迷い人は願う

あやさと六花

文字の大きさ
14 / 29

14話

しおりを挟む
「もしかしたらと思ったら、やっぱりジェラルドだったのね」
 
 黒い服に身を包んだアデリーナは微笑んだ。
 思わぬ人物との遭遇にジェラルドは一瞬呆けたが、すぐにいつものように口元に笑みを乗せた。
 
「ここであなたに会うとは思わなかった。……墓参りに来たのか?」
 
 彼女の手元にある白い花束に目を向けると、アデリーナは頷いた。
 
「お母様がここに眠ってて、時々会いに来てるの。……あなたも、お墓参りに?」
「……ああ。直接の知人ではないが、ご挨拶をしておきたい方々がいるんだ」
 
 エルドレッドに繋がるものは一切悟らせたくはなかったが、既にコンラッドの墓の前に立っていたことは目撃されている。下手に隠すよりは適当に嘘を織り交ぜて誤魔化すほうがいいだろう。
 
「こちらのターナー家の方々は社長の友人のご家族なんだ」
「ターナー……確か、会社の創設者よね? お父様の幼馴染で、火事で亡くなって会社をお父様に託したって聞いたことがあるわ。……ここで眠っていたのね」
 
 アデリーナは周囲の墓に視線をさまよわせる。ターナーという姓は知っていても、誰が誰だかわからないのだろう。カールの性格やアデリーナとの関係を考えれば、彼女に教えることはなかったのだろう。せいぜい婚約者候補などから軽く話を聞いたことしかなかったのかもしれない。
 
「良ければ、彼らのことを話そうか?」
 
 口をついて出た言葉に一番驚いたのはジェラルドだ。彼女に家族のことを話せば正体がバレるリスクが上がってしまうのに、何故そんな提案をしてしまったのか。
 だが、一度こぼれた言葉はなかったことにはできない。
 
「ええ。聞きたいわ」
 
 アデリーナの期待を無碍にするわけにもいかず、ジェラルドはコンラッドの墓に目を向けた。
 
「この墓で眠っているのはコンラッド・ターナー。ターナー家の次男で享年七歳。生きていれば、アデリーナと同じ年の子だ」
「そんなに早くに亡くなったの……」
「社長の話では無邪気な子どもだったそうだ。タルトが大好きで、晴れの日は庭を駆け回り、いつも笑顔で……家族のムードメーカーのような子だった」
「……随分、詳しいのね」
「社長に何度も聞かされたから。大切な友である先代のことをよく知っておいてほしいと」
 
 当然嘘だ。カールは一度たりともジェラルドの前でターナー家の話をしたことなどない。彼らのことを語ったのは火事の直後の時だけで、それ以降は彼らの存在を忘れたかのように口にしたことすらない。
 まともな親子関係を築けていないアデリーナはカールにこのことを尋ねることもないだろう。
 
「時間が経てば経つほど、故人は忘れられていく。だから……アデリーナにも知っておいてほしいんだ。彼らのことを」
 
 適当に取り繕った言葉だが、意外としっくりと来た。自分はアデリーナに家族のことを知っていてほしかったのかもしれない。
 
 彼女が仇の娘だからだろうか。それとも――。
 
「ええ……私も知りたいわ」
 
 じっと墓を見つめて呟いたアデリーナをハロルドの墓の前へと連れて行く。
 
「彼は社長と同郷のハロルド・ターナー。昔から温和で女性にモテていたらしい。創設した会社を本来は長兄に継がせる予定だったが、家族全員に万一のことがあったら社長に後を継いでほしいと遺書と印章を託していた」
「……お父様はそこまで信頼されていたのね」
 
 そんなわけがない、とジェラルドは心の中で否定する。すべてカールの捏造だが、印章を奪われ偽の遺書を用意されてみんな信じてしまった。
 
「ハロルド氏がそんな遺書を用意していたのはただ心配性だったからではない。もしかしたら、家族が殺されるかもしれないと危惧していたからだ」
 
 ジェラルドは淡々と世間で真実だと流布された話をした。住み込みで働き始めたブライアンが盗みを働いたが、前々から彼を怪しんでいたハロルドに見咎められて家に火を放ち、逃亡したと。
 
「ひどいわね……。ブライアンは捕まってないの?」
「ああ。当時、大々的に捜索がされていたんだが、逃げおおせたようだ」
 
 ブライアンは別人として埋葬されていたのだから、見つかるはずがない。
 
「三人も殺したのに犯人は野放しなんておかしいわ。今からでも捕まって罪を償うべきよ」
「……そうだな。俺も、心からそう思うよ」
 
 次にジェラルドはクラリッサの墓を紹介した。ハロルドの妻であること、植物が好きだったことなどを話す。
 
「社長たちとは同郷で、大人になってから偶然再会したことでまた仲良くなったらしい。……アデリーナ?」
 
 先程からアデリーナの反応がないことを不思議に思い、彼女の様子を窺うとその顔はひどく蒼白していた。
 
「クラリッサ……そう、あれは彼女の、彼らのことだったのね……」
  
 ひとり納得したように呟いたアデリーナはジェラルドの視線に気づき、笑顔で取り繕った。
 
「ごめんなさい。続けて」
「……わかった。最後が長兄のエルドレッド・ターナー。真面目な性格で、弟の世話をよく見ていたそうだ」
「長兄ってことは火事がなければ、この人が会社を継いでいたのね……」
「……ああ」
 
 アデリーナはひとつひとつの墓に丁寧に祈りを捧げる。その後ろ姿を、ジェラルドはぼんやりと眺めていた。
 
「ありがとう。挨拶できて良かったわ。……今からお母様のお墓に挨拶に行くんだけど、良かったら来てくれない? あなたを紹介したいの」
 
 その誘いに頷くと、アデリーナは顔をほころばせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

処理中です...