迷い人は願う

あやさと六花

文字の大きさ
8 / 29

8話

しおりを挟む
 応接室に移動し、執事に紅茶を淹れ直してもらい、アデリーナと向かい合って座る。

「今日、我が家に来られたのは確認したいことがあるとのことでしたが……」

 ジェラルドは本題を切り出すが、アデリーナの反応はない。不審に思い、様子を窺うと、彼女はじっとジェラルドを凝視していた。いや、正しくはジェラルドの背後を、だ。

 アデリーナの行動の意味をすぐに理解したジェラルドは、苦笑を浮かべた。

「随分と珍しい置物でしょう?」

 ちょうどジェラルドの真後ろには、子どもの背丈ほどの大きな木彫りの置物がある。遠い南方の異国に代々伝わる家の守り神らしく、原色をふんだんに使った目を引く色合いをしている。

 外装も内装も自国の文化一色なのに、この応接室にだけこのような馴染みのない異国文化が色濃い場所があったら、驚くのも無理はない。

「そうね、あまり見たことないわ……。あなたの趣味なの?」
「いえ、これは父の趣味です。会社経営時代の伝手を頼りに手に入れたそうで」

 義父の趣味にとやかく文句は言いたくなかったが、さすがにこの奇抜な置物を応接室に置くのはどうかと、ジェラルドは一度苦言を呈したことがある。

『ははっ。何を言ってる、客が驚いた顔をするからいいんだろうが』

 そう一蹴されて終わった。ジェラルドは納得しなかったが、厄介になっている身でそれ以上言うことはできなかった。

「でも、もうあなたがこの屋敷の持ち主でしょ? 気に入ってないのに、片付けたりしないの?」

 アデリーナの指摘に、ジェラルドは虚をつかれた思いがした。
 この屋敷にあるものはすべてセドリックのもので、養子の自分が好き勝手にしていいものではない。そう思い込んでいたから、撤去するという発想がなかった。

「確かに……そうですね」
「……気乗りしないの?」

 ジェラルドは振り返って、派手な守り神を見る。改めて見ても、やはり何故ここにこれを置いているのか理解できない。

 だが、義父はここに置くことを決めたのだ。目立ちはするが、さして邪魔にはならないし、無理にどかす必要もないだろう。

「自分でも意外なのですが……これがここにあるのに慣れてしまいましたから」
「……そう。仲が良かったわけでもない義理の父が残した厄介な物なんて、私ならすぐにどかすわ。あなた、結構義理堅いのね」

 呆れたようにため息をつきながら、アデリーナは紅茶を飲む。その口元はわずかに綻んでいた。

「まあ、悪くはないと思うわ。……少なくとも、今までの人たちよりはずっと」

 婚約者候補の男たちのことだろうか。カールはアデリーナが彼らと良い関係を築けなかったと話していたことを思い出していると、アデリーナがそろそろ帰宅すると立ち上がった。

「ご要件は良かったのですか?」
「ええ。もう目的は果たせたから。お見送りは結構よ」
「まさか、歩いて帰るおつもりですか?」
「歩いて来たんだもの、歩いて帰るわ。まだ明るいし、この街は治安がいいから問題ないでしょ。凶悪事件だって、十年前の火事の事件以来起きてないんだし」
「……そうですが、やはりお送りします。女性、ましてや婚約者をひとりで帰らせるなんて、できません」

 しばらく押し問答をした結果、馬車でリントン邸まで送ることになった。

「あなたって、強引なところがあるわよね。普段はこっちの言うことは何でも受け入れる、みたいな態度のくせに」

 馬車に揺られながら、アデリーナがジェラルドを恨みがましく見る。本人は少しでも威圧しようとしているのだろうが、ジェラルドにはかわいらしい反抗にしか思えなかった。

「譲れないものがあるだけです。……それに、こうしてお送りすれば、少しでもあなたと一緒にいられるでしょう?」
「……減らず口ね」

 アデリーナは顔を背けてしまったが、ジェラルドが話しかければ応えを返した。それほど話が弾んだ訳では無いが、彼女と過ごしている間、一度も一方通行の会話にはならなかったのは初めてのことだった。

 やがてリントン邸へと到着し、アデリーナを馬車から降ろしていると、カールが姿を現した。

「どこに行っているのかと思ったら、ジェラルド君と一緒だったのか」
「お嬢様と過ごさせていただいておりました。報告が今となり、申し訳ございません」
「いや、いいんだよ。すまないね、きっとこの子がアポもなく君の家に押しかけたんだろう?」

 カールはやれやれとアデリーナを見やる。

「だって、暇だったんだもの。彼は婚約者なんだから、いつ会いに行ったっていいでしょ? そもそも、婚約者だからもっと積極的に親しくしなければならないと、お父様が言ったんじゃない」

 おや、とジェラルドは目を瞠った。アデリーナがジェラルドを婚約者と呼んだのはこれが初めてのことだ。隙があれば婚約破棄に持ち込もうとしていたのに、大きな心境の変化があったらしい。

 カールもアデリーナの発言に驚いたようで、目を丸くしてジェラルドと顔を見合わせる。
 当のアデリーナはふたりの様子を気にかけることもなく、疲れたから部屋で休むとジェラルドに軽く挨拶をして屋敷に戻って行った。

「仲が良いと聞いていたけれど、男嫌いのあの子があそこまで君に心を開いているとは思わなかった。……今日、なにかあったのかい?」
「……応接室で話をしまして。我が家の趣味を面白がってくださったようです」

 生前の養父に応接室に招かれたことのあるカールは置物の話だとすぐに気づいたようで、ああと納得したように頷いた。

「女性は意外な一面というのに惹かれやすいと聞くからね」

 ジェラルドはあえてピアノのことを伏せた。
 カールにはアデリーナがピアノに興じていたことを知らせてはならない。何故だか、そう思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

処理中です...