迷い人は願う

あやさと六花

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24話

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 窓の外には夕焼け空が広がっている。炎のように赤く染まるそれを見て、ジェラルドはため息をついた。

 また、夜が来る。それがひどく憂鬱だった。
 何があろうとアデリーナを助けたい意志は変わらない。だが、毎回アデリーナが傷を負う姿を見続けるのはつらい。

 ため息をつこうとした時、ドアがノックされた。
 定期報告の時間だったとジェラルドは気づき、入室の許可を出した。恭しく現れた執事は療養先でのアデリーナの様子を伝える。

「今朝は夢見が悪かったようで、ずっとベッドの上でぼんやりとされていたそうです。メイドが話しかけてもどこかうわの空で……医師の診察を受けたのですが、体調そのものは問題ないそうです」
「……そうですか。ずっと部屋にこもっているから、気持ちが塞いでしまうのかもしれませんね」
「一日一度は庭を散歩させるよう、メイドに指示しましょうか?」

 アデリーナの火傷は日常生活に支障はないと診断されていたため、散歩することは可能だろう。だが、ジェラルドは首を横に降った。

「本人が望んでいないのに無理に外に連れ出したら、逆効果になるかもしれません」

 アデリーナは火傷を見られることをひどく怖がっていた。包帯で隠したとしても、その恐怖が薄れることはないだろう。

「火傷そのものを治すことができないのなら、せめて火傷に対しての悪い印象を少しでも払拭できればな……」

 それも難しいことはわかっていた。トラウマや精神の病気に詳しい医師にも診てもらったが、アデリーナの火傷への恐怖心は根深く難しいと判断された。
 火事に巻き込まれた時の恐怖とも結びついているのかもしれないとのことだった。

「あの……ジェラルド様」
「なんでしょう」
「顔色がよくありません。こちらにも医師を手配いたしましょうか?」

 予想外の執事の提案に、ジェラルドは一瞬面食らう。確かに調子は良くないが、人前では取り繕えていたつもりだった。
 それほど、今のジェラルドは追い詰められた状況なのかもしれない。
 
 体調に問題はないからと執事を下がらせ、ジェラルドは大きくため息をついた。
 窓の外は既に暗くなっている。ジェラルドは早々に就寝準備をすることにした。




 アデリーナと顔合わせを済ませたジェラルドは、彼女をお茶に誘った。繰り返す夢の中で、いつの間にかまずお茶を飲みながらアデリーナの好きなものの話をして距離を縮めるのが定番になっていた。
 だから、今回もいつものように彼女と話が弾むと思っていたのだが。

「アデリーナ様……どうかなさいましたか?」
「え……あ、いいえ! なんでもないわ」
「……そうですか」

 アデリーナの返答に納得はできなかったが、ジェラルドはそれ以上の追求は避けた。
 今回のアデリーナは様子がおかしい。気落ちしたようにうつむき、ジェラルドと目を合わせない。こんなことは初めてだった。

 今までと大きな流れは変わっていない。カールに変なところはなかった。周囲の環境も引っかかるものはない。
 ジェラルドはそこまで考えたところで、原因は自分にあるのではないかと思いいたる。

 自分が追い詰められている自覚はあった。彼女を救う手立てはないか常に気を張りつめ、夢を繰り返せば繰り返すほど神経質になっていた。現実でも執事に体調を気遣われるほどだから、今もそれが無意識の内に言動に出てしまったのかもしれない。
 だから、アデリーナは怯えたような態度をしているのだろうか。

 ジェラルドは努めて穏やかな笑顔を作る。善良な人間の演技をするのは得意だったはずだと自分に言い聞かせる。

「アデリーナ様。お茶のおかわりはいかがですか?」

 単に喉が乾いていたのか手持ち無沙汰だったのか、アデリーナは既にお茶を飲みきってしまっていた。彼女は少し躊躇したが、ジェラルドの問いに頷く。

「どうぞ。お熱いのでお気をつけて」
「ええ……ありがとう」

 アデリーナは軽く笑顔を浮かべてカップを持ち上げる。だが、手に力が入っていなったのか、カップを落としてしまった。
 お茶がテーブルにこぼれ、アデリーナが悲鳴を上げる。

「アデリーナ様! お怪我は……!?」
「だ、大丈夫……たいしたことないから」

 青ざめるアデリーナの服が濡れているのに気が付き、ジェラルドは彼女を抱え上げた。突然のことに困惑するアデリーナに構わず、洗い場へと走る。そして、アデリーナの腕を服ごと水で冷やした。

「そんなにしなくても……」
「火傷は早急の対応が大事ですから。しばらくこのまま冷やします」
「……そうね。一応私はあなたの婚約者になるんだし、醜い火傷の痕が残るのは良くないものね」

 アデリーナは自嘲めいた笑みを浮かべた。その姿が、火傷を負い呆然と手鏡を眺めるあの日の彼女に重なる。

「――いいえ、違います。違うのです、アデリーナ様」

 あの時、ジェラルドはアデリーナの頬にできた火傷を見て、何も言うことができなかった。彼女がどれほど傷ついているのか、これ以上傷つけないようにするにはどうしたらいいのか、そればかりに気をとられていた。

 アデリーナが求めていたのはジェラルドの許容だ。
 養父の奇抜な置物を苦笑しながらも受け入れたジェラルドなら、火傷を負った自分でも拒みはしないのではないかと期待した。

 だが、実際のジェラルドはアデリーナの傷を見て言葉に詰まった。おそらく、顔も強張っていただろう。
 それを目の当たりにした彼女が、自分は拒絶されたのだと誤解してもおかしくはない。

「私は火傷を醜いとは思いません。もちろん、ない方がいいとは思いますが……あったとしても、それはあなたを損なうものではない」

 アデリーナは目を見開いて、ジェラルドを見上げた。その瞳は困惑に揺れている。
 本心からの言葉だと信じてもらいたくて、ジェラルドは左腕のシャツをまくる。
 アデリーナが、はっと息を呑んだ。

「私には火傷の痕があります。痛々しいですし、この火傷を負った原因については思うところはありますが……この傷自体は自分の一部として受け入れています。……アデリーナ様はこれを見て、私との結婚は無理だと思いますか?」
「……いいえ。でも、女と男では違うでしょ?」
「世間一般ではそうかもしれませんが、私は婚約者に火傷の痕があっても気になりません。火傷を負ったのが腕でも顔でも、それで冷めることはありません」

 アデリーナはしばらくジェラルドを見つめていた。そして、そっとジェラルドの左腕に触れる。
 労るように火傷の痕を優しく撫で、アデリーナは微笑んだ。

「そう……そうね。あなたはそういう人よね」

 ジェラルドは今回もアデリーナとの婚約を解消するつもりだった。けれど、この時見せた彼女の笑みのせいか、結局離れることはできなかった。
 どうあがいても火事が起こりアデリーナがやけどを負ったとしても、心を壊すことはないのではないか。そんな期待もあった。

 だが、今回もアデリーナが火事に巻き込まれ負傷したと聞いた瞬間、夢は覚めた。

 朝を喜ぶ鳥たちのさえずりが響く中、目覚めたジェラルドは絶望に顔を覆った。
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