偽りから始まる恋

あやさと六花

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その後 新たな始まり

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「それで、今も未練がましく引きずってるってわけか。もう別れてから三日も経つのに」
 
 先触れもなしにアシュトンの屋敷にやってきたバートは、驚いたような呆れたような表情を浮かべてため息をついた。

 アシュトンは友の反応に言葉を返す気力もなく、小さく頷く。

 この一週間後回しにしていた仕事や付き合いをこなしているが、ふとした時にレイチェルのことを思い出してしまう。
 今だって書類仕事をしながらも、彼女が恋しくなって仕事が手につかない。
 
「そこまで好きなら告白すれば良かったじゃねーか」
「理由は話しただろう?」
「あー……気を遣って好きでもないのに恋人になってくれるのが嫌ってやつ? 別にいいだろ。好きな子と付き合えるんだから」
「良くないだろう……。相手を苦しめるだけだし、僕もずっとつらい思いをすることになる」

 想像するだけで耐えられない。やはり告白はやめておいて正解だった。

「俺にはただ怖気づいただけに見えるけどな」

 アシュトンはバートを睨みつける。だが、バートは気にする素振りもない。
 
「そういや、逆は心配にならないのか?」
 
 なんのことだと首を傾げると、バートはアシュトンを指差した。
 
「お前、惚れ薬を飲んだハリス子爵令嬢を好きになったんだろ? なら、お前に好意を抱いた状態の彼女が好きだっただけで、前のように冷たい態度を取られたら意外と想いが冷めたりするんじゃーー」
「それはない」
「言い切るんだな。自信あるのか?」
「僕はもう彼女が何故ああいう態度をとっていたのかも、彼女がどういう人間かも知っているからな」
 
 レイチェルを避けがちだったのも、彼女に嫌われていると思っていたからだ。その誤解が解け、彼女の人となりを好きになっている今は、無愛想になられても想いは変わらないと断言できる。
 
「お前も、婚約者に突き放された態度を取られたところで、嫌いにはならないだろう?」
「まあ、確かにそうだけど。……つーか、想像するときついな」
 
 眉を顰めたバートは、先ほどよりも同情を深めた表情でアシュトンを見やった。
 
「なあ、今日は仕事は切り上げて、気分転換でもしたらどうだ? クリケットでもしに行こうぜ」
 
 バートのいう通りだ。このまま効率の悪い作業を続けるよりは、体を動かして気持ちを切り替えたほうがいい。
 
 バートの誘いに返事をしようとした時、執事が部屋を訪れた。
 
「ハリス子爵令嬢が午後からお会いしたいとのことですが、いかがなさいますか?」
 
 
 
 
 
 
 アシュトンは数回、大きく深呼吸をする。服装や応接室の状態を何度もチェックし、落ち着かない様子で辺りをぐるぐると歩く。
 
 レイチェルの来訪を聞き、バートは励ましの言葉をかけて帰っていった。彼は彼なりにアシュトンを心配してくれたのだろう。彼にも心配かけたし、後日礼をしなければ。
 
 しかし、レイチェルの訪問の理由はなんだろうか。
 
(ハリス子爵の件で問題が起こったとか?)
 
 強引なところもある人だったので、引き下がったと見せかけて裏で動いているのかもしれない。
 もし、協力できることがあるなら協力したい。関係は終わったとしても、せっかくできた縁なのだから。
 
(……だが、緊張するな)

 レイチェルと会うのはあの日以来だ。彼女は以前のような態度に戻っているだろう。
 覚悟はしているが、実際にそれを目の当たりにすると堪えるのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、レイチェルが訪れた。
 
「突然、申し訳ありません」
 
 レイチェルは開口一番、頭を下げた。
 
「いえ、構いませんよ。ちょうど家でのんびりしていたところでしたので」

 軽く世間話をしながら、レイチェルの様子を伺う。以前のような冷たい態度ではない。だが、先日までのような笑顔もなかった。
 彼女はどこか緊張した面持ちをしている。よほど重大な事態が起こったのだろうか。

「ガザード様。私がここにきた理由なのですが……」 
 
 いよいよ本題だ。アシュトンの体がこわばった。
 レイチェルがじっとアシュトンを見つめる。何事だろうと、困惑しながらもアシュトンは彼女を見返した。
 
「ガザード様に、お伝えしたいことがあるんです」
 
 レイチェルは気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、口を開いた。
 
「私、ガザード様のことが好きです」
 
 アシュトンは目を見開き、呆然とレイチェルを見つめる。
 
「……惚れ薬、まだ切れていないのですか?」
 
 なんということだろう。バートの言うことを鵜呑みにするのではなかった。

「すみません、すぐに薬を作った薬師を探して――」
「ち、違います! 薬の効果はとっくに切れてます!」

 立ち上がろうとしたアシュトンを、レイチェルが慌てて静止する。

「あの日の翌日、目が覚めた時には不思議な高揚感などがなくなっていましたから。念のため、数日様子を見ましたが、確実に効果はなくなっていると言い切れます」
「そうでしたか……。それなら良かった」

 アシュトンは深い溜め息をついて安堵する。
 けれど、すぐにはたと気づく。

「え……それじゃあ、僕を好きだと言うのは……」
「薬は関係ありません。本当に、私があなたをお慕いしているんです」

 アシュトンの頬が熱くなる。聞き間違いではない。彼女はアシュトンに告白しているのだ。

「薬を飲んでから、あなたがとても魅力的で素敵な方に見えました。面倒な私の頼みも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれて……デートを重ねるうちにこのままずっと付き合えたらと思うようになりました」

 でも、とレイチェルは視線を落として続ける。

「それは惚れ薬のせいなのかもしれないとも思いました。あなたのいろんな面を知ってさらに惹かれていくのも、数日後に別れてしまうことがつらく感じるのも。……けれど、すべて終わってもあなたへの想いは強く残っていました。薬の時のような激しい思いではなく、でもただ思い出すだけで幸せな気持ちになれる……そんな恋心がありました」

 レイチェルは再び、アシュトンに目を向けた。その瞳は緊張のせいか、潤んでいる。

「私、あなたのことが本当に好きなんです。……あ! だからといって、受け入れてくれというわけではないんです! ただ、お伝えしたかっただけです。でないと、ずっと後悔する気がして……」

 無言のままのアシュトンを見て、レイチェルは慌てて付け加えた。

 アシュトンはレイチェルに惚れ薬を飲ませてしまった負い目がある。だから、彼女の想いを無碍にはできず、好きでもないのに受け入れてしまうかもしれないと、不安になっているのかもしれない。

 それでも、彼女は勇気を出して告白してくれた。

(僕は怖気づいて言えなかったのに)

 バートの指摘もあながち間違いではなかった。告白しなかったのはレイチェルに負担をかけたくなかったのが一番の理由だが、彼女の反応が怖かったのもある。

 アシュトンは拳を握りしめ、顔を上げた。声が震えないように、意識して腹に力を込める。

「ハリス子爵令嬢。僕も、貴女が好きです」
「え……」
「貴女と過ごすうちに惹かれていきました。ですから……僕と付き合ってくれませんか? 今度は偽りではなく、本物の恋人になってほしいです」

 目を見開いたレイチェルは、ゆっくり頷いた。その顔には、笑みがあった。アシュトンが心惹かれ、また見たいと思っていた愛情に満ちた笑みが。

「……また、デートしましょう」
「はい。私の希望をたくさん叶えてもらいましたから、次はガザード様のしたいことをしましょう」

 アシュトンは目を瞬かせた。アシュトンのしたかったことも、既にレイチェルに叶えてもらっている。

(……いや、ひとつあったな)

 アシュトンは背筋を伸ばし、レイチェルに手を差し出した。なるべくかっこよく、様になるように意識して。

「それなら……今日の晩餐、ご一緒しませんか?」
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