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新月の手記
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私には告白せねばならないことがあります。私の友人と私自身について、記しておかなければなりません。
彼女は、村上という方を殺害いたしました。私はその殺害を告白されましたが、通報は致しませんでした。彼女には時間が必要だと思いましたし、彼女が望めば、私はいつでもそうする所存でございました。市民の義務を果たさなかったことはお詫びしますが、彼女は明らかに悪ではないのです。だからこそ、通報を致しませんでした。
……私は、彼女のことを愛しておりましたし、愛することを実践しようと致しました。神の愛とでも呼びましょうか、それを行おうとしたのです。神は全てを受け入れ、許します。ですから私はそれに則ったのです。彼女の全てを受け入れました。しかし、私は罪を犯しました。やはり人間とは不完全なものなのでしょうね。
罪を告白します。私は私の愛情を彼女に押し付けました。彼女が村上さんを殺した後、彼女は警察に捕まるのではないかという不安感から私に相談しにきました。彼女は様々な事を私に吐き出しました。村上さんが離れていくのが怖かった、私を愛してほしかった。そうやって彼女は泣きじゃくり、私が悪かったのかと訊いてきました。
いいえ、彼女は悪ではございませんので、そう答え、あまりにも哀れな彼女を抱きしめました。ふるふると震えている彼女の頭を撫でました。しかし、彼女は依然として孤独の吹雪に震えたままでしたので、私は私の愛を彼女に伝えようとしました。
あなたは一人じゃない。私がついている。何をしたってどうしたって、私はあなたを受け入れる。そう、伝えたかったのです。
私は、彼女の唇に口づけをすることが、その証明になりうるのではないかと考えました。それが愛の証明になる、と。しかし、あまりに残酷なことをしたと、私は後悔することになりました。彼女は、同性である故か、その行為に嘔吐で答えたのです。彼女はほとんど飲み食いをしていなかったのでしょうが、それでも吐瀉物が唇に触れた時、私はその全てを理解いたしました。
私はその吐瀉物を全て飲み下しました。こぼさぬように私は唇を開き、彼女の唇に咄嗟に合わせました。……なんの例外もなく、全て飲み干したのです。はい、どうしても証明したかったのです。愛する彼女に、分かってほしかったのです。私がどれだけ愛してるかを、愛せてるかを。
ええ、今ならわかりますが、それはあまりに気色の悪い行動だったのでしょう。彼女は私を突き飛ばして、そのまま帰りました。しかし、これも受け入れなければなりませんでしたから、私は、彼女を追いはしませんでした。彼女が殺人犯であろうとなんであろうと、私の愛すべき人であることには変わりはないのです。
「久しぶりだね、沙穂」
屋根すら穴が開いている廃教会、女神像を背後にして、彼女が立っておりました。なにか吹っ切れたような顔をした彼女は、本当に、私の愛しい人なんだと実感させる力を持っていました。
「ええ。……ところで、御用とはなにかしら?」
「ああ。どうしても、沙穂に頼みたいことがあるんだ」
真剣な瞳で私を見据える彼女は、静かにこう言いました。
「私を、殺して」
それを聞き間違いだと思うのは簡単です。しかし、
「……ええ、それがあなたの望みなら」
そうしてはならないことを、私はよく知っています。
「ありがとう」
申し訳なさそうに彼女は笑って、あまりに安っぽい包丁を私に渡しました。私は受け取った手の震えを抑えるために、その手をすっと後ろへ隠しました。全て受け入れなければならないのですから。
本当は殺したくないですよ。愛しいあなたですもの。この愛が伝わっているならあなたはもしかしたらその願望を取り消したりするでしょうか。私はあなたの言うこと、全てを許すのですよ、こんな、それをこんな風に使うなんて、なぜなのですか。
でも、そういった思いを彼女に伝えることは押し付けでしかないことを理解してますし、それがあなたを傷つけたことも理解していますから。
「痛いのは、いやよね」
「……うん」
「うん、じゃあ、うん」
私は彼女に後ろを向くように促しました。彼女は頷き、ゆっくりと後ろを向きました。その体を軽く抱きすくめ、その震える体に気づき、私はつい目頭が熱くなっていきました。
「……ねえ、その――」
本当に、いいのかしら。そんなことを言おうとしたのですが、彼女はそれを遮って私の名を呼びました。
「ねえ、沙穂」
「……なあに?」
「君は、君だけは、生きて」
それだけ言って、彼女は心を決めたように息を吐きました。体の震えは止まり、私はもう、やれることはひとつしかないことを実感しました。
そうやって、私は彼女を殺しました。
私の罪の告白はこれが以上です。私は彼女を失ったことにひどく絶望しました。涙というものを初めて流しました。どうして、等と死人に問いかけるほど理性が欠けました。彼女の血を全て飲み干してもみました。彼女の魂が私の中に宿り、いずれ救われるのではなんて。答えは自らの吐き気という拒絶でした。
愛で彼女を救えた気がしません。
愛が何か役に立った気もしません。
私はただ愚かしい人間だったのでしょうか。どうしてでしょう。私は、本当に大事だと思った人を、どうして、こんなにも愛したのに、彼女を失いました。
結局のところ、全て独りよがりだったのかもしれません。皆が皆、独りよがりの中、上手く回るように目をそらして……直視した私は間違いでしたか。それとも神の愛など人間である私には実践しようもなかったのでしょうか。
私が人間であるなら、神様、どうか許していただけませんか。
彼女との約束を、破ること。
彼女は、村上という方を殺害いたしました。私はその殺害を告白されましたが、通報は致しませんでした。彼女には時間が必要だと思いましたし、彼女が望めば、私はいつでもそうする所存でございました。市民の義務を果たさなかったことはお詫びしますが、彼女は明らかに悪ではないのです。だからこそ、通報を致しませんでした。
……私は、彼女のことを愛しておりましたし、愛することを実践しようと致しました。神の愛とでも呼びましょうか、それを行おうとしたのです。神は全てを受け入れ、許します。ですから私はそれに則ったのです。彼女の全てを受け入れました。しかし、私は罪を犯しました。やはり人間とは不完全なものなのでしょうね。
罪を告白します。私は私の愛情を彼女に押し付けました。彼女が村上さんを殺した後、彼女は警察に捕まるのではないかという不安感から私に相談しにきました。彼女は様々な事を私に吐き出しました。村上さんが離れていくのが怖かった、私を愛してほしかった。そうやって彼女は泣きじゃくり、私が悪かったのかと訊いてきました。
いいえ、彼女は悪ではございませんので、そう答え、あまりにも哀れな彼女を抱きしめました。ふるふると震えている彼女の頭を撫でました。しかし、彼女は依然として孤独の吹雪に震えたままでしたので、私は私の愛を彼女に伝えようとしました。
あなたは一人じゃない。私がついている。何をしたってどうしたって、私はあなたを受け入れる。そう、伝えたかったのです。
私は、彼女の唇に口づけをすることが、その証明になりうるのではないかと考えました。それが愛の証明になる、と。しかし、あまりに残酷なことをしたと、私は後悔することになりました。彼女は、同性である故か、その行為に嘔吐で答えたのです。彼女はほとんど飲み食いをしていなかったのでしょうが、それでも吐瀉物が唇に触れた時、私はその全てを理解いたしました。
私はその吐瀉物を全て飲み下しました。こぼさぬように私は唇を開き、彼女の唇に咄嗟に合わせました。……なんの例外もなく、全て飲み干したのです。はい、どうしても証明したかったのです。愛する彼女に、分かってほしかったのです。私がどれだけ愛してるかを、愛せてるかを。
ええ、今ならわかりますが、それはあまりに気色の悪い行動だったのでしょう。彼女は私を突き飛ばして、そのまま帰りました。しかし、これも受け入れなければなりませんでしたから、私は、彼女を追いはしませんでした。彼女が殺人犯であろうとなんであろうと、私の愛すべき人であることには変わりはないのです。
「久しぶりだね、沙穂」
屋根すら穴が開いている廃教会、女神像を背後にして、彼女が立っておりました。なにか吹っ切れたような顔をした彼女は、本当に、私の愛しい人なんだと実感させる力を持っていました。
「ええ。……ところで、御用とはなにかしら?」
「ああ。どうしても、沙穂に頼みたいことがあるんだ」
真剣な瞳で私を見据える彼女は、静かにこう言いました。
「私を、殺して」
それを聞き間違いだと思うのは簡単です。しかし、
「……ええ、それがあなたの望みなら」
そうしてはならないことを、私はよく知っています。
「ありがとう」
申し訳なさそうに彼女は笑って、あまりに安っぽい包丁を私に渡しました。私は受け取った手の震えを抑えるために、その手をすっと後ろへ隠しました。全て受け入れなければならないのですから。
本当は殺したくないですよ。愛しいあなたですもの。この愛が伝わっているならあなたはもしかしたらその願望を取り消したりするでしょうか。私はあなたの言うこと、全てを許すのですよ、こんな、それをこんな風に使うなんて、なぜなのですか。
でも、そういった思いを彼女に伝えることは押し付けでしかないことを理解してますし、それがあなたを傷つけたことも理解していますから。
「痛いのは、いやよね」
「……うん」
「うん、じゃあ、うん」
私は彼女に後ろを向くように促しました。彼女は頷き、ゆっくりと後ろを向きました。その体を軽く抱きすくめ、その震える体に気づき、私はつい目頭が熱くなっていきました。
「……ねえ、その――」
本当に、いいのかしら。そんなことを言おうとしたのですが、彼女はそれを遮って私の名を呼びました。
「ねえ、沙穂」
「……なあに?」
「君は、君だけは、生きて」
それだけ言って、彼女は心を決めたように息を吐きました。体の震えは止まり、私はもう、やれることはひとつしかないことを実感しました。
そうやって、私は彼女を殺しました。
私の罪の告白はこれが以上です。私は彼女を失ったことにひどく絶望しました。涙というものを初めて流しました。どうして、等と死人に問いかけるほど理性が欠けました。彼女の血を全て飲み干してもみました。彼女の魂が私の中に宿り、いずれ救われるのではなんて。答えは自らの吐き気という拒絶でした。
愛で彼女を救えた気がしません。
愛が何か役に立った気もしません。
私はただ愚かしい人間だったのでしょうか。どうしてでしょう。私は、本当に大事だと思った人を、どうして、こんなにも愛したのに、彼女を失いました。
結局のところ、全て独りよがりだったのかもしれません。皆が皆、独りよがりの中、上手く回るように目をそらして……直視した私は間違いでしたか。それとも神の愛など人間である私には実践しようもなかったのでしょうか。
私が人間であるなら、神様、どうか許していただけませんか。
彼女との約束を、破ること。
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