ちゃん、お話してくれてありがとう。奥さんと仲良くね」

 思う存分おしゃべりを満喫したラーラは少女を連れて店を去った。

「マイロ、来たばかりの子にあんなに懐かれたの? すごいじゃない!」

 チェルシーが目を輝かせる。彼女がそう言うなら、あの子は本心で言ってくれたのだろう。
 珍しいこともあるものだと驚く一方で、納得する。

「お前がいたからだろ」
「なんで? あたし、あの子とはほとんど喋ってないわよ?」
「お前がいるからあの子も対して警戒しなかったんだよ」
 
 マイロとは違い、チェルシーは人と打ち解けるのが得意だった。
 保守的なこの村ではよそ者は歓迎されにくい。加えてマイロの声もある。初めは村人たちに警戒されていた。

 だが、チェルシーの持ち前の明るさと社交性のおかげで、こうして村の一員として認められるようになった。村人たちは当初はマイロを不気味がっていたが、チェルシーの夫ということで受け入れられたのだ。
 マイロひとりであれば、早々に村を追い出されていただろう。

「お前が楽しそうにラーラさんと話してたから、大丈夫だと判断したんだ。子どもは信頼できる大人の顔をよく見てるからな。お前は昔っからそういうところあるだろ? 孤児院でもお前の底抜けの明るさのおかげで街出身じゃなくてもやっていけたんだよ。嫌味や嫌がらせを受けても真っ向から抗議できる馬鹿ってなかなかいないからな」
「それ、褒めてる? ……まあ、なんにせよ懐かれて良かったわね」

 チェルシーは嬉しそうに微笑むと、採ってきた薬草をマイロに渡した。
 
「これだけあればしばらくは大丈夫でしょ?」
「ああ。助かった。悪いな」
「気にしないでよ。久々に森に入れて楽しかったし」

 人と関わることを好まないマイロは店の奥で薬草づくりを担当し、接客はチェルシーに任せていた。
 薬草の調達もマイロの仕事だったが、今日はチェルシーが代行した。

 たまには森を駆け回りたいというチェルシーから申し出たことだったが、マイロを心配してのことだと知っている。
 雨上がりの森はあの地震の日を思い起こさせるから。マイロがひとりで森に入って戻ってこないのではないかと危惧しているのだろう。

「……あたしが孤児院で意地悪な子たちに抗議できたのはあんたがいたからよ」

 チェルシーがぽつりと呟いた。
 
「あの日、あんたが何があっても一緒にいると言ってくれたから……あたしは何があっても頑張れたのよ。……あんたも、そうでしょ?」
「いいや」
 
 チェルシーが目を見開く。ショックを受けた顔をしているが、事実だから仕方がない。
 
 村が崩壊した日、確かにマイロはチェルシーとずっと一緒にいると約束した。
 だが、マイロがチェルシーのためになんでもすると誓ったのはもっと前だ。
 
 


 
 マイロは物心ついた頃から人が嫌いだった。みんな、マイロの声を嫌って遠ざけたり虐めたりするからだ。
 大人は露骨に追い払うくらいだったが、同じ年頃の子供たちは暴力や暴言でマイロを執拗に攻撃した。
 
 だから、マイロはよく森にいた。保護者である叔父はマイロに関心がなく、守ってくれなかったから。
 
 人間のいない森は静かで優しかった。山菜取りの仕事をしながらひとりを満喫するのが、マイロのたったひとつの幸せだった。
 
 それが壊されたのはよく晴れた日のことだった。
 
「きゃあっ!?」

 突然大きな叫び声が聞こえてきた。同時に、木から少女が降ってきた。
 どしん、と鈍い音が響く。マイロは眉を顰めて倒れた少女に近づいた。
 
 面倒なことになった。もし、少女に何かあればきっと自分が疑われる。
 たとえ本気で自分を疑っていなかろうと、いじめっ子たちに虐める口実にされてしまうだろう。
 ほんのちょっとでもマイロが関わっていれば、ケチをつける奴らだから。

「大丈夫か?」
「いたた……足を滑らせちゃった」
 
 少女はなんでもないかのように起き上がる。骨折などはしていないようだ。
 だが、その腕には擦り傷のようなものがある。
 
「……これ」
 
 バッグから塗り薬を渡す。薬師の叔父が傷だらけのマイロに投げてよこしたものだ。
 少女は目をぱちくりさせながらも、それを受け取り傷口に塗った。
 
「ありがと。あなた、マイロよね? 話したことなかったけど、優しいのね」
 
 少女はマイロに笑顔を向ける。まだ話すつもりなのかと口を開いた時、遠くから男の声が聞こえた。
 
「おーい、チェルシー! どこにいるんだー!」
「大変! お父さんがあたしを探してる! もう行くね!」
 
 少女ーーチェルシーは慌ててその場を立ち去った。
 
 森は再び静寂を取り戻し、マイロはほっと息を吐いた。
 名前を呼ばれなければ、チェルシーはまだここにいただろう。そうすれば、マイロはどうしたらいいのかわからなかった。
 嫌悪や侮蔑の視線は日常だったが、悪意のない純粋な笑顔を向けられるのには慣れていない。
 
「まあ、もう関わることはないだろうが」
 
 先ほどは緊急事態だったからマイロの声に嫌悪感を抱く余裕がなかっただけだ。彼女も冷静になれば、何故マイロに礼を言ってしまったのだろうと思うだろう。
 
 だが、マイロの予想は裏切られた。
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