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「さく」と水野くん
しおりを挟む来海みるくこと才倉しづとコミカドるる実こと水垣聖は打ち合わせのあと、果実社近くの水垣くんのオススメのカフェに入った。
「……なんというか、オッシャレーなカフェだね。」
いや、入る前から分かってはいたんだけど。だって外観からオシャレだった。一面ガラスみたいなお店だった。中に入ってみればオシャな人達がアフタヌーンティーを嗜んでいそうなシックなカフェ。2階まであって、そして個室完備。
「ここ、個室あるから仕事の打ち合わせでよく使うんだ。」
「へー…。」
そう、今も個室。プロットの話するんだもんね、お仕事の話ですし?個室の方がいいよね。確かに。うん。
でも、でもさ?約10年振りに話す相手といきなり個室は気まずいものが正直ある。
「ここ、飲み物もご飯も美味しいよ。」
私が気まずいと思ってるのを知ってか知らずか、水垣くんがメニュー表を差し出した。
正直オシャレカフェなんて普段は入れない憧れの場所ではある。だからオシャメニューには興味がある。
今日は初顔合わせだからってキレイめのサロペット着て来て良かっだぁ。まぁ、相手は水垣くんだったけど。
カフェのメニューは美意識高めなカタカナのサラダからそれこそアフタヌーンティーまであった。
やはりオシャレなカフェは言葉までオシャレ。なんのサラダか分からん。こういうのもいつか小説のネタになるかなぁ。
スイーツのページまでペラペラとめくる。だって食べるならスイーツが食べたいから。
スイーツのページまでめくるとすぐにチーズケーキの写真と目が合った。チーズケーキに目は無いけど。
ぶ、ブリュレバスクチーズケーキ……。
名前だけで美味しいってわかる。破壊力もすごい。写真もすごい。
「決まった?」
「え、あ、うん。」
水垣くんが呼び鈴を押すと、個室の扉をノックし、店員さんが現れる。
「僕はアイスコーヒーで。」
チラっと水垣くんがこちらを見る。
「あ、ブリュレバスクチーズケーキとカフェラテで…。」
「承知しました~。少々お待ちください。」
店員さんはニコッと笑って扉を閉めた。こういうお店の店員さんって顔よし、コミュ力よしの強者よね。
それにしても。
注文してしまった。
ブリュレバスクチーズケーキ……。
ごくりと喉が鳴る。
「さっきも思ったけど、才倉は中学の時から変わらない。」「えっ、」
……それ、褒めてます?
「人見知りで初めて話す人とは目線が合わないとことか、美味しそうなものみると表情明るくなるのとか全然変わらない。」
「……そんな顔に出てます?」
「出てる。」
……やっぱり褒めてない気がする。
食べ物については食い意地張ってるのバレバレってこと?恥ずかしい。
なんとなく悔しくて、なんか反論をしたくなった。
「水垣くんは変わらないっていうけど、私見た目は割と変わったって言われるよ?中学の時より痩せたし。」
中学生の時はぽっちゃりどころがドン!って感じの体重だった。重かった。水垣くんの1.5倍くらいはあったと思う。大学くらいで生理不順になって減量した。だから顔立ちや芋感は抜けてないかもしれないけれど、体型は変わった。久しぶりに会う人には気づかれないことも多い。それでも今もややぽちゃではあるが。
「才倉は昔も今も変わらず可愛いから分かるよ。」
か
わ
い
い
……かわ?
水垣くんから出るはずのないセリフに私は一時フリーズする。彼は人間じゃなくて動物に対してもそういうことを言うタイプでは無かった。それは可愛いと思ってないとかそういう事ではなく、それらの台詞を言うことが恥ずかしいと思うタイプの青年だったからだ。
それを目の前の男は恥ずかしげもなくサラりと告げる。それが可笑しくてガクガクと恐怖が押し寄せてくる。
「……突然何こわい。仕事相手だからお世辞言ってる!?要らないよ!?」
「お世話じゃないけど。中学から思ってた。」
「こわいこわいこわいこわい!!!
打ち合わせのときはめっちゃ笑ってたのに、今はうんともすんとも笑わずに可愛いとか真顔で言うのも怖いし、なんで私が小説書いてるの知ってるのかも恐いし、全てこわいんだけど!!」
目の前の人が何を考えてるのか理解出来ず、てか向こうが理解させる気があるのかも分からず、真意不明な上で話しかけてくるのがこわい。
このカフェの間に少しでも彼の真意?とはならずとも目的を知れたらと思っていたが、水垣くんがさっきから色々と仕掛けてくるせいでもう余裕なんてもんはない。なにこれ、こわい。もしかして水垣くんの顔をした別人?とすら思う。
私が真意分からずガクブルしていると、水垣くんは、なぜこんな事に?と言うような納得のいかない顔をして、後ろの髪を手でクシャクシャと撫で回しながら「打ち合わせのときは外面だったから。愛想のない人よりも愛想がある人の方が良いでしょ。コミカライズとか挿絵とかの度に色んな人と打ち合わせするから処世術みたいなもので……。」
バツが悪いのか、少し八の字眉で言った。
八の字眉!!!!!
とぅ、トゥンく……!!
たった数秒前まで恐怖で別人説すら唱えていたくせに、たった数秒でコロッとときめいてしまうなんてコイツヤバすぎだろと思われるかもしれないが、水垣くんの困り眉の顔が好きすぎて思わずハートを射抜かれる。今ならこのキモオタ断言できます。この人は水垣くんだ。私は中学の頃からこの顔に弱かったことを思い出す。
。
あれは中学の昼休みだった。
お昼を食べ終わって私は部活の譜面を見てゆっくり過ごしている…体を装いつつ、チラチラと小説を読んでいる水垣くんを見ていた。(キモイというコメントは受付けませんのよ。)
本の開き具合を見ている感じ、終盤に差し掛かりクライマックスのようだ。
水垣くんは本を閉じて机の上に置いた。
……あ、読み終わったみたい。
彼はすーーーーっと息を吸い、机の上の本を見つめる。そのときの水垣くんの顔はクライマックスに納得がいかなかったのか、残念だったのか、眉が八の字になっていて明らかにしょぼーーんとしていた。
トゥンく……!!!!!
中学生の頃の私はその顔に射抜かれ、思わず譜面に顔を埋めたのだった。
。
。
。
そうだ、懐かしい。そんなことあった、あったよ!!
普段から表情筋が動かない水垣くんが明らかにしょぼーーんとしてて悶絶した!!記憶が!!
「ふふっ、ふふふふふ……」
私は思わず思い出し笑いをしてしまう。
「…今笑う要素あった?」
私が急に笑ったことに対して理解できないという怪訝な顔をする。もしかしたら笑われたと思ったのかもしれない。
「ごめんごめん、水垣くんも変わらず可愛いね。」
「かわっ…?」
水垣くんはまさか25歳にもなって可愛いと言われるとは思ってなかったようでパチクリと瞬きをした。
水垣くんって中学の頃は男子としか基本話さないし、男子の前でしか笑わない男の子だった。
だからか思い出しても表情筋が動いてるイメージがあんまりない。私はそこが他の男子とは違って、気になったのらはホント。でも好きだなぁとか言葉にならなくて堪らなくなったのは、本当にたまに今みたいに眉が八の字になったり、年相応の可愛らしい子供っぽい一面が垣間見える瞬間だったと思い出した。
私は結局、水垣くんのことが大学生になっても忘れられなかった。というか今の今も忘れることなんて出来てはいない。
中学を卒業して別々の高校に行って、接点も無くなって。忘れようと高校では1度だけ付き合ったりしてみたけど、それでも忘れられなかった。
中学生の私にとっての水垣くんって、それほど影響力が強くて、大好きな人だったんだと思う。でも、どうしたってどんなに好きだったとしても、こうやって今みたいに忘れてしまうこともある。
小説を執筆してるときだって何度も思った。
好きだったってことだけは覚えてる。でも私は彼のどこが好きだったのか。彼の何が好きだったのか。覚えてるのに思い出せない。本当に好きだったの?今の私は水垣聖くんのことをどう思っているのだろうか。
そう思うとお話の中の水垣くんは動かなかった。だから書けなくなってしまった。
でもこの数分、水垣くんといて少し思い出した。私は水垣くんのこういう姿に惹かれていたんだ。
ちゃんと覚えていた。ちゃんと好きだった。
それがとても嬉しい。私の好きは確かにそこにあったのだ。
物語は少しだけ進もうとしている。
。
なんだか可笑しくて、嬉しくて笑っていると、個室の扉が開き、飲み物とケーキが運ばれてきた。
「おおお、これがブリュレバスクチーズケーキ……。」
キラキラキラキラ~とブリュレ?のカラメル?の部分がライトに照らされ眩く輝いている。
パシャリとスマホで1枚。……いや、5枚は撮った。
これはインシュタに載っけれちゃうオシャなビジュアルだ。とろとろのバスクチーズケーキの断面がキャラメリゼされたケーキ。そしてそれを乗せている大きめの白いお皿。芸術点が高すぎる。
「いただきまーす。」
我慢できず、そそくさとブリュレバスクチーズケーキをフォークでカットし頬張る。
「~~!!!」
うまぁあああああああああああああああああ。
ブリュレがカリカリ、中はとろとろで口の中が楽しい…。舌の上でとろけたバスクチーズケーキがくど過ぎない絶妙な甘さで脳みそが溶ける~…。幸。
減量をして数年。
未だに自分で決めた超えちゃいけない体重を超えては減量して~を繰り返している。
だからスイーツもできるだけ友達や家族と出かける時以外は食べないんだけど、やっぱり甘いものって最高に美味しい…。
「っ、ほんと美味しそうに食べるね。」
甘味に感動してもぐもぐと食べていると、水垣くんはまた腕で口を隠して笑っている。見えないけど表情筋、活動しているようだ。
「……そんなに変な顔してる……?」
「いや?可愛すぎて顔が綻んじゃうだけ。マヌケな顔してるから見ないで。」
水垣くんはふーっと息を吐いて顔から腕を外し、いつも通りのしれっとした顔でコーヒーを飲んだ。
「水垣くん、昔はそんなこと言う人じゃなかったよね?高校とか大学で随分女の子慣れしたのかな?」
じっとりとコーヒーを啜る男を見る。
さっきから自分ばかりどぎまぎしている気がしてちょっと意地悪をしたくなった。
「なっ、ちが、」
「ここのカフェだってオシャレだしね、良いデートスポットだよね。」
少し感じの悪いことを言ってしまったかもしれない。
でも少しくらい許して欲しい。
高校で初めて付き合った時。彼氏ができたとき。
嬉しかった。中学の時はずっと片想いで、誰かに好いてもらえる、選んでもらえることは夢のまた夢みたいな気持ちだったから。
でも、付き合った時に思ってしまった。
私が付き合ったということは、水垣くんだって高校で誰かと仲良くなって付き合う可能性があると。
それは…嫌だなって。
高校、大学、今だってそんな自己中心的な言葉にするのも醜い気持ちは続いている。
そして目の前に現れた彼が1度ならず2度も可愛いとサラッと告げる姿に私は水垣くんの過去を想像した。
想像できてしまった。
「ごめん、意地悪言っちゃったね。今日はお仕事の話しに来たんだもんね。プロットの話しよっか。」
水垣くんが何か言おうとする前に勝手に遮る。自分から話を振ったのに嫌な奴がすぎる。
でも何か言う、その言葉をなぜか聞く気にはならなかった。
さっきまで甘くて楽しい時間だったのに、口の中に残ったキャラメリゼは堅くて、ほんのり苦い。
。
プロットとは
構成。簡潔に言えば物語の要約である。
物語の中で重要な出来事をピックアップすること。
私は机にノートとボールペンを出す。
一応、小説家ですからね。というか顔合わせという名の打ち合わせありましたからね。筆記用具類は持ってきていました。
「水垣くん、プロット考えるにあたって聞いておかないといけないことがあるんだけど。」
「なに?」
私がさっき情緒不安定なことをしたせいで空気は少し重い。私のせいだけど。
「今回のコミカライズ、水野くんの心情は水垣くんに聞いていいってこと?」
担当編集の前園さんも言っていた。異性側の目線。
まぁ端的に言えば、今回の作品のヒーローともなる水野誠こと水垣聖、本人の目線。
「まぁ、そういうことになるかな。だからこの仕事を依頼したってのもある。」
「やっぱり私が作者って知ってたってこと?」
「まぁ、そう。」
こういうときこそ表情筋を動かして欲しいものだが、表情筋は動かない。
「どうやって知ったのか参考までに伺っても?」
身バレするようなことをした記憶が無い。私が小説家ということも信用してる数人にしか言っていないのだから。
「…まぁ一言で言うと去年、果実社の忘年会。」
「あー。」
果実社の忘年会。その一言で全て納得した。
だって私はそこにいたし、水垣くんも果実社で仕事をしてたら呼ばれていて当然なのだ。
水垣くんは、私の納得した顔を見ながら、ここまでの経緯をゆるやかに、淡々と話し始めた。
────去年、果実社でアンソロジーに参加させてもらったんだけど、それ経由で忘年会にも呼んでもらって。僕みたいな作家はツテの仕事だから、仕方なく参加したんだけど、そこにいたんだよ。才倉が。
オドオドしながら担当の人と、立食してた。
あの日は確かにフォーマルな格好だったし、中学の頃とは違う部分あったけど、すぐ分かった。才倉だって。それからアンソロジーの担当の人に才倉はなんの作家さんなのか聞いたら教えてくれて。帰りに本屋に寄って来海みるくの本、全部買って読んだ。
で、読んでみたら部活も委員会も性格も自分に瓜二つのキャラがいた。なのに毎回登場する割には最後には必ず登場しなくなってて。
そのあと別件で果実社に行ったときに今の担当の前園さんに話を聞いたら、津田さんに質問してくれて。そこで書けないってことを知った。
「小説、全部読んだけど面白かった。男の僕でも面白かったんだから、学生の女の子たちはもっと楽しみにしてるんだと思う。だから一緒に作りたいと思った。皆が待ってる物語を。」
真っ直ぐにこちらを見る瞳に思わず吸い込まれそうになる。この人は嘘をついてないと分かる。元々嘘をつくような人とは思っていないけれど。
私は勝手に色々と考えて、空気を悪くする嫌なやつなのに。それでも水垣くんは嫌な顔もせずに全てをしっかりと話してくれて。
私の拙い小説を全部読んで面白いと言ってくれる。
ああ、この人はこういう人だった。
表情筋は動かないし、静かだし、本ばっか読んでるし、正直面白みはない人だ。でも可愛らしくて、真っ直ぐでどうしようもないくらい無垢な人なのだ。
だから、だから、
憧れた。惹かれた。好きになった。羨ましかった。
嗚呼、良くない。
1つ思い出したらまた1つ、また1つと思い出してしまう。
「……さい、くら?」
「小説、読んでくれて有難う。一緒に喜んでもらえる作品作ろうね。」
「うん」
私は笑うことしか出来なかった。
。
バスクチーズケーキは時間が経って、少し溶けていた。口に入れると口の温度で一瞬で蕩ける。
カフェラテも時間が経って、グラスに水滴が伝う。
水垣くんとのこの時間は一瞬のように思えたけれど、意外と時間が経過したようだ。
「それじゃ、そろそろプロット…っと言いたいところだけど、実はプロットってしっかり書いたことなくて。水垣くんはどんな感じとか知ってる?」
お互い、コミカライズに向けての意思確認はできた。
そうなれば次は当初の目的通りプロットを作る以外に今できることはあまりない。
しかし、携帯小説って売れる売れないは関係なく趣味で投稿できるフォームだから頭の中で簡単にプロットがあったとしても、キャラが勝手に動き出したり、思いつきとか結構勢いで書いてたりすることも多い。だからプロットという形に残るものにしたことがない。
「僕もコミカライズ担当だからプロット自体は書いたことないけど、コミカライズを担当した作家さんのプロットはゴールを何個か決めてた。」
「ゴール?」
「物語で絶対に入れたい重要な場面っていうか。まぁプロットなんだから当たり前に書くんだけど。でも連載となるとそう簡単でもないらしい。連載は順位によっては打ち切られることだってある。だから読者の目を引く場面、そして作家自身が描きたい場面をどれだけ上手く入れられるかが重要らしい。」
「へぇ、連載って大変なんだね、、。」
私のようなWeb小説の場合はサイトでの順位、Webで載せたものの閲覧数が多ければ出版社から声がかかり、書籍化。書籍化した後は順位と閲覧数、そして既に発行した既存の巻の売れ具合で次巻を書籍化するかが決まる。
「でもこれは紙の連載であって、最近はスマホアプリでもあったりするからそこら辺はまた違うみたいだけど。」
水垣くんはそう付け足す。確かに私も最近はアプリで読んだり、買ったりしてるものもある。
「あ、そういえば今回のコミカライズはどういう形式なんだろう。掲載の月が決まってるなら大方決まってるのかな。」
「担当さんに聞いてないの?」
水垣くんはなぜそういう重要なことを聞いていないのかと言うニュアンスで言う。これが様々な人と仕事をしてる人と私のような津田さんとだけ話してる人の社会性の差かもしれない。
「津田さんがまだ確定ではないって。」
でも私だって一応聞きましたとも。ええ。
津田さんって天然に見えるけど、意外とちゃんとしてて確定事項じゃない期待させることは絶対に言わない。だから今回も本決まりではないから教えてはくれなかったようだ。
「確かにまだ本決まりではないけれど…。前園さんは中高生向けの少女漫画のフルーツバスケットで連載できるように動いてるって言ってた。」
「フルーツバスケット!!私も中学の頃読んでた!!すごい、本当に漫画になるんだね。なんだか少し実感湧いた。コミカドるる実先生の綺麗な絵でコミカライズ…。」
何度目か分からないコミカライズの実感をする。
コミカライズの実感をするのに、コミカライズをするという実感が持てないという支離滅裂な感覚にこの数週間襲われている。
もしかしたら実際にコミカライズをして、単行本を手にしても私はそれを事実と受け止めることができないかもしれない。
だって自分の小説のキャラクターたちに表情や動きがつくってことで。そんなの信じられない。
しかもコミカドるる実先生の繊細な…
繊細な…
…………ん?
ここでふと私は思った。
「水垣くんって絵とか描けたの?中学のころは読書しかしてなかったよね?なんなら漫画とか興味無さそうだったけど。」
そう、中学の頃から深夜アニメ観て寝不足な私とは対照的に水垣くんは「アニメ?観ませんが?」とでも言いそうなイメージだった。というか偏見だけど、親御さんが見せてくれなさそうなイメージがあった。極めて規則正しい生活をしていて、その中の娯楽が読書というイメージだった。なので彼が絵を描くことも、近年の流行りでもある繊細で可愛らしいものを描けるイメージもない。
少し眉間に皺を寄せた水垣くんは「……高校から描き始めてた」と言った。
「え!?こ、高校!?描き始めて10年経たずにその画力!?というかコミカライズ始めたのって確か私が大学生になった頃だったはず。え、3年であの画力まで辿り着いたってこと!?こちとら小学生の時から描いてんのに足元にも及ばねー。」
私はソファに座ってるのに、ソファに崩れ落ちた気持ちになった。努力も勿論あるんだろうけど、大人になってから描き始めて、そのスピード感で成長してるのはどっちかというと天才だと思う。
「昔から漫画やアニメばっか観てた私が小説家で、小説沢山読んでた水垣くんが漫画家。チグハグでおもしろいね。」
「……たしかにチグハグだ。」
「…………?」
水垣くんの眉がピクリと動いた気がしたけど、気のせいかな?
。
それから私たちはプロットを練った。
「プロット、意見して良いなら第1はヒロインが水野を好きになる描写を明確にいれることにしたい。」
「……というと?」
「今までのシリーズはヒロインが水野を最初から好きで、あとがたりのように好きな理由が羅列されてた。でも今回は水野がメインな訳だから、好きになる描写から丁寧にいれるべきだと思う。」
「なるほど。」
それは一理ある。
今までは結局途中から幼なじみやらお坊ちゃんやらヒロインと両思いになる別キャラが出てきて、そこから好きになる過程を丁寧に描写した。
水野くんに関しては全シリーズ出てるのにそういう描写は1度もない。
「確かに。それは必要な気がする…。となると、好きになるきっかけのイベントが1個目のメインになるかな。」
それから私たちは話し合いを続け、プロット完成させた。
「できたー!!!!!!」
ちゃんとしたプロットを書くのは初めてだったけど、こうやって完成したのをみると達成感がやばい。
「とりあえずプロットは完成したね~。水垣くんのおかげだよ。1人だと多分途中で挫折してた。」
「いや、僕も話を作る人とこういう話するの初めてだったから勉強になった。」
「すごい、社会人的な素晴らしい返答。」
「…本音なんだけど。」
集中してて気づかなかったけど、外はいつの間にかもう薄暗い。長い時間いた証明のように、カフェラテだけじゃなく、紅茶も頼んでいた。美味しかった。
「大分長居しちゃったね、そろそろ帰ろっか。プロットで助けて貰ったし、色々話せて参考になったし、今回は私にご馳走させて欲しいな。」
自分が食べた分だけ払うのもちょっとアレだしね。
「もう会計した。」
「………え!?いつ?」
「さっき才倉が席外したとき。」
そういえば飲みすぎて御手洗に行った…。
「そういう意味で席外したわけじゃ…」
「分かってる。ちょっとカッコつけたかっただけ。」
水垣くんはそういうと、席を立った。
自動ドアから外に1歩出ると、強い風が顔に触れた。
春が近づき、少しずつ暖かくなってきてはいるけど、それでもまだ夕方は少し寒い。
「水垣くん、ごちそうさまでした。ありがと。」
「こちらこそこんな時間までごめん。楽しかった。」
水垣くんは表情ひとつ変えないけれど、本当に楽しんでくれてたら良いな。
「水垣くんは帰り何で帰るの?」
「俺は車。もし良かったら才倉も乗ってく?」
「え、あ、ううん。帰りに寄りたいところもあるし自分で帰るよ!!」
嘘である。寄りたいところはないが、さすがに奢ってもらった上に車にまで乗るのは図々しい。それにやっぱり気まずい。
「そう…。でも断ってもらえて良かったよ。」
「え?」
「これ以上一緒にいたら歯止め効かないかもしれないし。」
「…………?なんの?」
「内緒。」
「?」
「じゃあ、才倉。気をつけて。」
「大丈夫だよ、子供じゃないんだから。」
「女の子だから心配してる。じゃあまた打ち合わせで。」
「うん、またね。」
水垣くんはペコッと頭を下げて人混みの中に消えていった。
昼から夕方まで。たった数時間だったのに何日にも感じるくらい濃密な1日だった。
コミカライズが決まって、その相手が水垣くんで。
水野くんがメインの話を書くことになって。
水垣くんと喫茶店で打ち合わせして。
初めてあんなに話した…かも。
あの頃の私が憧れてたものが今日にはあった。
「……よーし、帰って仕事しよ。」
今日は筆が乗る気がする。
まぁ、スマホで執筆なんだケド。
少し寒いけど、仄かに香る春の匂い。
足取りは軽い。
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