偽りから始まる恋

あやさと六花

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四日目 男嫌いと呼ばれる理由

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 ざあざあと雨が降っている。
 ハリス子爵家を出る時は晴れていたのに、いつの間にか雲が出てきてあっという間に雨が降り出してしまった。

「この雨では、バラ園は難しそうですね……」

 馬車の窓から外を見上げるレイチェルは、残念そうに呟いた。
 今日は彼女の希望でバラ園デートをする予定だった。バラが咲き始める時期だそうで、是非アシュトンと見たいのだとレイチェルは楽しみにしていた。

(僕も彼女と一緒にバラを見たかったが……)

 この雨ではそれも無理だろう。この天候でバラ園を歩いたら、レイチェルのドレスが泥だらけになってしまう。

「バラ園は次回にしましょう。どこか他に行きたいところはありますか?」
「そうですね。でしたら――」



 白い壁には様々な絵が飾られていた。
 美しい貴婦人の肖像、色鮮やかに咲き誇る花々、華やかな祭りの風景。絵画展に来た人々は素晴らしい絵画に足を止め、感想を言い合っていた。

 アシュトンたちも例外ではない。

「やっぱり、この画家の絵は素敵ですね」
「この作家、お好きなんですか?」
「はい。幼い頃から一番好きな画家です」
「そうなんですか。僕は絵画に疎くてこの作家は初めて知りましたが……どの作品も素晴らしいですね」

 アシュトンには芸術を愛する心はない。絵を見ても綺麗だとは思うものの、心を動かされるような感動はない。
 けれど、隣で楽しそうに絵を鑑賞しているレイチェルを見ると、嬉しくなる。

(バートが婚約者のためにと興味のないオペラを見に行くようになるのも、少しわかるな)

 デートの良さを噛み締めていたアシュトンは、ふと一枚の絵に目を留めた。
 
「この絵……」

 美しい女の絵だ。だが、女の顔に笑みはない。
 艷やかな黒髪を風になびかせ、強い意志を宿した瞳で前を見据え、決意を込めたように赤い唇を引き結んでいる。

「ガザード様、この絵がお好きなんですか?」

 食い入るように絵を見つめるアシュトンに、レイチェルが話しかける。

「はい。この絵、なんだか貴女に似てる気がして……」
「……え?」

 驚いたように目を丸くしてこちらを見上げるレイチェルに、アシュトンは戸惑う。

 思ったことを言っただけだったが、気障だっただろうか。

(いや、もしかしたら険しい表情の女性と似ていると言ったのは失礼だったのかもしれない。女性を褒める時には笑顔を褒めることが多いし……)

 だが、そんなアシュトンの懸念をはらうように、レイチェルは顔をほころばせた。

「嬉しいです。この絵、思い入れがありますから」

 レイチェルは絵を見上げた。

「私、幼い頃から人と関わるのが得意ではありませんでした。親しくない方に笑顔を向けるのが苦手で……無愛想だとよく指摘されていたんです」

 何故自分は他の令嬢たちのように人と打ち解けることができないのだろうか。何故自然な笑顔を浮かべることができないのだろうか。
 そう悩んでいたレイチェルに、今は亡き両親がこの絵画を見せたらしい。

「この絵の女性はかつて存在した女性宗教家だそうです。私と同じで笑うのは得意ではなかったそうですが、常に堂々としていて周囲にも人が絶えなかった。だから、無理して他の令嬢たちのように振る舞うのではなく、あなたはあなたらしく進んでいいのだと」

 その言葉に励まされ、肩の力を抜いたら、自然と友人ができたのだという。

「無愛想なままですから、男性には嫌厭されていましたけれど」

 貴族令嬢は愛想や愛嬌があるほど好まれる。実際、アシュトンの周りでも人気があるのは笑顔の多い令嬢だ。
 反対に、レイチェルのように笑顔の少ない女性は男性と関わるのを拒絶していると捉えられる。だから、レイチェルも『男嫌い』と言われるようになったのだろう。

 恋人のいないレイチェルを心配して友人達が男性を紹介してくれたこともあった。だか、他の令嬢と違い、笑顔の少ないレイチェルに好意を持ってくれる令息はいなかった。

 仲の良い友人の前では自然と浮かぶ笑顔が、顔見知り程度の異性の前ではどうしてもでなかった。そのため、誰を紹介されても距離を縮める事はできなかった。
 そうした経験が積み重なり、レイチェルはますます男性に心を開くことが難しくなった。

 周りがどんどん恋人ができたり婚約が決まったりする中、レイチェルは誰も愛することが出来ず、誰からも愛されることはなかった。

「友人たちのように誰かを心から愛することは、私には一生ないのかもしれないと思っていました」

 でも、とレイチェルはアシュトンに視線を向ける。

「ガザード様のおかげで、こうして恋する気持ちを知ることができました」

 レイチェルは微笑んだ。

(こんなに可愛らしく笑う人なのに……)

 ただ親しくなるのに時間がかかると言うだけで、令息たちは彼女を遠ざけた。
 アシュトンもそのうちのひとりだ。彼女に嫌われているのだと思い込み、話をしてみようとは思わなかった。

 なのに、彼女は心を開いてくれている。偽りの想いだと知っていても、笑顔を向けてくれている。

「……そうですか。あなたが喜んでいただけたのなら良かったです」

 アシュトンも微笑んで答えた。上手く笑えているかはわからなかったが。
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