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10話 幼馴染との約束
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村は恐ろしいほど静まり返っていた。先ほど起きた地震により家屋はすべて倒壊し、生き物の気配がない。
崩れた家から這い出たチェルシーは血まみれだった。チェルシーの血ではない。彼女を庇った両親の血だ。
「お父さん、お母さん……」
ふたりは崩れ落ちる天井からチェルシーを守り、亡くなった。初めはふたりとも意識はあったが、やがて口数が少なくなり、息絶えた。
両親の体がどんどん冷たくなるのを感じながら、チェルシーは必死でふたりを呼んだ。けれど、返事はなかった。
「ふたりとも、死んじゃった……」
チェルシーは呆然と呟く。涙は出なかった。
大好きだった両親が死んでしまった。その現実が、幼いチェルシーには受け止めきれなかった。
チェルシーはふらりと歩き始めた。
誰か生きていないだろうか。ひとりでも無事でいてくれないだろうか。
村は壊滅状態で、生存者は見込めない。チェルシーはひとり、取り残されてしまった。
「……マイロ」
絶望に沈みそうになったチェルシーの頭に、幼馴染の姿が浮かぶ。
彼は毎日のように森に入っていた。今日もきっと森にいるだろう。
チェルシーは森へと駆け出した。
地震の影響は森にも及んでおり、あちこちで倒木が道を塞いでいた。昨日まで雨が降り続いていたのも原因だろう。迂回しながら、マイロが好んで過ごしていた場所へとたどり着く。
「マイロ!」
けれど、マイロの姿はない。彼は村にいたのか。地震に巻き込まれてしまったのか。
その場にへたり込みそうになったチェルシーは、ふと地面になにか落ちているのを見つけた。
「これは……」
マイロのバッグだ。昨日ここに来たときは落ちていなかったはずだ。
マイロは近くにいる。チェルシーは辺りを徹底的に捜索した。
狭い道を通る際にたくさんの擦り傷ができたり、再び起きた地震で一時動けなくなったりしたが、チェルシーは諦めず探し続けた。
そうして、大きな穴の中にマイロがいるのを見つけた。
「マイロ、ここにいたのね!」
「! チェルシー……。お前、どうしたんだ!? 血まみれじゃないか!」
「これ、あたしの血じゃないの! あたしはひとつも怪我してないから!」
マイロを早く助けたかったチェルシーには詳しく説明する余裕はなかった。
「待ってて、すぐに引き上げるから!」
幸い穴はそこまで深くはなく、どうにかチェルシーひとりで引上げることができた。マイロにも怪我はなく、無我夢中で助けたチェルシーは安堵でその場にへたり込んだ。
「助かった、礼を――……大丈夫か?」
答えないチェルシーの肩をマイロが掴んで揺さぶる。
チェルシーはぼんやりとマイロを見上げる。生きている人間の体温だ。チェルシーの目から、涙がこぼれた。
「お、おい! やっぱりどこか痛いのか……?」
うろたえるマイロに、チェルシーは抱きついた。
いろんな感情がこみ上げて、チェルシーにはどうしたらいいのかわからなかった。ただ、マイロを強く抱きしめ泣きじゃくった。
マイロは何も言わず、チェルシーを抱きしめていた。
どれくらい泣いていただろうか。ようやく泣き止んだチェルシーは、顔を上げた。
「ごめん、マイロ」
謝罪するチェルシーの背を、マイロは優しく叩いた。彼は何があったのか、おおよそ察しているのだろう。チェルシーを見る目は労りに満ちていた。
「村は……いや、いい。自分の目で確かめる。お前は村の近くで待機してろ」
「ううん、あたしも村に行く」
「……大丈夫か?」
「うん」
チェルシーは立ち上がった。村に行く――現実を直視することに恐怖はあったが、目をそむけてはいけない。
生存者の確認と犠牲者の弔いをしなければならないのだから。
それでも、心は竦む。目を開いたまま動かなくなった両親の顔が頭をよぎる。
震えるチェルシーの手をマイロは握った。
「行くぞ。無理そうなら、ちゃんと言えよ」
「……うん」
チェルシーはマイロの手を握り返す。いつの間にか手の震えは止まっていた。
倒壊した建物から生存者を見つけ出すのは困難だろうと思われた。どれだけ大変でも最善を尽くそうと心に決めたが、チェルシーの決意が証明されることはなかった。
村が火の海になっていたからだ。
「あたしがここを離れる時は、火なんてなかったのに……」
「最初の地震の後にまた揺れたから、その時にろうそくが倒れて燃え移ったんだろうな」
村を覆い尽くす火事を、子どもだけでは消すのは不可能だ。
ふたりはただ村が焼け落ちていくのを見ていることしかできない。
「みんな……いなくなっちゃった」
両親も友人も先生も。みんな炎に飲まれた。
明日は猟で大物を仕留めて晩ごはんを豪華にすると決めていたのに。来月誕生日を迎える友人をお祝いをしようとこっそり計画していたのに。当たり前に続くと思っていた日常は無情にも奪われた。
絶望に打ちひしがれるチェルシーの手を、マイロが強く握る。
「俺がいる。何があっても、俺だけは傍にいる」
マイロはまっすぐにチェルシーを見て告げた。いつもは呆れたりからかったりする彼が、これほど真面目な表情を見せるのは久しぶりだった。
チェルシーはそっとマイロの手を握り返す。伝わる温もりが、チェルシーの心を励ました。
(大丈夫。マイロが傍にいてくれるなら。こうして隣にいてくれるなら。何があっても、あたしは平気。だから――)
「ねえ、マイロ。それなら――」
ガラガラと車輪の音が聞こえる。チェルシーは体に感じる振動から、馬車に乗っているのだと不明瞭な頭でチェルシーは推測する。
「あれ……? あたしって、死んだんじゃ……」
「そんなわけないだろ」
近くで聞こえた声に、チェルシーは目を瞬かせる。
慌ててあたりを見渡せば、横たわったチェルシーの隣にマイロがいた。
「マイロ? なんで……?」
チェルシーの最後の記憶は男爵との茶会だ。話しているうちに段々と体の力が抜け、意識を失った。
おそらく男爵が毒を盛ったのだ。だから、チェルシーはあのまま、死んだはずなのに。
「お前は一時的に仮死状態になってただけだ。常飲してた茶があるだろ? あれ、男爵が使用した毒と組み合わせるとそうなるんだ」
マイロは男爵家の医師に、男爵の兄の死の状況を尋ねた。また、男爵の従僕とも親しくなり当時の流れなどもさり気なく聞き出した。そこから毒を特定し、今回も同じ毒を入手したとの情報を得た。
「近いうちにお前に毒を盛るつもりだろうと予想してたからな、ルーイさんに協力を頼んだんだ」
「ルーイさん……あ、もしかしてこの馬車ルーイさんの?」
チェルシーたちの周囲には荷物が積まれている。おそらく、ここはルーイが商品を運ぶ時に使用する荷馬車だ。
「ああ。彼の荷馬車のひとつを借りてる。この馬車に荷物として紛れ込めば、お前を連れて逃げやすいと思ってな。目を覚ますまで待つ方法もあったが、人の目につくかもしれないし、万一お前の墓を掘り返したことがバレたらまずいからな。……まあ、バレないように最大限気をつけたから大丈夫だと思うが」
なるほど、と納得する一方で、チェルシーは不満もあった。
「そういう計画を立ててたんなら、どうしてあたしに教えてくれなかったの? 旦那様に殺されるって思って、怖かったんだから!」
「お前、自覚ないのか? お前はすぐに顔に出るだろ。しかも、隠さなきゃいけないと思えば、なおさらひどくなる。もし教えてたら速攻男爵に勘付かれて計画が潰されてた」
マイロの言う通りだ。チェルシーはこうした隠し事は得意ではない。
「でも、ひとりでいろいろ準備するの大変だったんじゃないの?」
「相当な。通常の仕事に加えて、男爵に気づかれないよう動く必要があったから、骨が折れた」
「……面倒かけてごめん」
チェルシーの殊勝な言葉に、マイロはいつものようにからかうように返した。
「お前に付き合わされるのは慣れてる」
それから数日馬車に揺られ、目的地についた。大きな街だった。
「この街からはいくつもの街道がある。君たちの好きなところに行くといい。落ち着いたら、偽名でもいいから手紙をくれ」
ルーイはそう告げると、仕事のため慌ただしく立ち去った。
宿の一室に残されたふたりは、地図を開く。
「これからどこに行こうか。マイロは希望とかある?」
「候補は考えてる。男爵とはあまり縁のないとこがいいだろ。こことここと、ここあたり。お前の好きなのをひとつ選んでくれ」
「わかった」
それぞれの街の特徴を聞き、チェルシーは真剣に考える。
生活をするうえで、どこがいいだろう。マイロが薬屋を続けるつもりなら、森が近いところのほうがいいのか。
そんなことを考えているとらふと視線を感じた。顔を上げると、こちらをじっと見つめるマイロと目があう。
「なによ?」
「いや……お前、本当に生きてるんだなと思って」
しみじみとつぶやくマイロに、チェルシーは眉をしかめる。似たようなことをチェルシーが言った時には呆れたように否定していたのに。
チェルシーの言いたいことを察したマイロは、気まずそうに目をそらした。
「あの時は息を吹き返してたからな、そう言えたんだ。薬茶の組み合わせで仮死状態になるのはいくつも事例があったから、男爵から逃げるにはあれが最良だった。けど、必ずしも成功するとは限らないから……あのままお前が目覚めないのかもしれないと怖かった」
マイロもあの地震で唯一の親族だった叔父を亡くしている。あまり仲は良くなかったが、天涯孤独になるのはつらかっただろう。
チェルシーはそっとマイロの手を握った。
マイロは瞠目したが、すぐに破顔した。
「お前じゃないんだぞ」
「でも、安心するでしょ?」
「……まあな」
頭をかくマイロの頬は少し赤くなっていた。それをごますように、マイロはチェルシーの手を握り返す。
繋いだ手をじっと見つめ、マイロはひとり言のように呟いた。
「もし、お前が死んでたら……男爵を殺して、お前の後を追ってた」
明瞭なマイロの声が、チェルシーの耳に届く。
チェルシーはマイロを見返した。真剣な眼差しは、あの地震の時の彼を思い起こさせた。
「言っただろ、何があっても傍にいるって」
だから、チェルシーも微笑んだ。あの時のように、心からの笑顔で。
「……うん。ずっと、あたしに付き合ってくれるって約束したもんね」
崩れた家から這い出たチェルシーは血まみれだった。チェルシーの血ではない。彼女を庇った両親の血だ。
「お父さん、お母さん……」
ふたりは崩れ落ちる天井からチェルシーを守り、亡くなった。初めはふたりとも意識はあったが、やがて口数が少なくなり、息絶えた。
両親の体がどんどん冷たくなるのを感じながら、チェルシーは必死でふたりを呼んだ。けれど、返事はなかった。
「ふたりとも、死んじゃった……」
チェルシーは呆然と呟く。涙は出なかった。
大好きだった両親が死んでしまった。その現実が、幼いチェルシーには受け止めきれなかった。
チェルシーはふらりと歩き始めた。
誰か生きていないだろうか。ひとりでも無事でいてくれないだろうか。
村は壊滅状態で、生存者は見込めない。チェルシーはひとり、取り残されてしまった。
「……マイロ」
絶望に沈みそうになったチェルシーの頭に、幼馴染の姿が浮かぶ。
彼は毎日のように森に入っていた。今日もきっと森にいるだろう。
チェルシーは森へと駆け出した。
地震の影響は森にも及んでおり、あちこちで倒木が道を塞いでいた。昨日まで雨が降り続いていたのも原因だろう。迂回しながら、マイロが好んで過ごしていた場所へとたどり着く。
「マイロ!」
けれど、マイロの姿はない。彼は村にいたのか。地震に巻き込まれてしまったのか。
その場にへたり込みそうになったチェルシーは、ふと地面になにか落ちているのを見つけた。
「これは……」
マイロのバッグだ。昨日ここに来たときは落ちていなかったはずだ。
マイロは近くにいる。チェルシーは辺りを徹底的に捜索した。
狭い道を通る際にたくさんの擦り傷ができたり、再び起きた地震で一時動けなくなったりしたが、チェルシーは諦めず探し続けた。
そうして、大きな穴の中にマイロがいるのを見つけた。
「マイロ、ここにいたのね!」
「! チェルシー……。お前、どうしたんだ!? 血まみれじゃないか!」
「これ、あたしの血じゃないの! あたしはひとつも怪我してないから!」
マイロを早く助けたかったチェルシーには詳しく説明する余裕はなかった。
「待ってて、すぐに引き上げるから!」
幸い穴はそこまで深くはなく、どうにかチェルシーひとりで引上げることができた。マイロにも怪我はなく、無我夢中で助けたチェルシーは安堵でその場にへたり込んだ。
「助かった、礼を――……大丈夫か?」
答えないチェルシーの肩をマイロが掴んで揺さぶる。
チェルシーはぼんやりとマイロを見上げる。生きている人間の体温だ。チェルシーの目から、涙がこぼれた。
「お、おい! やっぱりどこか痛いのか……?」
うろたえるマイロに、チェルシーは抱きついた。
いろんな感情がこみ上げて、チェルシーにはどうしたらいいのかわからなかった。ただ、マイロを強く抱きしめ泣きじゃくった。
マイロは何も言わず、チェルシーを抱きしめていた。
どれくらい泣いていただろうか。ようやく泣き止んだチェルシーは、顔を上げた。
「ごめん、マイロ」
謝罪するチェルシーの背を、マイロは優しく叩いた。彼は何があったのか、おおよそ察しているのだろう。チェルシーを見る目は労りに満ちていた。
「村は……いや、いい。自分の目で確かめる。お前は村の近くで待機してろ」
「ううん、あたしも村に行く」
「……大丈夫か?」
「うん」
チェルシーは立ち上がった。村に行く――現実を直視することに恐怖はあったが、目をそむけてはいけない。
生存者の確認と犠牲者の弔いをしなければならないのだから。
それでも、心は竦む。目を開いたまま動かなくなった両親の顔が頭をよぎる。
震えるチェルシーの手をマイロは握った。
「行くぞ。無理そうなら、ちゃんと言えよ」
「……うん」
チェルシーはマイロの手を握り返す。いつの間にか手の震えは止まっていた。
倒壊した建物から生存者を見つけ出すのは困難だろうと思われた。どれだけ大変でも最善を尽くそうと心に決めたが、チェルシーの決意が証明されることはなかった。
村が火の海になっていたからだ。
「あたしがここを離れる時は、火なんてなかったのに……」
「最初の地震の後にまた揺れたから、その時にろうそくが倒れて燃え移ったんだろうな」
村を覆い尽くす火事を、子どもだけでは消すのは不可能だ。
ふたりはただ村が焼け落ちていくのを見ていることしかできない。
「みんな……いなくなっちゃった」
両親も友人も先生も。みんな炎に飲まれた。
明日は猟で大物を仕留めて晩ごはんを豪華にすると決めていたのに。来月誕生日を迎える友人をお祝いをしようとこっそり計画していたのに。当たり前に続くと思っていた日常は無情にも奪われた。
絶望に打ちひしがれるチェルシーの手を、マイロが強く握る。
「俺がいる。何があっても、俺だけは傍にいる」
マイロはまっすぐにチェルシーを見て告げた。いつもは呆れたりからかったりする彼が、これほど真面目な表情を見せるのは久しぶりだった。
チェルシーはそっとマイロの手を握り返す。伝わる温もりが、チェルシーの心を励ました。
(大丈夫。マイロが傍にいてくれるなら。こうして隣にいてくれるなら。何があっても、あたしは平気。だから――)
「ねえ、マイロ。それなら――」
ガラガラと車輪の音が聞こえる。チェルシーは体に感じる振動から、馬車に乗っているのだと不明瞭な頭でチェルシーは推測する。
「あれ……? あたしって、死んだんじゃ……」
「そんなわけないだろ」
近くで聞こえた声に、チェルシーは目を瞬かせる。
慌ててあたりを見渡せば、横たわったチェルシーの隣にマイロがいた。
「マイロ? なんで……?」
チェルシーの最後の記憶は男爵との茶会だ。話しているうちに段々と体の力が抜け、意識を失った。
おそらく男爵が毒を盛ったのだ。だから、チェルシーはあのまま、死んだはずなのに。
「お前は一時的に仮死状態になってただけだ。常飲してた茶があるだろ? あれ、男爵が使用した毒と組み合わせるとそうなるんだ」
マイロは男爵家の医師に、男爵の兄の死の状況を尋ねた。また、男爵の従僕とも親しくなり当時の流れなどもさり気なく聞き出した。そこから毒を特定し、今回も同じ毒を入手したとの情報を得た。
「近いうちにお前に毒を盛るつもりだろうと予想してたからな、ルーイさんに協力を頼んだんだ」
「ルーイさん……あ、もしかしてこの馬車ルーイさんの?」
チェルシーたちの周囲には荷物が積まれている。おそらく、ここはルーイが商品を運ぶ時に使用する荷馬車だ。
「ああ。彼の荷馬車のひとつを借りてる。この馬車に荷物として紛れ込めば、お前を連れて逃げやすいと思ってな。目を覚ますまで待つ方法もあったが、人の目につくかもしれないし、万一お前の墓を掘り返したことがバレたらまずいからな。……まあ、バレないように最大限気をつけたから大丈夫だと思うが」
なるほど、と納得する一方で、チェルシーは不満もあった。
「そういう計画を立ててたんなら、どうしてあたしに教えてくれなかったの? 旦那様に殺されるって思って、怖かったんだから!」
「お前、自覚ないのか? お前はすぐに顔に出るだろ。しかも、隠さなきゃいけないと思えば、なおさらひどくなる。もし教えてたら速攻男爵に勘付かれて計画が潰されてた」
マイロの言う通りだ。チェルシーはこうした隠し事は得意ではない。
「でも、ひとりでいろいろ準備するの大変だったんじゃないの?」
「相当な。通常の仕事に加えて、男爵に気づかれないよう動く必要があったから、骨が折れた」
「……面倒かけてごめん」
チェルシーの殊勝な言葉に、マイロはいつものようにからかうように返した。
「お前に付き合わされるのは慣れてる」
それから数日馬車に揺られ、目的地についた。大きな街だった。
「この街からはいくつもの街道がある。君たちの好きなところに行くといい。落ち着いたら、偽名でもいいから手紙をくれ」
ルーイはそう告げると、仕事のため慌ただしく立ち去った。
宿の一室に残されたふたりは、地図を開く。
「これからどこに行こうか。マイロは希望とかある?」
「候補は考えてる。男爵とはあまり縁のないとこがいいだろ。こことここと、ここあたり。お前の好きなのをひとつ選んでくれ」
「わかった」
それぞれの街の特徴を聞き、チェルシーは真剣に考える。
生活をするうえで、どこがいいだろう。マイロが薬屋を続けるつもりなら、森が近いところのほうがいいのか。
そんなことを考えているとらふと視線を感じた。顔を上げると、こちらをじっと見つめるマイロと目があう。
「なによ?」
「いや……お前、本当に生きてるんだなと思って」
しみじみとつぶやくマイロに、チェルシーは眉をしかめる。似たようなことをチェルシーが言った時には呆れたように否定していたのに。
チェルシーの言いたいことを察したマイロは、気まずそうに目をそらした。
「あの時は息を吹き返してたからな、そう言えたんだ。薬茶の組み合わせで仮死状態になるのはいくつも事例があったから、男爵から逃げるにはあれが最良だった。けど、必ずしも成功するとは限らないから……あのままお前が目覚めないのかもしれないと怖かった」
マイロもあの地震で唯一の親族だった叔父を亡くしている。あまり仲は良くなかったが、天涯孤独になるのはつらかっただろう。
チェルシーはそっとマイロの手を握った。
マイロは瞠目したが、すぐに破顔した。
「お前じゃないんだぞ」
「でも、安心するでしょ?」
「……まあな」
頭をかくマイロの頬は少し赤くなっていた。それをごますように、マイロはチェルシーの手を握り返す。
繋いだ手をじっと見つめ、マイロはひとり言のように呟いた。
「もし、お前が死んでたら……男爵を殺して、お前の後を追ってた」
明瞭なマイロの声が、チェルシーの耳に届く。
チェルシーはマイロを見返した。真剣な眼差しは、あの地震の時の彼を思い起こさせた。
「言っただろ、何があっても傍にいるって」
だから、チェルシーも微笑んだ。あの時のように、心からの笑顔で。
「……うん。ずっと、あたしに付き合ってくれるって約束したもんね」
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