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9話 しめやかな葬儀
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その日は、快晴だった。
爽やかな風が頬を撫でるのを感じながら、マイロは埋められていく棺を見ていた。
「どうして……どうしてチェルシーが……っ」
「優しくていい子だったのに……」
周囲から涙ぐんだ声が聞こえる。黒衣を身に纏った人々はみな、沈鬱な表情を浮かべている。
大半は男爵家の使用人だが、訃報の知らせを受けてかけつけてきた孤児院の仲間もいる。
「マイロ……あなたもチェルシーと同じ家に仕えてたのね」
「……ああ」
「それなら……っ」
赤い目をしてマイロを見上げるのは、同じ孤児院出身の女だ。彼女はチェルシーとも仲が良かった。
だから、彼女の言いたいことは理解できた。
――何故、チェルシーが自害するのを止められなかったのか。
チェルシーは男爵夫人の部屋で、自ら毒を飲んで倒れたところを発見された。昼食の時間になってもチェルシーの姿が見当たらないと心配した侍女が発見した。
テーブルに伏したチェルシーの顔はとても安らかだったと聞いていた。
「いや、それなら彼女に仕事を紹介した私の責任だろう」
久しぶりに聞く声に、顔を上げる。黒髪のやや恰幅の良い男がそこにいた。
女は突然現れたその闖入者に微かに眉根を寄せたが、ふと何かに気がついたように男を見た。
「あなた、院長先生の友人の……?」
「ルーイだ。チェルシーがここで働くきっかけを作ったのは私だ。責めるなら、私を責めてくれ」
「え……いえ、そんな……別にあなたが悪いわけでは……」
そこまで言って、女ははっとしたようにマイロを見た。その表情には罪悪感が浮かんでいる。
ルーイの登場で、冷静さを取り戻したようだ。
「あの……ごめんなさい、マイロ。あなたも悪くないのに、私、あたってしまって……」
「気にしてない」
大切な人が亡くなれば、大なり小なり取り乱してしまうものだ。悲しみや怒りなど、やりようのない気持ちを誰かにぶつけてしまうこともある。
女は再度マイロに謝ると、離れていった。
「まさか、こんなことになるなんてね……。私のせいだ。本当にすまない。チェルシーにも申し訳ないよ」
「いいえ。仕方のないことだったんです。それに、ルーイさんには何度も命の危機を助けてもらってますから。あいつも、きっと俺と同じ気持ちのはずです」
「……そうか」
ルーイは微笑むと、チェルシーの墓に目を落とした。
埋葬が終わり、チェルシーの墓に祈りを捧げる。そうして、葬儀は終わった。
チェルシーとの別れを惜しみながらも、人々は帰路についた。ただひとり、マイロだけが墓前に立っている。
「チェルシー……」
真新しい墓石にそっと触れる。様々な感情が胸にこみ上げるが、大きく息をついて気持ちを落ち着かせた。
「もう、葬儀は終わってしまったのか」
背後から聞こえたのは男爵の声だった。
振り返ると、喪服姿の男爵がこちらに近づいてきていた。
「はい。先ほど、滞りなく終了しました」
「そうか……間に合わなくてすまなかった。なかなか話が終わらなくてね」
男爵も葬儀に参列する予定だったが、突然の来客によりそちらを優先しなければならなくなったのだ。
男爵は墓の前にしゃがみ、チェルシーの冥福を祈る。
「チェルシーは良い侍女だった……。あの子のおかげで、妻は元気になれたんだ。こんなことになって、悲しいよ」
痛ましさに満ちた声だった。目を伏せるその顔には深い悲しみが浮かんでいる。
もし、チェルシーが今の言葉を聞いていたら、どう聞こえていただろうか。歪んで聞こえるのか、それともクリアに聞こえるのか。
きっと後者だろうとマイロは思う。
ディラック男爵という男は狂っているから。
自分が愛しい女がどこにも行けないようにその故郷を焼き払い、彼女と親しい侍女も次々と殺めたというのに、本心から嘆き悲しめるのだろう。
マイロは知っている。チェルシーは自殺ではなく、男爵に毒を盛られたのだ。
悪行が発覚したことの口封じではないだろう。彼が恐れていたのは夫人に知られることだったから。
元々醜聞だらけの男だ。夫人が亡くなった今、誰が気づいたところで気にもとめないだろう。
彼がチェルシーを殺した理由はただひとつ。
「向こうで、また妻と仲良くしてほしいな」
男爵の言葉に、マイロは拳を握りしめた。
貴族らしい傲慢さだ。亡き妻のために平民の女を殺すことに微塵も罪悪感を抱いていない。
たとえチェルシーが貴族であっても、この男は同じ反応だっただろうが。
祈り終えた男爵は立ち上がると、マイロに視線を向けた。
「君は、これからどうする?」
マイロは男爵夫人の様子を見るため、チェルシーの紹介で男爵家に来た。夫人もチェルシーもいない今、留まる理由はない。
「一度、故郷に帰るつもりです。チェルシーの両親に報告しようかと。家令の許可も得ましたので、荷物がまとまり次第、ここを発ちます」
「そうか……。君にもいろいろ世話になったね、なにか困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。力になるよ」
「……ありがとうございます」
立ち去る男爵の背中を、マイロは見送った。
チェルシーに手を出した男に、激しい怒りはある。けれど、権力のないマイロにはどうすることもできない。
(嘆いてる場合じゃないな。……やるべきことをやらないと)
しなければいけないことはたくさんある。
マイロは名残惜しそうにチェルシーの墓をじっと見つめた後、その場を後にした。
爽やかな風が頬を撫でるのを感じながら、マイロは埋められていく棺を見ていた。
「どうして……どうしてチェルシーが……っ」
「優しくていい子だったのに……」
周囲から涙ぐんだ声が聞こえる。黒衣を身に纏った人々はみな、沈鬱な表情を浮かべている。
大半は男爵家の使用人だが、訃報の知らせを受けてかけつけてきた孤児院の仲間もいる。
「マイロ……あなたもチェルシーと同じ家に仕えてたのね」
「……ああ」
「それなら……っ」
赤い目をしてマイロを見上げるのは、同じ孤児院出身の女だ。彼女はチェルシーとも仲が良かった。
だから、彼女の言いたいことは理解できた。
――何故、チェルシーが自害するのを止められなかったのか。
チェルシーは男爵夫人の部屋で、自ら毒を飲んで倒れたところを発見された。昼食の時間になってもチェルシーの姿が見当たらないと心配した侍女が発見した。
テーブルに伏したチェルシーの顔はとても安らかだったと聞いていた。
「いや、それなら彼女に仕事を紹介した私の責任だろう」
久しぶりに聞く声に、顔を上げる。黒髪のやや恰幅の良い男がそこにいた。
女は突然現れたその闖入者に微かに眉根を寄せたが、ふと何かに気がついたように男を見た。
「あなた、院長先生の友人の……?」
「ルーイだ。チェルシーがここで働くきっかけを作ったのは私だ。責めるなら、私を責めてくれ」
「え……いえ、そんな……別にあなたが悪いわけでは……」
そこまで言って、女ははっとしたようにマイロを見た。その表情には罪悪感が浮かんでいる。
ルーイの登場で、冷静さを取り戻したようだ。
「あの……ごめんなさい、マイロ。あなたも悪くないのに、私、あたってしまって……」
「気にしてない」
大切な人が亡くなれば、大なり小なり取り乱してしまうものだ。悲しみや怒りなど、やりようのない気持ちを誰かにぶつけてしまうこともある。
女は再度マイロに謝ると、離れていった。
「まさか、こんなことになるなんてね……。私のせいだ。本当にすまない。チェルシーにも申し訳ないよ」
「いいえ。仕方のないことだったんです。それに、ルーイさんには何度も命の危機を助けてもらってますから。あいつも、きっと俺と同じ気持ちのはずです」
「……そうか」
ルーイは微笑むと、チェルシーの墓に目を落とした。
埋葬が終わり、チェルシーの墓に祈りを捧げる。そうして、葬儀は終わった。
チェルシーとの別れを惜しみながらも、人々は帰路についた。ただひとり、マイロだけが墓前に立っている。
「チェルシー……」
真新しい墓石にそっと触れる。様々な感情が胸にこみ上げるが、大きく息をついて気持ちを落ち着かせた。
「もう、葬儀は終わってしまったのか」
背後から聞こえたのは男爵の声だった。
振り返ると、喪服姿の男爵がこちらに近づいてきていた。
「はい。先ほど、滞りなく終了しました」
「そうか……間に合わなくてすまなかった。なかなか話が終わらなくてね」
男爵も葬儀に参列する予定だったが、突然の来客によりそちらを優先しなければならなくなったのだ。
男爵は墓の前にしゃがみ、チェルシーの冥福を祈る。
「チェルシーは良い侍女だった……。あの子のおかげで、妻は元気になれたんだ。こんなことになって、悲しいよ」
痛ましさに満ちた声だった。目を伏せるその顔には深い悲しみが浮かんでいる。
もし、チェルシーが今の言葉を聞いていたら、どう聞こえていただろうか。歪んで聞こえるのか、それともクリアに聞こえるのか。
きっと後者だろうとマイロは思う。
ディラック男爵という男は狂っているから。
自分が愛しい女がどこにも行けないようにその故郷を焼き払い、彼女と親しい侍女も次々と殺めたというのに、本心から嘆き悲しめるのだろう。
マイロは知っている。チェルシーは自殺ではなく、男爵に毒を盛られたのだ。
悪行が発覚したことの口封じではないだろう。彼が恐れていたのは夫人に知られることだったから。
元々醜聞だらけの男だ。夫人が亡くなった今、誰が気づいたところで気にもとめないだろう。
彼がチェルシーを殺した理由はただひとつ。
「向こうで、また妻と仲良くしてほしいな」
男爵の言葉に、マイロは拳を握りしめた。
貴族らしい傲慢さだ。亡き妻のために平民の女を殺すことに微塵も罪悪感を抱いていない。
たとえチェルシーが貴族であっても、この男は同じ反応だっただろうが。
祈り終えた男爵は立ち上がると、マイロに視線を向けた。
「君は、これからどうする?」
マイロは男爵夫人の様子を見るため、チェルシーの紹介で男爵家に来た。夫人もチェルシーもいない今、留まる理由はない。
「一度、故郷に帰るつもりです。チェルシーの両親に報告しようかと。家令の許可も得ましたので、荷物がまとまり次第、ここを発ちます」
「そうか……。君にもいろいろ世話になったね、なにか困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。力になるよ」
「……ありがとうございます」
立ち去る男爵の背中を、マイロは見送った。
チェルシーに手を出した男に、激しい怒りはある。けれど、権力のないマイロにはどうすることもできない。
(嘆いてる場合じゃないな。……やるべきことをやらないと)
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マイロは名残惜しそうにチェルシーの墓をじっと見つめた後、その場を後にした。
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