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6話 不信感と疑問
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茶会の翌日、マノンはいつものようにリシャールの屋敷を訪れた。
執事に通された応接間で待機していると、リシャールが姿を表す。
「リシャール様、もう起きられて大丈夫なんですか?」
「ええ。ご心配おかけしました」
彼の足取りはしっかりしており、完全に回復したようだった。
マノンは顔に笑みを貼り付け、良かったですと淑女らしく控えめに喜んだ。
久しぶりにゲームに興じた。
手を抜かなくても良いからか、彼とのゲームは楽しめた。
「気分転換に、庭でお茶でも飲みましょうか」
窓の外を見ると、夕焼けに差し掛かっていた。リシャールが出ても問題ない時間帯だ。
マノンが頷き、指輪を外そうとした。
「ああ。外さなくて構いませんよ」
「え。ですが……」
前回は銀の指輪に触れることを躊躇っていたのに。
戸惑うマノンをよそに、リシャールはさっと手袋をつけた。
「指輪を何度もつけたり外していたりしたら、無くしてしまいかねませんから。……その指輪、あなたにとってとても大切なものなんでしょう?」
マノンは無意識に指輪に触れた。
指輪にはオベール家の家紋が刻まれている。姉が亡くなった後、叔母からオベール家の自覚を持つようにと渡されたのだ。
だが、この指輪は元々は姉が身につけていたもの。マノンに残された、唯一の姉の形見だ。
「ええ。……良く気づきましたね」
銀でできた指輪ではあるが、目立つような装飾はなく、貴族令嬢が身につけるにしては簡素なものだ。他の令嬢はもっと華やかなで色鮮やかな宝石のついた装飾品をつけている。
「あなたはよく指輪を触っていましたから」
さらりと告げるリシャールに、マノンは内心動揺していた。
まさか、リシャールがそこまで観察しているとは思わなかった。
彼にとって、自分は獲物でしかない。
だから、こんなふうに気遣われるとは思わなかった。
相手を観察しているのは自分だけではない。今のところは問題ないが、些細なことでこちらの本心を悟られてしまうかもしれない。
こちらを見つめる榛色の目に、気を引き締めなければとマノンは自分を戒めた。
「来客かと思ったら、マノンが来ていたのか」
聞き覚えのある声に、顔を上げる。そこにはシリルがいた。
「今日は来るのが遅かったな」
「父から手紙が来てたんだよ、お前の体調は大丈夫かって。すぐに返事しないと、あの人は病身なのも忘れてすぐに領地から出てきそうだからな」
「そうか。君たちの一族にはいつも良くしてもらっていて感謝しているよ」
「気にするな。持ちつ持たれつってやつだ」
シリルはリシャールと親しげに会話を交わした後、マノンに視線を向けた。
「顔も合わせてない相手といきなり婚姻を結ぶことになったから心配してたけど……上手く行ってるようで良かったよ」
「……ええ。素敵な方とご縁ができて、とても嬉しく思ってます」
マノンは以前のように親しげに会話を試みるが、笑みにぎこちなさが混じった。
先日、茶会で聞いた噂話がどうしても尾を引いてしまっている。
姉がリシャールと会っていたのは舞踏会だ。その全てにシリルがいただろう。
シリルは、姉がリシャールと話している姿を見て、なんとも思わなかったのだろうか?
姉は感情を隠すのは上手だが、愛した人を見る眼差しはわかりやすい。赤の他人なら気付けなくとも、マノンやシリルのようにデボラに近しい人ならすぐに気づくだろう。
シリルが、姉の心変わりに気づかなかったはずはない。
なのに、なぜ彼はふたりに距離を取らせようとしなかったのだろうか。
「シリルお兄様、先日お子さんが産まれたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとう。元気な男の子なんだ。今度、顔を見においで」
シリルは姉が亡くなった二年後、別の女性と結婚した。
婚約者が亡くなった後に結婚することは珍しいことではない。彼は嫡子だ。家を守るために子を成す義務がある。
だから、シリルが結婚したことは当たり前のことだと思っている。
けれど、彼が婚約を結んだのは姉が亡くなって三ヶ月後だと聞いた。喪が開けていないのに、彼は早々に次の婚約者を見つけたのだ。
姉とあれほど愛し合っていたというのに。
以前は仕方ないことだと見て見ぬふりをしていた。だが、今はもうシリルへの不信感は誤魔化せないほど大きくなっていた。
マノンは極力平然と振る舞った。
シリルを交えての茶会は和やかに終わり、マノンはシリルと帰宅することになった。
いつもは御者台にいる侍女は、流石に男性とふたりきりにさせるわけにはいかないと思ったのか馬車の中に入ろうとしたが、シリルがそれを断った。
「私は彼女の親戚だ。昔から彼女の姉と三人で過ごすこともあった。叔母も文句は言わないだろうから、気にしなくて良い」
侍女は引き下がった。
馬車が走り出してから少しして、シリルが口を開いた。
「マノン。私に何か言いたいことがあるだろう?」
「先ほど、お祝いの言葉は言いましたが……」
言外に伝えることはないとやんわりと否定する。シリルに不満はあっても、今は復讐が最優先だ。下手に揉め事は起こしたくない。
「君はデボラに似て、わかりやすいから。ずっと何か言いたげだったのはわかったよ」
姉の名前に、マノンは顔を上げる。
シリルはじっとこちらを見据えている。彼はきっとこの話を広げたいのだとマノンは悟った。
ならば、とマノンは口を開いた。
「シリルお兄様は……リシャール様の正体をご存知ですか?」
執事に通された応接間で待機していると、リシャールが姿を表す。
「リシャール様、もう起きられて大丈夫なんですか?」
「ええ。ご心配おかけしました」
彼の足取りはしっかりしており、完全に回復したようだった。
マノンは顔に笑みを貼り付け、良かったですと淑女らしく控えめに喜んだ。
久しぶりにゲームに興じた。
手を抜かなくても良いからか、彼とのゲームは楽しめた。
「気分転換に、庭でお茶でも飲みましょうか」
窓の外を見ると、夕焼けに差し掛かっていた。リシャールが出ても問題ない時間帯だ。
マノンが頷き、指輪を外そうとした。
「ああ。外さなくて構いませんよ」
「え。ですが……」
前回は銀の指輪に触れることを躊躇っていたのに。
戸惑うマノンをよそに、リシャールはさっと手袋をつけた。
「指輪を何度もつけたり外していたりしたら、無くしてしまいかねませんから。……その指輪、あなたにとってとても大切なものなんでしょう?」
マノンは無意識に指輪に触れた。
指輪にはオベール家の家紋が刻まれている。姉が亡くなった後、叔母からオベール家の自覚を持つようにと渡されたのだ。
だが、この指輪は元々は姉が身につけていたもの。マノンに残された、唯一の姉の形見だ。
「ええ。……良く気づきましたね」
銀でできた指輪ではあるが、目立つような装飾はなく、貴族令嬢が身につけるにしては簡素なものだ。他の令嬢はもっと華やかなで色鮮やかな宝石のついた装飾品をつけている。
「あなたはよく指輪を触っていましたから」
さらりと告げるリシャールに、マノンは内心動揺していた。
まさか、リシャールがそこまで観察しているとは思わなかった。
彼にとって、自分は獲物でしかない。
だから、こんなふうに気遣われるとは思わなかった。
相手を観察しているのは自分だけではない。今のところは問題ないが、些細なことでこちらの本心を悟られてしまうかもしれない。
こちらを見つめる榛色の目に、気を引き締めなければとマノンは自分を戒めた。
「来客かと思ったら、マノンが来ていたのか」
聞き覚えのある声に、顔を上げる。そこにはシリルがいた。
「今日は来るのが遅かったな」
「父から手紙が来てたんだよ、お前の体調は大丈夫かって。すぐに返事しないと、あの人は病身なのも忘れてすぐに領地から出てきそうだからな」
「そうか。君たちの一族にはいつも良くしてもらっていて感謝しているよ」
「気にするな。持ちつ持たれつってやつだ」
シリルはリシャールと親しげに会話を交わした後、マノンに視線を向けた。
「顔も合わせてない相手といきなり婚姻を結ぶことになったから心配してたけど……上手く行ってるようで良かったよ」
「……ええ。素敵な方とご縁ができて、とても嬉しく思ってます」
マノンは以前のように親しげに会話を試みるが、笑みにぎこちなさが混じった。
先日、茶会で聞いた噂話がどうしても尾を引いてしまっている。
姉がリシャールと会っていたのは舞踏会だ。その全てにシリルがいただろう。
シリルは、姉がリシャールと話している姿を見て、なんとも思わなかったのだろうか?
姉は感情を隠すのは上手だが、愛した人を見る眼差しはわかりやすい。赤の他人なら気付けなくとも、マノンやシリルのようにデボラに近しい人ならすぐに気づくだろう。
シリルが、姉の心変わりに気づかなかったはずはない。
なのに、なぜ彼はふたりに距離を取らせようとしなかったのだろうか。
「シリルお兄様、先日お子さんが産まれたそうですね。おめでとうございます」
「ありがとう。元気な男の子なんだ。今度、顔を見においで」
シリルは姉が亡くなった二年後、別の女性と結婚した。
婚約者が亡くなった後に結婚することは珍しいことではない。彼は嫡子だ。家を守るために子を成す義務がある。
だから、シリルが結婚したことは当たり前のことだと思っている。
けれど、彼が婚約を結んだのは姉が亡くなって三ヶ月後だと聞いた。喪が開けていないのに、彼は早々に次の婚約者を見つけたのだ。
姉とあれほど愛し合っていたというのに。
以前は仕方ないことだと見て見ぬふりをしていた。だが、今はもうシリルへの不信感は誤魔化せないほど大きくなっていた。
マノンは極力平然と振る舞った。
シリルを交えての茶会は和やかに終わり、マノンはシリルと帰宅することになった。
いつもは御者台にいる侍女は、流石に男性とふたりきりにさせるわけにはいかないと思ったのか馬車の中に入ろうとしたが、シリルがそれを断った。
「私は彼女の親戚だ。昔から彼女の姉と三人で過ごすこともあった。叔母も文句は言わないだろうから、気にしなくて良い」
侍女は引き下がった。
馬車が走り出してから少しして、シリルが口を開いた。
「マノン。私に何か言いたいことがあるだろう?」
「先ほど、お祝いの言葉は言いましたが……」
言外に伝えることはないとやんわりと否定する。シリルに不満はあっても、今は復讐が最優先だ。下手に揉め事は起こしたくない。
「君はデボラに似て、わかりやすいから。ずっと何か言いたげだったのはわかったよ」
姉の名前に、マノンは顔を上げる。
シリルはじっとこちらを見据えている。彼はきっとこの話を広げたいのだとマノンは悟った。
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