失われた歌

有馬 礼

文字の大きさ
35 / 99
第2部 帝都ローグ篇

25

しおりを挟む
 刑事たちが何か騒いでいる。地面に倒れている人物を認めて、ヒューゴは駆け出した。
「オリヴェル!」
 オリヴェルは血塗れで、顔面蒼白になって地面に倒れている。致命傷ではないが、腹部を負傷している。血溜まりが広がり、意識がなくぐったりしている。危険な状態だ。
 バルクとリコも追いついてきた。
「どいて!」
 バルクの鋭い声にオリヴェルを囲んでいた刑事たちがさっと道を空ける。
 バルクがオリヴェルに駆け寄る。オリヴェルの横に膝をつく。
「成功してくれ」
 柄にもなく祈る。
 腹部の傷に手を当てる。その手が、傷口が、白く光った。光はオリヴェルの全身に広がる。
「う…っ、げほっ、ごほっ」
 オリヴェルが苦しげに咳こみ、痛みに顔をしかめた。顔面蒼白なのは変わらないが、出血は止まった。
「治癒法…」
 ヒューゴが呟く。
「エセ治癒法の、そのまた劣化コピーだから、根本的な解決にはなってない。でも当座は凌げる」
 オリヴェルは救命キットに繋がれ、駆けつけた救急隊によって運ばれていった。
「…ありがとうな」
 素直に言う。
 バルクは少し目を見開いた。
「礼なんかいらない。その場凌ぎにしかならなくても、役に立って良かった」
 言葉を交わす2人をよそに、リコはじっと暗闇のその先を見つめていたが、突然駆け出した。
「リコ!」
 バルクも慌てて後を追う。
 レールの脇の保守点検用の通路を駆ける。
〈待って!〉
 暗闇の先の何かに呼びかける。
 一瞬、闇の中にさらに濃い闇が翻った気がした。
 リコはスピードを落とし、止まった。
〈行っちゃった…〉
「何がいたの?」
〈ネクロマンサー。だと思う。スカウトしてきてって頼まれたのに…〉
 リコは心底がっかりしていた。
「この前闇が言ってた、腐った魂にエサをやってるっていうのは、ネクロマンサーのことかな」
〈かもしれない。でも、とにかく、ネクロマンサーだと思った。絶対接触する。何がなんでも〉
 リコは力強く拳を握りしめる。バルクは苦笑した。
〈そうだ、ヒューゴに協力しよう!〉
 頭の上に「いいこと考えた!」という文字が浮かんでいそうな、キラキラした顔でバルクを見上げる。その「いいこと」がロクでもないことなのもお決まりだ。
「メトロのトンネルにちょくちょく入るために?」
〈そう! こういうの、知ってる。「ウィン-ウィンの関係」でしょ?〉
「まあ…きみとヒューゴにとってはそうかもね」
 バルクは密かにため息をつく。なんだか最近気苦労が多い。
〈嫌?〉
 リコはバルクの手を取る。
「うーん。嫌、まではいかないけど、気が進まないというか…」
〈そっかぁ…。じゃあ、わたし1人でやろうかな。あ、でも、ちょっとだけ力を貸してくれると嬉しいかな。まあ、ヒューゴから借りても…〉
「それははっきりと嫌だ」
 リコの言葉を遮る。声音に少しの不機嫌が混ざってしまう。
 ヒューゴからどう見られていたか、自覚していないのか。困る。気づいてほしい。リコが、リコの方からヒューゴに触れているところを想像しただけで落ち着かない気分になるが、努めて表情に出さないようにする。
 バルクはため息をついた。
「…わかったよ」
〈ありがとう!〉
 リコは無邪気に抱きついてくるが、全く嬉しくない。
 違和感に、リコは身体を離して、バルクを見上げた。
「おい! 引きあげるぞ!」
 ヒューゴが呼びにくる。
(なんでいきなりギクシャクしてるんだ?)
 2人の微妙な空気を感じるが、構っている暇はない。微妙な空気は自分たちで解決してくれ。
「なんかいたのか?」
 リコに訊く。
〈多分だけど、ネクロマンサー〉
「そいつがフリートの過集中の原因なのか?」
〈可能性はあると思う。けどわかんない。本人に訊いてみないと〉
「本人…。ネクロマンサーって、人語しゃべれんのかよ。いや、そんなのはいいんだ。ちょっと事務所に寄ってくれねえ? 今日は緊急で協力要請を先にしちまったから、後付けで悪りぃんだけど、書類にサインがほしいんだよ」

 特殊治安部の会議室に通され、しばらく待ってくれと言われて取り残される。会議用の長机に座り心地の悪い折り畳みの椅子。壁には大型のモニタが取りつけられている。殺風景な部屋だった。
〈あの…バルク?〉
 リコはぎこちなく切り出す。
「なに?」
 椅子に斜めに座って脚を組んでいたバルクは、リコの方に顔を向ける。
〈あの、ごめんなさい…〉
「それは、何に対して?」
 柔らかい追及にたじろぐ。
〈あの、えっと…〉
ここに来るまでに自分なりに考えて結論を出した。でもそれが正しいかどうか、全く自信がない。つい伏目になる。
〈わたしが、1人でヒューゴに協力するって言ったことと、ヒューゴから力を借りようとしてたこと。わたし、ネクロマンサーを見つけたかもしれないと思ったら嬉しくて舞い上がっちゃって、何も考えてなくて…〉目を上げてバルクの目を見る。〈ごめんない、無神経で…〉
 バルクはため息をついた。
「ほんとにね」
 その言葉にじわりと涙が滲んでくる。しかしまだ泣く資格はない。
「でも」バルクは手を伸ばして親指でリコの頬を撫でた。「その顔されると、もう僕には許す以外の選択肢がない」
 バルクは諦めたように笑って、リコの頭を撫でる。
「最近、『惚れた弱み』って言葉の意味がよくわかるよ。実感として」
 頬杖をつく。
〈ごめんなさい、わたし、本当に…〉
「仕方ないよ。だって、ジーとルーの頼みなんだから。絶対に叶えてあげたいんだよね?」
 リコはうなずく。
「いいよ。僕も手伝うよ」
 リコの顔がぱっと輝く。
 その心底嬉しそうな顔を見て、しょうがないな、と思う。惚れた弱みで。
 会議室のドアがノックされて、ヒューゴが入ってくる。
「待たせて悪りぃ。これにサイン頼む」
 ヒューゴが形ばかり重要事項を口頭で説明する。行動中は官憲の指揮下に入ること、謝礼は帝都警察規定の金額を支払うこと、負傷した際は帝都警察の負担で治療を行い、死亡した際は規定の弔慰金を支払うこと。
〈お金出るんだ〉
 リコが驚いたように言う。
「お気持ち程度だけどな」
 期待するな、というニュアンスを込めてヒューゴが言う。
〈わたし、初めてお金稼いだかも。わあ、どうしよう。嬉しい〉
 リコは眩しいほどの笑顔でバルクを見る。
「良かったね」
 長らく忘れていた瑞々しい気持ちを思い出して、バルクも笑う。
「これっぽっちでそんなに喜んでもらって、却って申し訳ないな」
 リコはうきうきしながらペンを取って、署名する。
 リコ・ティナ=レイフ・オルトアルヴィル=フロウ
 艶々した黒のインクで書かれた自分の名前を見て、にまにましてしまう。
 契約書を受け取ったヒューゴはしげしげとその署名を見た。
「すげーな。こんな真っ黒に色が出る奴、初めてだ」
〈なんのこと?〉
「バルクと見比べてみろ」
 言われてバルクの手元にある契約書を見る。バルク・フロウ=オルトアルヴィルの名前が、シアンのインクで書かれている。見慣れた色だ。思わず別の意味でにっこりしながら、ヒューゴを振り返る。
〈わかった。魂に反応するインクなのね?〉
「魂? 精霊使いはそう言うのか? まあ、魔力だな。お前のしてる指輪と同じだよ。大抵はオリーブ色くらいかな。いずれにせよ、もっと濁った色になることが多い」
 ヒューゴは唸りながら契約書を見比べる。これを見ただけで、どれほどの力の持ち主かが知れるというものだ。
「それで、今後のことだけど…できれば、引き続き協力してもらえないか。お前らにあんまりメリットのない話で悪りぃけど」
 ヒューゴの言葉を聞いて、リコはちらりとバルクに視線を送る。
「いいよ。今、リコとそのことを話してた。引き続き協力する。ただ、僕らにも目的がある。協力するのは、こちらも利益を得られると踏んだからだ。メトロのトンネル内で、多少の自由行動を認めてもらいたい。それがこちらの条件」
「…わかった。俺と組むときは、俺の裁量でその辺はどうにでもなるんで、好きにやってくれ。あ、でも、あんまりメトロの設備壊さないでくれな。とんでもない額の請求書が回ってきちまうから」
 ヒューゴは白い歯を見せて笑った。バルクもつられて笑う。
「あとひとつ。これは頼みなんだけどね。今回は緊急だったから扱いはそちらに任せるんだけど、この後の契約は、ハンター協会を通してもらいたいんだよ。一応ハンターの規約では、公共の場では活動しないってことになってるから、協会のお墨付きがないと規約違反で除名されかねない。そうなると色々不便だからね」
「わかった。リコもジェムハンターでいいのか?」
 ハンター協会に問い合わせた結果は「該当者なし」だったが。
〈わたしは違う、けど…〉バルクを見る。〈ジェムハンターって登録すれば誰でもなれるの?〉
「ハンター協会に利益をもたらす者なら、誰でも」
〈じゃあ、わたしもジェムハンターに登録したいな〉
「ああ…そうだね。今後のことを考えると、ジェムハンターとして活動するかは別として、登録するのはありだね」
「じゃあ、リコの名前もハンター協会に言っとけばいいんだな」
「明日ハンター協会に登録に行ってくるよ」
「おう。ま、こっちは役所だからよ。決裁取ってハンター協会に書類回すのに3、4日かかるんで、急がなくていいぜ。…でも、ハンター協会通すとピンハネされんじゃねえの?」
 ヒューゴの言葉にバルクは苦笑する。
「まあ、されるだろうね。手数料という名目で。どれくらい差っ引いてくるかはわからないけど。協会は、『稼ぎにならない仕事はしない』の筆頭だからね」
「エグいがめつさだな」
 ヒューゴは眉間に皺を寄せる。
「お気持ち程度の謝礼で人をこき使おうとするきみらにそう言われちゃ、協会も形無しだね」
「確かに」
 ヒューゴは屈託なく笑った。見る者を魅了せずにおかない、明るい爽やかな笑顔だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

処理中です...