15 / 29
15話
しおりを挟む
アデリーナの母、エイダ・リントンの墓は墓地の奥の方に建てられていた。
「お母様、今日は紹介したい人がいるの」
花束を墓に供え、アデリーナは墓石に触れた。
「婚約者のジェラルドよ。お父様が選んだんだけど……いい人なの。婚約者が彼で良かったと思ってる」
母親の前だからだろうか、彼女の表情はいつもよりあどけなく、紡ぐ言葉も素直だった。
ジェラルドはアデリーナの隣に立ち、胸に手を当てた。
「初めまして、ジェラルド・ウルフスタンと申します。社長……カール氏の元で日々学ばさせていただいています。若輩者ではありますが、お嬢様を幸せにすると約束します」
はたから見れば誠心誠意を込めて婚約の挨拶をしているように見えるだろう。好青年を演じるのは得意なのだから。
「ありがとう。きっとお母様喜んでるわ。……私以外が会いに来るのって初めてだったし」
「……社長は来られないのか?」
尋ねながらも答えは予想できた。
エイダは火事で亡くなったと聞いている。身内を火事で亡くした者の中には遺体が焼かれている事実から目を逸らしたいのか、既に魂が消滅したのだからと墓に来ない者もいる。だが、カールが妻の墓参りをしないのはそれが理由ではないだろう。
これまでのカールの態度やアデリーナの話から、あの男が妻のエイダに憎悪に近い感情を持っていることは明らかだったからだ。
「私が知らない間に来ている可能性はあるけど……でも、多分お葬式以来お父様はここには来てないと思うわ。お母様の故郷は遠いし、この街に来てすぐに体調を崩したから友人もいなくて……だから、ずっと私しか来てないの」
アデリーナは悲しげに目を伏せた。供えた花束が大きなものなのは、訪れる人間がいない寂しさを誤魔化すためなのかもしれない。
「お父様とお母様、昔は仲が良かったのよ。だけど、お母様が亡くなる少し前からお母様を怒鳴りつけるようになって……」
それはカールの幼馴染と偶然再会してから起こったという。
「その時、お父様よく言ってたのよ。『さすがは赤毛だ、この裏切り者。エイダ、結局お前もクリラッサと同じなのか』って」
「クラリッサ……」
「ターナー家の奥さんと同じ名前でしょ? だから、私びっくりしちゃって。……当時はわからなかったけど、もしかしたらお父様があれほど怒っていたのは……」
アデリーナは触れてはいけないものに触れてしまったかのように、そこで口を閉ざした。
俯いた彼女の顔を長い髪が隠す。母親譲りと言われ、カールが厭う鮮やかな赤い髪。
かつて、赤毛は忌み嫌われていた。神話では悪神や悪魔の使いは常に赤毛であり、忌み子の象徴だったからだ。赤い髪は邪神の化身。裏切り――不義の証だと。
『ははっ! いい気味だな、ハロルド。すべて、お前の自業自得だ』
あの悪夢の一夜にカールが放った言葉の意味をジェラルドはようやく理解した。あの男はただ財産が欲しいという理由だけでターナー一家を殺めたわけではなかったのだ。
ハロルドとクラリッサが不貞を犯したというのはカールの妄言だとわかっている。あの父の目に母以外の女性が映るはずがない。カールも両親の仲睦まじさを目の当たりにしているのに、何故そんな妄想に取り憑かれてしまったのか。
『』
カールは頻繁に父を褒めていた。商才があること、品性方正なこと、顔が良いこと、モテること。ことあるごとに感心していた。
笑顔だったから好意的な感情から言っているものかと思っていたが、それが劣等感の裏返しだったら?
カールの妻も父と幼馴染だったのなら、かつて父と恋仲だったのだろうか。いや、父は母が初恋だと言っていた。
なら、可能性があるとしても向こうの片想いくらいだろう。それが、劣等感に苛まれるカールの目には不貞に映ってしまったのだろうか。
「ごめんなさい、変な話をしちゃったわね。……ねぇ、この後、予定がないならどこかでお茶でもしない? 私、すごくお腹が空いちゃったの」
アデリーナは明るく振る舞い、出口へと歩き始めた。だが、ジェラルドがついて来ないことに気がついたのか、立ち止まって振り返る。
「どうしたの?」
振り向いた拍子に、アデリーナの赤い髪がふわりと広がる。
青い空に映えるそれに触れたいと、ジェラルドは思った。拳を握ってその衝動を抑えていると、アデリーナがジェラルドの頬に触れた。
「あなたは……普段しっかりした人なのに、時々迷子の子どものような顔をするのね」
「孤児だからかな。……ずっと迷っているんだろう」
だが、ジェラルドはもう道に迷って途方に暮れる子どもではない。自分の道を選んで進んでいかなければならない大人だ。そして、ジェラルドはとうの昔に進む道を決めている。
胸にある未練を振り払うように大きく息を吐くと、ジェラルドはアデリーナをまっすぐ見つめた。
「アデリーナ。あなたに頼みたいことがあるんだ」
「お母様、今日は紹介したい人がいるの」
花束を墓に供え、アデリーナは墓石に触れた。
「婚約者のジェラルドよ。お父様が選んだんだけど……いい人なの。婚約者が彼で良かったと思ってる」
母親の前だからだろうか、彼女の表情はいつもよりあどけなく、紡ぐ言葉も素直だった。
ジェラルドはアデリーナの隣に立ち、胸に手を当てた。
「初めまして、ジェラルド・ウルフスタンと申します。社長……カール氏の元で日々学ばさせていただいています。若輩者ではありますが、お嬢様を幸せにすると約束します」
はたから見れば誠心誠意を込めて婚約の挨拶をしているように見えるだろう。好青年を演じるのは得意なのだから。
「ありがとう。きっとお母様喜んでるわ。……私以外が会いに来るのって初めてだったし」
「……社長は来られないのか?」
尋ねながらも答えは予想できた。
エイダは火事で亡くなったと聞いている。身内を火事で亡くした者の中には遺体が焼かれている事実から目を逸らしたいのか、既に魂が消滅したのだからと墓に来ない者もいる。だが、カールが妻の墓参りをしないのはそれが理由ではないだろう。
これまでのカールの態度やアデリーナの話から、あの男が妻のエイダに憎悪に近い感情を持っていることは明らかだったからだ。
「私が知らない間に来ている可能性はあるけど……でも、多分お葬式以来お父様はここには来てないと思うわ。お母様の故郷は遠いし、この街に来てすぐに体調を崩したから友人もいなくて……だから、ずっと私しか来てないの」
アデリーナは悲しげに目を伏せた。供えた花束が大きなものなのは、訪れる人間がいない寂しさを誤魔化すためなのかもしれない。
「お父様とお母様、昔は仲が良かったのよ。だけど、お母様が亡くなる少し前からお母様を怒鳴りつけるようになって……」
それはカールの幼馴染と偶然再会してから起こったという。
「その時、お父様よく言ってたのよ。『さすがは赤毛だ、この裏切り者。エイダ、結局お前もクリラッサと同じなのか』って」
「クラリッサ……」
「ターナー家の奥さんと同じ名前でしょ? だから、私びっくりしちゃって。……当時はわからなかったけど、もしかしたらお父様があれほど怒っていたのは……」
アデリーナは触れてはいけないものに触れてしまったかのように、そこで口を閉ざした。
俯いた彼女の顔を長い髪が隠す。母親譲りと言われ、カールが厭う鮮やかな赤い髪。
かつて、赤毛は忌み嫌われていた。神話では悪神や悪魔の使いは常に赤毛であり、忌み子の象徴だったからだ。赤い髪は邪神の化身。裏切り――不義の証だと。
『ははっ! いい気味だな、ハロルド。すべて、お前の自業自得だ』
あの悪夢の一夜にカールが放った言葉の意味をジェラルドはようやく理解した。あの男はただ財産が欲しいという理由だけでターナー一家を殺めたわけではなかったのだ。
ハロルドとクラリッサが不貞を犯したというのはカールの妄言だとわかっている。あの父の目に母以外の女性が映るはずがない。カールも両親の仲睦まじさを目の当たりにしているのに、何故そんな妄想に取り憑かれてしまったのか。
『』
カールは頻繁に父を褒めていた。商才があること、品性方正なこと、顔が良いこと、モテること。ことあるごとに感心していた。
笑顔だったから好意的な感情から言っているものかと思っていたが、それが劣等感の裏返しだったら?
カールの妻も父と幼馴染だったのなら、かつて父と恋仲だったのだろうか。いや、父は母が初恋だと言っていた。
なら、可能性があるとしても向こうの片想いくらいだろう。それが、劣等感に苛まれるカールの目には不貞に映ってしまったのだろうか。
「ごめんなさい、変な話をしちゃったわね。……ねぇ、この後、予定がないならどこかでお茶でもしない? 私、すごくお腹が空いちゃったの」
アデリーナは明るく振る舞い、出口へと歩き始めた。だが、ジェラルドがついて来ないことに気がついたのか、立ち止まって振り返る。
「どうしたの?」
振り向いた拍子に、アデリーナの赤い髪がふわりと広がる。
青い空に映えるそれに触れたいと、ジェラルドは思った。拳を握ってその衝動を抑えていると、アデリーナがジェラルドの頬に触れた。
「あなたは……普段しっかりした人なのに、時々迷子の子どものような顔をするのね」
「孤児だからかな。……ずっと迷っているんだろう」
だが、ジェラルドはもう道に迷って途方に暮れる子どもではない。自分の道を選んで進んでいかなければならない大人だ。そして、ジェラルドはとうの昔に進む道を決めている。
胸にある未練を振り払うように大きく息を吐くと、ジェラルドはアデリーナをまっすぐ見つめた。
「アデリーナ。あなたに頼みたいことがあるんだ」
11
あなたにおすすめの小説
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません
藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。
ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。
「君は分かってくれると思っていた」
その一言で、リーシェは気づいてしまう。
私は、最初から選ばれていなかったのだと。
これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。
後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、
そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~
阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」
婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。
けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
真実の愛は水晶の中に
立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。
しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。
※AIイラスト使用
※「なろう」にも重複投稿しています。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる