プラスティック・ヴィーナス

時雨虚太郎

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 軽く考えと言葉を纏め、私が口を開く。

「君なら、君と話しているときなら、君はこうして僕のことを待ってくれる。でも、他の人じゃそうはいかないだろう? 僕は今まで十数年過ごしてきた。もちろんそれは短い時間なんだろうけど、短いなりに、それが不可能だって悟った。だから僕は人と話すのが苦手だ。人間関係も、そのせいで苦手だ。君の言う通り速度が速くなってしまう」

「なるほどね。皆、私のように待ってくれないのね。せっかちさんなのね」

「そう。だから、あまり君以外とは関係を結びたくない。別に排他的になってるってわけじゃないんだ。ただ、君みたいな人間をあまり見たことがない。僕は、君以外に会話を待ってくれるような、そういう人間がいるとは思えないんだよ」

「それはどうかしら」

 彼女は、相変わらずの意地悪な笑みを浮かべて、カップを机においた。

「確かに、あなたのことを待つ人間は私が初めてだったかもしれない。でも、それはあなたのことを皆、理解しようとしなかったから、じゃないかしら。もしくは、理解できなかったのよ。あなたが寡黙でいる理由が。あなたも、自分は馴染めないと思って、人にあまり心を開いてこなかった。その理由を人には話さなかった」

「話せば、変わるって言いたいのかい。でもね、僕も全くなにも話さなかったわけではないんだよ」 

 私は食い気味にそう言ったが、沙穂はやんわりと返した。

「ええ、ごめんなさい、そうね。でもね、そういう少ない人を見つけるのに行動を起こす回数が少なくて、誰が見つかるかしら。虎の子どもは自分から這い出してこないわ」

 それに、と沙穂は続ける。

「私も、あなたの手助けをするから、ね?」

 諭すような沙穂の返しに、私は勢いが萎えてしまった。まいったな、と椅子に背を預ける。

「……分かった。君がそう言うなら、信じるよ。ところで、僕の中でも触れると面倒だって分かっている領域にわざわざ踏み込んで話をしてきたんだ。どこかサークルのあてがあるんだろう?」

 私がそう聞くと、沙穂は頷いて見せた。

「ええ、もちろん。まずは見学をしてみないとなにもわからないけど……一つ気になるところがあったの。今日、そこを見に行こうと思って」

「ふーん、なるほど。その急用のために、ありがたい説教をしてくれたんだね?」

 責めるような口調で、私は彼女にそう問いかけた。ちょっとした意地悪に沙穂は苦笑して、軽く舌を出してから、ごめんねと謝罪をした。


 彼女が紹介してくれたサークルは、前述したように、旅行同好会であった。なぜ彼女がここに興味を持ったのか、私はいまだに分からない。彼女に理由を尋ねようとも思わなかった。私は沙穂が選んだ、という理由だけでそのサークルに入ることを決めた。

 サークル、というのは基本的には新入生を入れるための活動をよくするのだが、旅行同好会というものは、そういった動きを見せなかった。いや、積極的でなかったという方が正しい。その露出の低さから、沙穂とサークルに入る申請をするのはおろか、説明はほとんど聞けず、連絡もなかなか取れなかった。

 送ったメールに対して反応がなく、諦めようか考えていたところ、実に5日遅れで返信が来た。彼はメールの上で村上と名乗った。

 どうやら、新入生の対応を任されていた人間が、面倒になったのか、彼に対応を回したらしかった。なんて自分勝手な人間だろうと少々旅行同好会というものに不信感を抱いたものの、彼の対応が丁寧だったので、私も評価を改めた。彼は詳しい話が聞きたいなら直接会って話そうと伝えてきたので、沙穂がそれに同意した。

 彼は、時間が合えばいいが、と前置きしてから、夕方の学食で話すことを提案した。私たちはもちろん学食の雰囲気は苦手だが、それは飽くまでそこにいる人間たちの雰囲気が苦手というだけで、さしてその他は気にならなかった。夕方ともなると、学食は人が減り、私たちの間でも問題にはならない。私たちはその次の日の夕方に会うことを約束した。


 約束の日、私たちが学食に行くと、彼は伝えてきた通り窓側の席に一人で座っていた。私たちが席に近づき、お辞儀をすると、君たちが旅行同好会に入りたい子かい? と聞いてきた。頷くと、彼は席に座るよう勧めた。もちろん立って話すわけにもいかないので、沙穂はいつも通り、私は若干緊張しながら席に座った。

「ああ、そんな改まらなくてもいいよ。僕と君らじゃ、さして年は離れてないから」

 彼は特に私の様子を見て言った。しかし私の固さは、特に相手が先輩だから、というわけではなかった。初対面ならば、相手がどんな人間でも緊張してしまうのだ。

 彼の言葉を受けても、私の緊張はあまり解けなかったが、村上はあまり気にかけずサークルの説明を始めた。

「さてと。じゃあ軽く俺たちのサークルについて話そうか。部員は結構いるけども、実際に動いているのは数人程度なんだ。俺も合わせて……6人程か。だからあまり活発なサークルとは言えないし、静かだな。とても。
 ……でも旅行は結構頻繁に企画する。日帰りから泊まりまであるし、フォーマルからラフなものまで。旅行にだけは来るっていう人もいるかな。だけど、やっぱり少人数にはなる。その分いろいろ話せて、面白いけどね」

 彼は別段、部員の少なさを悲観的には見ていなかった。むしろ肯定的に捉えていた。少人数には少人数なりの利点がある、という考え方に私はひどく親近感を覚えた。

「別に出席とかもないし、結構緩めだ。ただ旅行を企画するなら、予約とかお金とか、そこがどんな場所かとか、最低限のことはしっかりしてもらう必要がある。まあ、分からないことがあったら先輩に聞いてくれればいい。活動している先輩は、それなりに詳しいから」

 まあさして重要なこともないだろうし、平気だろう。そう彼が締めくくった後、沙穂がいくつか質問をした。私は、その内容を覚えていない。母に連れてこられた子のように、ただただ彼女に任せていた。その問答がどれくらい続いたころか、ふと彼がこんなことをこぼした。

「それにしたって珍しい。よくもまあこの時期にこんなサークルを見つけたものだ。俺たちは最初の方こそ新歓をやっているけど、この時期ともなるともうやる気をなくしてしまってね。もともとこのサークル自体へのやる気がないやつと、人数を増やすことにやる気がないやつばかりなんだ。だから、君たちのような新入生は稀だ」

 沙穂は、笑みを浮かべた。

「もしかして、迷惑でしたか? こんな時期に人が増えるのは。面倒ですものね?」

 彼はあわてた様子で返した。

「いや、いや。そんなことはないよ。確かに人数は少ない方がいい。だけどもちゃんと活動してくれそうな子が増えるのは、喜ばしいことだからね」
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