失われた歌

有馬 礼

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第2部 帝都ローグ篇

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 散々昼寝をしたのに、夕食を摂ってシャワーを浴びると、いつもどおり眠気が襲ってくる。帝都に行こうとバルクに話すつもりでいたのに、バルクがシャワーを終えて出てくるまで起きていられる気がしない。
 ベッドに横になっていては危ないと、自分を奮い立たせて身体を起こす。
 しかし、眠気のスイッチが入ってしまって、まぶたが自然に降りてくる。
(何か、目が覚めることを考えよう。何か…)

 抱き起こされる感覚がして、眠りから引き上げられる。そっと横たえられて、何かが頬に触れる。バルクの指だ。指の背で、そっとリコの頬を撫でている。
 その指先が唇に触れて、リコは身震いしてうっすら目を開く。
「ごめん、起こしちゃった? おやすみ」
 リコはみじろぎして、横向きになった。
〈ううん、違うの…待ってたの、バルク…〉バルクの指を温かい手で緩く握る。〈話したい…ことが、あって…〉
 しかし伝わってくる言葉は急速に曖昧になって、意味が取れなくなった。指を握っていた手が力を失って滑り落ちる。
「明日聞くよ。おやすみ」
 バルクはもう一度リコの頬を撫でると、額にキスした。

 いつもの時間に目が覚めて、眠ってしまったことに軽く絶望する。
 隣に仰向けで眠っているバルクの腕の中に潜りこんで、身体に腕を回す。いつものように。
「…おはよう、リコ」
 バルクが目を瞑ったまま、横向きになってリコを腕の中に抱く。バルクの身体は温かくて、リラックスしていて無防備だった。
 無防備なバルクに抱きしめられたくて、毎朝こうしていることに、バルクは気づいているだろうか。
〈おはよう〉
 音を立てて唇にキスする。バルクはくすぐったそうに笑って、目を開けた。灰色の目がリコを見る。角度や、光の当たり具合によっては、水色にも見える。
「おはよう」
 バルクはリコにキスを返すと身体を起こす。もう少しこうしていたかったリコは、追いかけるように身体を起こすと、バルクの首に腕を絡める。
「ふふ、どうしたの?」
 バルクは笑って、しっかりリコを抱きしめ返した。
〈ううん、なんでもない。好き〉
 朝の光の中でこうして抱き合うのが好きだ。身体はまだ眠りの余韻をとどめていて親密で、なのに部屋に満ちる空気は新しく清らかで。
「好きだよ」
 バルクもリコの肩口に顔をうずめる。
 もちろん、夜に抱き合うのも。他の人には絶対に触らせないところに触れて、確かめ合って、繋がって。そして夜を通り抜けて、この朝にたどり着く。
「今日は、ラシルラの収穫祭なんだってね」
 リコは抱き合ったままうなずく。
「行ってみる?」
 リコは身体を離すと、曖昧に笑って首を振った。
〈気持ちとしては、行ってみたい。ママもやったことがあるっていう、歌姫を見てみたい。きっと素敵だと思う。けど、ラシルラの収穫祭には、村の聖霊使いたちがみんなくるから…〉
 リコは言葉を切って、目を伏せる。バルクはリコの頬に手を添えた。
「そう…」
 リコは頬に添えられた手に、自分の手を重ねた。目を閉じる。
〈泉でドラゴンに会った日ね、本当は、街道を歩いてたの。ちょっと陽に当たりたくて。そうしたら、村の聖霊使いが2人歩いて来て…。じろじろ見られてひそひそ話されて、なんだか、小さい頃の気持ちを思い出しちゃって。それで泉まで走って逃げて、そこでドラゴンに会ったの〉
「そうだったんだね。てっきり、泉に散歩に行ったのかと。そんなに色んなことがあったんだね」
〈うじうじしてたけど、ドラゴンが変なこと言うから吹っ飛んじゃった。ドラゴンなりの慰めだったのかな。変なの。でもまだ、村の人たちには、会えない。会いたくない〉
 バルクは空いた腕をリコの背中に回す。
〈せっかく言ってくれたのに、ごめんなさい〉
「なんで。謝る必要なんかない」
 唇を触れ合わせるだけのキスをする。
「ただの思いつきを言っただけだよ」
 バルクは身体を離してしまったリコをもう一度抱き寄せた。
〈あのね、バルク〉
 リコはバルクを見上げた。
〈旅に行かない? わたし、色んな場所に行ってみたい〉
「いいよ、もちろん。昨夜話したいことがあるって言ってたのは、そのこと?」
〈えっ? そんなこと、言った? わたしが?〉
「うん、言ってた」
 バルクは肩を震わせて笑った。全く記憶がない。一生懸命バルクを待っていたことは、覚えている。その先は、記憶にない。
 リコは長いため息をついて、バルクにもたれかかった。
(こういう時、なんて慰めるべきなんだろう。どこでもすぐ眠れることは、一流の傭兵やジェムハンターの必須スキルだよ、とか…?)
 結局何も言えず、バルクはリコの背中を子どもをあやすようにぽんぽんと叩いた。

 朝食は、いつもリビングで簡単に済ませる。ファミリアのジーとルーがサラダにパンとスープ、お茶を持ってきてくれた。
 リコはまず、2体に言う。
〈しばらく帝都に行こうと思うの。留守にしちゃうんだけど、ごめんね…〉
 リコが申し訳なさそうに言うと、2体のファミリアは首を振った。
「帝都ってどんなところなんだろう! 楽しんできてね!」
「僕たち、待ってるよ。毎日リコとバルクに会えないのは寂しいけど」
 リコは椅子から降りると、床に膝をついて2体のファミリアを抱きしめた。
〈わたしの精霊たちは、塔に残していくから〉
「精霊たちがいてくれるなら、何も心配はないね」
 ルーは目を瞑りながら言う。
「そうだ、リコ」ジーが言う。「もし旅の途中でネクロマンサーに会ったらさ、塔にスカウトしてきてよ。イダがいなくなってから、新しい職人が雇えてないんだよ。鎧職人とか、武器職人、あとは水道工事の技術者も来てほしいな。この前水道壊れちゃって大変だったから」
〈わかった〉
「もっと女の子の服とか、アクセサリーなんかに詳しいデザイナーも」
 ルーも言う。
「いいね! リコのドレス作りたいな! レースがいっぱいでふわふわのやつ!」
 ジーはリコの腕を抜け出してぴょんぴょん跳ねる。
「うんうん!」
 ルーとジーは手を取りあって、ぴょんぴょん跳ねながらぐるぐる回った。
「ああー、帝都は流行とか技術の最先端だっていうから、帝都の墓地には色んな死霊がいるんだろうねぇー」
「イダがいればねぇー」
 2体は鼻をひくひくさせて空想に耽った。
 その様子を黙って見ていたバルクは苦笑した。
 光の来訪者に加えて、ネクロマンサーも探すことになってしまった。どちらも稀少な存在だ。見つかるだろうか。どこにいるのか、見当もつかない。
 そして、温かい料理は温かいうちに、冷たい料理は冷たいうちに食べないと許してくれない骸骨シェフはやはり、元は人間だったのだな、とバルクは思う。ネクロマンサーに召喚されて、魔物としてこの塔で働いているのか。おそらく、農業や服飾関係の技術者もいるに違いない。
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